STORY

動かなくなる体 それでも前に進む

2023.08.04 :

「ここで俺の人生は終了なのか」

 

10年前、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「ALS=筋萎縮性側索硬化症」を発症した男性。

 

声が出せなくなり、思いを直接伝えられなくなっても、諦めたくないことがありました。

 

世界とつながり続けるために、男性が可能性を見いだしたのは最先端のテクノロジーです。

DJプレイをするALS患者

音楽と映像が融合したライブ 画像提供:WITH ALS
アートや流行の最先端が集まる東京・港区の六本木エリア。

6月の世界ALSデーに合わせて、ある音楽イベントが開かれました。
武藤将胤さん(36) 画像提供:WITH ALS
DJとしてメインのステージを務めたのは、ALS患者の武藤将胤さんです。

体を動かすことができないため、一般的なDJ機材を扱うことはできません。

視線で操作できるように独自に開発した装置を使って、会場に流れる音楽と映像をコントロールします。

「ここで俺の人生はもう終了なのか」

介助する妻の木綿子(ゆうこ)さん
武藤さんは、全身の筋力が衰え、ほとんど寝たきりの状態です。

妻の木綿子さんや介護する人の助けがなければ、食事や移動もできません。

武藤さんは、大学を卒業後、目指していた大手広告代理店に就職を果たし、忙しくも充実した毎日を送っていました。

高校生のころからのめり込んでいた音楽活動も継続し、社会人になってからはDJも始めていました。
DJプレイをする武藤さん 画像提供:WITH ALS
しかし、2013年9月ごろ、利き手の左手にしびれが出るようになりました。

その後も日を追うごとに症状が悪化し、2014年10月、27歳のときにALSと診断されました。

国内におよそ1万人の患者がいるとされる難病で、今も根本的な治療法は確立されていません。
武藤将胤さん
「ALSと診断された直後は頭が真っ白になり、ここで俺の人生はもう終了なのか、何で自分なのだろうかと、ものすごく落ち込んだのを今でも鮮明に覚えています」

閉じ込められていく自分

命に関わるたんの吸引
さらに、症状が進行するにつれて、呼吸をするための筋肉も衰え、人工呼吸器の装着が必要になりました。

2020年1月には、食べ物の通り道と空気の通り道を分離する手術を受け、声を失いました。

今は、まだ動かすことができる目や口、指先などを使い、専用のソフトで自分の声をもとにした合成音声を再生させるなどして意思を伝えています。
わずかに動く指先で装置に指示を送る
そうしたなか、武藤さんが最も恐れているのは、「完全閉じ込め症候群(TLS:Totally Locked-in Syndrome)」と呼ばれる状態になってしまうことです。

ALSは進行すると、やがては目やまぶたも動かすことができなくなってしまいます。

一方で、意識ははっきりとしているため、大切な人の声が聞こえても、思いを伝える方法がないのです。

武藤さんは、不自由になっていく体がきょうも動くのか、毎日確認することが習慣となってしまいました。
武藤将胤さん
「昨日までできていたことが今日できなくなってしまうのではないかという恐怖の連続です。体が動かせなくなればなるほど、自分の体ではなくなっていき、自由を奪われてしまうように感じています」

テクノロジーでつながれる

仲間とDJツールを調整
希望を持つことが難しい状況であっても、思いを伝えることを決して諦めない武藤さん。

「たとえ体は不自由でも、テクノロジーの力で表現の可能性は必ず切り開ける」

武藤さんはそう信じて、世界ALSデーに合わせたイベントに向けて、視線で演奏する独自のDJツールの開発を続けてきました。
文字盤に視線を送るなどして細かな指示を伝える
サポートするのは、映像や音響など専門の知識や技術を持つスタッフたちです。

曲の切り替えのタイミングなど武藤さんの細かな要望に応えながら修正を重ねます。
開発スタッフ
「ぎりぎりまでかかる調整で本当に大変ですが、それを乗り越えれば、いい景色が見られると思って頑張っています。うまく人を巻き込んで行動していく能力は、自分としては武藤さんから学ばせてもらっている部分です」
画面に反映される武藤さんの視線
今回、開発されたDJツールは、視線入力で曲や映像を選んで再生や停止をするだけだったこれまでの装置よりも表現の幅が広がりました。

画面の座標上を視線が自由自在に動き回ることで、エフェクトがかかった直感的な音を鳴らして演奏に加わったり、会場を盛り上げる呼びかけをしたりすることができるように調整されました。

観客の反応に合わせて、曲に柔軟な変化を加えられるようにすることで、互いに関わり合いながら、同じ空間を共有することを目指します。
武藤将胤さん
「視線入力技術は、僕らALS患者にとっては、単なる意思伝達装置ではなく、自分の可能性を拡張するクリエイティブツールだと考えています。視線入力でできることを増やしていければ、ALS患者のライフスタイルを明るく変えていけると信じて、僕は研究に取り組んでいます」

新曲の制作も

作曲ソフトを視線で操作
さらに、今回のイベントのために、武藤さんは、共鳴するアーティストと共作するなどして、視線入力で5曲の新曲を制作しました。

ALSの闘病体験を通じて感じた孤独や、愛する人との日常が失われていく苦しさを、1年ほどかけて曲と歌詞に込めました。
同じ方向に飛ぶ群れから
外れた孤独な鳥のような
あの日から別の世界の中
取り残されているみたいだった

『ONE MORE RUN feat.NOBU』
UNREALを知った
別世界の日
あなたの手を握りたい
あなたの隣歩きたい
当たり前だと思っていた現実が
離れていく一つひとつUNREALに

『UNREAL feat.androp』
武藤将胤さん
「細部にまでこだわって、お客さんの心を突き動かしていくものを僕は作り上げていきたい。どれだけ身体的制約があろうとALSには負けたくない。障害の垣根を越えて、音楽を通じてコミュニケーションでつながりたい」

「痛みも苦しさも全て光にして創造する」

新曲を披露する武藤さんと共演するアーティスト 画像提供:WITH ALS
そして迎えたALSの啓発を目指す音楽イベント。

音楽と映像が融合したライブが、次々と繰り広げられました。
盛り上がる観客たち
会場やオンライン配信には、賛同者や難病患者などおよそ1000人の観客が集まり、音楽に体を揺らしたり、一緒に歌ったりしていました。
信じた未来掴み取り行こうか
Let us believe in the future
一人じゃない仲間と夢握った
One More Run
One More Run

『ONE MORE RUN feat.NOBU』
たとえ声は出なくても観客と共に歌う
立ち向かえ そのUNREAL
変えてけ 思い描く理想郷へ
この痛みも苦しさも全て
光にして創造するのさ

『UNREAL feat.androp』
観客が照らす光に包まれる武藤さん 画像提供:WITH ALS
困難に打ちのめされそうになりながらも、それでも未来を信じて前に進むことを選んだ武藤さんの思いが、音楽となって観客に伝わっていきます。

小学生

「格好よかったです。自分も音楽をやってみたくなりました」

「仕事で悩んだり、病気で気持ちが落ち込んでしまったりしても、私たちは前を向いて進めるんだと勇気づけられました」

40代女性

40代女性

「本当にすてきなイベントでした。ずっと抱いてきた夢を絶対に諦めたくないなという気持ちが湧いてきました」

イベント終了後は共演者や観客と記念撮影 画像提供:WITH ALS
武藤将胤さん
「たくさんの拍手と笑顔が見えて、僕らの思いがしっかりと届いたのだと実感が湧いて、めちゃくちゃうれしかったです。僕にとっての限界は、自分自身が未来を信じることを諦めてしまったときだと思っています。どんな障害や制約があっても、誰もが自分らしく挑戦することのできるボーダーレスな社会の創造に挑み続けていきます。僕らはテクノロジーの力で、これまで不可能と思われていたことを、1つ1つ可能に変えていきたい」

2023年6月21日 おはよう日本で放送

2023年7月20日 NHK WORLD-JAPANでも放送
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科学・文化部 記者

岡 肇

前橋局での契約記者を経て、2012年入局。岐阜局・秋田局・横浜局で経験を積み、2021年から科学・文化部。認知症や難病など精神や神経の医療分野を中心に取材。農林水産省も担当し、人獣共通感染症のほか、培養肉など最新のバイオテクノロジーも追っている。

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おはよう日本 ディレクター

橋本 亮

熊本局で契約ディレクターを経験した後、2019年入局。和歌山局を経て、2022年からおはよう日本に所属。災害、生きづらさ、アルコール依存、AI最新テクノロジーなどをテーマに取材。

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