医療

秋野暢子さん「鬼退治に出動!」  食道がんと闘う

秋野暢子さん「鬼退治に出動!」 食道がんと闘う

2023.03.20

誰もがさまざまな病を経験します。
病気になったとき私たちを勇気づけてくれるのが先輩たちの言葉です。

シリーズ「病は“知”から」

病気を“知”り、病気と向き合う思いを“知”る。
それが病と闘う「チカラ」になる。

1人で悩まないために、そして新たな一歩を踏み出せるように、病気を経験した人たちの言葉をお伝えします。

第1回 秋野暢子さん〈食道がんと闘う〉

俳優として長年、第一線で活躍してきた、秋野暢子さん(66)。
秋野さんが闘っている病気は「頸部食道がん」です。

2022年6月、秋野さんは「頸部食道がん」と診断されました。

治療に専念すること半年。

2023年1月に仕事に復帰した秋野さんにインタビューしました。
(取材・文:科学文化部 信藤 敦子 写真:photographer 大西 陽)

「梅干しの種」

2021年12月。
秋野さんは、のどに違和感を覚えました。
かすかに何かがのどにひっかかるような、不自然な感触を感じます。

「のどに梅干しの種があるみたいな、何かひっかかってコロコロするというか」(秋野さん)

体調は特に悪くありません。1か月前には人間ドックを受診し、胃カメラの検査を受けましたが、異常は指摘されていませんでした。

――何だろう。これ。

健康には人一倍気をつけてきました。自分が大きな病気になることは想像したこともありませんでした。
のどの違和感は一向に消えません。
改めて医療機関を受診し、検査をしましたが、血液検査でも、腫瘍マーカーにも異常はありません。
結局、その際の診断は「逆流性食道炎」。胃液などが逆流して食道に炎症が起こる病気です。薬を処方してもらい飲み始めました。それでものどの違和感は消えませんでした。自律神経の問題ではと言われて整体や鍼にも通いました。
大丈夫なはず。でも気になる。心のどこかで年齢のせいだろうと、自分自身に言い聞かせていました。

秋野暢子さん
「自分ががんだというイメージは全くありませんでした。何だろうなと思っていて、医療機関に行ったり検査をしたり、いろんなことをしても全く何も分からなくて、不思議な話だなと思っていました」

のどのつまりは次第にひどくなっていきました。

「これはちょっとおかしいんじゃないか」

そうして、2022年6月に内視鏡の検査を受け、そこで初めて首の付近の食道に複数の腫瘍が見つかりました。

のどに違和感を覚えてから半年が過ぎていました。

秋野暢子さん
「どこかで自己判断をしていたんでしょうね。もちろん、半年間何もしなかったわけじゃなく、医師に診てもらい検査もした上で、結果が何も出なかったから、自分で大丈夫だろうなって判断するしかありませんでした。でも、もっと追求して、もっと早い段階で内視鏡の検査を受けていた方が良かったかもしれません。でも、その時はそんなことあるはずがないと思っていたので」

秋野さんの最終的な診断は「頸部食道がん」
のどと食道に大小合わせて5個の腫瘍があり、進行度合いは「ステージ3」でした。健康には気を遣ってきたという自信があっただけに、青天のへきれきでした。

こんなことで死なない

2022年6月、秋野さんは生まれて初めてがんの告知を受けました。
診察室で医師が検査画像を示しながら説明してくれます。
かつてのドラマや映画のイメージでは、医師からがんが告げられると患者は頭の中が真っ白になって、医師の言葉すら聞こえなくなります。
しかし実際に経験してみると、取り乱すことはなく、自分でも驚くほど、冷静にその言葉を受け止めることができました。

秋野暢子さん
「ドラマだとNGになるような演技ですよね(笑)。検査の画像を見たときに、素人の目から見ても『あららら、がんだわ』という感じでした。特段ショックを受けるわけでもなく、逆にこれまでの違和感の答えが分かったので、さ、どうやって治すかなと、すぐに切り替わりました。受け止め方は100人いたら100人が違うかもしれません。でも、今は告知する時代ですし、全員が亡くなる病気でもない。診断をきちんと聞いた上で自分自身の治療方針を話し合うことが大事だと思っています」

もちろん、がんは簡単な病気ではありません。毎年多くの方ががんにより命を失っているのも事実です。しかし、がんであることを告げられた直後に、秋野さんの心の中に芽生えたのは自分でも想像以上に力強い思いでした。

「こんなことで死なない」

秋野暢子さん
「がんは、昔は『死の病』でした。でも、今はそうじゃないんです。不幸にして亡くなる方もいらっしゃいますが、助かる方もたくさんいます。だから、今はがんは『助かる病』だと思っています。『自分は死ぬんじゃないか』と思うのではなく、『助かるためにはどうすればいいか』を考えることです。そりゃ死んじゃうかもしれないけど、そう考え始めると悪い方にしか行かないので、『私は絶対助かる!』と気持ちを切り替えました」

ただ、気持ちの切り替えが必要なのは患者本人だけではありません。家族や周りの人たちにとっても大切な人の病気を聞くのは辛いことです。
娘は精一杯、冷静に受け止めてくれました。
姪は大泣きしました。

秋野暢子さん
「周りの方が辛いかもしれません。私が妹みたいに思っている友人は、彼女自身もがんの治療経験があるのですが、私のがんを聞いた時に『がんになった人を囲む人たちの気持ちが初めてわかった』と話していたんです。代わってあげられないし、周りの人たちの辛さがとてもわかったと言っていました。家族は大変ですよね。患者の年齢にもよります。例えば、高齢の患者さんでは、医師が体力的に手術は難しいと判断する場合もあるだろうし、でも家族は長生きしてほしいから手術してほしいと思うこともあるでしょう。本当に難しいですよね」

自分の主治医は自分

治療を始めるに当たって、秋野さんは大きな問題に直面しました。どんな治療を行うかです。
医師から提案された選択肢は2つ。
1つは、がんが見つかった声帯や食道を手術で切除する方法です。この場合、声を失うことになります。
もう1つは、抗がん剤と放射線治療を組み合わせる方法。この場合、声を失うことはありませんが、生存率は5%程度下がると説明されました。
どちらの治療法にするかという選択は、秋野さんにとっては女優を続けるかどうかという選択でもありました。

秋野暢子さん
「一晩真剣に考えました。考えて考えて、そして、手術はないなと思ったんです。私の仕事は、声を失ったらできないと思ったので。もちろん、手術という選択肢も間違いじゃないと思います。置かれている立場や、状況によって、どの選択をするかということだと思います。60代半ばの私にとって何がベストかを考え、化学放射線治療に決めました」

がんと診断されてから間もない中で迫られる治療法の選択。
それは、同時に、その後どんな人生を生きるのかという選択にもなってしまいます。
化学放射線治療を選ぶことを伝えた際、医師は「治療が効く人と効かない人がいるので何とも言えません。それでもそれを望むなら挑戦しましょう」と言ってくれました。
そして「諦めないで頑張ります」と力強く言いました。
ただ、それを聞いた姪は、医師から「諦める」という言葉が出てくること自体にショックを受けて、また泣きました。

秋野暢子さん
「どちらを選ぶか、難しい選択でしたが、自分で納得して選んだことなら、結果がどうであれ、後悔しないと思うんです。自分で考えて、最終的に医師と相談をして、私が決める。主治医は私なんです」

鬼退治!

医師は治療し、患者は治療を受けるものです。
でも、患者は治療を「受ける」だけなのでしょうか。
治療が始まった際に秋野さんが自身のブログに掲載した記事のタイトルは「鬼退治 出動なのだ!」(2022年7月12日)でした。「鬼」はもちろん、がんのことです。
そして鬼退治に出動するのは医師だけではなく、患者本人、つまり秋野さん自身も「鬼退治に出動」だったのです。

秋野暢子さん
「不思議なのですが、がんが分かってから、私不安になったことはありませんでした。分かるまではなんだろうと思ってましたけど、もう原因はわかったので、それを駆逐すればいいという気持ちになっていました。なので不安になって、どうしようどうしようみたいなことはなかったです。くよくよして泣いていても病気はよくならないので」

最初に取り組んだのはがんについての正しい知識を身につけること。
医師や看護師に疑問に思っていることを尋ねたり、本を読んだり、がんサバイバーの人たちに話を聞いたりと、積極的に情報を集めました。

秋野暢子さん
「治療を進める上で、医師とちゃんと話をするためにはこちらも知識を持ってないと任せきりになってしまうんです。医師は、ご自身の医師としての経験で話しますが、それは患者としての経験ではありません。患者側の疑問をちゃんと投げかけられるようにしておきたいと思いました」

ただ、社会にあふれるがんの情報の中には医学的な裏付けのないものも数多くあります。

秋野暢子さん
「インターネット時代になって、ものすごい量の資料がありますが、その中でうそもあります。そこを見分けることはとても大事です。民間療法もいっぱいあります。がんが治るようなことが書いてある記事も少なくありません。1つだけの情報に頼るのではなく、いろいろな資料を見て、自分で取捨選択をして、迷ったら医師に聞く。『先生こういうのあるんですけど、どう思いますか』と。そこは的確にご指導くださいました」

そして、薬の名前を覚えること。

秋野暢子さん
「その薬がどういうふうに自分に効いているのか。抗がん剤のほかにも、副作用を抑えるための薬とか、全てをちゃんと分かっておいた方がいいです。そうすると、例えば医師に『私この薬を飲み出してから、ここが具合悪い』と伝えられるようになります。実際に治療を受けている自分が、どこが痛くて、苦しくて、かゆいのかを伝えないと、医師は分からないですから」

それ以外は、治療に専念するためしばらく仕事が休みになったこともあり、過去のお笑い番組などを見て、とにかく笑って過ごすことを意識しました。
勢い勇んで治療に「出動!」しましたが、勢いがつきすぎて失敗したこともありました。
抗がん剤や放射線の治療を受けると髪が抜けてしまうことがあるのは知っていました。
小児がんの治療で髪が抜けた子どもたちのウィッグを作るため、伸ばした髪を寄付する「ヘアドネーション」に参加したことがあったからです。それも2回。
今回は自分が抗がん剤と放射線で治療を受けます。きっと髪が抜けるだろう。ということで、その前に髪の毛を剃り上げて、きれいなスキンヘッドにしたのです。

髪を剃った秋野さん(秋野暢子オフィシャルブログ「スマイルライフ」より)

秋野暢子さん
「抗がん剤のことをまだ詳しくなかったんです。私が受ける抗がん剤はそんなに髪の毛が抜けないということを知らなかったので。髪の毛抜けるんだったら剃っちゃえと思って剃ってしまいました。ただのあわてんぼうです(笑)早とちり、みたいな。きれいに剃りました。私的には、よし、これで治療するぞって。一発行くぞって気合いだったんですけど。あとで考えるとただの先走り。でもがんの種類や薬の種類によっては髪が抜けるそうなので、個人差ですよね。私はそのあと髪の毛が生えてきましのたで、結局抜けなかった派だと思うんです」

今度は『モグラたたき』

秋野さんの治療は順調に進みました。
幸いにも治療の効果で、がんは消え、2023年1月には仕事にも復帰することができました。ただ、これでがんの治療が終わったわけではありません。わずかでもがんの種の様な物が残っていると、再発のおそれがあります。定期的に検査を受けながら経過を見ることになります。
2023年3月のブログで、食道内の別の場所にがんの疑いがある「怪しい奴」が見つかり、内視鏡による手術を行うことになりました。主治医に聞くと、再発と言うよりは別の場所にこれまで見つかっていなかったごく小さながんがあったとみられるとのこと。
がんの治療を受けた人なら、再発の不安はつきまといます。
でも、自身の病気と向き合うというのは、自分が闘っている病気をよく知るということです。

秋野暢子さん
「もちろん再発するかもしれない。でもそしたら、また治療すればいいんです。だから今、一生懸命体力をつけています。それは、もし万が一再発したときに、ちゃんと治療が受けられるように。そう思ったら再発も怖くないですよ。再発する人も多いんですから。食道がんは1、2年で再発するといわれています。分かっていれば、そこでショックを受けることもないし、次の治療のために万全の体づくりをすればいいと思っていますから。怖くないけど、死んじゃうかもしれない。でも、そんなことはわからないです。人間はがんになっても、がんにならなくても、100%死にますから。あとは順番だけですもんね」

秋野さん手書きの内視鏡手術の絵(秋野暢子オフィシャルブログ「スマイルライフ」より)

秋野さんは、「怪しい奴」が見つかって再び5日間入院することを報告するブログの最後にこう書きました。

「よし!モグラ叩きするぞ」

がんを経験したことで、病気になった際に使われる「病(やまい)を得る」という表現に、これまでは考えたことがなかった深い意味を感じるようになりました。病気は良くないものなのに「得る」と表現します。そこに特段の意味はないのかもしれませんが、確かに得たものがあったと感じているからです。

秋野暢子さん
「みんな、家族のがんは想像しても、自分ががんになるってあまり思っていないでしょ。私もそうでした。でも、なるんです。ならなかったらラッキー。でも普通になってしまう。がんはそんな病気なんです。
がんになると、食べることやしゃべること、歩くことや起き上がること、普段できていることができなくなるんです。それは食道がんだけに限りません。だからこそ、できていることが普通だと思ってはいけないと分かりました。『病を得る』とは、そういうことだと思います。病を得て初めて普通の生活のすべてが奇跡なんだと思えますね。それがとても大事なことだと、がんを経験して分かりました。新しい命をもらい、この経験を、ぜひ多くの方に私は伝えていかなくてはいけないと思っています」

【秋野暢子さん】
秋野暢子さんは1974年のNHK銀河テレビ小説、「おおさか・三月・三年」で女優デビューすると、翌年のNHK連続テレビ小説「おはようさん」のヒロインに抜擢され、その清楚で爽やかな存在感でお茶の間を魅了しました。その後もテレビドラマや映画など数多くの作品で幅広い役柄を演じてきたほか、スタイリッシュでスポーティーなキャラクターと気さくで歯に衣着せぬ物言いでバラエティー番組でも人気を博すなど、長年、第一線で活躍しています。

食道がんについてはこちら【NHK「健康ch」】でも詳しく紹介しています。

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