遺伝子レベルの違いを“雰囲気”で見極める新種ハンター

2022.03.04 :

「新種ハンター」と呼ばれている。

 

水深1万メートルを超える深海や生物の口の中など、常識を覆す場所から“ヨコエビ”という生物の新種を次々と見つけだす。

 

彼はヨコエビの遺伝子レベルのわずかな違いを“雰囲気”で見極める。

 

学生時代、海洋研究に没頭していた私も取材するまで知らなかった、この奇妙な生物にどんな魅力があるのか?

 

「新種ハンター」は笑みを浮かべた。

 

「新種を見つけることが生態系全体を守ることにつながるんです」

びわ湖の“ヨコエビ激減”に衝撃走る

2021年12月、NHKが関西地方で放送したニュース。びわ湖の湖底で酸素が不足しここ数年でヨコエビが激減しているという。

「衝撃を受けました、びわ湖全体の生態系に間違いなく影響がでるでしょうね」

このニュースを知ってすぐに私に連絡をしてきた広島大学教育学部の富川光准教授。ヨコエビ研究の国内第一人者で、その研究に人生を捧げている。
広島大学教育学部 富川光准教授
ヨコエビとはどんな生き物なのか?

多くの人は見つけても気にもとめないであろうわずか数ミリの地味な生物で、私も取材を始めるまでほとんど知らなかった。

「ヨコエビ」の名前の通り、見た目は「エビ」に似ているが、生物学上は「エビ」からはかなり離れており、ダンゴムシやミジンコに近い甲殻類の一種だ。体を横に倒して移動することから「ヨコエビ」と呼ばれている。
海岸で簡単に見つけることができる
このヨコエビ、実はかなり身近な存在でもある。

海岸に打ち上げられた海藻やゴミを持ち上げて振り下ろすと、かなりの確率でパラパラと落ちてくる。それが「ヨコエビ」だ。

世界中の湖や海、山など、おおよそ水のある場所には広く生息している。

水深1万メートルの深海からヒマラヤ山脈、40度を超える温泉にもいて、寒冷地から熱帯林、砂漠まであらゆる環境に適応していて、その数は見つかっているだけで9000種にも上るという。

自然界の中では、生物の死骸を食べて分解する「掃除屋」の役割を果たすとともに、魚や鳥、昆虫など多くの生物のエサにもなっていて生態系のピラミッドを支える重要な生き物でもある。

一旦、このピラミッドの土台が崩れてしまうとそれに依存する多くの生物が影響を受ける可能性がある。

「びわ湖のヨコエビが激減する」ことで、びわ湖全体の生態系に影響が広がることを、富川さんは、懸念している。

ヨコエビに人生を捧げた研究者との出会い

2017年4月 広島大学で記者会見する富川さん
私(記者)が富川さんと出会ったのは2017年4月。

宮崎県沖の深海300メートルで新種のヨコエビが見つかり、広島大学で記者会見が行われた時のことだった。

当時、NHK広島放送局にいた私はヨコエビなど聞いたこともなく、あまり深く考えずに取材に行ったのを覚えている。カメラマンとともに会場で目にしたのは大きさ5ミリの真っ白な虫のような生き物。

「こんな小さな生き物がニュースになるのか?」
と一瞬、頭をよぎった。
宮崎県沖で見つかった新種のヨコエビ
他の記者も同じで「ヨコエビとはそもそもなんですか?」など質問の歯切れが悪い。

しかし、そんなことはお構いなしに富川さんは会見中ずっと目を輝かせながら新種のヨコエビの特徴や、深海で見つけた時の興奮を語り続けていた。

「エビ」ではないので食べることもできない、こんな小さな生き物になぜこの研究者はここまでひかれたのだろうかと純粋に疑問に感じた私は、会見終了後、単刀直入にヨコエビになにか魅力はあるんですか?」と投げかけてみた。

すると富川さんは、こう答えた。

「もう魅力だらけですよ、地球上でこんなに幅広く生きてる生き物はいないですし、きっと未知のヨコエビがもっといるはずなので、早くまた調査に行きたいんですよ」

私は学生時代、海洋の研究に没頭し研究者と語り合う機会も多かったが、こんな小さな生き物にこれほど情熱を持っている研究者には出会ったことがなかった。

私は次々に質問をぶつけた。

幼稚な質問にもまったく嫌な顔をせず、すべて答えてくれた。

最後にはその場にいた他の記者たちの冷めた視線も気にならないほど2人で意気投合した。

帰り際、富川さんは
「これほどヨコエビに興味を持ってくれてうれしいです。いつかすごいヨコエビを見つけたら直接、連絡しますね」と約束してくれた。

91年間も勘違いされたヨコエビを見抜く

山口県美祢市にある国の特別天然記念物 秋芳洞
それから1年後、突然、富川さんから電話がかかってきた。

「あの時、約束した『すごいヨコエビ』がいました!洞窟の中で
91年間も勘違いされてきた新種のヨコエビを見つけたんです
 


興奮した様子の富川さんに言われるがまま向かったのは、山口県美祢市にある国の特別天然記念物「秋芳洞」。

全長1キロにも及ぶ鍾乳洞の中で富川さんは「遅い!」といわんばかりの少しそわそわした様子で私を待ち構えていた。

ひんやりとした暗闇の洞窟を歩くこと15分、突然、富川さんは岩場の水たまりを指さした。

富川さん
「これがずっと勘違いされてきたヨコエビなんです、改めて見ても違いますね」
 
秋芳洞のヨコエビ ”雰囲気”が違うらしい
何度も目をこらして、ようやく見えたのは大きさ5ミリに満たない真っ白なヨコエビだ。

勘違い以前にそもそも見つけるのも困難で、見つけたあとも私には白いひも状の生き物がかすかに動いている程度にしか見えなかった。

そんな生物が勘違いされてきたとはどういうことなのだろうか?
秋芳洞の観光モチーフ  河童の腕の中に「シコクヨコエビ?」が
それは90年以上前のこと。

秋芳洞で初めてヨコエビが見つかった昭和2年。

当時の京都大学の研究者が調査し四国の洞窟に分布し、すでに広く知られていた「シコクヨコエビ」と同じ種だと発表したのだ。

それ以来、秋芳洞のヨコエビは「シコクヨコエビ」として、観光パンフレットやモチーフになって紹介されるほど有名な存在になっていた。
秋芳洞のヨコエビ なんだかエイリアン?ぽい
秋芳洞のヨコエビのスケッチ この一本の毛が新種の証
それから91年が経ち、その真の正体に気付いたのが富川さんだったのだ。

当初、富川さんは有名な「シコクヨコエビ」を一目見たいという思いで秋芳洞を訪れた。

しかし、観察しているとすぐに違和感を覚えたという。

富川さん
「雰囲気が普通のシコクヨコエビと違っているなというのはわかりましたね」

その後、研究室に持ち帰って詳しく調べたところ、通常のシコクヨコエビでは生えない場所から1本の毛が出ていることがわかった。

数ミリのヨコエビから産毛のように生えているので顕微鏡で拡大してようやくわかるほどだが、DNA解析を行ったところ、やはりシコクヨコエビとは明確に異なっていたことが判明した。

この遺伝子レベルの違いを富川さんは雰囲気で感じとっていたのだ。

こうして91年におよぶ勘違いが証明され、秋芳洞のヨコエビは新種(新種名:アカツカメクラヨコエビ)と認定された。

富川さんがいなければこのヨコエビは永久に勘違いされていたのかもしれない。

緻密なスケッチで養った驚異の観察力

数時間でほぼ完成 ヨコエビのスケッチ
遺伝子レベルの違いを雰囲気で見極めるその極意の秘密を知りたいと富川さんの研究室を訪ねた。

広島県東広島市にある広島大学教育学部棟の研究室には生物学の書籍、観察用の顕微鏡、それに大量の生物の標本が整頓されて並んでいた。

コーヒーをごちそうになりながら話を聞いていると、富川さんはおもむろに1冊のスケッチブックを取り出した。

ヨコエビを捕まえてきては毎回、その姿を描くのが習慣だという。

その絵のレベルは精密の一言に尽きる。

1ミリにも満たないヨコエビの毛の一本一本までが正確に描かれている。

実は、新種かどうかを確認するのには、先ほどのシコクヨコエビの時と同じく、毛の生え方や骨格などのほんのわずかな違いが決め手になる。

遺伝子解析を行うと種の違いは明確にわかるが「何かこれまでの種とは違う」と感じるにはなによりこうした観察力がとても重要だと富川さんは話す。

本当は「エビ」を研究したかった?

そもそもなぜヨコエビの研究を始めのだろうか?

富川さん
「本当は「エビ」の研究がしたかったんですが、大学で研究室に配属された時、恩師から『エビはやりつくされているから、新たな発見は難しい。その点、ヨコエビはあまり誰も研究していないからやりがいがあるよ』と勧められるがまま始めたんです」

しかし、ヨコエビの研究は、生物学者の間でやや敬遠される傾向があるという。

そもそも生物の新種を見つける学問は「分類学」と呼ばれ、生物の進化の歴史や未知の生物を世の中に発表する生物学者のまさにだいご味ともいえる学問・研究分野だ。

一方で富川さんによると、魚や昆虫などの他の生物に比べてヨコエビはどれも体の構造が基本的には同じで、違いが見つけにくいことに加え、例えば昆虫などは見た目が似ていても交尾期や産卵期の違いなど、多くの指標で種を見分けることができるらしいのだが、ヨコエビはそういった違いがほとんどない。

そのため、ヨコエビの研究を始めたものの挫折する人も多く、専門家の間では「魔の分類学」とも呼ばれているという。

なんとなく始めたヨコエビの研究だったが、とにかく実物を見てみないとなにも始まらないと考え、国内で湧き水があるようなところに毎日のように調査に出かけては何百、何千というヨコエビをすみずみまで観察したのだ。

さらに画家だった祖父の影響で、スケッチをするのが得意だった富川さんは、捕まえたヨコエビの姿を正確にスケッチすることも習慣にしていたという。
特別公開 取材当時は未発表だった新種ヨコエビのスケッチ
富川さん
「生物学者は生き物の絵を描くことがあるのですが、不得意な人が多い。私は小さい頃からスケッチが好きだったので苦にならないどころか、むしろ楽しんでやっています」

こうした努力と幸運にも恵まれ、学生時代にヨコエビの新種を発見。ますます研究にのめり込むきっかけとなったのだ。

大好きな生き物を、得意のスケッチで何百枚も描くうちに、いまでは頭の中でヨコエビが再現できるようになったという。

こうした地道な努力の積み重ねがあの驚異的な観察力に結びついていると富川さん自身も振り返っている。

ヨコエビの味はいかに?

ヨコエビときゅうりのサラダ 富川風
少し話がそれるが、私は生物の研究者に取材する時、必ずいつも聞くことがある。

「食べましたか?」

さすがにヨコエビは食べないかなと思いつつ、富川さんは笑顔で答えた。

「北海道のきれいな湧き水に住むヨコエビを炒めて、サラダに混ぜて食べました。エビっぽい味がしておいしかったです、量は少ないですけどね」

山形県などの一部の地域ではかつてはヨコエビを重要なたんぱく源として食べていたとする文献もあるという。

私にも勧めてくださったが、またいつか機会があればと遠慮しておいた。

世界もびっくり?そんな場所にヨコエビが

その翌年の秋、富川さんから、また電話がかかってきた。

興奮度が前回より一段高い。

富川さん
「ジンベエザメの口の中からヨコエビの新種が見つかりました」

私(記者)
「ジンベエザメって、あのゆっくり泳ぐ大きくておとなしいサメですよね?」

富川さん
「そうです、私もまさかと思いましたが、大量にいるので写真送りますね」

見つかったのは沖縄県美ら海水族館で飼育されているジンベエザメの口の中とのこと。

細菌などをのぞいて、口の中を住処にする生物なんて聞いたことがない。

しかし、送られてきた画像を見ると数百匹のヨコエビがジンベエザメのエラの部分に群がっているのが確認できた。

きっかけは水族館の職員がジンベエザメの口の中に虫のようなものがいることに偶然、気付いたことだった。

取り出してみるとヨコエビであることはわかったのだが、水族館の職員ですらジンベエサメの口の中に住む生物など見たことがなくそこでヨコエビ研究の第一人者である富川さんに調査の依頼が舞い込んできたのだった。

その結果、やはり新種であることが判明し、富川さんはジンベエザメにちなんでこのヨコエビを「ジンベエドロノミ」と名付けた。


「あれ?ジンベエヨコエビじゃないんですか?」と

残念そうに聞く私に、富川さんは「やっぱりそのほうがわかりやすいですよね。でもヨコエビの中にもいくつかグループがあって、今回の新種はその中でも“ドロノミ(=ヨコエビ類ドロノミ属)”というグループに分類されることがわかり、ジンベエドロノミと名付けるしかなかったのです」

こういう場合、私の取材の経験上、ほとんどの研究者は「そのようにルールで決まっていますから」と割り切る人が多いが、富川さんは「僕もジンベエヨコエビにしたかったんですよ」と一緒に残念がった。

そういう人間味あふれる部分もまた魅力の一つだ。
イギリス BBC Wildlife Magazine 2020年1月 掲載
私はすぐに取材して生物の身近なニュースとして国内だけではなく海外に向けても発信した。

すると、これが瞬く間に大反響となり、アメリカやフランス、イギリス、インドの新聞社。ドイツ、ベルギーの公共放送など世界中の報道機関が富川さんの発見を取り上げ始めたのだ。

富川さんが見つけた「生物の口に住む生物」は世界が注目する一大発見となった。

どうやって広い海の中で小さなヨコエビがジンベエザメの口の中に住み着くことができたのか?

なにをエサにしているのか?など謎はまだまだ解明途中だが、あらためてヨコエビの多様性には驚かされた。
新種ジンベエドロノミ
私の取材ロッカーに保管されたジンベエドロノミ
後日、富川さんから記念の証にとジンベエドロノミの標本をいただいた。

それはいまも、私の取材ロッカーの中に飾られている。

ジンベエドロノミの標本を持つ記者は世界でも私だけだろうといつも思い返してはニヤニヤしている

世界遺産の小笠原諸島で新種を発見

世界自然遺産 小笠原諸島

富川さん
「世界自然遺産の小笠原諸島で2種類のヨコエビの新種が見つかりました」

2021年の夏、富川さんから連絡がきた。

そろそろ来る頃だと思っていた。

太平洋に浮かぶ小笠原諸島の母島と父島。世界自然遺産にも登録されているこの島では鳥や昆虫など、多くの生物が独自の進化を遂げて生態系を構成している。

一方で2つの島ではこれまでヨコエビの詳しい研究が行われていなかったこともあり、今回、富川さんが初めて調査したところ狙い通り、それぞれの島で新種のヨコエビが見つかったのだ。

さらに遺伝子を詳しく解析すると驚くべき事実が判明した。

父島で見つかった新種のヨコエビは日本列島のヨコエビが起源に。

一方、母島のものは沖縄地方のものが起源になっていることが判明した。

つまり2種類のルートで別々に島に上陸して進化した可能性があるというのだ。

富川さん
「人でも東京湾と沖縄の海からそれぞれ手漕きボートで小笠原諸島に到着するのは厳しい。ましてや数ミリの生物が太古の昔にどうやってこの島まで渡って繁殖できたのだろうか。そして隣り合う島にもかかわらず、別々の進化が起きているとは。まさに生命の神秘です」

今後はヨコエビのルーツや進化の過程を詳しく調べるそうだが、同時に富川さんは「このままでは島の生態系がまずいことになるかもしれない」と危機感を募らせている。

新種を追い求める“深いワケ”

富川さんがこの20年で見つけた新種のヨコエビは約50種。

水深1万メートルを超えるマリアナ海溝や洞窟、甲殻類には過酷な環境である40度を超える温泉の中からも次々と新種を見つけた。

いまでは世界中の研究者がヨコエビを見つけては新種かどうかの確認を富川さんに依頼するほどになった。

ただ、富川さんが新種を見つける本当の理由は単に研究成果を積み重ねたいからだけではない。

現在、地球上の多くの生物が絶滅の危機に瀕している。

しかし、富川さんによるとこれはあくまで「知られている生物」についてのことだ。

つまり「知られていない生物=未知の生物」については、たとえ絶滅の危機に瀕していても保全のしようがないのだ。

さきほどの小笠原諸島で見つかった新種のヨコエビについても実は昔から島にヨコエビがいること自体は広く知られていたそうだ。
 
それがこの数十年でみるみる激減したという。

人が外から島に持ち込んだ「ヒモムシ」という外来種の生物によって捕食されているのが主な原因とみられている。

2つの島で見つかったヨコエビはすでに絶滅の危機に瀕している可能性もあるとみられるが、現状では手の打ちようがないと富川さんは悔しさをにじませている。
ヨコエビのような小さな生物は地味だが、生態系のピラミッドを支える重要な生物でもある。

ひとたびこの連鎖がたち切られるとどのような影響がでるのかはまったくわからない。

だからこそ富川さんは保全の必要性を強く訴えている。
 
富川さん
「種を保全するためには、その種が何者かをまず知るのが基本。新種として私が発見することでその存在が認知され、数や生息環境を調査することで初めて保護の対象として守ることができる。このままだと存在すら知られず 滅びる種もでてくると思うし、これは小笠原諸島に限らず、多くの場所でもすでに起きている問題だと思う」

地球は命あふれる豊かな星といわれているが、それは私たちの目から見えているまだほんの一部分でしかない。

私たちがふだんは気にもとめない小さな生物を守るために、富川さんは、今日もどこかで新種を探している。

「寺西さん、見つけましたよ!」

これからもまた、小さな生物の新発見を取材できることを楽しみにしながら、富川さんの連絡を待ち続けたい。

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科学文化部記者

寺西源太

関西の民放から2016年にNHKに転職。2019年から科学文化部で海洋や宇宙、生物を主に担当。大学ではインド洋中央海嶺の熱水噴出孔の鉱物学的研究を行い、大学院では伊豆・小笠原諸島の研究航海で深海熱水を採取して熱水中のレアアースの濃度を測定。現在は探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の取材をしながら分析結果を楽しみしているほか、水産や深海、宇宙の最新のトピックを追い続けている。

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