文化

映画「すずめの戸締まり」 新海誠監督が東日本大震災を描いたわけは

映画「すずめの戸締まり」 新海誠監督が東日本大震災を描いたわけは

2022.12.16

「君の名は。」「天気の子」などで知られるアニメーション映画の新海誠監督。作品を発表するたびに大きな話題となりました。最新作「すずめの戸締まり」は、11月11日から全国で公開されています。

物語の題材は、東日本大震災です。大きな被害を受けた宮城県を訪れた新海監督が、NHKのインタビューに応じました。震災を取り上げた理由を尋ねると、どう受け止められるのか不安に感じていると明かすとともに、「災害と無縁の物語を描くことはできなかった」と語りました。

(仙台放送局 記者 岩田宗太郎)

「こんなに怖いのは初めて」

今から20年前の2002年、短編作品「ほしのこえ」をほぼ1人で作り上げ、アニメーション監督としてデビューした新海誠監督。2016年に公開された「君の名は。」は、興行収入250億円、観客動員数1900万人の記録的ヒットとなり、2019年公開の「天気の子」も、興行収入が140億円を超えて大きな話題となりました。

最新作「すずめの戸締まり」の公開にこぎ着け、全国各地で舞台あいさつに臨む新海監督。12月初め、震災で大きな被害を受けた宮城県内の映画館を訪れた際、観客の前で最初に語ったのは、「こんなに怖いのは初めて」という不安な気持ちでした。

新海誠監督
映画を作っているときは、一刻も早く見てもらいたい、1日も早く公開したいと思っていましたが、公開されると急に怖くなりました。今まで自分の作ったものを世の中にさし出すときは、多かれ少なかれ、「怖い」という感情があったのですが、こんなに怖いのは実は初めてです。不用意に傷つけていないか、笑ってもらえているのだろうかと、情緒がわりと不安定なまま、公開からの1か月を過ごしていました

自分にできることは何か

すずめの戸締まり ©2022「すずめの戸締まり」製作委員会  原作・脚本・監督:新海誠

「すずめの戸締まり」は、東北で生まれ、幼いころに東日本大震災を経験した女子高校生、鈴芽(すずめ)が主人公です。その後、九州に移り住み、1人の青年との出会いをきっかけに、地震などの「災い」のもととなる扉を閉めていくという冒険物語です。

「なぜ震災を取り上げたのか」…。率直に尋ねると、新海監督は、ある種の「後ろめたさ」が出発点になっていると語りました。11年前、震災が起きたとき、新海監督は東京にいました。直接被災したとは言えない自分に何ができるのか、何をすべきなのか、あの日から葛藤を抱いてきたと明かしました。

震災のとき、自分は被害の当事者ではなかった。アニメを作っているいち制作者なんだというのが、なぜがとても後ろめたく感じました。後ろめたいのだったら、例えば、何かボランティアのようなこととか、いろいろな関わり方があると思うのですが、自分にとって一番うまくできることがエンタメだなと思ったのです。エンタメを作ることで、何か役割のようなものを果たせたらいいなということを思ったんですよね。それは2011年の時に結構強く思ったことを覚えていて。非当事者の自分が、アニメを作る中で何か役割みたいなものを果たしたいという気持ちを、今でもずっと引きずっているんだと思います。つらい目に遭っている人の気持ちを想像することができる、人の想像力を育むというのが、唯一できる道徳につながる部分なのかなと思うんですよ

今、震災を取り上げるわけ

さらに、今、震災を取り上げるのには理由があると言います。新型コロナウイルスに戦争…。1人ひとりの力ではなすすべもない状況に翻弄される現代を描くとき、震災というテーマは避けて通れなかったと振り返ります。

今の日本を舞台にした同時代の物語を書こうと思ったとき、どうしても“災害”は切り離せないと思うんですよね。例えば、現代を切り取って物語を書こうと思ったら、新型コロナは切り離せないと思うんですよ。個人ではどうにもコントロールできないけれども、決定的に個人の生活を変えてしまうのが災害じゃないですか。大きな自然災害も同様だと思いますし、戦争もそうですよね。そういう中で、その現実世界を舞台に物語を書こうと思うと、別に地震に限らないわけですけども、災害的なものと無縁に物語を描くことは僕にはできない気がして。自然に、どうしても考えてしまうというのが正直なところです。いろんな作り方があり、いろんなタイプの作品があると思いますが、僕はそこにとらわれているところがありますね

すずめの戸締まり ©2022「すずめの戸締まり」製作委員会  原作・脚本・監督:新海誠

映画では、主人公の鈴芽たちが、災害が起きた全国各地を巡り、その場所のかつての姿に思いをはせる場面が描かれています。震災のあと人が住まなくなったり、姿を大きく変えたりした地域にも、かつて人の営みがあったと想像することで、災害がもたらしたものの理解につながると考えています。

廃墟になった場所でも、かつてそこに人がいたわけですよね。いろんな喜びや悲しみがあった場所です。映画の中で、廃虚にたどりついた鈴芽が、「土地の声を聞け」と語りかけられる場面がありますが、そういうことを通して、鈴芽は「この場所には今とは違う風景があったんだ」、「かつては人の営みがあったんだ」と、人々の姿を想像していくわけですよね。場所や他者への想像力だと思います。今は人がいないから超然とした冷たい美しさになりますが、でもそこに血の通った感情があったことを鈴芽が知っていく。そういう思いを感じながら、鈴芽が東北に向かっていく物語にしたかったのです

自分を励ます力

すずめの戸締まり ©2022「すずめの戸締まり」製作委員会  原作・脚本・監督:新海誠

旅の途中でさまざまな人に出会い、助けられながら成長していく鈴芽。終盤には、過去の記憶と向き合い、自分自身を励ましながら前へと進む姿が描かれています。「自分を認め、信じること」。そこに“扉”を閉めて、未来を切り開くヒントがあると、メッセージが込められています。

自分で自分自身の気持ちを励ますということは、ふだんからやっていると思うんですよね。ふだんやっているということは、きっとそれが生きていく上で必要だから、もう、やむにやまれずやっている行為なのではと思うんですよ。今がつらかったとしても、「この先なんとかなる」ということだったり。かつて自分が「つらかったな」と思ったことを、今の自分が「大丈夫だよ」と励ますことで、人間はなんとか生きながらえたり、気持ちを保ったり、つらい時期を脱したりできていると思うのです。その上で、「私が鈴芽だ」というふうに思ってもらえる“奇跡”みたいなものも、ちょっと期待しながら作っていましたね

「感じたことを教えてもらいたい」

震災で被害を受けた地域に暮らす人たちへのメッセージを尋ねると、慎重にことばを選びながら思いを語りました。

誰かの心に触れたいと思って、触れようと思って、動かしたいと思って映画を作るとき、どうしても暴力性みたいなものも帯びるので、「何でこんなものを作るんですか」という人だってどこかにいて…、そういう人とは直接話すことができないのかもしれないのですけれども。どういうふうに感じたかということを教えてもらえたら。勝手なお願いですけれども、ぜひ映画を見ていただいて、感想が聞ければ、これ以上の幸せはないと思っています

取材を終えて

「文化」のニュース取材を担当してきたこともあり、新海監督は、「君の名は。」や「天気の子」のときにも取材しました。「天気の子」の完成後も、「公開が近づくにつれて不安な気持ちになる」と話していましたが、今回はそのとき以上に強く「不安感」を抱いていると、胸の内を明かしていました。その感情をここまであらわにした新海監督を見たのは初めてです。一方で、批判も承知の上で震災を描くことを決意した、強い覚悟も伝わってきました。

震災のことをしっかり伝えてほしいという人もいます。思い出したくないという人もいます。記憶が鮮明な人もいれば、震災を経験していない子どもたちも増えています。新海監督の話を聞いて、「11年という時を超え、また世代を超えて、当時起きたことに思いをはせる1つのきっかけになれば」という願いが込められていることを感じました。

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