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科学
2021.02.26
「地球以外に生命は存在するのか」
近い将来、人類が抱き続けたこの疑問への答えが見つかるかもしれない。
火星で、生命の痕跡を直接調べる世界初のミッションが始まったのだ。鍵を握るのは、NASA=アメリカ航空宇宙局の火星探査車「パーシビアランス」。極寒の火星で、生命の起源に迫る手がかりを見つける、かつてない任務に挑む。
この探査車に夢を託した秋田県出身の日本人エンジニアがいる。
極めて狭き門とされるNASAの研究所に入り、開発を担った1人だ。
秋田で物づくりに没頭した少年が、いかに宇宙開発の最前線にたどりついたのか。その夢の旅路を追った。
日本時間の2月19日。世界中をあるニュースが駆け巡った。NASAの火星探査車が、着陸に成功したのだ。
火星に降り立ったのは、探査の中核を担う「パーシビアランス」。
「忍耐」を意味するその名のとおり、マイナス130度まで下がる極寒の火星で、生命の痕跡を探る。
「パーシビアランス」の最大の特徴は、ロボットアームを使ったサンプル回収装置。火星の石や土壌を採取し、専用カプセルに入れて地表に置くのが最大のミッションだ。カプセルは別の探査機で回収し、2031年ごろに地球に持ち帰ることを目指す。
火星の環境だけでなく、生命の痕跡を直接的に調べる点が、これまでのNASAの火星探査と大きく異なる。生命の起源に近づく可能性も秘めた世界初のプロジェクトだ。
この火星探査車の開発メンバーに、若き日本人エンジニアがいる。
NASAのジェット推進研究所で働く大丸拓郎さん(31)。
この研究所にはおよそ6000人の職員のうち、日本人はわずか10人ほどしかいない。
大丸さんは、この狭き門をくぐり、機械の熱をコントロールする専門家として探査車の開発に携わった。
大丸さんが主に担当したのは、調査の鍵を握る、サンプル回収装置の制御システム。
極寒の火星では、わずかな温度変化で、ロボットアームが思うように動かない事態が想定された。
こうした環境でも、機械の熱をコントロールし、複雑な機器が効率よく正確に動くように設計から試験まで担った。
「幾度となく壁にぶつかったんですけど、そのつど、チームのみんなと協力して何とかやり遂げたという形ですね。自分が関わっているプロジェクトで、人類の歴史に大きな発見を残せるかもしれないというのは、とてもやりがいを感じています」
大丸さんのエンジニアとしての原点は、秋田県大館市で過ごした少年時代にある。地元鉱山の機械技師だった祖父の影響で、幼少時から物づくりが身近にあった。
祖父と犬小屋や盆栽の棚などを一緒に作り、自分で設計図を書くこともあったという。祖父からの「日進月歩で頑張れ」ということばを大切にして育った。
そして高校生になり、進路選択で何気なく大学のパンフレットを手に取った時、1枚の写真が目にとまった。載っていたのは、岩だらけの場所に立つ探査車の写真。宇宙工学が紹介されていた。
「日本でもこんなことができるんだ。かっこいいな」
探査機が遠い世界まで飛んでいき、今まで出会ったことがない景色を見せてくれる。自分にしかできないことに挑戦したいという思いを抱くなか、人類の境界を広げる宇宙開発にひかれていった。
その後、大丸さんは、仙台市にある東北大学に進学し宇宙工学を専攻。大学院に進んだ2012年、将来の道を決定づける、ある映像に出会うことになる。
NASAが火星に打ち上げた火星探査車「キュリオシティ」が、着陸を成功させた再現映像だ。
火星の地表を力強く走行し、ドリルで岩を削る「キュリオシティ」。NASAで火星探査車の開発に携わることが、自分の夢になった瞬間だった。
「この世に、これほどかっこいいものが存在するのかと衝撃を受けました。一番ひかれたのはロボットを使った惑星探査で、将来、NASAで働くしかないと心に決めました」
火星探査車の開発という夢を見つけたものの、どうすればNASAで働けるのか。当時、人脈もなかった大丸さんが悩んだ末にたどりついたのが、ほかの人にはない高い専門性を身につけることだった。
当時のNASAになかった熱制御の最先端技術を研究し、替えのきかない専門家として、自分を売り込もうと考えたのだ。
高校まで打ち込んだバスケットボールで養った、目標を設定し地道に打ち込む習慣をいかし、日々の研究に没頭。熱制御のスペシャリストとなっていく。
そして、もうひとつ、NASAの道を開く鍵となったのが「行動力」。名古屋市での国際学会にNASAのエンジニアが訪れる情報を得た大丸さんは、すぐに参加を申し込み、研究成果を発表した。
さらに、その場で直接、初対面のNASAの職員に、研究所を見学したいと頼み込んだ。
「忙しいからちょっと無理ですね」
NASAのエンジニアに一度は断られたが、大丸さんは諦めなかった。
学会が終わったあと、みずから浅草など東京の観光案内を買って出て、関係を築こうとした。
これがきっかけとなり、研究所の見学を実現し、インターンシップにも参加。
そこで磨き続けてきた専門性が評価され、2017年、ついにNASAに採用された。
「夢がかない、そこから次の夢への切符を手にした感覚でした。一番大事なことは、諦めないこと。もし失敗したり壁にぶつかったりしても、また次の手を考える。すぐに立ち直って動くことが大事だと思います」
火星探査車の開発という夢をかなえた大丸さん。今、その先に新たな夢を描いている。「パーシビアランス」が、火星で生命が存在したことを示す証拠を見つけることだ。
今回、火星探査車が着陸したのは「ジェゼロ・クレーター」。
かつて湖だったと考えられている場所だ。一般に生命がいないと思われてきた地球の岩石の中にも、生命が存在していることが最近になってわかってきている。
着陸直後に撮影された火星地表の画像では、石のようなものが写っている。こうした石や土壌などに生命の痕跡が残されているのではないか。
「パーシビアランス」が、その手がかりをつかむことが期待されている。
「着陸はミッションの始まりで、これから本番です。パーシビアランスが採取したサンプルの中に、かつて火星に存在した微生物の化石や、生命の存在をサポートする痕跡が見つかることを最も期待しています」
今、地球では多くの地域が、新型コロナウイルスに直面している。
大丸さんは、火星探査車がミッションを成功させ、子どもたちをはじめ、今を生きる人々の希望につながってほしいと願っている。
「地球ではなかなか明るいニュースがないですよね。そうした中で、人類の知的な境界を広げる火星探査というのは、希望を与えてくれる象徴のようなものだと思います。火星探査車が新しい発見をもたらした時、誰かに元気を与えてくれる存在になって欲しいですし、子どもたちが昔の自分のように、宇宙探査を志すきっかけになれば、すごくうれしいです」