科学と文化のいまがわかる
原子力
2021.09.27
「再処理をやめるという決断は1日も早いほうがいい」
「核燃料サイクルについては維持するべきだと思っています」
自民党総裁選挙で論点の1つに浮上した「核燃料サイクル政策」。進むも退くも課題が山積となる、この政策についてまとめた。
(科学文化部 重田八輝・藤岡信介)
青森県下北半島の太平洋側。人口1万人ほどの村に巨大な化学プラントのような施設がある。青森県六ヶ所村の再処理工場だ。なぜ、この施設が政策の「根幹」とか「中核」などと呼ばれるのか、多くの関係者から話を聞きながら学んできたことを思い出す。
戦後まもない頃から構想が立ち上がった核燃料サイクル政策。核燃料が形を変えながらぐるぐると回るイメージだ。
日本の電源構成に大きく関わってきた原子力発電。原発では発電後、使い終わった核燃料が出てくる。この使用済みとなった核燃料の中に残っているプルトニウムを、六ヶ所村の工場で「再処理」という化学的な処理で取り出す。さらに、別の工場で、特殊な核燃料「MOX(モックス)燃料」に加工する。
「MOX」とは、「Mixed Oxide」からきている。プルトニウムとウランを「混ぜた酸化物」の意味だ。取り出したプルトニウムから加工した「MOX燃料」を原発で再び利用する、というのが核燃料サイクルの構想だ。
プルトニウムは核兵器への転用が懸念されるため、再処理というプルトニウムを取り出す工程が最も重要ともされ、日本は、1988年に改定された「日米原子力協定」で、アメリカから再処理などが認められた。核燃料を使い続けることで、輸入に頼ることなく自国でエネルギー資源を確保しようという狙いだ。
政策の大きな2本柱は、プルトニウムを取り出す「再処理工場」と、利用する「高速増殖炉」だった。
しかし、実現にはほど遠い状況と言わざるをえない。「再処理工場」は、ずっと“建設中”のままなのだ。
事業者の日本原燃はトラブルや不祥事に加え、原子力規制委員会の規制基準への対応などを理由に完成目標の延期を繰り返している。
現在の延期の回数は実に「25回」。2022年度上期の完成を目指すものの、当初の計画からすでに25年の遅れ。原子力規制委員会の更田豊志委員長が今年7月の会見で目標の実現性を問われたのに対し、審査に時間がかかっていることから「難しいと思う」と述べるなど、いまだ不透明さが残っている。
同じく六ヶ所村にあるMOX燃料の加工工場も、完成時期が「7回」延期。現在は2024年度上期の目標となっている。
完成にたどりつけないまま、コストは膨らみ続けた。
●再処理工場 14兆4400億円
●MOX燃料加工工場 2兆4300億円
今年6月に公表された、建設や廃止費用なども含めた総事業費の見通しだ。
核燃料サイクル政策では、MOX燃料も使い終わったあと、また再処理してプルトニウムを取り出して活用する計画だが、この技術は、国によると2030年代後半をめどに確立を目指している。「再処理」という言葉は同じだが、六ヶ所村の再処理工場では2回目以降の再処理ができないため、別の施設を建設しなければ、このサイクルは回らない。回そうとすると、さらに膨大なコストが必要になる。
もうひとつの柱、「高速増殖炉」の研究開発も進んでいない。
高速増殖炉は“夢の原子炉”とも呼ばれた。発電しながら使った以上のプルトニウムを生み出す能力があるとされ、資源の乏しい日本にとって、プルトニウム利用の主役と期待された。「燃料を増やす高速増殖炉があって初めて、核燃料サイクルを進める意味がある」として、国の旗振りのもと、開発に打ち込んだ研究者も多くいた。
しかし、国が研究開発の“本丸”とした福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」は、1994年に試験運転を始めたあと、ナトリウム漏れ事故をはじめトラブルや不祥事などが続く。福島第一原発の事故後は多額の追加対策費が見込まれたことなどから、政府は2016年に廃炉を決めた。
「もんじゅ」には1兆円以上が投じられ、22年間で運転実績はたった250日だった。
国は引き続き、プルトニウムを利用できる原子炉を含む新型炉などの研究開発に取り組む方針を示しているが、核燃料サイクル政策における主要施設の実現は不透明となっている。
国はこのほか、取り出したプルトニウムを利用するため、MOX燃料を一般の原発で使う「プルサーマル」も進めるとしているが、当初の目標通りには実施できなかった。
大手電力でつくる電気事業連合会は、2020年12月に新たな目標を示して「2030年度までに少なくとも12基の原発でプルサーマルを行う」とするも、現状、4基にとどまる。
日本は、核兵器の原料にもなることから、利用目的のないプルトニウムを持たないことを国際的に約束しているが、2020年末時点で保有量は46.1トン。これらは、六ヶ所村の再処理工場が完成していないため、かつてフランスやイギリスに再処理を委託した分などを合算した数字だ。
では、この政策をやめた場合にはどのようなことが起きうるのか。
大きな問題となるのが、行き場を失う「使用済み核燃料」の取り扱いだ。
核燃料は、使い終わると各地の原発にあるプールなどで貯蔵され、その後、再処理工場に搬出されることになっている。すでに六ヶ所村の工場には各地から再処理を行う前の使用済み核燃料が運び込まれていて、貯蔵プールは99%が埋まっている。一方、各地の原発の貯蔵プールも余裕はなく、今年6月末時点で平均して76%が埋まっていて、電力各社は貯蔵できる量の増強を急いでいる。
こうした状況で、再処理を行わない場合、主な搬出先がなくなるなどしていずれプールが満杯になる可能性が出てくるのだ。そうなると、原発で新たな核燃料を使えなくなり、運転がストップする原発が出てくることも予想される。
青森県などが、再処理工場に貯蔵された使用済み核燃料を各地に送り返そうとする動きが起きることも考えられる。
青森県と六ヶ所村が1998年に事業者の日本原燃と結んだ覚え書き。
そこには「再処理事業の確実な実施が著しく困難となった場合には、青森県、六ヶ所村及び日本原燃が協議のうえ、日本原燃は、使用済燃料の施設外への搬出を含め、速やかに必要かつ適切な措置を講ずるものとする」と書かれていた。
核燃料サイクル政策の見直しを含めた議論は、かつて行われたことがある。福島第一原発の事故後、当時の民主党政権下だ。このとき、青森県の三村申吾知事はこう発言した。
「約束と違うことが起こってはいけないという地元の声がございます。(使用済み核燃料が)資源として再利用されない場合には、それぞれの発生元にお返しするということがあるということも一応言っておきますが、認識いただければと思っております」
青森県が、国を「けん制」した形だ。結局、青森県との約束を尊重するなどとして、核燃料サイクル政策は維持された。
今回の自民党総裁選挙にあわせて六ヶ所村の戸田衛村長は「今後の選挙の結果やその後の政府の動向を注視していきたい」とコメントしている。
各地の使用済み核燃料は、再処理を行わない場合、地下深くに埋めるいわゆる「直接処分」を検討する必要が出てくる。
現在、日本で「核のごみ」として最終処分するのは、核燃料サイクル政策のもと、再処理したあとに出る高レベルの放射性廃棄物と想定されている。使用済み核燃料ではない。
高レベル放射性廃棄物の最終処分場については、2020年11月、選定に必要な第1段階の調査が北海道の寿都町と神恵内村で、実質、全国で初めて開始されたものの、建設の見通しはまったく立っていない。
使用済み核燃料の「直接処分」は、海外では実施する方針の国もある。日本も「将来に向けて幅広い選択肢を確保するため」などとして、一部で研究開発を行っているが、現時点で国内に処分場はないため、各地で長期保管し続けることになる可能性がある。
私たちは2020年10月、「クローズアップ現代+」という番組で、核燃料サイクル政策の課題を取り上げたことがある。
ここでは、福島第一原発の事故のあとの2014年、業界のリーダーである東京電力内部で、社外取締役が「民間ではサイクル事業を担いきれないのではないか」と問題提起していたことを明らかにした。
主な理由は、廃炉などの対応に追われる中、東京電力が出資する再処理工場が完成延期を繰り返し、建設や安全対策工事にかかるコストがかさんでいたことなどにあった。東京電力の元幹部は当時の状況について「危ういと思った。何度も延期を繰り返していて見通しを聞いても信用できなかった」「動かないものに多額の費用を出していたら、株主に説明がつかない」などと取材に答えた。
一方、問題提起に対して東京電力内部では現実的ではないとの声が大勢だったという。別の元幹部は「施設がある青森県との約束がある。これは大きい。業界の共通認識でもある」と話していた。
東京電力と日本原燃とのやりとりを記した内部文書には「日本原燃のサイクル事業が停滞すると日本の原子力発電事業が止まる」とも書かれていた。
結局、電力各社が再処理事業への資金を拠出することを義務付ける国の認可法人が立ち上がり、政策が堅持される中、事業に協力する方針に変わりはなかった。
国は、核燃料サイクル政策の意義について、長期的な視点でエネルギーの選択肢を確保するとともに、高レベル放射性廃棄物の発生量や有害度を減らし、各地の原発にたまる使用済み核燃料の問題に対応できることなどを挙げてきた。
しかし、政策は膨大なコストをかけながら、いまだ計画通りに進まない。
やめたとしても、影響は、エネルギー政策そのものや電力各社の経営だけでなく、原発や関連施設が立地する自治体など、広範囲に及ぶことが予想される。
昭和から続いてきた巨大プロジェクト「核燃料サイクル政策」。進むも退くも、簡単に答えが出るものではないだろう。
それぞれの選択肢のメリット・デメリット、国民負担がどれくらいになるのか。情報を十分に提示し、国民的な議論を進めることが必要だ。