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「廃虚の女王」マヤカン どう保存して活用するの!?

2021.04.21 :

神戸の中心部・三宮から北東に4キロほど離れた山の中腹にある廃虚「マヤカン」。このほど国の登録有形文化財に登録されることが決まりました。どうやら廃虚の登録は今回が初めてとのこと。でも、荒れ果ててしまった廃虚をどう文化財として保存し、活用しようとしているのでしょうか。

ファンに“愛される”廃虚

神戸市内の摩耶山にある「マヤカン」。

正式名称は「旧摩耶観光ホテル」と言います。全国の廃虚ファンにはよく知られた存在です。私が勤務するNHK神戸放送局の夕方のローカル番組でも3年前に取り上げ、草木に囲まれ静かにたたずむ朽ちた建物の姿に哀愁を感じ、ひき込まれてしまったことをよく覚えています。

文化財登録のポイントは

利用されていた頃の“マヤカン”
文化庁の資料で「摩耶山中腹に鎮座するアールデコの旧ホテル」と紹介されているマヤカンは、昭和5年に建てられた鉄筋コンクリート造りの地下2階、地上2階建ての建物です。
それぞれの階にめぐらしたひさしが曲面を強調し、舞台や洋室にはアールデコ調の意匠を凝らしています。摩耶山がリゾート地として栄えた歴史をうかがい知ることができます。平成5年までホテルや合宿所などとして利用され、その後は使われず荒れ果ててしまいましたが、朽ちていく外観の美しさから全国のファンに「廃虚の女王」とも呼ばれています。

廃虚は文化財なのか!?

今回、登録される文化財。マヤカンのほかに廃虚は見当たりません。文化庁に聞いてみました。

全国には登録有形文化財は約1万3000件ありますが、ほかにも廃虚ってあるんですか?

「基本、ありません」とキッパリ。
やっぱりそうですよね…。ではなぜ、登録されることになったんですか?

「建物に価値があったとしても、単に放置されているものは登録されません。マヤカンは建物の価値に加えて、NPOが雨漏り防止など躯体の維持補修の対策をしつつ、安全を確保したうえでツアーを行い、その雰囲気を活用しています。そこが大きく評価されました」(文化庁の担当者)

私も今まで文化財を取材してきましたが、その多くは明治や大正のモダンな近代建築や、江戸時代の雰囲気が残る古民家など。いずれも建築当時の雰囲気を今に伝えるもので、レストランやホテルなど観光資源として活用されているものが多かったような…。

「そういうケースがほとんどです。こうした中、マヤカンは新しい文化財の保存と活用のしかただと思います」(文化庁の担当者)

なぜ愛されるように?

廃虚というと「地元の迷惑施設」というイメージがありますが、マヤカンはなぜ広く愛されるようになったのでしょうか。

そのきっかけをつくった1人に話を聞くことができました。神戸市のNPOで、近代化遺産の記録や活用を推進している「Jーheritage」の代表、前畑洋平さんです。
Jーheritage代表 前畑洋平さん
「もともとマヤカンは廃虚マニアにはよく知られた存在で、摩耶山の自然と建物の人工物によって偶然生まれた景観がとても魅力的なんです。どうやってこの場所にマヤカンができて、なぜ朽ちてしまったのか、次々と想像力がかきたてられる。時間の経過とともに熟成された美。どうしても残したいと思ったんです」
そこで、歴史的建物の発掘や保存に取り組む神戸市のNPO「ひょうごヘリテージ機構H2O神戸」の松原永季さんに相談。間に入ってもらって「ぜひ残してほしい」と所有者に訴えたそうです。
マヤカンの保存活動
3者の連携で、マヤカンの保存と活用に向けた動きが本格化します。平成29年にはクラウドファンディングを実施。500万円の目標を大きく上回る700万円余りが集まり、防犯や雨漏りの対策を行うことができたそうです。

“負動産”だったマヤカン

では、話を持ち込まれた所有者は、どう受け止めたのでしょう。所有する大阪の不動産管理会社「日本サービス」の代表、三宮正裕さんに話を聞きました。
不動産管理会社 三宮正裕さん
「不動産の会社なので、私たちはどうしても市場価値で建造物を見てしまいます。マヤカンは、会社にとっては利益を生まない『負動産』でした。取り壊すも改修するも非常に多くのお金がかかります。どうしたものかと思っていました」
三宮さんによると、グループの会社が昭和48年に所有権を取得したそうです。

マヤカンに行くには基本は徒歩かケーブルカー。車道はありません。改修には多額の費用がかかります。警察と消防から何度も「きちんと管理するように」と注意を受けたそうです。

そうしたなか「マヤカンが廃虚のファンの間で『聖地』と言われている」と前畑さんに教えてもらい、とても驚いたといいます。
不動産管理会社 三宮正裕さん
「地域にとってやっかいものだと思っていたものを高く評価してもらったんです。お金はあまりかけられませんが、安全を十分に確保して、ありのままの姿を見てもらう。それが地域貢献になるのならば意味があることですし、ぜひ、取り組んでみたいと思ったんです」

まちの魅力の再発見に

摩耶山再生の会のツアーの様子
地元の人たちは今回の登録をどう受け止めたのでしょうか。

平成29年からマヤカンの見学ツアーを行ってきた地元の人たちでつくる「摩耶山再生の会」の事務局長、慈憲一さんに連絡を取りました。
摩耶山再生の会 事務局長 慈憲一さん
「登録されてよかった。お墨付きをもらったようなものだから。SNSで反応がいいのは知っているけれども、なにか急に変わったことはないよ。来年来たら、3年後に来たら、5年後来たら、また違う状態かもしれない。もののはかなさ、もののあはれといった、そういうリアルを見て楽しんでもらえればいいんじゃないかな」
あれ?なんか意外と冷静な反応。
でも話を聞いていくと…。
摩耶山再生の会 事務局長 慈憲一さん
「今回、いちばんうれしかったことは、地元の反応です。近所の人たちが『ニュースで見たよ』って声をかけてくれてね。摩耶山の観光客が減るなか、地元を盛り上げようと活動してきたかいがありました。今回の登録でまちの魅力に気付いてくれた。身近なものを大事にする気持ちが広がったことが、なによりいちばんよかったです」

文化財の在り方に一石

今回の登録は近代建築史に詳しい京都工芸繊維大学の笠原一人助教も高く評価します。
京都工芸繊維大学 笠原一人 助教
「文化財として保存していく際、これまで最も重視されてきたのは『完成したときの純粋な姿』であり、それに価値があるとされてきました。しかし、マヤカンは朽ちてきた時間も評価されました。従来の文化財とは違うので大きな話題になったのだと思います。朽ちてしまった今の姿も、多くの人が美しいと思っていることが分かったわけですから、これからの文化財の保存と活用の在り方を考えるよい存在になったと思います」

文化財の価値が多様に

自然のなかに優美で神秘的にたたずむマヤカン。

建物の持つ魅力に動かされた人たちの情熱の輪が広がり、それが国の登録有形文化財の登録へと実を結びました。
「今まで壊されるしかなかった廃虚に違う視点や選択肢を与えてくれました。『廃虚に価値なんてあるのか』と、賛否が起きる文化財なんて、珍しくないですか?これからもいろんな人の意見を聞いていきたいです」(前畑さん)
「取り壊せない建物、扱いに困っている建物は国内にたくさんあります。今回の登録がヒントにならないかと思っています」(三宮さん)
美しいまま、朽ちていく。

そのための時間を少しでも長くしたいと始まったマヤカンの保存と活用。

登録有形文化財となることで、この議論、ほかにも広がり、深まっていくのでしょうか。

皆さんも「廃虚の女王」を、一緒に見守っていきませんか。
ご意見・情報をお寄せください

神戸放送局記者

田口めぐみ

平成29年入局 県教育委員会を担当。産業遺産や古い町並みに関心があり取材しています。

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記事の内容は作成当時のものです

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