大リーグで活躍する大谷翔平選手、28年ぶりに完全試合を達成した佐々木朗希投手。
2人に共通する武器が、打者の手前で鋭く落ちるフォークボールだ。
2人のボールは、多くの投手が投げるボールと異なった回転がかかり、より鋭く落ちていると、指摘されている。
その"魔球"の正体に、日本が誇る世界トップ級のスーパーコンピューター「富岳」で迫った。
大谷選手の"ジャイロフォーク" スパコンで検証

研究に乗り出したのは、東京工業大学の学術国際情報センターの青木尊之教授らのグループ。
去年春、バックスピンの回転で落ちるフォークボールが、重力とは別の落ちる力がかかっていることをスーパーコンピューターで世界で初めて解明したと発表したことは前の記事で伝えた。
(前の記事のリンク)
魔球の正体、スパコンでここまでわかった。~俺のフォークは落ちている~
去年春、バックスピンの回転で落ちるフォークボールが、重力とは別の落ちる力がかかっていることをスーパーコンピューターで世界で初めて解明したと発表したことは前の記事で伝えた。
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魔球の正体、スパコンでここまでわかった。~俺のフォークは落ちている~

彼らがいま、研究しているのが、ベーブ・ルース以来104年ぶりとなる「ふた桁勝利、ふた桁ホームラン」を達成した大谷翔平選手が投げるフォークボール(スプリット)だ。
今シーズンは、投球に占める割合は少なくなっているものの、縦に大きく落ちる大谷投手のフォークボールは昨シーズンの被打率が0割8分7厘。大リーグの中でも「最も打てないボール」の1つとして知られている。
今シーズンは、投球に占める割合は少なくなっているものの、縦に大きく落ちる大谷投手のフォークボールは昨シーズンの被打率が0割8分7厘。大リーグの中でも「最も打てないボール」の1つとして知られている。

大リーグの映像解析システム「スタットキャスト」のデータによると、大谷投手のフォークボールの球速は概ね145キロ、回転数は多いときには1600~1700回転に達している。
打者のベルトの付近から急激に落ち、キャッチャーの前でワンバウンドするような軌道を描くこのボールについて、通常のバックスピン回転のフォークボールでは説明できないほどの落差だと青木教授は指摘している。
打者のベルトの付近から急激に落ち、キャッチャーの前でワンバウンドするような軌道を描くこのボールについて、通常のバックスピン回転のフォークボールでは説明できないほどの落差だと青木教授は指摘している。

青木教授
「通常、バックスピンがかかればかかるほど、上向きの力、揚力が働いて、ボールは落ちにくくなる。大谷選手のフォークボールは回転数が多いときは1分間に1700回転ぐらいするような高速回転だが、綺麗なバックスピンがかかっていたとしたら、あんなに落ちず、もっと落ちが悪いボールになる。あんなに落差が大きくなるのは『ジャイロ成分』が強いに違いない」
「通常、バックスピンがかかればかかるほど、上向きの力、揚力が働いて、ボールは落ちにくくなる。大谷選手のフォークボールは回転数が多いときは1分間に1700回転ぐらいするような高速回転だが、綺麗なバックスピンがかかっていたとしたら、あんなに落ちず、もっと落ちが悪いボールになる。あんなに落差が大きくなるのは『ジャイロ成分』が強いに違いない」

青木教授が指摘する「ジャイロ回転」のボールとは、進行方向に向かってらせんを描くような回転をするボールだ。
研究チームは、大谷投手が実際に投じたボールの球速と回転数のデータを元に、ジャイロ回転ではどのような力がかかっているのか、大学のスーパーコンピューターで検証した。
研究チームは、大谷投手が実際に投じたボールの球速と回転数のデータを元に、ジャイロ回転ではどのような力がかかっているのか、大学のスーパーコンピューターで検証した。

その結果、ジャイロ回転のフォークは、ボールが回転するごとに上向きの力と下向きの力が均等にかかり、揚力はほぼ発生していないことがわかった。
そして、重力の力に大きく依存して自然落下に近い軌道を描くというのだ。
そして、重力の力に大きく依存して自然落下に近い軌道を描くというのだ。
大谷選手のフォークの軌道をシミュレーションした動画
さらに解析を進め、このジャイロ回転のフォークボールの軌道を、コンピューターの3Dモデルで再現すると、実際の大谷選手の投球の映像と驚くほど一致した。
青木教授
「ボールの軌道としても、大谷投手の実際の投球をかなり再現できたと思う。これだけ落差が大きくなるのは、ジャイロ成分が強い証拠になる」
「ボールの軌道としても、大谷投手の実際の投球をかなり再現できたと思う。これだけ落差が大きくなるのは、ジャイロ成分が強い証拠になる」

研究チームはジャイロ回転のボールにかかる力をさらに詳しく分析するため、ボールの周りの空気の流れをより細かく調べることにした。
使われたのが、世界トップクラスの計算能力を誇るスーパーコンピューター「富岳」だ。
使われたのが、世界トップクラスの計算能力を誇るスーパーコンピューター「富岳」だ。
"ジャイロフォーク” 富岳で検証
新たな使い手も
より、解像度の高いシミュレーションを行おうと、この春から計算の準備を立ち上げていた矢先、ジャイロ回転のフォークボールを操る投手が新たに現れた。
ことし4月10日、プロ野球史上16人目、28年ぶりに完全試合を達成した、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手だ。
ことし4月10日、プロ野球史上16人目、28年ぶりに完全試合を達成した、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手だ。

160キロを超えるストレートと大谷選手よりも速い150キロに迫るフォークボールを操り、完全試合を達成したこの試合でも、ストレートとフォークボールのコンビネーションで19個の三振を奪った。
投球のスロー映像から、佐々木朗希投手が投げるフォークボールもジャイロ回転がかかっている可能性が高いと考えられるという。
投球のスロー映像から、佐々木朗希投手が投げるフォークボールもジャイロ回転がかかっている可能性が高いと考えられるという。
青木教授
「大谷の方が落ちているなと思いますけれどジャイロ回転の成分が、かなり入っているなという感じがしますね」
「大谷の方が落ちているなと思いますけれどジャイロ回転の成分が、かなり入っているなという感じがしますね」
ジャイロフォーク 空気の流れを初解明!
重力だけが残った
青木教授らは、試合中継の映像で公開された佐々木朗希投手の球速や回転数を参考に、ジャイロ回転で飛ぶボールの周りの空気の流れをスパコン富岳で新たに解析した。
その結果が次の動画だ。
142キロ、1151回転のジャイロ回転で落ちるフォークボールの空気の流れをピッチャー側から見た初公開のシミュレーション動画だ。
その結果が次の動画だ。
142キロ、1151回転のジャイロ回転で落ちるフォークボールの空気の流れをピッチャー側から見た初公開のシミュレーション動画だ。
シミュレーション映像
後ろの空気の流れが、ボールの回転にあわせて時計回りにぐるぐると旋回している様子が分かる。
後ろの空気の流れがボールの右に動けばボールは左に曲がり、下に動けばボールは上に持ち上げられ、左に動けばボールは右に曲がり、上に動けばボールは下向きに地面の向きに押し出される力がかかる。
この空気の流れはボールが1回転するごとに1周する。
そのため、ボールは上下左右にわずかに揺れながら打者に向かって飛んでいく。
そして、全ての方向に等しく力がかかりながら回転することで力は相殺され、ボールにかかる力は、重力だけになる。
その結果、揚力が発生するフォーシームやツーシームの回転よりも鋭く落ちるというのだ。
後ろの空気の流れがボールの右に動けばボールは左に曲がり、下に動けばボールは上に持ち上げられ、左に動けばボールは右に曲がり、上に動けばボールは下向きに地面の向きに押し出される力がかかる。
この空気の流れはボールが1回転するごとに1周する。
そのため、ボールは上下左右にわずかに揺れながら打者に向かって飛んでいく。
そして、全ての方向に等しく力がかかりながら回転することで力は相殺され、ボールにかかる力は、重力だけになる。
その結果、揚力が発生するフォーシームやツーシームの回転よりも鋭く落ちるというのだ。

このジャイロ回転のフォークボールが落ちるメカニズムは、回転数が大きくなっても変わらず、落差も大きいままだったという。
青木教授
「上に持ち上げられる力、地面に押される力が相殺されて、重力に従って落ちることがよく分かった。回転数が増えてもこの仕組みは変わらず、落ち方も変わらない。ボールが高速で回転する様子から球種を判断するバッターからすれば、途中までストレートと勘違いしてしまうし、落差もあって非常に打ちにくいボールだと思う」
「上に持ち上げられる力、地面に押される力が相殺されて、重力に従って落ちることがよく分かった。回転数が増えてもこの仕組みは変わらず、落ち方も変わらない。ボールが高速で回転する様子から球種を判断するバッターからすれば、途中までストレートと勘違いしてしまうし、落差もあって非常に打ちにくいボールだと思う」
ボールから空気が剥がれていく仕組みなど流体力学的な謎は残されているものの、鋭く落ちる謎がほぼ解明されたジャイロフォーク。
ボールの球速のほか、回転数や回転軸なども計測機器も普及しつつある中で、このボールを操る投手が増えてくる可能性があるかもしれないという。
ボールの球速のほか、回転数や回転軸なども計測機器も普及しつつある中で、このボールを操る投手が増えてくる可能性があるかもしれないという。
青木教授
「実際には純粋なバックスピンのボールは投げられないし、ジャイロ回転のボールを投げることも技術的に難しい。しかし、いまメジャーリーグでは、バックスピンのストレートについてはボールをホップさせるための回転効率が計測されている。フォークボールについてもジャイロ成分がどのくらい入っているか計測し、自分で操れるようになるとよく落ちる、打ちにくいフォークボールを身につけることができるかもしれない」
「実際には純粋なバックスピンのボールは投げられないし、ジャイロ回転のボールを投げることも技術的に難しい。しかし、いまメジャーリーグでは、バックスピンのストレートについてはボールをホップさせるための回転効率が計測されている。フォークボールについてもジャイロ成分がどのくらい入っているか計測し、自分で操れるようになるとよく落ちる、打ちにくいフォークボールを身につけることができるかもしれない」
そして、今後はどんなボールが研究対象になり、その成果をどういかそうと考えているのか、青木教授に最後に聞いた。

青木教授
「縫い目の現れ方で言えば、ツーシーム、フォーシームのほか、ワンシームというボールもあり、それぞれバックスピンやトップスピン、ジャイロ回転といった回転軸との組み合わせで、色んな面白い変化を起こるんじゃないかと思う。キャッチャーやバッター目線でボールがどう変化するかも分かるので、VR技術などと組み合わせて、色んな変化球をバーチャルの世界で体験できるようにもなるかもしれない」
「縫い目の現れ方で言えば、ツーシーム、フォーシームのほか、ワンシームというボールもあり、それぞれバックスピンやトップスピン、ジャイロ回転といった回転軸との組み合わせで、色んな面白い変化を起こるんじゃないかと思う。キャッチャーやバッター目線でボールがどう変化するかも分かるので、VR技術などと組み合わせて、色んな変化球をバーチャルの世界で体験できるようにもなるかもしれない」


「俺のフォークは落ちている」。
私(筆者)は、前回の記事でそう豪語した。
そのフォークボールを、「ラプソード」と呼ばれる最新の装置で計測してみた。
この装置、球速や回転数、回転軸だけでなく、青木教授が再三、指摘した「ジャイロ成分」も計測することができる。
私(筆者)は、前回の記事でそう豪語した。
そのフォークボールを、「ラプソード」と呼ばれる最新の装置で計測してみた。
この装置、球速や回転数、回転軸だけでなく、青木教授が再三、指摘した「ジャイロ成分」も計測することができる。

フォークを計測したところ、バックスピンがかかり、縦の変化量はストレートと比べて10センチほど落ちていたことが分かった。
青木教授らが最もよく落ちると結論づけたジャイロ回転のフォークも試しに投げてみたが、どうリリースすればいいのか、全く分からない。
青木教授らが最もよく落ちると結論づけたジャイロ回転のフォークも試しに投げてみたが、どうリリースすればいいのか、全く分からない。

しかし、得意のスライダーの握りから、人差し指と中指の間隔を大きくあけて投げると、コントロールがつきやすいことに気づき、投げてみた。
「ジャイロの角度」が90度に近いほど、純粋なジャイロボールを投げているとされるが、データを見るとバックスピンのフォークボールと比べ、16度ほどジャイロ回転よりになっていた。(46.3度)
縦の変化量はほんの1センチだが、このボールの方が落ちていた。
このボールを改良すれば、もしかしたら私もジャイロフォークを投げられるかもと、感じてしまった。
「ジャイロの角度」が90度に近いほど、純粋なジャイロボールを投げているとされるが、データを見るとバックスピンのフォークボールと比べ、16度ほどジャイロ回転よりになっていた。(46.3度)
縦の変化量はほんの1センチだが、このボールの方が落ちていた。
このボールを改良すれば、もしかしたら私もジャイロフォークを投げられるかもと、感じてしまった。
いま、企業や大学野球チームなどのほか、一般の人や子どもたちでも、こうした機器で投球のデータの計測ができる「野球ジム」が各地に設けられている。
客観的なデータを計測できる環境が増えてくれば、青木教授らが解明したジャイロフォークを始め、新たな魔球を生み出す投手が続々と現れてくるかもしれない。
私も負けていられない。
大谷選手や佐々木投手の“魔球”の正体に関しては、8月28日(日)のおはよう日本のサイカル研究室のコーナーでも放送します。
客観的なデータを計測できる環境が増えてくれば、青木教授らが解明したジャイロフォークを始め、新たな魔球を生み出す投手が続々と現れてくるかもしれない。
私も負けていられない。
大谷選手や佐々木投手の“魔球”の正体に関しては、8月28日(日)のおはよう日本のサイカル研究室のコーナーでも放送します。
#スパコン/#スポーツ/#推し研/#研究開発/#科学技術/#IT・ネット
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