科学

宇宙から 地球を観測する衛星 『だいち3号』を、 試しに人間の視力に 置き換えてみたら とんでもない数字が出てきた

宇宙から 地球を観測する衛星 『だいち3号』を、 試しに人間の視力に 置き換えてみたら とんでもない数字が出てきた

2022.12.23

人工衛星とは地球を回りながら観測を行う、文字どおり人が作った衛星のことを指す。宇宙の謎に迫る科学衛星や、国内外のテレビ中継などに使われる通信放送衛星など、用途はさまざま。今回取材した「だいち3号」は地球の状態を監視する「地球観測衛星」。
日本上空の雲を撮影する気象衛星「ひまわり」のシリーズもそのひとつだ。

取材を終えた私は、デスクに報告した。

 

「670キロ上空から、地上にある80センチの物体を見分けられるんですよ」

 

デスクが間髪を入れず問い返してきた。

 

「それって人間の視力でいうとどれくらい?」「・・・。」

 

…答えられなかったので、さっそく調べてみた。

ド迫力の「だいち3号」

報道公開された”だいち3号” 

神奈川県鎌倉市にある三菱電機鎌倉製作所。厳重に管理されている。

建物に入るために取材クルーが持ち込みを許されたのはカメラやノートなど、必要最低限の機材のみ。電波を発する携帯電話や時計、紛失のリスクが高いネジなど細かい部品が付いているものはすべてNG。

専用の防じん服に着替えてクリーンルームの中に入り、ほこりなどを落としたあと、ようやく目の前に現れたのが、完成したばかりの「だいち3号」だった。

▽高さ5メートル ▽幅16.5メートル
▽奥行き3.6メートル ▽重さおよそ3トン

JAXA=宇宙航空研究開発機構と三菱電機が開発した最新鋭の衛星。目の前にすると、数字以上に大きく感じ、金色に輝くその姿に圧倒された。

地球観測衛星 ”だいち”の歴史

©JAXA だいち3号 観測イメージ

地球観測衛星「だいち」は、地震や豪雨による土砂災害、火山噴火といったさまざまな災害の監視や状況把握のほか、地図の作成などに役立てるのがおもな目的だ。

初代「だいち」は2006年から5年間運用され、2011年に東日本大震災の被害状況を観測した後、運用を終了。初代を引き継いだ「だいち2号」は2014年に打ち上げられ、昼夜や天候に左右されることなく観測できる特長を生かして地形の変化を見つけ、熱帯雨林の監視や大地震による地殻変動の検出を行うなど幅広く役立てられている。

驚異的な“視力”の源は

©JAXA 解像度比較 左が初代「だいち」 右が「だいち3号」シミュレーション

特徴は、上部に取り付けられたセンサ。

初代「だいち」と同じく一度に幅70キロを観測できる能力を保ったまま、従来の3倍の解像度で地上の物体を識別することができる。さらにこれまで別々だった白黒とカラーの画像を合成して高解像で映し出すことが可能になった。シミュレーションでは
高度670キロの宇宙から80センチの物体を識別できるという。

だいち3号」の視力は、いったい何点何なのか。

視力検査の際、アルファベットの「C」のような記号が使われる。「ランドルト環(かん)」と呼ばれ、つながっていない部分の長さおよそ1点5ミリを5メートル離れた場所から見て、途切れているのがどの方向か分かれば視力1.0となる…らしい。

「だいち3号」で置き換える。80センチの物体を670キロ離れた場所から識別できるのだが、全然スケールが違うのでよくわからない。困ったので専門家に聞いてみた。

山岡センター長による「わかりやすい?」解説メール 

国立天文台 天文情報センターの山岡均センター長に電話で尋ねたところ「簡単ですよ、メールで計算式を送ります」とのこと。すぐにメールがきた。

「670km先の0.8mが作る角度=0.8/670000ラジアンを角度の分に直して、逆数をとればいいです。1/(0.8/670000* 180/pi*60)=243.61.....です」

なるほど…「だいち3号」の能力を視力に換算すると
「243.6」になるらしい 。

人間なら並外れた視力であることは言うまでもない。実際にはどのくらい見えるのか。例えるならば、東京都庁の展望台からおよそ830キロ離れた札幌時計台の時計の針が何時を指しているのかがわかるというレベル。

しかも、その視野は幅70キロにおよぶ。人間と比べると、とんでもない視力でとんでもない範囲を一度に観測できてしまうというのだ。ちなみに「だいち2号」は搭載されているセンサが「だいち3号」と異なるため比較はできないが初代「だいち」は視力で換算すると77.9。進化している。

©JAXA だいち2号が撮影した「富士山」

この驚異の視力が私たちの生活をどう変えるのだろうか。

例えば、地震や豪雨などの災害時にどこで被害が発生しているか具体的に把握することはとても重要だ。上空から80センチの物体を判別できれば、山の斜面で崩落した岩や倒壊した建物を特定することも可能だ。航空機やドローンでも上空から観測することはできるが、一度に観測できる範囲が限られる。

また、崩落した岩や倒壊した建物が災害によるものなのかどうかすぐに区別するのは難しい。その点「だいち3号」は、災害前のデータも蓄積しているため、画像を比較することで崩落によるものかどうかを瞬時に区別することができる。

さらに、地図の更新にも大きく役立つと考えられている。国内の都市部では大規模施設などの建設が盛んで、限られた人員と予算の中で地図の更新作業が頻繁に必要となるが、80センチの大きさを見分けることができれば道路や一定の大きさの建物を判別することができるため、そのまま地図として利用することができ、作業負担はもちろん、コストの大幅な軽減が期待できる。

見えなかったものが見えるように

©JAXA 水中も観測可能に

さらにこれまで見えなかったものも「だいち3号」では見ることができるという。

観測できる光の波長をこれまでの青、緑、赤、近赤外に加えて
▼「コースタル」と▼「レッドエッジ」を新たに取り入れた。

このうち「コースタル」は波長が青よりも短いエリアで、ほかの波長に比べて水中で光の粒子が減りにくいことから、反射した光を捉えやすくなるため、これまで難しかった沿岸や湖などの水深の測定なども可能になるという。水深の測定にはこれまで船を使うのが一般的で多額の費用と時間がかかる上、広範囲の観測には向いていなかった。

さらに、水の中を観測することができれば魚などの重要な生息場所となる「藻場」の状態を把握することなども可能となり効果的な保全対策に貢献すると考えられている。

一方、「レッドエッジ」は、赤と近赤外の間の波長で健康な植物の場合、光の反射が強いという特性があり
▼森林の生育状況を把握したり
▼大きな被害をもたらすマツ枯れなどを早期に発見したりすることが可能で被害の拡大防止などにも役立つと考えられている。

©JAXA 2022年度に「だいち3号」は打ち上げ予定

こうした特性を兼ね備えながら、将来的には民間や研究機関などともデータを共有することで、新たな活用方法も生み出されると期待されている。

「だいち3号」は日本の新たな主力ロケット「H3」で2023年2月に打ち上げられる予定だ。

三菱電機衛星情報システム部 大野新樹 次長

「ゼロから開発する部品も多く、開発途中からコロナが大流行し、計画通りに進まず難しい部分もあったが、完成させることができてほっとしている。減災や防災に役立つと期待している」

H3ロケット エンジニアの苦闘の舞台裏

NEWS UPH3ロケット エンジニアの苦闘の舞台裏

天文学の新時代が幕を開ける~最新宇宙望遠鏡が運用開始~

NEWS UP天文学の新時代が幕を開ける~最新宇宙望遠鏡が運用開始~

「宇宙飛行士を誕生させたい」女性アナウンサーの挑戦

NEWS UP「宇宙飛行士を誕生させたい」女性アナウンサーの挑戦

ご意見・情報 お寄せください