“音楽は永遠に若いまま” ザ・ビートルズ“最後の新曲”

2023.12.06 :

11月3日、東京・渋谷のレコード店。

特設コーナーに詰めかけたファンたちが、次々とレコードを買い求めていった。

「60年近く聞いていて、もう自分の体の一部って感じ」。

「家族みんなこのバンドが好きで、このあと一緒に聞くんです」。

「学校でもはやってるよ。好きな曲は『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』かな」。

往年の男性ファンから若い女性、小学生まで。

誰もが愛するロックバンド、ザ・ビートルズの“最後の新曲”だ。

半世紀余り前に解散したバンドが、どうして今、新曲を発表したのか。

ジョンが残した「ナウ・アンド・ゼン」

「ナウ・アンド・ゼン」シングル盤レコード
NOW AND THEN
I MISS YOU  
OH NOW AND THEN 
I WANT YOU TO BE THERE FOR ME


(ときどきぼくはきみが恋しくなる 
 ああ、ときどきぼくは 
 きみがそこにいてほしいと思う)
離ればなれになった親しい人に再び会いたい。
その心情を歌った、「ナウ・アンド・ゼン」。

ザ・ビートルズが発表した新曲は、バラード調のラブソングだ。
ジョン・レノン(1940-1980)
曲中で美しく響くのは、40年以上前に亡くなったジョン・レノンの歌声。

「ナウ・アンド・ゼン」は、亡くなる数年前のジョンが、自宅のピアノを弾きながら歌ってテープに吹き込んだ曲だ。

伝説のバンド ジョンの死と残されたテープ

左から右に ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター
ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター。

イギリスの港町、リバプール出身の4人組ロックバンド、ザ・ビートルズは1962年にデビューした。

デビュー直後から人気は爆発し、世界的な人気を獲得。1966年には日本武道館で3日間にわたってコンサートを開くなど、日本でも熱狂的な人気を呼んだ。
羽田空港に降り立ったザ・ビートルズ(1966年)
売り上げや興行の記録にとどまらず、テープの逆回転を用いるなどの革新的な音楽制作が、当時の音楽シーンに絶大な影響を与えた。

しかし、メンバー同士の対立が次第に深まり、バンドは1970年に解散。
4人はそれぞれの道を歩むこととなった。

そして、1980年にジョンがニューヨークの自宅前で凶弾に倒れて40歳の若さでこの世を去り、4人が再びステージに集う機会は永遠に失われた。
没後40年の2020年 凶弾に倒れた現場近くの記念広場では多くの花が手向けられた
新曲のプロデュースを担ったジャイルズ・マーティン氏が今回、NHKの単独インタビューに応じた。

父のジョージ・マーティン氏は「5人目のザ・ビートルズ」とも言われたプロデューサーで、ジャイルズ氏もポールやリンゴと、以前から親交がある。

今回、ジョンを失った時のメンバーの衝撃の大きさについて次のように話した。
インタビューはオンラインだったが、真摯な人柄が十分に伝わってきた
ジャイルズ・マーティン氏
忘れてはいけないのは、ザ・ビートルズは、最後こそ仲違いしてしまいましたが、彼らは本当に良い友人関係を築き、お互いを愛し合っていたということです。悲劇的にもジョンが、突然いなくなってしまい、彼がパワーの固まりのような存在だっただけに、残された3人が立ち直るのは容易なことではありませんでした
ジョンの死から14年が過ぎた1994年。
1本のテープが残されていたことが分かった。

ジョンの妻、オノ・ヨーコが保管していたもので、吹き込まれていたのは、自宅のピアノを弾きながら歌うジョンの声。それが「ナウ・アンド・ゼン」だった。

ただ、雑音が多くジョンの声を取り出すことができず、曲を発表することはできなかった。

30年越しの完成

それから30年近くの歳月が過ぎた。

そして、今回、「ナウ・アンド・ゼン」の完成を実現させたのが、AIの進歩だ。
どのような技術なのか。
音響や音声の分析を行っている、日本音響研究所の鈴木創所長によると、楽器や歌声の周波数の特徴をAIが学習することで、指定した音声を抽出することができる技術だという。

1秒間に繰り返す波の数を示す周波数。音の世界では数値が大きいほど高い音となる。
周波数で比較すると、例えばピアノと人の歌声でも、それぞれの特徴が浮かび上がる。
うねっている歌声の周波数(赤枠内)と直線的なピアノの周波数(青枠内)
歌声はビブラートがかかっているため上下にうねっているのに対して、ピアノの周波数は一定でグラフは一直線。

楽器ごとにこうした周波数の特徴があり、これを学習することでAIは演奏を聞き分け、狙ったパートだけをクリアに取り出せるという。

今回は、ピアノや雑音も混ざっていたテープの音源から、AIがジョンの歌声だけを抽出することに成功した。

ジョンの歌声は、40年余りの月日を経て再び美しく響いた。
ジャイルズ・マーティン氏
「ジョン・レノンの声だ」と思いましたね。彼は唯一無二の存在です。ジョン・レノンの声がはっきりと聴こえるし、ジョン・レノンのレコーディングなんです

4人で完成させた新曲

ザ・ビートルズで数多くの名曲をジョンとともに作詞・作曲したポール。

1度は断念したものの、ジョンが残した曲を完成させたいという思いは、強かったという。
ジャイルズ・マーティン氏
胸を締め付けるような曲調、そして歌詞そのものが刺激となってメンバー同士の思い出が押し寄せてきたのだと思います。
ジョンが歌詞の中で繰り返し“Now and then I miss you(ときどきぼくはきみが恋しくなる)”と歌っていて、これは本当にジョン・レノンらしい歌詞です。そしてまさにポールの心情そのものだと思います
ポールとリンゴは再びスタジオに入り、ベースやドラムなどの演奏を加えた。
ジョージも2001年に世を去っていたが、1990年代に演奏したギターの音源を盛り込むことができた。

4人が再結集したことで、バンドの“最後の新曲”は完成したのだった。
日本武道館での演奏(1966年)
今回の新曲発表にあたって、ポールとリンゴ、2人はコメントを公表している。
ポール・マッカートニー氏
ジョンの声が、とてもクリアに聞こえる。かなり感動した。僕たち全員が参加した本物のザ・ビートルズのレコーディングだと言える。2023年にまだビートルズの音楽に取り組んでいて、一般の人々がまだ聴いたことのない新曲をリリースしようとしているなんて、本当にエキサイティングなことさ
リンゴ・スター氏
彼に一番近づいた瞬間だったから、僕たち全員にとって、とても感慨深いことだった。まるでジョンがそこにいるようだった。斬新だった

“音楽は若さを失わない”

都内のライブバーでは早速、新曲が演奏された(11月8日夜) 
新曲の発表から5日後、都内のライブバーでは、ザ・ビートルズのファンたちがそれぞれの楽器を持ち寄り、セッションイベントを開いた。

そして、この夜、真っ先にリクエストにあがったのが「ナウ・アンド・ゼン」だった。
ファンの男性
ザ・ビートルズがデビューして60年余り。世代の人も世代ではない人も、みんなで楽しめる。本当にありがとうと言いたい
じっと、メロディーや歌詞に耳を傾けたファンたち。
集まった人、全員が“最後の新曲”を特別な思いで受け止めているようだった。

それは、曲をプロデュースしたジャイルズ・マーティン氏も同様だった。
ジャイルズ・マーティン氏
人間は当たり前のように年を重ねますが、音楽が若さを失うことはありません。そして音楽を聴いたときの気持ちも若いままです。この曲はそういうことを気付かせてくれるのだと思います     
亡くなった友が残したテープから、数十年越しに“最後の新曲”を結実させたザ・ビートルズ。

“音楽は永遠に若いまま”

音楽の力はどれだけ時が過ぎても色あせない。

(11月9日 ニュースウォッチ9で放送)

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科学文化部 記者

三野啓介

兵庫県生まれの東京(多摩地方)育ち。2012年にNHKに入局し、初任地の徳島局から津局、名古屋局を経て、現在は科学文化部で音楽や歴史の取材を担当。一番好きなザ・ビートルズの曲は「イン・マイ・ライフ」。趣味はエレキギターの改造。

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