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文化の灯を絶やさない

“圧倒的な謎”に会う

2021.08.06 :

突如、東京の空に人の顔が浮かんだ。しかも、実在する「誰か」の顔が。

東京オリンピック目前に行われたアートイベントだが、ただ大会を盛り上げるために行われたわけではない。コロナ禍で遭遇する圧倒的な謎。そのとき、人は何を思うのか。

突如として現れた“顔”

東京オリンピックの開会式を翌週に控えた7月16日の早朝、東京の空に巨大な人の顔が突如として、現れた。

大きさは、7階建ての建物ほどもある。

全体が見えるとその大きさに圧倒されるが、木々の隙間からのぞいた顔は、かなり不気味だ。
東京・渋谷区の公園。

顔の内部に徐々に空気を送り込み、午前6時に空に向かってふわふわと浮かんでいった。

通りがかった人たちは、足を止め、空を見上げながら不思議そうに写真におさめていた。

ネットで大きな話題に

「朝起きたら公園に巨人が、怖い」
「なんなのこれ」「めっちゃ怖い」
「謎の顔が浮かんでいて、ビビった」

SNSには、次々に投稿が上げられた。一時、トレンドワードの上位にもなった。

何の前触れもない突然の出来事、「理解不能なもの」と捉えた人が多かったようだ。
 

現代アートチーム・目

空に上がった「顔」は、現代アートチーム・目の「まさゆめ」という作品だ。

目は、荒神明香さん・南川憲二さん・増井宏文さんの3人で活動している。

作品のベースは、荒神さんが中学生の時に見た夢だった。
荒神明香さん
「中学生の時に顔が空に浮かんでいる夢を見て、直感的に『顔の下にはこの立体物を浮かべている人がいる』と思ってすごく感動したんです。大人たちがこんな謎なことをやっていいんだ、こんな謎なことがこの世界に起こってもいいんだと思って」
今回の「顔」のモデルは世界中から募集し、1000人以上から集まった。選ばれたのは、そのうちの1人。

東京の空に浮かぶにふさわしい顔が選ばれた。どこかに実在する顔、そのまま。年齢、性別、国籍は秘密だ。
南川憲二さん
(南川さん)
「顔を選ぶ過程で『顔会議』という誰でも参加できる公開型の会議を開きました。
そこで、どんな顔が浮かぶべきかというのを会議に参加している皆さんに投げかけてみたら『見返す顔・跳ね返す顔』というキーワードをいただいて。それをきっかけに自分たちで無数の顔の中から東京に上げるべき顔を選んでいきました」

ただオリンピックを盛り上げるイベントではない

多くの人が目にすることになった「顔」。

東京オリンピック目前に行われたアートイベントだが、ただオリンピックを盛り上げるために行ったわけではない。
一番左側にいるのが増井宏文さん
当初は、2020年に打ち上げる予定だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期になった。

3人はその間、本当に顔を打ち上げていいのか。なぜコロナ禍の今、アート活動を行う必要があるのかを徹底的に議論したという。

荒神さんは、強い葛藤があったと振り返る。
「こういうことをやって許されるわけがないのではと、まず振り切って考えてみました。
じゃあなんでコロナ禍で自分たちがこの作品をやるのか、どういう意思でやるのかということを考えました。その結果、正解がないということがわかりました。だったら、自分で答えを導き出すしかないと。アートを通して今の世界に自分たちの存在を問うことを諦めずにやることが答えでした」
南川さんは、これまでアート作品が与えてきた影響や力を信じた。
「当初考えていたような、ただ企画を採択されたからやる、という訳にはいかないと考えました。なぜ今これをやりたいのか、こういった活動をなぜ今やらなければいけないのか。新型コロナウイルスは、医療や経済の観点から世界規模の問題として語られています。
でも、その観点だけでは今の状況は捉えられないのではないか。想像力を持って私たち自身が今直面していることに、全く別の角度から見る必要があると強く思いました。アートはこれまでさまざまなものの見方を人類に提案してきましたが、こういった大変な状況でこそ新たなものの見方を作り出せるような作品を提示する意義があると思いました」

今こそ他者を思い、想像する

今回の作品、もともとは多くの人に見てもらおうと、打ち上げの日時を周知する予定だった。だが、コロナ禍で事前告知をやめることにした。

その結果、人々は偶然、突然、顔と出会うことになった。

荒神さんは、コロナ禍でこそ、巨大な顔という「圧倒的な他者」と偶然出会い、そのことで他者を思い、想像する意味を感じてほしいと話す。
「偶然目にする匿名の巨大な顔は自分たちとって圧倒的な他者ですが、その時に自分のことだけではなくて他者のことを考えることになります。コロナ禍で他者とリアルに接する機会が失われつつある今、他者のことを考える意味とは何か。突然の謎に遭遇することは、自分たちが抱えている葛藤や世の中に対して抱いている意味が1度はぎ取られた状態になって、自分たちの存在について改めて考えるきっかけになると思っています」
今回の取材を通して、南川さんの発言が特に印象に残った。

「文化、芸術は、人間のものの見方、ものを見てそれを捉えるという単純明快なことに対して真っ向からひっくり返したり、角度を変えたりするということをずっとやってきている。こういう時こそ、ものの見方を変えるようなことが必要なんじゃないか」

コロナ禍でアートは不要不急だとされ、イベントや展示会もいやおうなく制限されている。

でも本当に、アートは不要不急だろうか。

私は「目」の作品を見るたびに、ものの見方が一変する感覚を体験してきた。

道ばたに落ちている“ごみ”を見て、そこに存在する意味をしばらく考え込んでしまうようなこともあった。

「顔」の今後の打ち上げは未定だが、もし打ち上がれば、多くの人に“圧倒的な謎”に偶然出会う体験をしてもらいたい。
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科学文化部記者

岩田宗太郎

平成23年入局。宇都宮放送局を経て、平成28年から科学文化部。

江戸川乱歩の「少年探偵」シリーズに始まり、綾辻行人さんの「十角館の殺人」でがっちりと心つかまれたミステリ好き。(最近は阿津川 辰海さん推し)。趣味は国内外の博物館を巡り、その土地のお酒を飲むこと。文化財保護や「今起きていることを後世に伝えるための資料収集」に関心があり、取材を進めています。

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