医療

ワクチン効果と安全性 実社会では?検証に挑む

ワクチン効果と安全性 実社会では?検証に挑む

2023.01.11

2021年以降進められてきた新型コロナのワクチン接種。

 

ワクチンを打ったあとに、発熱やけん怠感などの副反応が出たという人は多いと思います。

 

ワクチンを打ったあとに症状が出たのだから、ワクチンが原因で起きたと考えるのは自然なように思えますが、本当にワクチンによるものなのかどうか正確に調べるのは実はそう簡単ではありません。

 

どうして難しいのか。どのようにして調べればよいのか。

 

その課題に挑み、検証システムを開発した研究者がいます。

 

取材すると、日本の立ち遅れが見えてきました。

ワクチンの副反応・効果 調べるのは難しい

ワクチンは実際に人に投与する臨床試験を経て、安全性や有効性が検証された上で承認され、使われています。

しかし、ワクチンを臨床試験とは比べものにならない人数が接種するようになると、接種したあとに、臨床試験ではみられなかった症状が見られるようになることがあります。

ただ、それが本当にワクチンによる副反応なのかどうかを見分けるのは簡単ではありません。ワクチンを接種した人の情報しか分からないことが多いためです。

たとえば、国には接種のあとに起きたさまざまな症状や死亡した事例について報告する「副反応疑い報告制度」という仕組みがあります。
国の専門機関や厚生労働省の専門家部会では、報告があったすべてのケース、1例1例について議論されますが、接種と死亡との間の因果関係については、ほとんどが「評価不能」とされています。

私たちは、ワクチンを接種していなくても、急に体調を崩して熱が出ることがあります。
突然、心筋梗塞や脳梗塞などの病気で亡くなる人もいます。
それがワクチンを打ったあとに起きると「ワクチンのせいではないか」と疑いますが、本当にそうなのか、それともワクチンとは関係なく起きたことなのか、それぞれのケースを調べるだけではなかなか判断できません。

副作用なのかどうか、それに、効果があるのかないのかを調べるには、「ワクチンを接種した人」と「接種していない人」を比べる必要があるのです。

無いなら作ろう 検証システム

この課題をクリアしようと、動き出した研究者がいます。
九州大学の福田治久准教授です。

九州大学 福田治久准教授

福田さんたちは、接種した人としていない人で、症状が出る頻度に違いがあるか比較して検証できるシステムを新たに作りました。

どんなシステムかというと、住民のワクチン接種の有無と、医療機関にかかったデータなどを元に比較できるようにします。

具体的には・・・
▼住民基本台帳をもとに、ある自治体に住んでいる人の情報をデータベース化。

そのデータに
▼「ワクチンを接種したか、していないか」分かるワクチンの接種台帳や
▼住民が医療機関にどのような病気でかかったか分かる健康保険などの診療報酬明細書=レセプトの情報、
▼新型コロナの感染歴が分かる「HER-SYS」の情報などをひも付けます。

そうすることで、たとえば「心筋炎」や「帯状ほう疹」といった症状が、ワクチンを接種した人ではどのくらい起きていて、接種していない人の間ではどのくらいの頻度なのか、比較することができます。

分析画面

福田さんたちは、全国の自治体に電話をかけ、実際に訪問し、協力を求めて回りました。

極めて微妙な個人情報を扱うため、個人情報を削除するための専用のプログラムを開発し、役所の中で個人情報を削除してからデータを持ち出すなど、安全性を高める工夫も重ねました。

依頼の電話をかける福田さん(クローズアップ現代+で放送)

およそ2年かけて、取り組みに協力してくれる自治体の数は13に。
人口にすると、およそ130万人に到達しました。

4つの自治体からは「HER-SYS」などの情報の提供も受け、新型コロナワクチンの分析を行う体制も整えました。

ワクチンの分析を行っている「VENUS STUDY」のウェブサイト

福田さんは疫学が専門で、もともとワクチンの研究者ではありません。

2013年、HPVワクチンの定期接種が始まった後、体調不良を訴える女性が相次いだのを見て、ワクチンの有効性や安全性を検証するシステムが必要だと感じました。

福田准教授
「ワクチンの有効性や安全性を実際の社会のデータで確認するデータベースの必要性を、私自身、強く認識しました。社会でも認識されたと思います。しかし、システムは整備されませんでした。それなら私が自分で作ろうと考えて研究を始めました」

海外には副反応調べるシステムが

福田さんが始めたのと同様のシステムは、海外ではすでに実用化されています。

アメリカでは、CDC=疾病対策センターが「ワクチン安全性データリンク=VSD(Vaccine Safety Datalink)」というシステムを運用しています。

1990年に作られ、現在ではアメリカ各地にある9つの病院グループが参加し、およそ1200万人の医療情報が集積されています。

CDCのウェブサイトより VSDを紹介するページ

1200万人の中には、ワクチンを接種した人も接種していない人もいます。
事前に設定したおよそ20の症状が、接種した人の間で異常に増えていないかを、毎週、自動的に解析できるようになっています。

このシステムは、新型コロナワクチンの分析でも力を発揮しました。

ワクチンを接種した人の間で心筋炎が増えていることが分かり、早い段階で、ワクチン接種後の心筋炎に注意する呼びかけを行うことにつながりました。

同じようなシステムは、ヨーロッパ各国やアジアでも整備されていて、香港や台湾では1990年代から、マレーシアや韓国、タイ、中国では2000年代から稼働しているということです。

日本で分析して分かったことは?

ようやく日本でも作られたシステム。
2022年11月に開かれた日本ワクチン学会で、福田さんたちのチームはシステムを使ったワクチンについての分析結果を発表しました。

発表する福田治久准教授

▼従来型のウイルスに対応した新型コロナのmRNAワクチンは、オミクロン株の「BA.1」が多かった時期に、感染を防ぐ効果が56.5%。

副反応は、新型コロナのmRNAワクチンを接種したあとに
▼心筋炎が出る確率と
▼帯状ほう疹が出る確率も高くなっていることが分かりました。

ワクチン接種後に出る帯状ほう疹について、海外からは確率が高まっているという報告と高まっていないという報告、どちらもありましたが・・・。

福田さんたちのチームの分析では、50歳未満の人たちで、ファイザーのワクチンを2回接種して28日以内に、帯状ほう疹の発生する確率が高まる傾向が確認できたということです。
50歳以上ではそうした傾向はみられませんでした。

帯状ほう疹の分析を発表する 国立国際医療研究センター石黒智恵子室長

こうしたワクチン接種後の症状を日本人の実際のデータで初めて確認できました。

福田准教授
「臨床試験ではワクチンを接種する人数が限られているので、ごくごく小さい頻度で発生するような有害事象を見つけられていない可能性は残っています。
そこで、実際に承認されたあとに、万が一の確率でも有害事象が起きるようであれば、早期に検出して接種の見直しを行う対応も、場合によっては必要になるかと思います。
開発の段階で安全性を十分に確認しても、未知のリスクも考えられる以上、それを確認する仕組みはとても重要です」

検証システム 国レベルで整備を

福田さんたちが作ったシステムの意義を、ワクチンの安全性の検証に詳しい専門家も評価しています。

ワクチンの安全性に詳しい 東京大学医科学研究所 石井健教授

石井教授
「臨床試験で見つからなかったイベントを抽出するために大切なデータベースになると思います。今後、解析結果をフィードバックするシステムや対策の立案までできれば価値が高まるのではないかと考えます。
一方、元になるデータに不備がないのかどうかや、時期によって流行している新型コロナウイルスの種類が違うことで解析結果に影響が出ないかなど、確認が必要でしょう」

厚生労働省 副反応検討部会の部会長 東京医科歯科大学 森尾友宏教授

森尾教授
「一人ひとりの副反応をしっかり検証することはとても重要ですが、その症状が多く発生しているのか検証するには、こうしたデータベースでの解析が重要だと思います。
副反応についていつも議論になっていたのが、ベースとなる疾患の頻度はどの程度なのかということでした。ワクチンを接種している人と接種していない人が比較できるようになるのは重要な成果だと思います。日本でワクチンの有効性と副反応を解析する基盤ができるシステムを確立していくことが重要だと思います」

厚生労働省は2022年9月、副反応疑いの情報をまとめ、自治体が管理している接種情報とひも付けた「匿名予防接種データベース」を作ることや、データベースを国が持つレセプト情報と連結させるという方針を示しました。
2025年度までに「環境を整備する」としています。

データベース整備に関する資料 2022年9月2日の予防接種・ワクチン分科会より

福田さんは、十分な分析を行うには、少なくとも500万人分のデータが必要だとしています。
協力してくれる自治体をさらに増やしながら、システムを改良し、検証スピードを上げたいと考えています。

福田准教授
「国に報告された1件1件の副反応疑いの報告から『シグナル』をキャッチし、私たちのシステムを使って、因果関係があるのか確認していきたいと考えています。
ワクチンの接種は、有効性と安全性の両方にしっかりとしたエビデンス(科学的根拠)がある状態で進められるべきです。有効性と安全性を確認することで、ワクチンに対する信頼を高めるコミュニケーションができるのではないかと考えています」

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