科学と文化のいまがわかる
科学
2017.03.02
「宇宙旅行」「人工流れ星」「“宇宙葬”専用衛星」
実は、どれも、遠い未来の話ではありません。民間の企業がまもなく実現しようとしている新しいサービスです。
これまで、半世紀にわたり、各国で国家プロジェクトとして進められてきた宇宙開発は、電子部品の小型化や高性能化で開発コストを抑えられるようになり、民間企業でも人工衛星やロケットを独自に開発したり、所有したりすることが可能な時代になってきました。
日本でも、新進気鋭の宇宙ベンチャーが次々に立ち上がり、それぞれが独自の発想で、これまでにない私たちに身近なサービスを生み出そうとしています。
どんなサービスが生まれようとしているのか、最前線を追いました。
(科学文化部・鈴木有記者)
「時代の流れは宇宙に」という意味を込めて「SPACETIDE」と名付けられた大規模な会合が、先月28日、横浜市の慶応大学のキャンパスで、民間の団体が主催して初めて開かれました。
宇宙ベンチャーの経営者や、商社や電機メーカー、旅行会社などの大手企業の幹部など、およそ500人が参加しました。
会合では、民間ならではの発想で宇宙を利用した新たなビジネスを興そうとしている宇宙ベンチャーの経営者らが次々に登壇し、「宇宙をどう使っていくかという時代に入った。宇宙を使った新たなビジネスで世界をおもしろくしていきたい」などと呼びかけていました。
これまで、日本の宇宙開発は、国が主導して進められてきましたが、電子部品の小型化や高性能化で開発コストの低価格化が進んでいることに加えて、去年、宇宙ビジネスの拡大を国が後押しする「宇宙活動法」が成立したことで、ことし、日本では、民間主導の宇宙開発が加速しようとしています。
登壇した宇宙ベンチャーの1人、「エリジウムスペース」の金本成生さん(42)は、亡くなった大切な人を宇宙に葬る「宇宙葬」に取り組んでいます。
「宇宙葬」は、実はおよそ20年前からアメリカで始まっていますが、商業衛星の一部を使うなど条件が厳しく、依頼できる人は限られています。
その「宇宙葬」を身近にしようと、金本さんの会社は、専用の人工衛星を開発しました。
衛星は、1辺がわずか10センチほどの立方体。これに、亡くなった人の遺灰を入れたカプセルを最大で480個搭載できます。
1センチほどのカプセル1個当たりの代金は30万円です。
打ち上げられた衛星は、地球の周りを数か月から数年回った後、大気圏に突入して燃え尽きます。
遺族には、それまでの間のサービスもあります。
スマートフォンやタブレット端末などで、遺灰をのせた衛星が、今、地球上空のどのあたりを飛行しているのか確認でき、空に向かって手を合わせることができます。
すでに、世界中からおよそ100人の申し込みがあり、このうち、日本からはおよそ30人の申し込みがあるということで、年内にも最初の衛星を打ち上げる計画です。
このサービスを使って、家族の遺志をかなえたいという人もいます。
都内に住む神原賢治さん(78)です。
11年前、次女の尚子さんを37歳で亡くしました。免疫系の病気で10年余り闘病生活を続けた末の別れでした。
その尚子さんが病床で遺書につづったのが、「宇宙葬にしてほしい」という願いでした。
尚子さんがこう記した理由について、神原さんは「宇宙を飛び、地球の周りを回りながら、地上の親しい人を見つめているような、そんな自分の姿を空想したんじゃないか」と思いをめぐらせます。
10年越しで現実になろうとしている宇宙葬。
カプセルには、尚子さんの名前から「NAO」と刻みました。
尚子さんの思いが実現しようとしていることについて、神原さんは「非常に期待しているし、うれしいです。尚子の願いもかないますし、宇宙を飛び続けてくれることで、私自身にとっても、いつまでも身近にいるような感じになれます」と話していました。
“宇宙葬”で生前葬をしようという人もいます。
「銀河鉄道999」の作者、漫画家の松本零士(79)さんです。
作品の中で描いた“宇宙葬”が現実のものになろうとしていることに、「こんな時代がきたか」と、感慨深げに話しました。
松本さんは、宇宙には行けない自分の代わりに、切った爪をカプセルに入れて送り出すことにしました。
松本さんは「自分の爪とはいえ、それが空を飛んでいくのは楽しい楽しい夢ですね」と話していました。
“宇宙葬”専用衛星の年内の初打ち上げを目指している金本さんは「宇宙というのは、これまでは、夢物語であったりとか、自分とは非常に距離があるものと感じられていたが、これからは、宇宙をパーソナルに使っていくということが、どんどん広がっていくと思う」と話しています。
宇宙をエンターテインメントの舞台にしようと挑戦する人もいます。
東京・港区のベンチャー企業「ALE」の経営者、岡島礼奈さんが手がけるのは、人工的に“流れ星”を作り出そうという世界初のサービスです。
岡島さんは「流れ星を楽しむという新しいカルチャー、文化を作っていきたい」と話します。
流れ星を作るのは、地球の上空、500キロ付近に打ち上げる超小型衛星です。
そこから金属の玉を打ち出し、大気圏に突入させて燃え尽きさせるのです。
1つの衛星で打ち出せる玉は数百発。目指しているのは、花火大会のように流れ星を楽しむイベントです。
1機・数億円かかる衛星でも、いくつもの大規模なイベントに売り込むことで、ビジネスとして成立させたいと考えています。
岡島さんは、現在、狙った場所に正確に流れ星を出現できるよう、衛星開発の最終調整を続けています。
再来年には最初のイベントを広島県で開き、3年後の2020年には、東京オリンピックパラリンピックに合わせて実現させたいと意気込んでいます。
岡島さんは「民間に門が開かれたからこそ、できるビジネスだと思っている。われわれが、新しいところの先陣を切っていくという心意気で臨んでいきたい」と力強く話しています。
このほかにも、日本では、ことし以降、民間企業による宇宙開発の挑戦が相次いで計画されています。
《ミニロケット開発》
北海道大樹町にある社員10人余りのベンチャー企業「インターステラテクノロジズ」は、超小型衛星を打ち上げる格安のミニロケットの開発を目指し、ことし春ごろにも、高度100キロを超える宇宙空間への打ち上げ実験に挑む予定です。
この会社では、これまでに高度6キロ付近までの打ち上げに成功しているほか、高度100キロを目指す新型のエンジンの燃焼試験にも成功していて、高度100キロを超える宇宙空間への打ち上げに成功すれば、日本の民間企業が単独で開発したロケットとしては初めてのことになります。
《超小型衛星50機計画》
東京・千代田区の社員20人余りのベンチャー企業「アクセルスペース」は、地球上の多くの場所を、毎日、撮影できるという、新たなインフラづくりを目指して超小型衛星合わせて50機を打ち上げる計画をことしからスタートさせます。
ことしは最初の3機の衛星を海外のロケットで打ち上げる予定で、例えば、農地やリゾート施設など広大な土地の管理に衛星の画像を活用してもらう新たな市場を開拓したいとしています。
《民間月面探査》
宇宙ベンチャーや東北大学の研究者などおよそ100人でつくる民間のチーム「HAKUTO」は、アメリカの財団などが主催する民間による月面探査の国際レースに参加し、ことし12月28日に打ち上げが予定されているインドの企業が開発した月着陸船で、探査車「SORATO」を月に送り込む計画です。
計画どおりに進んだ場合、およそ1か月後の月への着陸を見込んでいるということです。
「HAKUTO」を運営する東京のベンチャー企業「ispace」は、将来的には、月面資源の開発に取り組みたいとしています。
《宇宙旅行》
名古屋市のベンチャー企業「PDエアロスペース」は、6年後の2023年の宇宙旅行の事業化を目指し、新しい宇宙輸送機の開発を進めています。
計画では、航空機のような機体で高度100キロの宇宙空間を目指し、1時間半の飛行のうち、およそ5分間、無重力を体験できるということで、この計画には大手航空会社の「ANAホールディングス」と大手旅行会社の「エイチ・アイ・エス」も出資しています。
宇宙ベンチャーが相次いで立ち上がり、例えば、「人工の流れ星」など、数年前まで、未来の夢の話かと思われていたことが、現実のビジネスとして実現しようとしています。
宇宙ベンチャーの経営者の皆さんを取材していて、ひしひしと感じるのは、宇宙という新しい舞台を通して、今までとは違う新しい付加価値を生み出したいという熱意とパワーです。
そして、宇宙が舞台なら、日本だけでなく、世界にもインパクトを与えることができると意気込んでいます。
そうした宇宙ベンチャーの経営者の皆さんに共通すると感じたのは、宇宙を一人一人の手に届くものにしようということです。
ただ、宇宙開発をめぐっては、使い終わったロケットや人工衛星が「宇宙ごみ」となって漂い続ける問題が深刻化し、このまま国際的なルールもなく、各国や民間企業による宇宙開発が進めば、遠くない時期に、宇宙を安全に利用できなくなるおそれがあると指摘する専門家もいます。
宇宙空間に秘められたさまざまな可能性の追求とともに、宇宙の利用にあたって必要となる、国際的なルール作りなどの課題にも、しっかりと向き合っていく必要があります。
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