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“超進化”を遂げた藤井聡太 天才棋士の実像

2020.10.06 :

この夏、将棋界最高峰の舞台であるタイトル戦のうち、「棋聖戦」と「王位戦」を立て続けに制した、藤井聡太二冠。
史上最年少でのタイトル獲得、そして二冠達成を追う中で、20人以上のトップ棋士を取材し、その進化の実態に迫った。
見えてきたのは、驚異的な成長と、コロナ禍で人知れず自身の将棋を見つめ直したという、藤井の探究の道のりだった。
(科学文化部記者 河合哲朗 社会番組部ディレクター 松岡哲平)
※文中敬称略(一部を除く)

29連勝時から飛躍的に進化した「序中盤」

棋聖戦五番勝負は藤井が3勝1敗で初タイトルを獲得
藤井の強さは、4年前のプロ入り当時から、周囲の棋士を圧倒するものだった。

当時中学2年生の藤井は史上最年少の「14歳2か月」でプロ入り、デビュー戦以降6か月にわたって負けなしの状態が続き、前人未到の「29連勝」を記録した。

では、プロ入り当時の藤井と今の藤井、その将棋はどのように進化したのだろうか。今回、藤井の対局をAIで徹底分析し、進化の秘密に迫った。

比較の対象としたのは、4年前のデビュー戦以降の30局と、ことし7月の王位戦第1局までの30局。

これらの対局のすべての指し手をAIに解析させ、一手ごとの形勢の移り変わりをグラフで可視化した。

グラフの線が中央より下がれば不利な状況、中央より上がれば有利な状況にあることを示す。
AIによる分析グラフ
まず、デビュー戦以降の30局を見ると、盤石とみられていた藤井の将棋にも隙があったことがわかる。
藤井が勝った対局を見ても、勝負の「序盤から中盤」にかけてグラフが下降することがあり、相手に攻め込まれる場面があったことを示している。

しかし、終盤に至るとグラフは再び上昇する。

すなわち、形勢を一気に逆転する終盤の一手によって勝利を引き寄せていた傾向が見て取れる。
一方、最近の30局を見ると、藤井の将棋の進化が如実に現れている。

藤井が負けた対局を除くと、ほとんどのグラフで線は中央より下がることはなく、右肩上がりになっている。

つまり、序中盤でも劣勢に陥ることが少なくなったことを示しているのだ。

もとより終盤では他の追随を許さない力を備えていた藤井が、序中盤を改善することで、つけいる隙のない現在の強さを実現していることが明らかになった。

プロ棋士は考えない!?驚異の一手「3一銀」

棋聖戦五番勝負 第2局
藤井が“現役最強”の渡辺明三冠を破り、初のタイトル獲得を果たした棋聖戦。

中でも常識外れの一手が登場したのが、第2局。中盤の攻防で渡辺が角を打ち、藤井の守りの要である金を狙った局面。

ここで藤井が指したのが、攻めに有効な持ち駒の銀を、守りのために自陣奥深くに据える「3一銀」だった。
藤井が58手目に繰り出した「3一銀」
この一手に、対局を見つめていたトップ棋士はうなった。

多くの棋士はこのとき、「3二金」という選択を予想していた。こうすれば、渡辺に狙われた金を逃がしながら王の守りを固め、持ち駒も温存することができる。
中村太地七段
元王座の中村太地七段は、「3一銀」の第一印象をこう述べた。
元王座 中村太地七段
「非常に素朴な受けの一手。あまりにも単純な受けで、それ以外の狙いが乏しく見えてしまうため、強くなればなるほど排除してしまいがちな一手です」
名人3期の佐藤天彦九段も、「この銀を1秒も考えない棋士が多い」と語る。
しかしこの後、藤井以外誰も予想していなかったことが起きる。

その「3一銀」が藤井の王を終始守り続け、渡辺は攻めの突破口を見いだせなくなる。

結局、渡辺はこの対局、一度も藤井に王手をかけることができないまま敗れた。

中村は対局を振り返り、あらためて「3一銀」をこう評価する。
中村太地七段
「先手の渡辺棋聖に有効な手がないと読み切っての『3一銀』だったと思う。すべてを見通せていないと指せない。プロがうなるような一手だったのかなと思います」
棋聖戦での渡辺明三冠
渡辺はこの対局を終えた当日の夜、みずからのブログに率直な受け止めをつづった。
「渡辺 明ブログ」より
「3一銀は全く浮かんでいませんでしたが、受け一方の手なので、他の手が上手くいかないから選んだ手なんだろうというのが第一感でした。(中略)いつ不利になったのか分からないまま、気付いたら敗勢という将棋でした」

「3一銀」はAIを超える!?

この一手はネット上でも大きな話題を呼ぶ。

ツイッターには「神の一手」「こんなの魔法だよ」「藤井君は人間コンピュータ」といった言葉が並んだ。

きっかけは、ある人物のツイートだった。
「3一銀は将棋ソフトに4億手読ませた段階では5番手にも挙がりませんが、6億手読ませると突如、最善手として現れる」
将棋ソフト「水匠2」開発者 杉村達也さん
これを投稿したのは、ことし、AIを搭載した将棋ソフトの世界選手権で優勝した杉村達也さんだ。

杉村が開発した「水匠2」は、多くの棋士が研究に用い、藤井もユーザーであることを雑誌のインタビューで明かしている。

「水匠2」は、1秒間に6000万手という膨大な局面を読み込み、あらゆる選択肢の中から最善とされる手を選び出す。

杉村に依頼し、藤井が「3一銀」と指す直前の局面を改めて解析してもらった。

当初、最善手としてあがったのは多くの棋士も考えた「3二金」。ツイートのとおり、4億手を読んだ状況では「3一銀」は5番手にも上がっていなかった。4億手とは、この局面から25手先までを読み込んだ数字を意味する。

そして、藤井の打った「3一銀」の価値にソフトが気付き、最善手にあげたのは、さらに2億手、すなわち27手先を読んでからのことだった。
27手先までを読んだ「水匠2」の画面
杉村はこう話す。
将棋ソフト「水匠2」開発者 杉村達也さん
「最初は5番手にもあがらないような手が、実は最善手だった可能性があるというのはとてもレアで驚きました。藤井二冠はコンピューターも省いてしまうような手を、有力かもしれないと拾い上げる、そういう能力が優れているのではないかと思います」

藤井聡太が最善手を探る“脳内イメージ”

棋士もAIも簡単には気づかない最善手「X」。なぜ藤井はそれを指せるようになったのか。
3年前のインタビュー
藤井は3年前に行ったインタビューで、「X」を指すべく努力を重ねていることを明かしていた。
藤井聡太二冠
「人間は読むとき、最初に感覚でほとんどの手を切り捨ててしまいます。でも感覚だけで切り捨てていた手でも、実はいい手だったということもあるので、そういった手も拾っていけるようにしたいです」
さらに頭の中で最善手Xを探るときのイメージをこう表現する。
藤井聡太二冠
「最初は『符号』で進んでいって、たまに盤面が出てきてそこで改めて形勢判断をしたり。読み進めているときは『符号』で考えることが多いです」
藤井の幼少期の詰将棋ノート 驚異的な読みを支える基礎となった
「符号」とは、例えば「3一銀」や「3二金」のように、駒の位置や動きを表す文字のことだ。

大半のプロ棋士が頭の中で盤面をイメージするのと異なり、読みを進める藤井の脳内には、この「符号」しか存在しないのだという。
行方尚史九段
順位戦A級6期の実力者、行方尚史九段に藤井の読みの進め方を伝えると、驚愕した。
行方尚史九段
「それは本当に自分には全然わからない世界ですね。やっぱり盤面があるわけです。頭の中には。符号でどうやって読みがつながっていくのか、本当にわからない」
佐藤天彦九段
一方、元名人の佐藤天彦九段はこう語る。
佐藤天彦九段
「盤を浮かべずにある程度読むという人はいると思うんですけど、藤井さんの場合はその計算力が桁違いというか。おそらく自分でも認識できないぐらいのスピードで読んでいるのでは。盤を頭に浮かべずに考えられる手数が、圧倒的に長いのではないでしょうか」
また中村太地七段は、藤井はこの読みの速さと深さによって、他の棋士がたどりつけない最善手「X」にまで到達しているのではないかと言う。
中村太地七段
「棋士だったら、ある程度深く読めるところで、20~30手は当たり前に読めるんですけど、藤井二冠の場合はその30手からさらに2~3手奥深くまで読めている印象です。混沌とした暗がりの中を読み進めていると、ある一定のラインを越えたとき、一気に視界が広がる。藤井二冠はそこまで到達しているのかもしれません」

超進化をもたらした“空白の2か月”

王位戦七番勝負は藤井が4連勝で「二冠」を達成した
2つのタイトル戦で見えた藤井の進化。

そのために重要な時間となったのが、新型コロナウイルスによって対局がなかった4月からの約2か月だった。
藤井にこの期間について尋ねると、学校にも通えない中、ふだんの2倍の1日7時間を将棋の研究に充てたという。

特に自分が負けた対局と向き合ったことで、課題だった中盤で新たな成長の糧を得ていたことを打ち明けた。
藤井聡太二冠
「自分の傾向として、判断に迷ったときに1つの読み筋を深く掘り下げすぎてしまい、形勢を損ねることがありました。適当なところで読みを切り上げ、自分の手を信じて決断して進めることが大切なのではないかと思いました」
たしかに、それまでの藤井の将棋では、中盤の難所で長考に沈み、持ち時間で大きな差をつけられることが多く、終盤は秒読みの中で指し手の選択を誤ることも見られた。

それがコロナ禍の自粛期間以降は、中盤の迷いが減り、終盤はむしろ相手の方が持ち時間を減らす展開が目立つようになった。

謙虚な姿勢とたゆまぬ努力 天才棋士の素顔

人知れずみずからの将棋を見つめ、進化を遂げていた藤井。取材した多くの棋士も、今の藤井の強さは、持って生まれた才能だけではないことを強調する。
永瀬拓矢二冠 藤井と3年前から1対1の練習対局を続けている
永瀬拓矢二冠
「藤井二冠の強さの理由は“謙虚さ”だと思います。藤井二冠ほど強ければ、人の話は聞かないというやり方でもいいと思います。でもそうじゃなくて、人から得るものによってまだまだ強くなれると感じ取り、成長を止めることなくずっと歩み続けている」
永瀬はコロナ禍で生じた“空白の2か月間”にも、藤井とネットで20局以上の対局を重ねていた。そして自らの弱さと向き合う藤井の姿に進化の予兆を感じたという。
永瀬拓矢二冠
「今の藤井二冠は、努力の結晶です。負けに反発するのではなく、受け入れて栄養にしているという印象があります。それが中心にあることなのかなと思います」
師匠 杉本昌隆八段と藤井
また師匠の杉本昌隆八段は、今回のタイトル戦で、藤井がこの先も強くなることを確信した1局があったと明かす。

唯一の敗戦となった棋聖戦第3局だ。この対局で藤井は、渡辺が用意した事前研究による手順から逃げることなく正面からぶつかった。

結果は敗れたが、杉本は、勝ち負けよりも探究心を優先する姿勢に、藤井将棋の本質を見たという。
師匠 杉本昌隆八段
杉本昌隆八段
「少なくとも目の前の勝ちにはこだわっていなくて、将棋の真理を追究したいというのが一番なのでは。あそこで逃げてしまえば、その真理には全くたどりつかない。いくら相手の研究だとしても、自分が正しいと思う道は変えないという信念だったと思います。勝負師としてはちょっと不器用かなとも思いますが、でもそれが藤井二冠のいいところです。これからも強くなるんだろうなと感じました」
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科学文化部記者

河合哲朗

平成22年入局。前橋局・千葉局を経て、平成27年から科学文化部で文化取材を担当。文芸・文学史をはじめ、音楽や映画などのポップカルチャー、囲碁・将棋まで幅広く取材。

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