科学と文化のいまがわかる
医療
2022.10.02
「死にたい」「苦しい」「消えたい」。
若い女性たちの支援を行う団体にSNSで次々に寄せられる切実な心の声。
生きづらさを抱えた女性たちが助けやつながりを求めています。
減少傾向だった自殺者の数は、コロナ禍に入って男性の減少が続く一方、女性は増加に転じています。
コロナ禍が女性の自殺にどのような影響を与えているのか。
最前線の支援の現場で女性たちの声に耳を傾けました。
※悩みや不安を抱えたときの相談先は記事の最後にあります。
生きづらさを抱える女性の支援を行っているNPO法人「BONDプロジェクト」。
コロナ禍になって、10代や20代の女性からの相談が相次いでいます。
BONDプロジェクト 橘ジュン代表
次から次へと相談が入ってきて順番で対応している状態です。私たちができることにも限界があるとも思っていますが、支援が必要な女の子たちの話を聴きながら、いっしょにどうすればいいか考えてあげることが大事だと思っています。
SNSで寄せられた相談は、2021年度、4万8000件余り。
約30人のスタッフが対応に当たっています。
中には、「死にたい」「苦しい」「消えたい」といった自殺をほのめかすことばも。
BONDプロジェクト 橘ジュン代表
先ほども関東地方に住む高校3年生の女の子が家族の虐待から逃げたいと助けを求めてきました。所持金も29円しかなく、民間のシェルターに払えるお金もないということで、知っている支援団体につなごうと動いています。
コロナ禍の2020年5月から定期的に始めたオンライン相談は、これまでにのべ300人以上が利用しています。
この日は、18歳の高校生からの相談に対応していました。
コロナ禍で、もともとうまくいっていなかった家族と一緒の時間が長くなってさらに険悪になり、今は一人暮らしをしていると言います。
自分のまわりに壁があるみたい。孤独感が強いから、この世界に自分しかいないみたいな感覚。
寂しさやしんどさを紛らわすために、薬を大量に飲むことを繰り返していると明かしました。
薬飲んだりしてごまかしている。ふわふわして、しんどいのが紛れる。
スタッフは、ぽつりぽつりと吐き出すことばに、時間をかけて耳を傾けていきます。
そして、最後には、苦しさを1人で抱え込まず一緒に悩んでいこうと声をかけていました。
連絡したくないときもあるかもしれないけど、私たちはよかったら待ってるよ。ありがとね。またね。
うん。
生きづらさを抱える女性たちを支援につなぐために団体が何よりも重要だと考えているのは、直接的な関わりを持つことです。
直接の面接の相談は毎月100件以上行っています。
この日、面談を受けていたナナさん(仮名・20歳)は、3年前から団体の支援を受けていて、現在は、団体が用意したシェルターで暮らしています。
ナナさんは、ずっと、死にたいという気持ちを抱えているといいます。
どういうときに死にたくなっちゃう?
1人で寂しいとき。親に「産まなきゃよかった」と否定されてきたから、自分はそういう人間なんじゃないかって思っちゃう。
母子家庭で育ったナナさんは、幼い頃から母親から暴言を浴びせられたり、暴力を振るわれたりすることが頻繁にあったといいます。
高校2年のころ、家にいることが苦しくなり、死にたいと思うようになりました。
このときに、SNSで連絡を取ったのが、この支援団体でした。
ナナさん(仮名)
「家がしんどいです」というようなメッセージを送ったら、すぐに(代表の)ジュンさんが 返信をくれてうれしかったです。こんな内容で相談してもいいのかなと思いましたが、ずっと1人で抱えていたことを聞いてもらって、ちょっと楽になりました。
ところが、2020年に広がったコロナ禍が、生活を一変させ、さらに大きなストレスとなってナナさんを苦しめました。
学校が休校となったことに加え、母親もテレワークで自宅で仕事をするようになっていっしょに過ごす時間が増えたのです。
ナナさん(仮名)
お母さんは1人で子育てをしてくれていたから、会社や子育てのストレスが私に向いたのかなと思っています。もうお母さんが 怖くなってしまって、いっしょにいるときはドキドキしながら過ごしていました。もとから大変だったことが、コロナをきっかけに表に出たという感じです。
高校3年の時には、SNSで出会った男性の誘いに乗って家出をしました。
SNSでかけてくれた優しそうなことばはうわべだけで、怖い思いもしたと言います。
ナナさんは、その後、児童養護施設や自立援助ホームなどで保護され、親とは離れて暮らすようになりました。
今でも、ふと孤独を感じ、死にたいという気持ちに突然襲われることがあるといいます。
ナナさん(仮名)
コロナで人と会わなくなって、1人の時間が増えて、孤独感みたいなものがあります。一度に50錠から100錠くらいの薬を飲むと、ふわふわした感じになって、つらい現実から逃げられる、一瞬だけど。
BONDプロジェクト 橘ジュン代表
もともと大変だった状況が、コロナ禍でさらに深刻になっていて、それで追い詰められたりしているのが、若年の女性たちなのだと思います。周りで見ている人たちが、見て見ぬふりしないことが大切で、ふだんと違う様子だと思ったら、国などが提供しているさまざまな相談先があることを教えてあげるなどしてほしい。
1978年に統計を取り始めた国の自殺統計によりますと、年間の自殺者数は、2003年の3万4427人をピークに、2010年以降減少傾向となり、2021年は2万1007人でした。
男女別でみると、男性は1万3939人と2020年より116人減った一方で、女性は7068人と2020年より42人増え、コロナ禍以降、2年連続で増加しています。
自殺者の数が、コロナ禍によってどう影響を受けたのかについての研究も進められています。
東京大学の仲田泰祐准教授などのグループは、コロナ禍がなかった場合の自殺者の数を試算し、実際の自殺者数と比較するシミュレーションを定期的に行っています。
試算は、民間のシンクタンクがコロナ禍が始まる前に予測していた失業率などから導き出したもので、2022年9月に公表された最新の分析では、コロナ禍が広がった2020年3月から2022年7月までの2年5か月で、自殺した人の数が約8500人増えたとするシミュレーション結果となっています。
男女別、年代別の内訳をみると、男女のほぼすべての年代で増えていますが、最も多いのは20代の女性で約1100人に上っています。
20歳未満の女性も同じ年代の男性と比べて多く、約300人でした。
日本では、失業率が上がると自殺者数が増える傾向が知られていますが、約8500人のうち、失業率の増加で説明できるのは約1300人にとどまるということで、何らかの別の理由があるのではないかと、仲田准教授は考えています。
東京大学 仲田泰祐 准教授
景気後退とそれに伴う失業率の増加では、説明できない自殺者がかなり多いことが伺われる結果だ。人と人との接触の減少や家庭内で過ごす時間の増加など生活様式の変化が何らかの精神的なストレスにつながっていると推測される。
コロナ禍で女性の自殺が増える中、さまざまな自殺の理由を具体的に明らかにしようとする研究も報告されています。
九州大学の香田将英講師などのグループは、新型コロナの感染者が国内で最初に確認された2020年1月から2021年5月までの期間、国の自殺統計で理由が報告されている約2万1000人分のデータを詳細に分析しました。
そして、その「自殺の理由」と、コロナ禍が起きなかった場合にどうなっていたかを過去のデータからシミュレーションして得られた理由を比較したところ、女性で特に増えていたのが、「子育ての悩み」「夫婦の不和」「介護・看病疲れ」など家庭内の問題でした。
例えば、「子育ての悩み」を理由にした自殺は、試算よりも40%増加していた月もあったということです。
グループでは、コロナ禍で学校が休校になったり、医療や福祉のサービスが受けにくくなったりして、家族の世話や介護などを女性が負担することが増えたことなどが、自殺の増加につながった可能性が考えられるとしていて、そうした傾向に配慮したきめ細かい支援体制の整備が必要だと訴えています。
九州大学 香田将英 講師
母親が育児や介護などの役割を引き受ける日本社会の中にある固定的なジェンダーの問題が、コロナ禍の生活の変化で女性へのしわ寄せにつながっているのではないか。自殺に至る原因はさまざまだが、男女で異なる傾向があることがわかった。それぞれに適切に合った自殺予防の対策や心理的なストレスの軽減につながるサポートが大事だ。
悩みや不安を抱えた際に相談先として厚生労働省が示している相談窓口です。
周囲に心配な人がいる場合もぜひ参考にしてください。
【電話の相談窓口】
「#いのちSOS」
フリーダイヤル 0120-061-338
午前6時~深夜0時 ※月曜、木曜、金曜のみ24時間対応
「よりそいホットライン」
フリーダイヤル 0120-279-338
(岩手県・宮城県・福島県からは0120-279-226)
※24時間対応
「いのちの電話」
ナビダイヤル 0570-783-556
午前10時~午後10時
フリーダイヤル 0120-783-556
午後4時~午後9時 ※毎月10日は午前8時~翌日午前8時
「チャイルドライン」
フリーダイヤル 0120-99-7777
午後4時~午後9時
【SNS相談】
詳しい相談方法は各ウェブサイトで確認できます。
「生きづらびっと」
https://yorisoi-chat.jp/
「あなたのいばしょ」
https://talkme.jp/
「こころのほっとチャット」
https://www.npo-tms.or.jp/public/kokoro_hotchat/
「BONDプロジェクト」
https://bondproject.jp
つながらない場合は、各地の自治体などの相談窓口も活用することができます。
自治体などの相談先情報は、厚生労働省の「支援情報検索サイト」で調べられます。
https://shienjoho.go.jp/
このサイトでは、電話やメール、SNSなど利用したい方法ごとに各地の相談窓口を紹介しています。