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「はやぶさ2」の“玉手箱”を開ける海の研究者たち  ~「リュウグウ」の謎に挑む海洋研究のスペシャリスト~

2020.10.27 :

小惑星探査機「はやぶさ2」が長い旅の末、まもなく小惑星「リュウグウ」の砂が入ったとみられるカプセルを地球に帰還させます。
“玉手箱”にも例えられるこのカプセルを待ち受ける研究者の中には宇宙とは無縁とも思える「海」の研究者たちがいます。
なぜ「海」の研究者が宇宙からの「玉手箱」を待ち受けているのでしょうか。

”玉手箱”を最初に調べる研究者

JAMSTEC 高野淑識さん 背景画像はJAXA提供
6年に渡る長い旅を経て地球に向かっている日本の小惑星探査機「はやぶさ2」は、12月6日に、小惑星「リュウグウ」の砂が入ったとみられるカプセルを地球に帰還させる予定です。

着地点のオーストラリアで待機するJAMSTEC=海洋研究開発機構の高野淑識さんは回収されたカプセルの最初の分析をするメンバーの1人です。
「いわば、浦島太郎の物語の中の『リュウグウ』から持ち帰った"玉手箱"を最初にみるのが私たちです」
高野さんの専門は、所属機関の名前の通り「海洋研究」です。ふだんは深海や地球の地殻深くの過酷な環境で生きる生命の研究をしています。

"玉手箱"を開ける"浦島太郎"の気分

「はやぶさ2」サンプル分析チーム 写真一番左が高野さん
今回は、カプセルを回収した直後に、蓋を開けずに内部のガスを抜き取って最初の分析を行うことになっています。

「"玉手箱"を開けた際にモクモクとでる煙を調べるような感じです」と高野さんは説明します。

カプセル帰還のおよそ1か月前にはオーストラリアに入り、砂漠の中に分析するための仮設のクリーンルームを設営します。カプセルを回収すると、すぐにこのクリーンルームに持ち込まれ、持ち込んだ専用の分析装置を使ってカプセルの中のガスの分析を行います。この分析の結果はミッションの科学的価値を左右するほどの大事なものなのです。というのも、宇宙空間では比較的、豊富な水素やヘリウムなどのガスの割合が高ければ、『リュウグウ』のサンプルがうまく回収できたことを意味し、もし、こうしたガスが地球と同じ割合で検出された場合は、帰還の際にカプセルが壊れたなどの理由で、地球の物質が混じってしまった可能性がでてくるのです。

そのような重要な分析をなぜ、『海』の研究者が担うことになったのでしょうか。

我ら”JAXSTEC”

「はやぶさ2」と小惑星「リュウグウ」のCG画像 提供 JAXA
高野さんは海面に浮かぶ船の上から、海底のさらに下、数千メートルの深さまで掘削できる探査船「ちきゅう」で採取した岩石を分析しています。また、ある時は有人で深海6500メートルまで潜ることができる潜水艇「しんかい6500」で採取した岩や泥に含まれている微量のガスや有機物を分析して生命が最初に誕生したかもしれない環境などについて調べています。最近では生命に関係の深い分子が深海の泥の中などで進化する様子を調べることに成功し、その分析技術の高さは世界でもトップクラスとされています。JAXAはその高野さんを研究のパートナーに選び、重要な分析を任せたのです。

高野さんは
「太陽系の歴史の中で有機物が生成されていく過程が明らかになるかもしれないし、もしかしたら全く未知の有機物が見つかるかもしれません。“玉手箱”なので何がでてくるかは、開けてからのお楽しみです」と言います。

そして、高野さんは自分のような立場の研究者を新しいことばで表現しました。
「JAXAはロケットを飛ばす技術では世界トップクラスです。一方で分析することにかけてはJAMSTEC(海洋研究開発機構)が得意です。JAXAとJAMSTECの相乗効果という意味で、わたしたちは“JAXSTEC”と(ジャクステック)呼んでいます」
その上で地球と宇宙に浮かぶ惑星の両方を比較することで、発見が生まれると言います。
「宇宙だけを見ていると、地球や海の奥深さに気付かないし、地球や海だけを見ていると宇宙の広大さに気付かないものです。重大な発見は両方をよく知った上で比較したところに隠れているもので、宇宙を知ることは、地球を知り、海を知ることにつながるんです」

逆輸入のスペシャリストも登場”

JAMSTEC 伊藤元雄さん 後ろに見えるのが”NanoSIMS”
もうひとりの“JAXSTEC”も「スゴ腕」の研究者です。

JAMSTECに所属する伊藤元雄さんは、高知コア研究所にある世界有数の分析装置を操って微量な元素を分析することにかけては、世界有数のスペシャリストです。その伊藤さんが分析するのは、ガスだけではなくリュウグウの砂、そのものです。操る高性能の分析装置は、「NanoSIMS」と(ナノシムス)呼ばれるもので、髪の毛の太さのさらに10万分の1の領域を区別しながら測定できます。極めて小さな砂粒の中でどの部分に酸素や水素などの元素が多く含まれているかまで詳細に分析することができるのです。

この装置は国内に6台しかなく価格は1台5億円にものぼります。まだ新しい装置ですが伊藤さんはアメリカのNASAの研究機関に所属していたころ、登場してまもないこの「NanoSIMS」を使ってさまざまな分析を行った腕を見込まれ、当時、この装置を購入したばかりのJAMSTECに呼ばれました。そして、JAMSTECに逆輸入される形となった伊藤さんは、深海の泥や微生物だけでなく、すい星や隕石など、海から宇宙までのありとあらゆる物質を対象に分析できるスペシャリストとして国内外で知られる存在になりました。

高知コア研究所の伊藤さんの元には「リュウグウ」から持ち帰ったサンプルの一部が分配されて分析が行われることになっています。伊藤さんは、酸素や水素などの同位体の割合の違いから「リュウグウ」がいつごろ形成され、太陽の熱をどれくらいの強さで受けたのかなど、さまざまな情報がわかるといいます。
「貴重なサンプルをどうやって汚染させずに国内外のさまざまな研究機関に輸送するのかや、JAXAの中に作った『リュウグウ』のサンプルを取り扱う専用の施設の設営にも関わってきました。リュウグウを調べることで 太陽系の物質や水の起源を明らかにすることが目的です」

宇宙を夢見た少年時代

NASAで働いていた時の伊藤さん(写真右から3番目)
伊藤さんは幼いころ、父親にスペースシャトルの写真をもらったことがきっかけで宇宙飛行士になるのが夢でした。2008年には実際に宇宙飛行士の試験にチャレンジしましたが、その夢は叶わず、こうして分析という形で関わることに誇りを感じています。 
「NASAとJAMSTECで培った技術や経験、それに人脈がすべて役に立っています。このような大きなミッションに関われるのは研究者冥利(みょうり)につきます」
「リュウグウ」からの”玉手箱”は、その”玉手箱”を開ける研究者の新たな物語も生み出しそうな予感を感じさせています。
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科学文化部記者

寺西源太

 関西の民放から転職し2016年にNHK入局。初任地の広島では原爆の記憶の継承をテーマに主に取材したほか、マダコ養殖や赤潮を撃退するウイルスなど最新の科学研究を特集。2019年から科学文化部で海洋や宇宙、生物を主に担当。


 

 
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