科学

サイカル研究室

人から感染? 動物むしばむ歯周病

人から感染? 動物むしばむ歯周病

2023.02.25

「新型コロナウイルス」「エボラ出血熱」「ペスト」。

 

ときに人類を危機に陥れる感染症は、主に動物から人にうつると考えられてきました。

 

しかし、いま、人から動物にうつり、動物の健康をむしばんでいるのではないかとも考えられている感染症があります。

 

それは「歯周病」。

 

歯を支える骨が溶け、歯を失うおそれもある病気です。

 

どうして動物で広がっているのか。

 

取材すると「人と動物の関係」という大きな問題にもつながる話でした。

 

※この特集記事の内容は、2月26日のおはよう日本で放送されます。放送終了後から3月5日午前7時40分までNHKプラスの「見逃し配信」でご覧頂けます。

ペットで広がる歯周病

「ちょっとお口を見せてください。かなりの歯が重度の歯周病になっていますね」

東京・江東区にある歯の治療を専門に行う動物病院。

1日に30匹ほどのペットの犬や猫を診療していて、そのうち歯周病と診断されるのは8割ほどに上ります。

歯周病は、「歯周病菌」に感染することによって、歯ぐきの炎症が起き、歯を支える骨が溶ける病気で、歯を失うこともあります。

動物の場合、歯を失って食べることができなくなると栄養がとれなくなり、死に至ることも。

人の場合より深刻な結果を招くことがあり、警戒されているのです。

ミニチュアシュナウザーを飼う女性
「家では歯磨きもしていましたが、歯がグラグラしていたときにはもうビックリして、すぐに病院に連れてきました。家族と同じ存在なので、できるかぎりのことはしてあげたいと思います」

厚生労働省によると、進行した歯周病にかかっている人は、40歳以上だと4割を超えていて、最も多い60代後半では6割に及ぶとみられています。

感染した人の唾液を介して細菌が広がり、ペットが飼い主の顔をなめ回したり、人の唾液の付いた食べ物を食べたりして、動物に広がっているとも考えられています。

ペットの寿命が延びて高齢の犬や猫が増えたことも関わっているとみられています。

とだ動物病院 戸田功 院長

戸田院長
「ペットが長生きするようになっているので、その分、歯周病にもかかる割合も増えているように感じています。動物も人と一緒で、歯周病菌がもとで体にいろんな不具合が現れ、食べることができないくらいにまでひどくなるペットもいます」

骨の標本から歯周病の痕跡が

麻布大学 島津德人 准教授

歯周病はペットだけでなく、比較的人の近くにいる動物にも広がっているとみている研究者がいます。

神奈川県相模原市にある麻布大学の島津德人准教授は、長年、動物の歯を研究してきました。

標本観察は日課

学生のときから、解剖を通じて動物の体の仕組みに関心を持ち続けていた島津さん。

3年前にはおよそ500種類の動物の骨格標本を展示する大学の博物館の館長にも就任しました。

そして、その博物館で毎日欠かさず、骨格標本を観察していたところ、歯やあごに共通の特徴があることに気付いたのです。

島津准教授
「博物館に展示されているのは、ほとんどが動物園などで人間に飼育されていた動物たちの骨です。歯に興味があったので、自然と口の中を毎日のように見るようになっていたら、ほとんどの動物に歯周病のような痕跡があることに気付いたんです」

動物園で飼育されていたサイの頭部の標本

例えば、動物園で飼育されていたサイの骨の標本では、上あごは骨がボロボロになってくもの巣状に、下あごは歯の付け根部分が陥没するようにえぐれていました。

動物園で飼育されていたオオカミの頭部の標本

ほかにも、動物園で飼育されていたオオカミの標本は、歯を支えるあごの骨に無数の小さな穴が空いていて、すかすかになっていました。

いずれも歯周病が進行してあごの骨が溶けてしまった典型的なケースでした。

野生のオオカミの標本

一方で、モンゴルに生息していた野生のオオカミの標本では、歯石がついておらず、歯が埋まっているあごの骨もすべすべとしたままでした。

島津さんは、人に飼育されているかいないかで、歯の状態に違いが出てくるのではないかと考えました。

そして、その先にある仮説が浮かんできました。

「歯周病菌が動物に感染するためには、人の存在が必要なのではないか」

島津准教授
「ペットだけでなく動物園で飼育されている動物も、きっと歯周病に困っていたのだろうと想像しています。野生動物にはほとんど歯周病がないと言われていたので、人と動物との物理的な距離が縮まることで、人から動物に歯周病菌が何かしらの経路でうつり、発症するのではないかと考え、研究を始めました」

ショーで人気のアシカ 飼育員と同じ細菌が

仮説を検証するため、島津さんが最初に調べたのはショーを行うアシカでした。

人に近いところでショーを行い、飼育員から直接エサをもらうため、歯周病菌が検出される可能性が高いと考えたのです。

そこで、アシカ7頭と飼育員6人から検出される歯周病菌を遺伝子レベルで詳しく調べました。

高病原性の歯周病菌 3種類が検出された

すると、人で歯周病を引き起こす細菌のうち、最も病原性が高いものが3種類、アシカから検出されました。

左のグラフで示した細菌に感染していたのは、2頭のアシカと、飼育員1人。

一方、真ん中と右のグラフで示した細菌は、7頭のアシカすべてと、ほぼ全員の飼育員に感染していました。

アシカと飼育員で、感染が多い細菌と少ない細菌が共通していました。

島津さんは「アシカと飼育員の間で細菌が受け渡された」、そして、もともとアシカが歯周病菌を持っていなかったとしたら、「飼育員からアシカにうつった可能性もある」とみています。

島津准教授
「まだ直接的な証拠はありませんし、この時点で、人から動物になのか、動物から人になのかという感染の方向性は、必ずしも断定はできないのですが、ここまで一致するとは思ってもいませんでした」

各地の動物園・水族館でも調査 やはり人からうつっている?

島津さんは、全国各地の動物園や水族館でも動物の歯周病の調査をしようと、クラウドファンディングで研究資金を集めました。

目標だった、語呂合わせで「良い歯(418)」の418万円を集めることができ、ことし1月から20ほどの施設の協力を得て実態調査を始めています。

1月には、茨城県日立市の「かみね動物園」で、年に1度行われるレッサーパンダの健康診断に合わせて、2頭の歯の検査を実施しました。

歯と歯ぐきの間に紙製のこよりを差し込んで、サンプルを採りました。

島津准教授
「レッサーパンダの口の中を見たときに、1か所赤く腫れてるところがあって、そこを触ると少し出血していました」

歯周病による出血が・・・

そして、遺伝子を詳しく分析すると、2頭ともに歯周病菌が検出され、このうち1頭は歯周病を発症していることがわかりました。

日立市かみね動物園 川瀬啓祐 獣医師

川瀬獣医師
「園内には、歯がグラグラになって抜けそうになっている動物もいます。食べることができなくなればやせ細ってしまいます。歯のトラブルは命に関わるので、これからも注意してみていきたい思います」

イルカの口の中をチェック

さらに、海の生き物にも歯周病菌が広がっていないか水族館でも調査を行っています。

神奈川県藤沢市にある「新江ノ島水族館」では、アザラシやイルカなどが飼育員から指示を受けて口を開けている間に、素早くサンプルを採取しました。

歯磨きされるゴマフアザラシ

水族館では、島津さんの研究から、動物の歯のケアの重要性を意識するようになり、アザラシなどの歯磨きを行うようになりました。

新江ノ島水族館 白形知佳 獣医師

白形獣医師
「以前、島津先生に検診してもらったときに、歯周病になっている個体がいると指摘を受けたことがきっかけで歯磨きを始めることにしました。健康な歯を残すことが、動物たちの健康を維持していくことにつながるので、私たちから歯周病菌をうつさないように、消毒の徹底などの意識も高まっています」

島津准教授
「想像以上に歯のトラブル、特に歯周病に困っている施設が多いことを知りました。実際に人の歯周病菌がいるかを解析して、実際にいることがわかってきています。(人からうつっているという)仮説はある程度当たっているのではないかと思うようになっています」

歯周病 野生動物にも広がっているのか?

歯周病菌は動物の世界でどこまで広がっているのか。

島津さんは、飼育されている動物だけでなく、人里の近くに住む野生動物でも調査を始めました。

2月、訪れたのは、島根県美郷町。

中国山地にある人口4000人ほどの町で、30年近く前からイノシシの被害で悩まされてきました。

島津さんが所属する麻布大学も協力して、イノシシ対策や肉としての活用などの資源化に取り組んでいます。

島津さんは、地元の協力も得て、猟で捕獲された野生のイノシシの口からサンプルを採らせてもらうことにしたのです。

美郷町で実地調査

実地調査を行うと、民家のそばにある畑には、イノシシが掘り起こした跡があちこちに。

山際のやぶには、イノシシが通ったとみられる隙間が数多くあり、畑の近くの道路には糞も落ちていました。

調査に同行した、20年あまり美郷町で野生動物の行動を研究している麻布大学の江口祐輔教授は、いま、町ではイノシシと人の生活圏が大きく重なっているといいます。

かつて、イノシシが生息する場所と人が暮らす場所との間には、人が日常的に立ち入って管理する山林がありました。

そこにイノシシはなかなか近づきませんでしたが、過疎化や林業の衰退などを背景に、人の目が届かない山林が増えたことで、いまや山際までやぶに覆われるようになり、イノシシが人間の生活圏まで来ることができるようになったと考えられています。

麻布大学フィールドワークセンター 江口祐輔 教授

江口教授
「町にはいくらでもイノシシがいて、いまもすぐそばから私たちのことを見ているかもしれません。畑に広がるでこぼこの跡はすべてイノシシによるもので、土の中の虫や作物の根を食べるために掘り起こしたんです」

島津准教授
「これほど野生動物であるイノシシと人が物理的な距離として近い位置関係にあるというのはなかなか想像できていませんでした。自分の研究目的にぴったりと当てはまる場所だと思います」

捕獲地点に向かう島津准教授

島津さんが実地調査に入って2日目、仕掛けたわなの1つにイノシシがかかったという連絡が入りました。

捕獲されたイノシシ

現場に駆けつけると、イノシシが捕獲されていたのは民家の目と鼻の先にある、薄暗い雑木林でした。

体重40キロを超える2歳とみられるオスのイノシシがかかっていました。

野生のイノシシからサンプルを初採取

島津さんは、歯ぐきに腫れがないかなど、口の中をくまなく観察したあと、歯と歯ぐきの間からサンプルを採取しました。

さらに、唾液をぬぐって専用のキットで酸性度を調べました。

唾液は犬や猫に近いアルカリ性で、歯周病の症状が出る前に多く確認される歯石ができやすい環境になっていたということです。

島津さんは、人に近い環境に生息する野生のイノシシから歯周病菌が検出されるか、慎重に調べたいとしています。

動物の歯周病 人との関係再考を

島津さんは、今後も各地の動物園や水族館、それに野生の環境での歯周病菌の広がりを調べる予定です。

そして、人が動物を飼育する環境かどうかや、陸や海など生息環境の差によって、歯周病菌の定着に違いはあるのか調べ、実態に迫りたいとしています。

さらに、その先に見据えるのは、人と動物の関係を見つめ直すことです。

島津准教授
「私たち人間は必ずどこかで動物たちとつながっていて、関係を断ち切ることはできません。歯周病菌を通じて、いま一度、人と動物の関わり方を考えたり捉え直したりして、今後動物とどうつきあっていけばいいのか、何か新しい考え方を見いだせたらいいなと考えています」

2023年2月26日 おはよう日本「サイカル研究室」で放送

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