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文化
2019.05.24
修復を要する被害や劣化が「見られる」と答えたのは57%。被害の前兆が「見つかっている」は74%。全国の名城を対象にしたNHKのアンケートで明らかになったのは各地の城の石垣で起きているさまざまな被害と、管理している自治体などの苦悩だ。多くの人が訪れる日本の城の石垣に何が起きているのか。私たちは対策を模索する現場を追った。
アンケートの対象としたのは「日本城郭協会」が選んだ日本100名城と続日本100名城。このうち石垣のない城などを除く169の城を管理している自治体などにことし3月、アンケート用紙を送付。73%にあたる124の団体から回答を得た。
集計を進めるなかで見えてきたのは被害を受けている石垣が予想以上に多いことだった。
「現在、修復を要する被害や劣化は見られますか」という問いに対して、「見られる」と答えたのは57%にあたる71。程度はさまざまだが、半数を超える城の石垣に修復が必要な何らかの被害があることが分かった。
その原因として最も多いのは「経年劣化」の60で、次いで「植物の繁茂」の41。「大雨や洪水」は33、「地震」は21となり、災害よりも劣化や植物による被害のほうが多いという結果になった。
さらに「はらみや変形など、被害の前兆は見つかっていますか」と尋ねたところ、74%にあたる92の団体が「見つかっている」と答え、各地の石垣が深刻な状況に置かれていることが浮き彫りになった。
現場で何が起きているのか。私たちが向かったのが、このアンケートで被害が「出ている」とする一方で、管理の頻度や実効性については「あまりできていない」と答えた和歌山城だ。
自由記述には「南海トラフのリスクを抱えている」としながらも、「現状ではそこまでできていない」「予算確保は困難な状況」などの文言が並んでいる。
ほかの自治体の回答の中には課題への具体的なコメントを避けているように見受けられるものが散見されたが、この回答からは厳しい現状を率直に受け止めて対策を模索している様子が伝わってきた。
アンケートに答えてくれた和歌山市の学芸員、大山僚介さんの案内で城内を進んで行くと、たどり着いたのは土砂災害の現場。
去年7月の西日本豪雨で天守閣北側の斜面で土砂が崩れ落ち、中腹にあった石垣が幅およそ10メートルにわたって飲み込まれたという。
被害から10か月たっているが、崩れた石垣は土砂に埋もれたままで、修復作業は始まっていない。
そのことを問うと、崩れた石垣はできるだけ元どおりに積み直す必要があるうえ、石材の確保も大きな課題だという。うっすらと美しい青い色が印象的な和歌山城の石垣はこの地域で採れる「結晶片岩」という石材が多く使われているが、石垣に使えるような大きなものは今ではなかなか見つからないそうだ。
被害はほかにも。南東の城門脇の石垣に行ってみると、石垣の上にエノキの巨木が生えていて、根が石を前に押し出していた。
さらには、400年という時間の経過によって、石材が割れたり脱落したりしている場所も。「大雨」「植物」「経年劣化」と、被害の主な原因がそろった形となっている。
その一方で、城には多くの人が訪れる。関西空港の開港以来、和歌山城は外国人観光客にとって手軽に立ち寄れる人気スポットだという。
それに加えて、市は城を広域避難場所に指定。文化財としての保全と同時に利用する人の安全対策が急務になっている。
和歌山城の石垣は大小含めて474面。市の担当課の学芸員は2人だ。
2人は月に1度、石垣を1面ずつ目視で確認して過去に作成した資料と比べ、劣化が新たに生じていないか点検を進めている。課題に向き合いながら、地道な取り組みをできることからやっていく姿勢がうかがえる。
「文化財として昔の工法で元に戻さないといけないというところも踏まえつつ、人への安全面も当然考えてやらないといけない。どのように優先順位をつけて整備を進めていくべきか、頭を悩ませながら取り組んでいる」
このような課題を抱えているのは和歌山城だけではない。今回のアンケートからは各地で同じような課題を抱えていることが分かった。
例えば体制や予算。
「体制的にも財政的にも厳しい状況にある」
「職員が足りずあせりが募る」
安全に関する不安も。
「災害時等に崩れて見学者に危険が及ばないか」
「何をもって状態悪化とするのか判断がそもそもできない」
「石垣は日常の管理が何よりも大切ですが、その管理ができていないうえに、何をすればいいのかが十分に浸透していない。個々の自治体でやれる範囲を超えています。各地の石垣の管理を総合的・学術的に行える体制を、国が主導して速やかに作ってもらいたい」
このアンケートで、「自分たちのケースを参考にし、活用してほしい」というメッセージを寄せたのが八代城を管理する熊本県八代市だ。
3年前の熊本地震による被災から保存修復に至る過程を報告書や動画にまとめて市のホームページに公開しているという。
早速現場を訪ねると、学芸員の山内淳司さんは「400年前から残されてきた石垣は安定していると信じていました。まさか地震で崩れるとは」と熊本地震を踏まえた教訓を率直に語ってくれた。
山内さんが取り組んだのは、目視など現場での管理の強化と、情報の積極的な公開だ。
地震で崩れた石垣の修復現場を5回にわたって市民に公開。動画では普段は見ることができない内部構造なども見られるようにした。
石垣の修復に多大な時間と予算がかかることを知ってもらうと同時に、ほかの城の担当者にも意識を高めてもらいたいという。
「今後起こりうる城の災害と復旧に役立ててもらえるのであればという思いから全面公開という形にしています。同じ経験をほかの都道府県の皆さまには経験してほしくない。ぜひ、この被害を『わがこと』のように感じて、石垣の管理をしてもらえれば」
町のシンボルや観光スポットとして、多くの人が集まる日本の城。石垣はその土台となり、美しさを際立たせる存在だが、アンケートは、多くの城で劣化が進み、担当者が苦悩している実態が強くうかがえる結果となった。
しかし熊本城など一部を除けば、その現状が広く知られているとは言いがたい。城の石垣の保全は文化財としての価値を後世に伝えるためにも、そして災害などで人的被害を出さないためにも、欠かすことができない。
管理する自治体などは城の歴史や魅力をPRするだけではなく、石垣の現状や課題を積極的に公表し、地域住民などと話し合いながら解決策を模索していくべきだ。