9年前に始まった国家プロジェクト新型ロケット「H3」の開発。
「魔物が潜む」と言われるエンジン開発の苦難に打ち勝ち、
先月(2月)、チームは満を持して打ち上げに臨んだ。
2度の年度をまたぐ延期を経て、「1点の曇りもない」ロケットに仕上げ、夜明けを迎える…はずだった。
(参考記事:新型国産ロケット「H3」打ち上げへ~“魔物”との苦闘を乗り越え“宇宙新時代”へ~)
ところが。
発射およそ0.4秒前に異常が発生し、打ち上げは中止。
開発責任者は会見で「悔しい」と涙ながらに語った。
チームはその後、2週間で原因究明を進め、対策を講じたと発表。
近く、仕切り直しの打ち上げに臨む。
中止の原因となった異常とは何だったのか。
そして、これが開発の“最後の試練”となるのか。
詳しく伝える。
打ち上げ中止の経緯

ロケットは打ち上げ前日の先月16日に発射地点に移動し、燃料の充填が行われた後、打ち上げ当日を迎えた。
午前10時37分55秒の打ち上げ時刻に向け、一連の手順は順調に進み、打ち上げの6.3秒にメインエンジンの燃焼が正常に始まる。
しかし。
打ち上げとほぼ同じタイミングで着火するはずの補助ロケットは燃焼しなかった。
打ち上げは中止となった。
これについて、当初JAXAは「ロケットの1段目にある装置で『異常』を検知したため、補助ロケットの着火信号を送らなかった」と説明。
計画通りの飛行ができない可能性を踏まえて、打ち上げを中止したと発表した。

「それまでに再び打ち上げに臨む」。
JAXAと三菱重工業は先月18日に初号機の機体を組み立て棟に戻し、ロケットと地上設備を連結して試験を行い、さっそく原因の究明を始めた。
異常が起きたのはロケット1段目

打ち上げの6.3秒前にエンジンが燃焼を始めた後、この装置の電流と電圧の値がゼロになる異常が発生。
みずから異常を検知し、補助ロケットの着火信号を送る代わりに、メインエンジンの燃焼を停止する信号を送り、打ち上げが中止になったという。
異常の原因は地上設備のノイズ

その結果、電源異常が起きた原因は、ロケット本体ではなく、地上設備から送られる電気信号の乱れ=ノイズ」だったことがわかった。
「H3」に地上設備から電力が供給される仕組み

電力は、発射台と機体の底部をつなぐケーブル、「アンビリカル」を介してロケットに送られる。
「アンビリカル」とは「へその緒」という意味。
まさに、母体となる地上設備から「へその緒」を通じて「H3」に搭載された電池に電力を送って充電する。
打ち上げ170秒ほど前、ロケットが使う電源は地上設備から機体に切り替えられロケットは搭載された電池を使い始める。
その後も、ロケットに不測の事態が起きた場合に備え地上設備から指令が出せるよう、「アンビリカル」を通じて電気と通信のラインは接続された状態になっている。
そして、打ち上げと同時にロケットが発射台から離れると、「アンビリカル」は外れ、ロケットは機体の電池に充電された電力を使って飛行する。
電気・通信ラインの切り離しでノイズが発生

そのショックを和らげるため、ケーブルが物理的に外れる直前に管制室側のスイッチを切り、ロケットと地上設備との電気と通信を切り離す操作が行われてきた。
この操作はメインエンジンの燃焼パワーが90%に達するなど、ほかの機器の動作も含めて、打ち上げの条件が成立した直後に行われる。
条件が成立するのは、打ち上げのおよそ0.4秒前。
打ち上げまでの時間が1秒を切るまさにギリギリまで、地上から機体を制御できるよう、電気と通信のラインはすべて同時に遮断することにしていた。
しかし、この電気と通信のラインを同時に切り離した際に電気信号の乱れ=「ノイズ」が生じ、ロケットの1段目の装置で誤作動が起きたという。
その結果、「VーCON1」の電流と電圧の値がゼロになる異常が発生・検知され、打ち上げが中止となったのだ。

しかし、この試験では実際にロケットを打ち上げないため、機体と地上設備との電気と通信は接続されたままで、それぞれを切り離す手順は再現していなかった。
ロケットが発射台に離れる瞬間まで、打ち上げの手順が進まないと発生しなかった、初号機ならではの問題だと言える。
ノイズを抑える対策は

JAXAは原因の究明が進み、対策にめどが立ったと発表した。
講じた対策は「発射管制室のプログラムを書き換える」というものだった。
それによって打ち上げのおよそ0.4秒前に行う、電気と通信のあわせて5本のラインの切り離しを、
全部同時に行うのではなく、それぞれ時間差をつけて段階的に行うことにしたという。
開発チームは、新たに書き換えたプログラムで改めて切り離しを再現。
計測器で電気の波形を調べたところ、異常の原因となった電気信号の乱れ=「ノイズ」を抑えられたという。
記者会見で、この2週間の取り組みがいかに先の見えないものだったか、開発責任者の岡田匡史プロジェクトマネージャは、独特の表現で振り返った。
再打ち上げへ

そのため、実際の打ち上げに近い環境で、対策の効果を確認する必要があると、開発チームは判断。
打ち上げ前日にロケット本体を組み立て棟から発射地点に移し、装置や電気と通信の切り離しの動作に問題が無いか、改めて確認するという。
打ち上げ前日にこうした動作確認をするのは、日本のロケット開発史上、初めてのこと。
「一点の曇りもない」ロケットを目指す開発チーム。
打ち上げ成功に導き、新たな時代の夜明けを迎えられるのか。
「谷あり谷あり」だった開発の集大成が注目される。
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