文化

新発見! ピカソ「青の時代」絵画に隠された謎の“人物像”

新発見! ピカソ「青の時代」絵画に隠された謎の“人物像”

2023.03.03

20世紀を代表する画家、パブロ・ピカソの油彩画で新発見が報告された。

 

愛知県美術館が所蔵する「青の時代」の作品の1つ《青い肩かけの女》。

その絵の下に、“別の人物像”が描かれていたことが明らかになったのだ。

 

塗りつぶされた、謎の絵に迫る。

(NHK名古屋 記者 河合哲朗)

若きピカソが描いた《青い肩かけの女》

新発見が報告されたのは、愛知県美術館に収蔵されているパブロ・ピカソ《青い肩かけの女》(1902年)。

深い青色の空間を背に、うつろな表情の女性が正面を見つめている。

1881年にスペイン南部に生まれ、フランスで活躍したピカソ。

“造形の革命”とも言える美術表現「キュビスム」を創始し、91歳で亡くなるまで作風を変えながら、絵画芸術に新たな地平をひらき続けた。

《青い肩かけの女》はピカソが「キュビスム」を提唱するよりも前、20歳の頃に描いた作品だ。
この時期のピカソは、親友・カサヘマスの自殺に強いショックを受け、“生と死”“貧困”といった主題に打ち込むようになった。

青を基調とした悲哀に満ちた作品群から「青の時代」と呼ばれている。

愛知県美術館 副田一穂 主任学芸員
「当時のピカソは貧しかったですし、描いた対象も貧しい人たちや、社会から疎外されて生きる人たちの苦しみを描いていたので、この絵にもそういうメランコリックな雰囲気が色味や描き方から伝わってきますよね」

この絵は、ピカソが生涯手元に置いたのち孫娘に受け継がれたが、当時の東海銀行(現・三菱UFJ銀行の前身の1つ)がおよそ14億円で購入したあと、1992年の開館に合わせて愛知県美術館に寄贈されていた。

以来、美術館のコレクションを代表する作品として愛されている。

この下に、何かが隠れているのではないか…

実は、愛知県美術館では2014年からこの作品の本格調査に取りかかっていた。

「青の時代」の作品は近年の調査で、その下層から別の絵が出てくるという事例が複数報告されていたからだ。

「この絵の下にもひょっとしたら…」そんな期待があったという。

「当時のピカソは若い画家で、売れっ子でもなく、売れ残った作品がかなり手元に残っていたそうです。お金もないので、いくつかは“リユース”といいますか、古い絵を塗りつぶしてしまってその上に別の絵を描いていました。貧しさと、それでも描きたいという強い思いがあってのことだと思います」

しかし、2018年までの4年間の調査では、めぼしい成果は得られなかった。
「赤外線」「紫外線」「X線透過」「蛍光X線」など、さまざまな光学調査を行ったが、明瞭なイメージは現れなかったという。

「ぼやっと『何かあるかな…』というくらいで、『ある』とも『ない』とも言えない。毎回やるたびに本当にもどかしい状態でした。踏ん切りがつかないんですよね」

そして去年、“最後の調査”に乗り出した。
アメリカ・ワシントンの美術館「ナショナル・ギャラリー・オブ・アート」と「フィリップス・コレクション」との共同調査だ。

「ナショナル・ギャラリー・オブ・アート」は近年、光を波長ごとに細かく分けて撮影できる「ハイパースペクトルカメラ」による調査で、「青の時代」の作品の分析でも目覚ましい成果を上げていた。

「これでだめなら諦めよう」という気持ちでもあったという。

ハイパースペクトルカメラによる撮影の様子

下層から発見 謎の人物像!

「ハイパースペクトルカメラ」による撮影は去年5月。
そこから詳細なデータ分析を行った結果、ついにそのイメージは現れた。

キャンバスのほぼ中央に、絵具による別の描線が幾筋も確認されたのだ。

描線をよく観察すると、表面の絵とは全く異なる別の人物が浮かび上がってくる。

右:下層の描線部分を点線でつないだ画像

大きく首を曲げてうつむく姿。
腕や脚を描いたとみられる線も確認できる。

副田 主任学芸員
「ようやく、ようやく出たかという感じでした。正直ちょっとあきらめかけていたところもありましたから。上に描かれている絵とは全く別の人物像が出てきたということも驚きでした」

では、この絵もピカソが描いたもので間違いがないのか。
現時点では「100%断言はできない」という。
下の絵からはサインなどは確認できていない。

ただ、副田学芸員は同時期のピカソの別の絵との類似性に注目する。

一例として挙げたのは「青の時代」を代表する作品の1つ《スープ》。

「この《スープ》では、女性がぐーっと背を丸めて頭を真下に向けている。今回見つかった人物像の描線と非常に近いものがあります。ピカソの同時期の作品にはこれ以外にも、似たような構図の人物像がたくさんありますので、不自然な感じはしないですね。ピカソが描いた何らかの下絵なんじゃないかなと思います」

そしてもう一つ、今回の発見の興味深い点を強調する。

「見つかった人物像の“背中”の部分、大きく曲がっていますけど、それが最終的に今描かれている《青い肩かけの女》の“頭”のラインと一致するんです」

ピカソが、下の絵の輪郭線の一部を利用して、その上の《青い肩かけの女》を描いていたことがわかったのだ。

「おそらくピカソは、下の絵をまず描いた後にその線の一部を“再利用”といいますか、その線からインスピレーションを受けながら新しい形を作っていったのでしょう。ピカソが当時どのように絵を描いていたかはつぶさにわかっているわけではないので、その制作プロセスの一端が垣間見える、非常に面白い発見だと思います」

今回の発見には、ピカソという巨大な画家がほんの少し身近に感じられるおもしろさもあると指摘する。

愛知県美術館 副田一穂 主任学芸員
「私たちはピカソを『天才』や『大巨匠』だとして、なんとなく遠い存在のように感じてしまう部分がありますけど、こうした発見によって、彼の筆の運びや息づかいのようなものが身近に伝わるような感覚があると思うんです。なので、見に来ていただく方にも、そういうところを感じていただくと、ピカソに少し近づけるんじゃないかなと、そういう新たなおもしろさがあると思います」

《青い肩かけの女》は3月21日から愛知県美術館のコレクション展で展示される。
今回見つかった“人物像”とその解説も、あわせてパネル展示されるという。

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