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震災と表現 あの日から未来へ

震災10年の「ゆがみ」を描く 作家・柳美里さん

2021.03.02 :

「10年という節目というふうに言われてもピンとこないですね。2011年3月11日という過去は、現在にも潜在しているんです」。
東日本大震災と原発事故をきっかけに福島県南相馬市へ移住し、執筆活動を続けている作家の柳美里さん。今、福島を舞台とした新しい作品の執筆に取りかかろうとしています。物語を通じて柳さんが訴えようとしているテーマ、それは震災や原発事故後に浮かび上がった社会の「ゆがみ」です。

震災きっかけに「おらほの作家」に

東京電力福島第一原子力発電所から半径20キロ圏内にある、福島県南相馬市小高区。原発事故のあとに出された避難指示が一部を除いて5年前に解除され、住民の帰還が徐々に進んでいます。
この地域に住む人たちにとって貴重な交通手段であるJR常磐線の小高駅から歩いてわずか数分、この地域に一つしかない書店「フルハウス」があります。この店を営むのが、平成9年に芥川賞を受賞し、その後も話題作を次々と発表してきた、作家の柳美里さんです。
東日本大震災のあと南相馬市で臨時のラジオ局でパーソナリティーを務め、およそ600人の地元の人たちから体験や思いを聞き取りました。直接耳にした悲しみや苦しみを共有したいという思いから、柳さんは南相馬市で暮らすことを決意。6年前に移住したあと、地元の人の求めに応じて書店をオープンし、交流を深めてきました。去年11月にアメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門を受賞した際、地元の人たちは「おらほ(私たち)の物語、おらほの作家だ」と喜び合いました。

被災地で感じる「ゆがみ」

その柳さんが、文芸誌でのこの夏からの連載に向けて書き始めようとしているのが、「JR常磐線夜ノ森駅」というタイトルの小説です。「夜ノ森」は福島県富岡町に実在する駅。熊本県の天草出身の男性が出稼ぎでこの土地の除染作業に従事し、南相馬の宿舎で人知れず亡くなり遺骨になるまでを描こうとしています。

全米図書賞を受賞した「JR上野駅公園口」で、年老いて上野公園でホームレスとして暮らす男性の人生を描いたように、小説のテーマに「居場所のない人の物語」を書き続けてきた柳さん。今回の作品でも、福島で居場所を失った人の人生を描写したいといいます。

「『JR常磐線夜ノ森駅』の主人公も最底辺に生きる人なんです。取り替え可能な労働者として集められ、ふだんは注目されない人たち。これは高度経済成長期の時と変わらない。仕事で東京に行き、常磐線に乗って帰るわけですけれども、きらびやかな東京から住民ゼロの双葉町を抜けて、居住者が(震災前の)3割の小高に戻ってくる時に、とてもゆがみを感じるんですね。そこで感じた疑問、クエスチョンとしての物語を書きたかったんです」

「ゆがみ」の正体に迫る

「ゆがみ」の正体を知るために、柳さんはさまざまな現場にみずから足を運び、当事者たちの声を聞いて回っています。
復興事業に携わる南相馬市の建設会社では、福島の建設業界における近年の変化を聞きました。東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まったあと、復興工事や除染作業に従事していた作業員が東京に流れてしまったため、大阪や沖縄などから大量の労働者が集められたといいます。しかし、震災から10年という時期を迎える中、仕事がだんだん少なくなり、作業員の中には、仕事を失い住居を追われるなど厳しい状況に追い込まれている人が増えているというのです。道の駅にとめた車の中で暮らす人、コインランドリーで暖をとって一日をやり過ごす人、そして家族や友人にも知られずに故郷から遠く離れた場所でひとり亡くなる人もいるといいます。

一方で柳さんは、こうした作業員を支える人たちにも出会いました。生活困窮者の相談窓口となっている、地元の社会福祉協議会です。南相馬市には生活困窮者を受け入れるシェルターもなく、生活支援を行う十分な経験やノウハウを持ち合わせていませんでした。それでも、相談に訪れた人におにぎりや毛布を提供したり、これからの行き先の相談に応じたりと、できる限りのサポートを行っています。さらに、柳さんはここで話を聞く中で、コンビニの駐車場で車中泊をしていた作業員に自宅に車をとめて同じ敷地で暮らしてもよいと声をかける人や、生活の足しにしてほしいとガソリンチケットを手渡す人もいることを知りました。

人々のこうした行動の背景には、10年前の震災で被災した時に支援を受けた経験があるのではないかと柳さんは考えています。

「この地域では原発事故で何か持って行く時間もなく、着の身着のままで転々と避難せざるを得なかったという人が多く、その中で心ないことばをぶつけられたという経験もあるそうです。一方で、知らない場所でおにぎりをもらって『あんなおいしいおにぎりを食べたことがない』とおっしゃる人もいるし、洋服であるとか子どものためにノートや本を支援してもらったと語る人もいる。すごく悲しい思い、つらい思いをした人っていうのは、ほかの人の困窮や悲しみや苦しみに敏感なのではないかなって思っています」

小説にうそは書けない

福島で働く作業員をはじめ、生活困窮者の治療にあたった医師や、身元の分からない遺骨を受け入れる寺の関係者など、すでに数十人から話を聞いているという柳さん。作品を書くにあたって丹念な取材を積み重ねる背景には、「小説はフィクションだけれど、うそであってはならない」という柳さんの信念がありました。

「何か傷ついたり壁にぶちあたったり、悲しみや苦しみがあって現実に居場所がないと感じた時に、本を手を伸ばすんじゃないかと思うんです。そこで本を手に取る方に『これが自分についての物語だ』と思ってもらえないとしたら、私は書く意味がない、だからこそうそは書けないんです」

「ゆがみ」をほどく小説を

この10年の間に積み重なってきた人々の記憶や思いと向き合ってきた柳さん。居場所のない人たちに寄り添いながら、現実に目を背けず、今の社会を問いかける物語をこれからもつむいでいきたいと考えています。

「東日本大震災や原発事故によって社会のひずみやゆがみがあらわになったと思います。ただそのあとが元に戻るのだったら意味がなくて、それが契機にゆがみや不公平が編み直せる社会になったらいいなと思っていて、そのほどく一本の線のような物語を書きたいなと思います」

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科学文化部記者

富田良

平成25年入局。金沢局を経て平成28年から長崎局で勤務し、原爆を中心に戦争関連の課題や文化財をめぐる問題点などを取材。令和元年夏から科学文化部で文芸や学術などを担当

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