科学

サイカル研究室

我が輩は「ヨコエビ」である 名前はまだない

我が輩は「ヨコエビ」である 名前はまだない

2023.12.22

”●●●模様”の新種とみられる生き物が見つかった!

 

温泉とテーマパークで有名な和歌山県白浜町。ここで新種とみられる「ヨコエビ」が見つかった。大きさわずか5ミリほどの小さな甲殻類だが、テーマパークの人気者となっている、“あの動物”を思わせる白黒の模様を持っている。正式に新種と認められれば、研究者は自由に名前(和名)をつけることができる。

「どんな名前にするか考えるのが楽しいです。それが生態系を守ることになりますから」発見した研究者は笑顔で語る。その言葉に秘められた思いに迫った。

エビではない “ヨコエビ”です

ニッポンヨコエビ  画像提供 富川光教授

そもそもヨコエビとはどんな生き物なのか? 多くの人がふだんは気にもとめない生物で、私も取材を始めるまでほとんど知らなかった。しかし、実はこの地球の至る所にすんでいる。生き物がすむには過酷な水深1万メートルの深海から“世界の屋根”ヒマラヤ山脈、50度を超える温泉まで、ほとんどあらゆる場所に生息している。これまでに見つかっているだけで約1万種、生物界ではトップクラスの多様性を誇っている。ヨコエビの名前の通り、見た目は私たちがよく目にする「エビ」に似ているが、生物学上は「エビ」からはかなり離れており、ダンゴムシやミジンコに近い甲殻類の一種だ。体を横に倒して移動することからヨコエビと呼ばれている。

ニッポンヨコエビが生息する山口・美祢市の別府弁天池 

このヨコエビ、世界中の至る所に見られるので、もちろん国内でも水がある場所ならたいてい見つかる。湖や海の浅瀬にある石をひっくり返して探せば誰でもすぐに見つけることができる。石についている小さな生き物は、その多くがヨコエビだ。実際に私も試してみた。最初は小さすぎて気付きにくかったが、目が慣れてくるとすぐに見つけることができた。大きさはほとんどが数ミリほどしかないが、生物の死骸を食べて分解する「自然界の掃除屋」であり、魚や鳥、昆虫など多くの生物のエサにもなっていて、生態系のピラミッドを支える重要な生き物でもある。

ヨコエビに人生を捧げた研究者

広島大学教育学部 富川光教授

そんなヨコエビに人生を捧げる研究者がいる。広島大学教育学部の富川光教授だ。富川さんに初めて出会ったのは2017年4月。宮崎県沖の水深300メートルの深海で新種のヨコエビが見つかり、広島大学で記者会見が行われた時のことだった。当時、NHK広島放送局に勤務していた私は、もちろんヨコエビという名前すら聞いたこともなく、あまり深く考えずに取材に向かったのを覚えている。カメラマンとともに会場で目にしたのは大きさ5ミリの真っ白な虫のような生き物。「これをテレビで放送しても視聴者はついてこられるのだろうか?」としばし悩んでしまった。

宮崎県沖の深海で見つかった新種のヨコエビ

それは記者会見に参加した他社の記者も同じだったようで「ヨコエビとはそもそもなんですか?」など質問の歯切れもどうも悪い。しかし、そんなことはお構いなしに富川さんは会見中ずっと目を輝かせながら新種のヨコエビの特徴や、深海で見つけた時の興奮を語り続けていた。会見終了後、私は単刀直入に富川さんに「ヨコエビに、何か魅力はあるのですか?」と聞いてみた。すると、間髪入れずにこんな答えがかえってきた。富川さん「もう魅力だらけですよ、地球上でこんなに幅広く生息する生き物はいないですし、きっと未知のヨコエビがもっといるはずなので、早く調査に行きたいです」

私も学生時代は海洋の研究に没頭していたので研究者と語り合う機会も多かったが、こんな小さな生き物にこれほど情熱を持っている研究者には出会ったことがなかった。私の幼稚な質問にもまったく嫌な顔をせず、すべて答えてくれる富川さんとすっかり意気投合し「こんなにヨコエビに興味を持ってくれてうれしいです。いつかすごいヨコエビを見つけたら直接、連絡しますね」と帰り際に富川さんは約束してくれた。

91年間も「勘違い」されていたヨコエビを見抜く

国の特別天然記念物 秋芳洞

それから1年後の2018年、突然、富川さんから電話がかかってきた。「あの時、約束した『すごいヨコエビ』がいましたよ!洞窟の中で91年間も勘違いされてきた新種のヨコエビを見つけました」興奮した様子の富川さんに言われるがまま、向かったのは山口県美祢市にある国の特別天然記念物「秋芳洞」。今回、調査に同行取材することが特別に許可された。全長1キロにも及ぶ鍾乳洞の中で富川さんは「遅い!」といわんばかりの少しそわそわした様子で私を待ち構えていた。ひんやりとした暗闇の洞窟を歩くこと15分、突然富川さんは岩場の水たまりを指さした。富川さん「これがずっと勘違いされてきたヨコエビです、改めて見ても違いますね」

秋芳洞に生息するヨコエビ
秋芳洞に生息するヨコエビ 画像提供 富川光教授

何度も目をこらして、ようやく見えたのは大きさ5ミリに満たない真っ白なヨコエビだ。それにしても「勘違いされていた」とはどういうことなのだろうか?秋芳洞で初めてヨコエビが見つかったのは今から90年以上前の昭和2年。京都大学の研究者が調査した結果、四国地方の洞窟に主に分布し、すでに広く知られていた「シコクヨコエビ」と同じ種だと発表したのだ。それ以来、秋芳洞のヨコエビは「シコクヨコエビ」として、観光パンフレットやモチーフになって紹介されるほど有名な存在になっていた。

秋芳洞の観光モチーフ 河童の腕の中に「シコクヨコエビ?」が

ところが、それから91年。じつはシコクヨコエビではなかったことが、富川さんの調査で明らかになった。当初、富川さんは有名な「シコクヨコエビ」を一目見たいという思いで秋芳洞を訪れた。しかし、観察しているとすぐに違和感を覚えたという。

富川さん 「雰囲気が普通のシコクヨコエビと違っているなというのはわかりましたね」

その後、持ち帰って詳しく調べたところ、「シコクヨコエビ」では生えない場所から1本の毛が出ていることがわかったのだ。数ミリのヨコエビから産毛のように生えているので、顕微鏡で拡大してようやくわかるほどだが、DNA解析を行ったところ、やはりシコクヨコエビとは明確に異なっていたことが判明した。この遺伝子レベルの違いを富川さんは“雰囲気”で感じとっていたのだ。こうして91年にもおよぶ勘違いが証明され、秋芳洞のヨコエビは新種(新種和名:アカツカヨコエビ)と認定されたのだ。富川さんがいなければ、このヨコエビは永久に勘違いされたままだったかもしれない。

この一本の毛が新種の証となった

緻密なスケッチで養った観察力

富川さんのヨコエビスケッチ

研究室に入ってすぐに富川さんがおもむろに取り出したのは1冊のスケッチブック。ヨコエビを捕まえてきては毎回、その姿を描くのが習慣だそうだ。その絵のレベルは精密の一言に尽きる。1ミリにも満たないヨコエビの毛の一本一本までが正確に描かれている。実は新種かどうかの大きなポイントの一つには先ほどのシコクヨコエビの時と同じく、毛の生え方や骨格などのほんのわずかな違いが決め手になることが多い。遺伝子解析を行うと種の違いは明確にわかるのだが「何かこれまでの種とは違う」と感じるには、なによりこうした観察力がとても重要だと富川さんは話す。

ヨコエビは“魔の分類学”

トンガリネコゼヨコエビ 画像提供 富川光教授

そもそもなぜヨコエビの研究を始めたのだろうか?富川さん「本当は「エビ」の研究がしたかったのですが、大学で研究室に配属された時、恩師から『エビはやりつくされているから、新たな発見は難しい。その点、ヨコエビはあまり誰も研究していないから、やりがいがあるよ』と勧められるがまま始めたのです」

実はヨコエビの研究は生物学者の間で敬遠される傾向があるという。富川さんによると、魚や昆虫などの他の生物に比べて、ヨコエビはどれも体の構造が基本的には同じで違いが見つけにくいことに加えて、例えば昆虫などは見た目が似ていても、交尾期や産卵期の違いなど多くの指標で種を見分けることができるそうだが、ヨコエビはそういった違いがほとんどないそうだ。そのため、ヨコエビの研究を始めたものの挫折する研究者が多く、専門家の間では「魔の分類学」とも呼ばれているという。

なんとなく始めたヨコエビの研究だったが、とにかく実物を見てみないとなにも始まらないと考え、国内で湧き水があるようなところに毎日のように調査に出かけては何百、何千というヨコエビをすみずみまで観察したのだ。さらに画家だった祖父の影響で、スケッチをするのが得意だった富川さんは、捕まえたヨコエビの姿を正確にスケッチすることも習慣にしていたという。こうした努力と幸運にも恵まれ、学生時代にヨコエビの新種を発見。ますます研究にのめり込むきっかけとなったのだ。

富川さん
「生物学者は生き物の絵を描くことがあるのですが、不得意な人が多い。私は小さい頃からスケッチが好きだったので苦にならないどころか、むしろ楽しんでやっています」

大好きな生き物を、得意のスケッチで何百枚も描くうちに、いまでは頭の中でヨコエビが再現できるようになったという。こうした地道な努力の積み重ねが驚異的な観察力に結びついていると富川さん自身も振り返っている。

世界もびっくり?そんな場所にもヨコエビが!

ジンベエザメ 口の中に住んでいたのは・・・

2019年の秋、富川さんから再び電話がかかってきた。興奮度が前回より一段高い。


さん

ジンベエザメの口の中からヨコエビの新種が見つかりました

ジンベエザメって、あのゆっくり泳ぐ大きくておとなしいサメですよね?

さん

そうです、私もまさかと思いましたが、大量にいるので写真送りますね

ジンベエザメの口に生息する新種のヨコエビ 画像提供 富川光教授

見つかったのは沖縄県にある美ら海水族館で飼育されているジンベエザメの口の中。口の中を住処にするヨコエビなんて聞いたことがない。しかし、送られた画像を見ると数百匹のヨコエビがジンベエザメのエラの部分に群がっているのが確認できた。富川さんはジンベエザメにちなんでこのヨコエビを「ジンベエドロノミ」と名付け、私はすぐ取材して生物の身近なニュースとして放送し、海外に向けても発信した。すると、これが瞬く間に大反響となり、アメリカやフランス、イギリス、インドの新聞社、ドイツ、ベルギーの公共放送など世界中の報道機関が富川さんの発見を取り上げ始めたのだ。富川さんが見つけた「生物の口に住む生物」は世界が注目する一大発見となったのだ。

世界中の報道機関から取材を受けた富川教授

どうやって広い海の中を泳ぐジンベエザメの口の中にヨコエビが住みつくのか、何をエサにしているのか?など謎はまだまだ解明途中だが、改めてヨコエビの多様性には驚かされた

“あの動物”と同じ模様のヨコエビが!?

和歌山・白浜町

2023年、またまた富川さんから久しぶりに電話がかかってきた。

さん

新種とみられる●●●柄のヨコエビが見つかりました

どこで見つかったのですか?

さん

和歌山県白浜町周辺です

●●●柄が白浜で?・・・・すぐ取材に行きます

和歌山県白浜町などで見つかったという●●●模様のヨコエビ。しかし、まだ見つかったのは数匹だということで、今回、追加調査に富川さんは訪れた。海岸沿いの浅瀬に生息しているため、調査は潮が引く前後1時間ほどしかできない。到着するやいなや取材スタッフも総出で探すがなかなか見つからない。結局、昼の捜索は時間切れとなり、夜の捜索にすべてをかけることになった。しかし、夜になっても●●●柄の模様のヨコエビは一向に姿を現さない。諦めムードが漂い始めた午後10時ごろ、すくい上げた砂利の中からようやく姿を現した。肉眼でもはっきりとわかるほど、白黒の“パンダ柄”の模様が目立っていた。

パンダ柄のヨコエビ?

新種とみられるヨコエビ

大きさはおよそ5ミリ。なぜ白黒模様を持つのか理由ははっきりとはわかっていないが、取材中にそのヒントが見つかった。カメラで撮影しているときに、体を丸めて砂粒に混じると一瞬、姿を見失ったのだ。何度も繰り返してようやく撮影することができた。「砂の中に身を隠す上で、この模様だと周囲に溶け込みやすく有利に働くのかもしれない」富川さんはつぶやいた。

富川さん
「「どんな名前(和名)にするか考えるのが楽しいです。それが生態系を守ることになりますから」

一般に新種の生物を見つけて、論文として発表する時に発見者は名前をつけることができる。そこには国際的なルールに基づいてラテン語で表記される世界共通の“学名”とは別に、発見者が自由に日本語でつけられる「(標準)和名」の2つがある。例えば、身近に見られるテントウムシの一種「ナナホシテントウ」の学名は「Coccinella(小さな赤い虫) septempunctata(7つの斑点がある) Linnaeus(命名者)」であるが、私たち日本人にとっては「ナナホシテントウ」の方がなじみ深い。今回の調査で追加のサンプルが得られたことで、富川さんは新種として発表する論文を準備している。早ければ来年夏ごろにも論文が発表される予定だ。

新種を追い求める“深いワケ”

小笠原諸島

富川さんがこの20年で見つけた新種のヨコエビは50種にのぼる。水深1万メートルを超えるマリアナ海溝や真っ暗な洞窟、甲殻類には過酷な環境であるはずの50度を超える温泉の中からも新種を見つけた。いまでは世界中の研究者がヨコエビを見つけては新種かどうかの確認を富川さんに依頼するほどだ。しかし、富川さんが新種を見つける本当の理由は、単に研究成果を積み重ねたいからだけではない。

現在、地球上の多くの生物が絶滅の危機に瀕している。しかし、富川さんによるとこれはあくまで「知られている生物」のみについてだそうだ。つまり「知られていない生物=未知の生物」については、たとえ絶滅の危機に瀕していても保全のしようがないのだ。2021年、富川さんは都心から南に1000キロメートルの小笠原諸島の父島と母島で2種の新種のヨコエビを見つけた。実は昔から島にヨコエビがいること自体は広く知られていたが、現地の人の話ではここ最近、数が激減しているという。人間によって島に持ち込まれた「ヒモムシ」という外来種によって捕食されているのが主な原因とみられている。2つの島で見つかったヨコエビはようやく新種と認められたばかりで、すでに絶滅の危機に瀕している可能性もあるそうだ。

富川さん
「種を保全するためには、その種が何者かをまず知るのが基本。新種として私が発見することで、その存在が認知され、数や生息環境を調査することで、初めて保護の対象として守ることができる。このままだと存在すら知られず滅びる種もでてくると思うし、これは小笠原諸島に限らず、多くの場所でもすでに起きている問題です」

ヨコエビのような小さな生物は地味だが、じつは生態系のピラミッドを支える重要な生物でもある。ヨコエビが姿を消し、ひとたびこの連鎖がたち消えると、どのような影響がでるのかは分からない。だからこそ富川さんは小さなヨコエビの保全の必要性を強く訴えている。地球の生態系を守るために、1人の研究者が今日もどこかでヨコエビを探している。

(2023年12月24日 おはよう日本 放送)

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