医療

新型コロナ「第8波」どこで亡くなっているのか

新型コロナ「第8波」どこで亡くなっているのか

2023.01.24

新型コロナウイルスの「第8波」では、亡くなる人の数が過去最多の水準が続いています。

 

しかし、コロナ患者に対応する重症病床のひっ迫の度合いは、以前に亡くなる人が相次いだ時期のようにはなっていないようです。

 

多くの人はどこでどんな形で亡くなっているのか。

病院や高齢者施設の現場を取材しました。

「第8波」死亡者数 専門家からの警句

「第7波と比べて死亡者数の増加が速い。要注意だ」

第8波で感染が拡大してきた12月初め、私は専門家からこう聞かされました。

その時点では、1週間平均の1日あたりの新規感染者数は10万人ほどでした。

私はこの3年、新型コロナで重症化する患者や対応する医療現場の取材をしてきました。

亡くなる人が増え始めるのは、感染者数が大きく増えた数週間後ということが続いてきたので、どういうことなのか、すぐには理解ができませんでした。

第8波でみられ始めた異変について指摘した、新型コロナウイルス対策にあたる政府の分科会メンバーで東邦大学の舘田一博教授です。

東邦大学 舘田一博 教授

東邦大学 舘田一博 教授
「1日の新規感染者数は10万人弱(12月上旬時点)と『第7波』のピーク時のおよそ26万人と比べると少ないですが、死亡者数はすでに1日に200人に達している(第7波での最多は2022年9月2日の347人)。死亡者数が増加するのが『第8波』はずいぶん速い。死亡者は1日に400人くらいまでに増え、過去最悪のレベルになるのではないか」

感染者数と死亡者数の推移 青が感染者数 オレンジが死亡者数 (厚生労働省まとめ 2023年1月23日まで)

これまで、感染者が増加してから死亡者が増加するまでにはタイムラグがありました。

▼感染拡大は若い世代から始まることが多く、重症化リスクが高い高齢者に感染が広がるのには時間がかかること、
それに、
▼感染から死亡に至るまでには一定の時間がかかるためです。

それが、第8波では、感染者数と死亡者数の増加の波がほぼ重なっていたのです。

東邦大学 舘田一博 教授
「持病のある高齢者が相次いで亡くなっています。早期治療が必要な施設の患者が入院できず、必要な治療を受けられていない事態も起きているかもしれない」。

その後、死亡者数は12月28日には415人と過去最多になり、その後も増え続け、年明けの1月14日には503人となりました。

なぜ、このようなことになっているのか。

重症病床、救急医療は

まず、話を聞いたのは、これまでの感染拡大で対応に追われることが多かった、重症患者を診る救急医療現場です。

12月中旬から下旬にかけて、取材を続けていた救急医療に対応する複数の病院から「コロナ病床が埋まってきている」という声が聞かれ始めました。

日本医科大学付属病院(東京・文京区)

年明けの2023年の1月5日、東京・文京区の日本医科大学付属病院に向かいました。

病院では、重症患者用のコロナ病床6床を確保し、治療に当たっています。

高度救命救急センターの横堀將司部長によりますと、コロナの重症患者の搬送依頼は年末にかけて相次ぎ、重症病床が一気に埋まったといいます。

近隣の病院でクラスターの発生が相次ぎ、大学病院内もスタッフの感染などで稼働できる病床が減っていることで、患者が回復しても転院先がなかなか見つからず、コロナもコロナ以外の患者も受け入れが難しい状態となっていました。

重症患者用のコロナ病床(映像提供:日本医科大学付属病院)

ただ、以前のピーク時と比べると重症患者の数は少なく、2021年夏の「第5波」のときのように、患者で溢れかえるようになって、病床の数を2倍や3倍に増やして対応せざるを得ない状況にはなっていませんでした。

日本医科大学付属病院 高度救命救急センター 横堀將司 部長

日本医科大学付属病院 高度救命救急センター 横堀將司 部長
「『第5波』の時のように、コロナ単独で肺炎が悪化し呼吸の状態がどんどん悪くなって死亡するケースは、ワクチンを接種している人では少なくなっていますが、肺などの持病がある高齢者が入院し人工呼吸器を装着すれば、回復までにかなり時間がかかっています。ただ、そうした患者は感染者の数の割に、多くはない印象です。コロナ以外の患者も含めて救急や集中治療室では受け入れが厳しい状態が続いていますが、救急受け入れ要請の電話が鳴り止まず、都内の救命センターへの連絡を2巡しても受け入れ先が見つからなかった以前のような状況ではありません」

重症のコロナ患者で医療がひっ迫している状況ではない。
日本医科大学付属病院と同様の話は、重症者の治療に当たっている都内の別の大学病院でも聞かれました。

厚生労働省のデータでも、人工呼吸器や人工心肺装置=ECMOを使用している重症患者の数は2021年夏の第5波には2200人あまりでしたが、2023年1月23日時点で644人とおよそ7割少なくなっています。

では中等症の病院は

南多摩病院(東京・八王子市)

重症患者が以前ほど多くないとすれば、人工呼吸器などを使わない中等症の状態から亡くなっているのか。

続いて、中等症の患者を受け入れている東京・八王子市の南多摩病院を取材しました。病院では、3年前の新型コロナの感染拡大当初から、およそ1000人の患者を受け入れてきました。

中等症のコロナ患者が入院する病棟

病院によりますと、2021年夏の「第5波」までは肺炎の症状が急激に悪化し、重症病床がある病院に転院させる間もなく亡くなった患者もいました。

オミクロン株が広がった2022年初めからの「第6波」以降は、肺炎が急激に悪化するようなケースはほとんどなくなったといいます。持病のある高齢者を受け入れることが中心になり、感染によって持病が悪化しても、本人や家族が人工呼吸器を装着するなどの特別な治療は望まないことが多いということです。

この病院でこれまでに亡くなった人は35人で、およそ4割は「第6波」以降だということです。

南多摩病院 木下力 事務部長
「『第5波』まではもともと元気な若い人が入院し突然を命を落としてしまうことがありましたが、それ以降は感染者が桁違いに増えたことで、重い持病がある患者の受け入れが中心となりました。最近では高齢者施設でクラスターが発生しても施設内で療養を続けるケースが増えていますが、入院してくる患者はその中でも重い持病がある患者ばかりなので、命を落としてしまうケースが少なくありません」

コロナ感染による症状自体は中等症でも、もともとある持病が悪化して亡くなるケースが多くなっていることが見えてきました。

高齢者施設での感染で死亡増か

では、持病のある人が多く入所する、高齢者施設ではどのようなことが起きているのか。

以前は高齢者施設で感染者が出ると、病院に入院して治療を受けるのがほとんどでしたが、オミクロン株の広がりで感染者数が桁違いになった2022年以降は医療体制がひっ迫し、入院できずに施設内で療養する人が急増しました。


高齢者施設のクラスターは過去最多に

そして「第8波」では、年末年始にかけて高齢者施設でのクラスターの発生が相次ぎ、厚生労働省によりますと、全国で確認された「高齢者福祉施設」でのクラスターなどは2022年12月25日までの週では954件と過去最多となっていました。

全国老人福祉施設協議会 田中雅英副会長

特別養護老人ホームなどを運営する事業所で作る「全国老人福祉施設協議会」の田中雅英副会長に、いま何が起きているのか聞きました。

田中さん自身も東京・目黒区などで特別養護老人ホームを経営しています。

田中さんが経営する施設では2022年夏の「第7波」以降、クラスターがたびたび発生。

「第8波」では2022年11月下旬からのおよそ1か月間に、入居者43人と職員17人のあわせて60人が感染しました。

田中雅英さん
「職員は週に1度検査し、ショートステイの利用者を受け入れる時は抗原検査して、しばらくは相部屋を避けるなど感染対策を徹底し、2022年初めからの『第6波』まではクラスターを出さずに乗り切ってきました。しかし、2022年夏の『第7波』以降はウイルスがどこからか持ち込まれ、あっという間に感染が広がる状況が続きました。まるっきり感染力が違うと感じました」

田中さんが運営する特別養護老人ホーム (写真提供:田中雅英さん)

施設の入所者の平均年齢は87.8歳で、ほとんどの人に心臓や脳の血管などの持病があります。

「第8波」でクラスターが発生したときも、重症化が懸念されるため、感染が確認された入所者43人全員について、入院してもらえるようにしたいと考えていました。

しかし、病院のベッドに空きがなく、比較的症状が軽かった20人は施設内で療養せざるを得なかったということです。

嘱託の医師が抗ウイルス薬など早期の治療を行った結果、20人は回復しました。

一方で、入院したあと、施設に帰ってくると歩けなくなっていたり、食事が取れなくなっていたりしたほか、認知症の症状が悪化した人も数多くいたということです。

また、コロナの感染との関連はよく分からないものの、退院後に体が弱ってしまい、再び入院して亡くなった人もいたということです。

田中雅英さん
「多くの高齢者はコロナでいったん入院してしまうと、心身の機能が著しく落ちてしまいます。感染から2か月近くたっても発熱を繰り返して呼吸の状態がよくない利用者もいます。インフルエンザでも感染者が出れば隔離が必要となり対応がとても大変でしたが、コロナは感染力が別格です。しかも、インフルエンザと違って冬だけではなく、年がら年中警戒しなければならない。本当にやっかいな病気です」

入院しないまま亡くなる高齢者も

さらに取材を続けると、高齢者施設で重い持病のある人が感染して体力が落ち、入院しないまま亡くなるケースがあることもみえてきました。

日本認知症グループホーム協会 下田肇 副会長

日本認知症グループホーム協会の下田肇 副会長は、青森県で介護老人保健施設やグループホームなどを運営しています。

「第8波」では、下田さんの経営する介護老人保健施設とグループホームで初めてクラスターが起きました。

グループホームは認知症の人が多いものの、もともと健康状態がよかったこともあり、コロナの感染で体調が悪化した人はいませんでした。

一方で、介護老人保健施設ではおよそ10人が感染し、多くの人は感染後に体力や食欲が落ち、体調が元に戻らなかったといいます。

進行したがんや糖尿病を患っている人では状態が大幅に悪化し、入院治療を受けずにそのまま施設で亡くなった人も複数いたということです。

精神科の医師でもある下田さんは、もともと重い症状の病気がある人にとって、コロナの感染は死に直結してしまうと指摘します。

下田肇さん
「介護老人保健施設では、最期の時間を穏やかに過ごす段階を迎えている入居者も少なくありませんが、そうした方が感染すると延命は非常に困難となります。感染が分かったときに軽症と判断され、薬を飲んで酸素吸入しながら施設内療養してもらっても、しばしば急変して救急車を呼ばざるを得ない状況になってしまいます。クラスターは本当に起こしたくないです。施設内での感染防止には引き続き、全力を尽くします」

このほかにも、施設の関係者からは、

▼クラスターが発生すれば、ほぼ確実に施設内療養を余儀なくされる
▼血中の酸素飽和度の値が80%台とかなり低い状態にならないと入院できない
▼施設の嘱託医がコロナ治療に対応できず、抗ウイルス薬の早期投与ができない
▼入院先が見つからず、搬送中に患者が死亡してしまうケースがある

などという声も聞かれました。

ワクチン接種が進んで治療薬が徐々に普及してきていて、若い人にとってはただの「かぜ」だとしても、高齢者が感染すれば文字通り致命的な状況に陥ってしまうのです。

コロナを「5類」 高齢者たちどう守る?

2023年1月20日、岸田総理大臣は新型コロナの感染法上の位置づけを季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行する方向で検討を進めるよう指示しました。

高齢者施設の現場からは感染対策は変わらず継続しなければならない一方、行政が主導して確保してきた病床がなくなり、さらに負担が大きくなるのではないかという不安の声が聞かれます。

2022年12月から1月23日までの2か月足らずで、新型コロナに感染して亡くなった人はおよそ1万6000人。
これまでの3年余りで亡くなった人のおよそ4人に1人となります。

施設の負担を減らし、亡くなる人を減らすためにどうすべきか。

政府の分科会メンバーで東邦大学の舘田一博教授は、医療機関と施設との連携をさらに強めることなどが求められるとしています。

東邦大学 舘田一博 教授

舘田教授
「一部の高齢者施設では、医師が常駐しておらず治療が遅れるケースもあります。入居者が感染した場合にできるだけ早く診断して、治療する体制をさらに強めていく必要があります。また、高齢者施設でインフルエンザが広がれば治療薬のタミフルが発症予防のために投与されていますが、コロナでもクラスターの兆候が見られた際に予防投与できる薬があれば、死亡者数を減らし、施設関係者の負担も軽くすることができるかもしれない。これまでに承認されている飲み薬や注射薬を予防投与に使えないか、一部では企業による治験も進んでいますが、根拠となるデータを集めるなど、検討していく必要があります」

また、高齢者などと接する場合には、感染から守るため、引き続きマスクを着用してほしいと話しています。

舘田教授
「重症化リスクのある高齢者や基礎疾患のある人と一緒にいる場合や長時間、換気の悪い場所で大勢でいる場面、大きな流行が起きている時期はマスクを着用すべきです。ただ、若い人だけで集まって感染が広がり、かぜで終わる程度くらいなら気にしなくてもいいかもしれません。状況に応じたメリハリをつけた対応が求められます。1人1人が周りの人に感染させた場合のリスクを想像しながらリスクを下げる行動をとっていく“マスクエチケット”のような意識をこれまで以上に持ってもらう必要があります」

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