STORY

「スラムダンク」なぜ今、広島で再び

2022.11.27 :

久しぶりに単行本を開いた。連載終了から26年がたつ今でも、まったく色あせない世界観にこみあげるものがあった。「SLAM DUNK(スラムダンク)」熱がここ広島で再び高まっている。

 

なぜ今、広島なのか。

職場にもファンだらけ…

週刊少年ジャンプで1990年から1996年まで連載した「SLAM DUNK」。赤木剛憲、木暮公延、宮城リョータ、桜木花道、流川楓、三井寿…。個性あふれるキャラクターたちがそろう神奈川県立湘北高校バスケットボール部が全国制覇を目指す物語だ。国内でのシリーズ累計発行部数は1億2000万部以上にもなる。

現在38歳。当時、小学生だった私はマンガやテレビアニメにのめり込んだ。平日、家にはまったくいなかった父親も原作の大ファンで、休日の会話の多くをSLAM DUNKが占めていた気がする。ちなみに私は、あきらめの悪い男、三井寿が好きだ。
局内でSLAM DUNKの取材を提案すると、同僚や上司からは「バスケをやっていた僕が取材したかった」「ファンとして中途半端は許されないぞ」「木暮は3年間がんばってきた男なんだよ」などなど。改めて、多くの人を魅了し続けている作品なのだと感じた。

「広島」との関わりは

本題に戻る。取材を始めたきっかけは、12月3日公開の新作映画にある。その名も『THE FIRST SLAM DUNK』。予告動画やポスターなどは出ているが、あらすじはまったくわかっていない。
SLAM DUNK大好き 重田八輝(38歳)
ただ「広島が関わってくるのでは?」との声が出ているのだ。原作で、湘北高校バスケ部は神奈川県予選で準優勝し、インターハイへと進む。そのインターハイの舞台が「広島」だったためだ。さらに1993年から1996年まで民放で放送されたテレビアニメは、インターハイ前で終了している。再びSLAM DUNKを描くならば、インターハイも入るのではないか?との考察もあった。(聖地巡礼も兼ねて)ファンの声を集め始めた。

誇らしかった大学職員

広島経済大学 石田記念体育館
広島市安佐南区。坂をどんどん上ると見えてきたのは、広島経済大学の体育館。原作を語る上では欠かせない場所となる。大学の職員が「ここが山王工業戦の試合会場のモデルとされているんですよ」とうれしそうに話した。
秋田代表で高校バスケ界の頂点に立つ山王工業。原作のクライマックスで湘北高校と戦った相手だ。桜木花道が背中にケガを負いながら、再びコートに立ち決勝点を決める。ライバル視するチームメートの流川楓からのラストパス、そしてタッチを交わすシーンはいつでも目に浮かぶ。
案内してくれた広報担当の山本俊介さん(46歳)も原作のファンだった。せっかくの体育館なのでファン同士、2人でフリースローをやってみると、全然リングに入らない。バスケが苦手でも、私たちファンはファンなのだ。山本さんはかつてオープンキャンパスなどで受験生や保護者にこの場所をアピールしてきた。
シュートを決めてうれしそうな山本さん
広島経済大学学長室 山本俊介課長補佐
「ここ、スラムダンクの山王工業戦で戦った舞台になってるんだよ」ってよくPRさせていただいていました。「おおー」って反応や「もう1回原作読んでみよう」って言う生徒さんもいて、大学職員として誇らしかったですね。最近は連載が終わって20年以上たっているので反応がだいぶ鈍くなってきましたが、仮に映画で広島が描かれて、原作どおりに広島経済大学も登場するようなことがあれば、またPRできると思いますし、広島全体がもっと元気に盛り上がればって期待はありますね。

連載終了後に生まれた若者までも

広島放送局から車で1時間余り、広島市佐伯区の湯来温泉に着いた。ここにも“聖地”がある。出会ったのは、観光の仕事をする五十嵐優太さん(25歳)。偶然にも私の初任地・福井県の坂井市出身だという。今も天守が残る丸岡城などで有名な場所だ。素直に「何のゆかりがあって湯来に?」と尋ねた。
SLAM DUNKを愛する 五十嵐優太さん
湯来観光地域づくり公社 五十嵐優太さん
もうゆかりと言えば、もうそれこそスラムダンク。本当に好きでした。スラムダンクがきっかけでバスケットボールを小中高とやっていたので、人生の転機となって、この湯来に来ました。
移住の決め手となったのは湯来温泉の旅館「みどり荘」だった。ここは湘北高校バスケ部がインターハイの期間中、泊まっていた旅館「ちどり荘」のモデルとされる。残念ながら今は閉館している。
この表紙は、本気で全国制覇を信じてきた3年生の赤木、木暮、それにいろいろあった三井が、山王工業戦の前夜、旅館の前で決意を新たにする名シーンだ。連載が終了した後、福井で生まれた五十嵐さん。「みどり荘」の前でSLAM DUNK愛を語る姿に、アラフォーは「上には上がいるな」と思った。
湯来観光地域づくり公社 五十嵐優太さん
実際に見ると、本当にそのまんまですね。この橋も外観も全部一緒で。なんならあそこの看板とかも一緒で。1つ1つのシーンが思い出されて、夢見ているようで、なんかマンガの中に入ったような気分になれますね。今回の映画でどこのシーンが描かれるのかまだわかってないんですけど、ちょっとでもみどり荘が出てきて、広島が出てきて、湯来が出てきてくれたらなぁ。
そして、五十嵐さんの上司は、旅館の閉館が相次ぐ湯来温泉を再生させる、その起爆剤になるのではと期待していた。
佐藤亮太さんもSLAM DUNKファン
湯来観光地域づくり公社 佐藤亮太理事長
湯来温泉は多い時で10数軒の宿があったんですけども、2軒しか残っていないんです。今、なんとか温泉街を再生したいよねという話が進みだしていて、なんとか今回のスラムダンクの映画も契機にしながら、もう1回、温泉街に灯がともっていくような取り組みはしていきたいと思いますね。

日本バスケ界への影響

広島、バスケットボール、と言えば、この人に話を聞かないわけにいかない。
広島ドラゴンフライズ 浦伸嘉社長も大ファン
バスケットボールB1、広島ドラゴンフライズの浦伸嘉社長(42歳)。自身もバスケットマンだ。ドラフラじゃなくてSLAM DUNKの取材ですよと伝えると「私自身もスラムダンクの多大なる影響を受けて人生を歩んでいますから。本当に今回の映画、うれしいですね。この取材もうれしいですよ」と、にこやかに返ってきた。
バスケットボールのプロリーグ、Bリーグは2016年秋に発足。世界に通用する選手、全国各地に多くのファンを生み出してきた。浦社長は、日本のバスケ界の成長はSLAM DUNKの影響が大きかったと話す。
広島ドラゴンフライズ 浦伸嘉社長
当時のスラムダンクの世界観って本当に先を行っていた。その世界観を見て育ってるので、もっとレベルが高いバスケット、想像力を広げてくれたのはスラムダンクでした。日本のバスケット界も昔に比べて盛り上がってきたと思うんですが、スラムダンクの影響がすごかったんですね。今回の映画をきっかけに、さらに日本で人気が出ることを願っていますが、それで終わりにするのではなく、Bリーグの各クラブがもっと勢いをつけて成長しなければと思います。
仮に映画で広島が描かれれば、バスケファンが広島に集まってくるような取り組みも行っていきたいと期待を寄せた。

わかるわけないのに

広島県内の映画館も公開を心待ちにしている。府中町の映画館には、赤いユニフォームを着た湘北高校の5人の巨大なポスター。得点板に見立てたカウントダウンボードも設置されていた。カメラマンが館内を撮影をしていると、別の映画を見に来た10代の2人組が「スラムダンクの取材だよ、絶対そうよ」などと話す声が聞こえて、うれしくなった。ちなみにカメラマンもファンの1人、撮影はいつもより丹念に行われたような気がする。

映画館の担当者にも期待の声をインタビューしたが、はやる気持ちから最初の質問は「映画館なら、あらすじってもうわかっているんですかね?」になってしまった。わかるわけがないと思いながらも、聞いてしまった。
功刀弘暁さんもバスケットマン
広島バルト11 功刀弘暁サイトマネージャー
まだストーリーは全く明かされていないので、ちょっとどういった話になるかは想像でしかないんですけれども、広島だといいなっていうところはありますね。私も早く知りたい気持ちがありますよ、やきもきですね。まぁ見てからのお楽しみということで、ぜひ劇場でお待ちしております。

“気軽に楽しんで”

どうしてもあきらめきれない。インターネットなどで情報を探しに探したが、結局、あらすじはわからなかった。そうした中、原作者の井上雄彦さんの公式ウェブサイトに、10月20日付けでメッセージが記されているのを見つけた。
知らない人には初めての、知ってる人には、知ってるけど初めて見るスラムダンク。そんな感じで気軽に楽しんでもらえたら嬉しいです。
広島が舞台じゃなくても作品自体を楽しもう。私はそう思った。公開の日は土曜日、勤務表を見ると休みになっている。よし、初日から行くか!その予定を妻に伝えると…。

「私もスラムダンク見たいんじゃけど。誰が子どものこと見るん?」
SLAM DUNKの影響で小学生の時、バスケをやっていた妻のほうが先に映画を見るべきなのか。そんな気もする。結局、時間をずらしてそれぞれ映画館に行くことになるのだろう。そう、気軽に気軽に。

ご意見・情報をお寄せください

広島放送局記者

重田八輝

2007年入局。石川県生まれ千葉県育ち。新聞記者だった父親の背中を見て同業を志望した私ですが、取材を通じて世界はこんなに広いのかと実感、伝える仕事を選んでよかったと思っています。福井局、大阪局、科学文化部を経て2021年秋から広島局。原爆被害や広島サミット、食文化など幅広く取材しています。子どもが広島弁になりそうです。

重田八輝記者の記事一覧へ

記事の内容は作成当時のものです

STORY一覧に戻る