“映画”を変えるか 「VR映画」が切り開く新たな映像体験

2023.04.04 :

「3D」「IMAX」など、技術の進歩によって体験のあり方を変えてきた“映画”。
今、仮想現実の技術を取り入れた「VR映画」が世界で広がりを見せ始めているという。

 

「作品世界に入り込んだような没入感」
「登場人物の1人になったようだ」

 

鑑賞者がそう語る、映画界の新潮流を記者が体験した。
(NHK名古屋 記者 河合哲朗)

 

※記事中の動画では、VR映画の世界を“体験”することができます

まずは体験してみないことには

センチュリーシネマ(名古屋・栄)
名古屋市の映画館。
ここで「VR映画」の体験イベントが開かれていると聞き、会場を訪ねた。
劇場内をのぞくと、目元にゴーグルを装着した人たちの姿が…。
彼らが見つめているのはスクリーンではなく、ゴーグルの中に映し出された「VR映画」の映像だ。
鑑賞者
「より没入感があるというか、登場人物の1人になれるみたいな」
「すごい貴重な体験でした。360度観れるっていうのは、かなりおもしろい」
VRを活用した映像コンテンツ自体は、今や決して珍しいものではない。
ゲーム、観光名所への疑似旅行など、さまざまな分野にも広がりを見せている。

その中でもVR映画の特徴は「VR映像」に「ストーリー」が加わっていること。
あくまでも“映画作品”として作られていることにあるようだ。
まずは、体験してみないことには取材にならない。
映画館のスタッフに説明を受けながら、専用のVRゴーグルを装着する。
スタッフ
「映像は360度作り込まれていますので、上を見たり、下を見たり。このいす、回りますんで、ご自由に動いてお楽しみください」
『MARCO & POLO GO ROUND』
私が最初に選んだのはアニメーション作品、カナダ・ベルギー制作のラブコメディー。

映画が始まり、ゴーグルの中に映し出されたのはキッチンのような部屋。
モニターに映るのが記者の見ている映像
鑑賞する私は、この部屋の空間の中央に浮かんでいるような視点だ。
「(心の声)これは登場人物目線じゃなくて、いわゆる“神の目線”ってやつだな…」
仕組みを納得したところでさっそく視線を動かしてみる。
アニメーションの空間を、顔の動きに合わせて自由に鑑賞できる。

そのうちにここで暮らすカップルが登場した。
何やら彼の“浮気疑惑”が発覚して、彼女の方はだいぶイラついているようだ。

気づくと、私を挟んだ前後で口論が始まった、、、
目の前には怒鳴る彼女、後ろを振り返れば弁明する彼。

ストーリーを追おうとすれば、目線をあちこちに向けることになる。
「(心の声)けっこう忙しい映画鑑賞だな…」
VRならではの仕掛けもあった。
彼女の機嫌が悪化するにつれて、部屋の中の重力が上下逆さまになっていくのだ。
怒りの心情を表すかのように、テーブルの上の包丁が天井に突き刺さる。
しまいには天井に張り付けられた彼
たしかにこれまでの映画鑑賞とは全く異なる体験であることがわかった。
体験中は、身を乗り出しすぎて数回立ち上がりかけた。

▲こちらの動画でVR映画の世界を“体験”できます

新潮流に海外の映画界も注目

こうしたVR映画は近年、国内外で広がりを見せている。

カンヌやベネチアなどの国際映画祭でもVR映画を扱う部門が誕生。
世界中のクリエイターが新たな表現への挑戦を始めているのだ。

このイベントでは、映画界の最新動向を知ってもらおうと、国内外の9作品が紹介された。
私がもう一つ体験したのは、名古屋の会社が制作した実写VR映画「なぎさにて」。
ことし、オランダのロッテルダム国際映画祭でも上映された作品だ。

▲VR映画の体験動画 その②

舞台はとある海辺の砂浜。
波打ち際のパノラマが、360度自由に見渡せる。
海辺には、テントの中でくつろぐカップルの姿。

昼寝から目覚めた女性の目線の先にこちらも顔を向けると、、、
大きな鯨の死骸が砂浜に漂着している。

平穏な海辺に不穏な空気が流れ始め、海水浴客たちの物語が展開していくという、ちょっと不思議なストーリーだ。
おもしろいと感じたのが、テントの中で過ごすカップルと、海辺を歩いている人たちなど、別の場所にいる俳優たちが同時進行でそれぞれの芝居を行っていること。

360度の映像の中で「どこを見るか」は鑑賞者側に委ねられているのだ。
同じ作品でも、見るたびに受ける印象が変わるということもありそうだ。

VR映画 その可能性は?

この作品を手がけたのは、名古屋で2つの映画館を運営する地元のケーブルテレビ局。

配給・宣伝といった映画事業のほか、インターネットの通信事業も行っていることから、5G時代の「リッチな映像コンテンツ」として、最新の映画表現であるVR映画に目を付けた。

おととしに社内プロジェクトを立ち上げ、クリエイターを公募したところ、反響の大きさに驚いたという。
スターキャット・ケーブルネットワーク 鈴木健之さん
「映画監督もいましたし、ドラマや演劇のプロデューサーを含め、多くの企画をいただきまして、『VRで表現してみたい』というビジョンを持っている人が、世の中、日本にたくさんいるということに初めて気がつきました。新しい表現の1つとして、芸術からエンタメの領域まで、非常に多くのクリエイターが興味を持っていて、可能性に満ちていると感じます」
VR映画『なぎさにて』を手がけた、映画監督の井上博貴さんにも話を聞いた。
まずは、通常の映画撮影とVR映画の撮影、どのような違いがあったのか。
井上博貴 監督
「ふだんは普通の2Dの映画や映像のディレクションをしているんですけど、そういうものは制作者側が意図したフレーミングですべてのカットを撮っていきますよね。でもVRの場合は『何を見るか』は鑑賞者側に委ねることになります。なので、見る人が能動的に楽しめるような物語を設計するっていう感じ。目の前で起こっていることを視聴者が“目撃する”ような印象を持ってもらえたらいいかなと思って」
とはいえ、ストーリーとは無関係の方向をずっと見られてしまっては、物語を理解させることはできない。
監督が意識したのは、俳優の演技によって視聴者の“目線”を誘導することだという。
「次の展開で必要とされる登場人物の方向を見させるために、人物を出し入れしたり、足音を鳴らせたりすることで視聴者の目線を誘導して、そこからまた次の物語に展開していく。広い視野角を意識して、360度をうまく見せていくようなストーリーテリングを設計するという感じですかね」
井上博貴 監督
一方、360度の撮影ならではの苦労もあったという。
「中心となる位置に1脚でカメラを立てて360度を撮影するんですけど、あまりカメラに近づきすぎると俳優の写りがゆがんでしまうとか、そういう不具合が出ることがわかったので、俳優が動く位置なんかはカメラマンにも指示を仰いで事前に決めていきました。あと、今回の撮影はスタッフが隠れられるスペースがないようなだたっぴろい海辺でやったんで、カメラからの死角を作るように大きめのテントを貼って、その上にタープをかけて、スタッフはその空間に隠れて撮影を進めるという感じでやってましたね」
撮影風景 テント裏に隠れるスタッフ
井上博貴 監督
「本当に新しい映像体験ができるメディアだなとは思いましたね。今のところ、ヘッドセットを付けて見るので、長時間の作品は鑑賞が難しいかも知れないですけど、ショートストーリーの中でも2Dの映画ではできないようなコンテンツが作れるだろうっていう可能性は感じました」
VR映画は現在、市販されているゴーグルに配信されるかたちで楽しむことができるが、作品の数はまだ多くないという。

今後、あらたな映画表現として広がりを見せるのか。
スターキャット・ケーブルネットワーク 鈴木健之さん
「まだまだ発展途上だと思うんですけど、やはりテクノロジーの進化と人間の欲求が合致するところがあると思うので、未知の映画体験、新しいエンタメが必ず生まれると信じています。VR映画を引き続き制作することにもチャレンジしますし、多くのクリエイターが参加して自分の作品を発表できるような“場”を作りたいとも思っています。それが事業になるかまでは全く検討がついていませんが、チャレンジしかない状況ですね」。

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名古屋放送局 記者

河合哲朗

2010年入局。前橋局・千葉局を経て、2015年から科学文化部で文化取材を担当。文芸・文学史、音楽や映画、囲碁・将棋などを取材。現在は名古屋放送局で、文化をはじめ幅広い分野の取材を担当。

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