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「捨てない生活も悪くない」 五木寛之さんインタビュー 

2022.04.07 :

「断捨離」「終活」「シンプルライフ」

必要ないモノはどんどん捨てようというのがブームになってどれぐらいたつでしょうか。

確かに不要なモノのない、すっきりした暮らしは魅力的です。

 

でも、本当にそれだけでいいのだろうか?

 

そう問いかけるのが、ことし90歳を迎える、作家の五木寛之さんです。

ことし出版した本「捨てない生き方」が、話題となっています。

“捨てないことも悪くない”という、五木さんに、高瀬耕造アナウンサーが、その真意を聞きました。

【”捨てない人”への励ましの本】

高瀬:五木さん、よろしくお願いいたします。

五木(以下敬称略):はい、よろしく。

高瀬:今回この「捨てない生きかた」、こちらの著書が、非常に多くの方に読まれていて反響が大きいとうかがっていますが。

高瀬:どういったところが受けていると思われますか?

五木:たぶんね、今の人たちの暮らしの中で「断捨離ブーム」というのが、日本だけじゃなくて国際的にも広がっていて、その中で「タンスの肥やし」みたいな物をいっぱい持っている人たちが「物を捨てなきゃ」という強迫観念に駆られて、捨てたいと思うけど捨てられないという状態だと思うんです。「どうして自分ってこうダメなんだろう」みたいなことを考えている人が中にはいるんですよ。

高瀬:捨てられない自分はダメだという。

五木:そうそう。「捨てられない自分」というのにね、愛想を尽かすみたいな。僕はだからそれに対して「そんなことないよ」と。僕はモノなんか全然捨てないでゴミ屋敷の住人として50年暮らしているから大丈夫だよっていう(笑)
励ましと言いますか。怠け者の励ましみたいなそういう本なんですね。

五木寛之さん

【コロナ禍に思う『捨てない生活』】

高瀬:コロナ禍で人と会うことが減っている中で、「物」というのが相対的に存在感を増しているかもしれないですね。

五木:そうですね。例えば、最近、自殺者の数は少し減ってきていますが、その中で年少者や女性の自殺の数字が増えているんですよ。その原因として考えられることとしては生活苦などいろいろありますが、何か「孤立感」や「孤独感」というのがね、大きな要因になっているのではないか。それはひょっとしたら、あまりにもプレーンに、きっちり片づけすぎた生活のせいではないかっていう風に、我流で考えるところがあるんですね。
僕なんかは、ありとあらゆる雑多なモノを捨てないで、とってあるっていうと大袈裟ですが、そういうモノたちに囲まれて暮らしていると、1つ1つにストーリーがあるじゃないですか。これはいつどこで買ったとかね。そういうことを思い出していると1人でいても寂しくないし、ステイホームも退屈じゃないんです。

高瀬:なるほど。

五木:今日、ちょっと持ってこなかったけれども、フランスで買った靴が1足あってね。これは1968年のパリの5月革命(※)の時に、カルチェラタンという大学がたくさんあるところでものすごい騒動があったわけですよ。パリ中がひっくり返るような。その時、ほとんどのお店が閉まっている中で一軒だけ営業している靴屋さんがあったの。その靴屋さんに入ったら、一足の小型のブーツがあってね。そのブーツを見たらジッパーがついているんです。そこに日本のメーカーの名前が書いてあるんだよ。日本製のジッパーなんですね。こんな騒ぎの中で開いている靴屋さんがあって、それで日本の製品とぶつかるのは、これはご縁だと思ってそこで買っちゃったんですけども。

高瀬:ほう。

五木:何しろ、ロンドンブーツっていう当時、1960年代のはやりですから。男物だけどかかとが高いんですよ。で、パンタロンの服じゃないと合わないんだ。

高瀬:ああ(笑)

五木:それで部屋の片隅に放り出して。以後もう、それから、50年か60年か。

高瀬:え、履くことなく?

五木:ええ、まったくもう。一度も履くことなく。

高瀬:そうですか(笑)

五木:ただ、その靴を手に取るとね、1968年の歴史的な当時のパリ全体が、燃え上がるような、そういう時期のことがぱーっと浮かび上がってくるんですよね。あのときはこうだったな、ああだったなっていうことが。そういう風にモノにはひとつひとつ「物語」があるんです。
ちっちゃな喫茶店のマッチであろうと、バーのカウンターにあったコースターであろうと、思い出のよすがになるじゃないですか。僕はすごく大事だと思うんですよ。

高瀬:五木さんは捨てられなかったからたくさんのものがあるのではなくて、捨てないことを選んだということですか?

五木:戦時中の子どもですから、捨てることがなんかもったいないという気があるのかな。できないんですよね、捨てることが。それでもう仕事部屋なんか、体を横にして動かなきゃいけないくらいの混みようですけど。面白いことに散らかり方っていうのは臨界点があってね。

高瀬:臨界点ですか?

五木:それ以上、モノは増えないし、なぜかそれ以上混乱しないんだよね。捨ててもいないし、新しいモノも入れていないんだけど。そんな風に何十年もやってきました。今着ているジャケットも、42年ぐらい前のものなんです。

高瀬:五木さんといえばこのジャケットのイメージですが、40年選手ですか。

五木:そうなんです。もう擦り切れてだいぶ傷んできましたけど。このスラックスも後ろに年号が書いてあるんですが、1972年のズボンなんです。

高瀬:50年・・・。
※「パリ5月革命」
1968年、フランス・パリで学生や労働者などが当時のドゴール政権に対して繰り広げた大規模なデモ

【五木さんが一緒に暮らしているモノたち】

高瀬:今日、まさに五木さんが一緒に暮らしているモノたちの中からいくつか持ってきてくださっていますが。

五木:もっといろいろ持って来ればよかったんだけれど、ちょっと手近にあるものをつまんで持ってきたんです(笑)。これが一番古いんですけどね、見るからに古いでしょ。
(古いポーチを手に取る。)
この中に袋が入っているんですが、黒いこう米粒みたいなものが入っています。
(透明の小袋の中に真っ黒な粒が入っている。)

高瀬:種みたいですけども。

五木:これ、私が非常に親しくしていたある学者の方が、インドの「祇園精舎」の発掘を何年もおやりになっていてね。その発掘現場で、なんかズボンの裾に入り込んできて。帰国してこう洋服をハンガーに吊るそうと思ったらバラバラこぼれてきたっていう。それを分けてくださったんですけども。
2500年くらい前のお米だっていうんですよ。

高瀬:2500年前の米ですか・・・。

五木:古いっていえば、すごいでしょ。(笑)

高瀬:とんでもないですね。(笑)

五木:一粒食べれば10年寿命が伸びる、なんていうご利益があるのかもしれないけれど。いずれにしても「祇園精舎」っていうものがあった頃にその時代の人たちが調理をして、あるいはストックしていたものが、地中に埋まって今こう出てきたっていうね。ロマンがあってね、面白んですよ。その頃の人のことを思い出したり、自分がその時の人間だったらどうだったんだろうなって考えたりね、いろんなことがあってね。

高瀬:そちらは?

五木:僕も学生の頃は、ちょっとその学問っていうのはいいなあって、学者になりたいなと思って。学者の人がこういうメガネをかけているでしょう。いかにもっていう感じでね。僕もわざわざ作ってね。学生の頃に作ったんですけど。今も手元にあります。

高瀬:そのメガネはかけていたんですか?

五木:その当時は、だてメガネですけどね。ちょっとレンズを換えて今は老眼鏡にしました。

高瀬:あ、形を変えて。

五木:もうほんとに自分の20代の頃からのメガネがここにあると思うと、そうかあの頃はコーヒーが30円だったなとか、いろんなことが次から次へと浮かんできてね、退屈しないんですよ。1日中、うちにじっとしていても、別に寂しいってこともなければ孤立感もなくて。そういう無限の記憶の海の中を自分が漂っているっていう、喜びというか快楽というか。いやー、人間も面白いもんだと思います。

高瀬:私自身、どちらかというと「捨てなきゃ」というか、モノを取っておくと場所を占有して狭くなるしということで。その中で、奇跡的に残っていたもの1つ持ってきたんですけど、見ていただいてもいいですか?

(高瀬アナウンサーが白いジャケットを取り出す。)
高瀬:大学時代、男声合唱団のグリークラブにいまして、演奏会の時に着ていたものなんですけれど。やっぱり捨てられないんですよね。

五木:それはなかなかね、パットがきちっと入ってるところが、ちょっと時代を感じさせますけど。今着ても全然おかしくないね。

高瀬:25年くらい前のものです。

五木:それは素晴らしい。ほんとにいいです。僕も同じようなものを持っている、一つ。この襟がね、割と広めに取ってあるところが。

高瀬:何回も引越しをするんですけど、その度に捨てようかどうか迷ったんですが、ある意味、奇跡的にやっぱり捨てられなくて。

五木:だって、そのジャケットを着て、コンサートをやった時の一つ一つの記憶ってのがあるでしょう。初めての時はどうだったとかね。

高瀬:もうね、この辺も、それこそ、汗で濡れるぐらい緊張してやっていた。

五木:これは素晴らしい。今ぴったりだよね。ジャケットの丈もね、長すぎすに、いい感じですそれは。

高瀬:やっぱり、身長体重あまり変わってないっていうことも、一つ大事なんですね。

五木:とても、お似合いでしたよ。あと30年経ってあなたが高齢に達した時に、あのジャケット見たときに、本当に思い出が今度は深く、広く広がってくるから。
人はね、何か昔のことを回想するってのは決して後ろ向きのことじゃないんです。
個人では回想だけども、例えば国のことを回想するのは歴史っていうわけですよね。
ですからいろんなことを考えながら、その思い出を、糸口を探すためには、何かのきっかけが必要なんです。それをね、“依代(よりしろ)”って古い言葉で言うんですよね。だから豊かな回想の世界に浸っていくためには、まず入り口のドアを開けるが必要なんです。その鍵になるのが、小さな、忘れられた古いモノたちなんですよ。

【モノに宿るのは楽しい記憶ばかりではない】

五木:衣服とかそういう靴とかだけではなくてね…。あの、テレビを見ていたら、東日本大震災の、昔の映像が出てましたけれど。津波にあった年配のご婦人が何かを探していらっしゃる映像があったんです。それでレポーターが「何をお探しですか?」と聞いたら、「位牌です」っておっしゃんたんだよ。その瓦礫の中で位牌を探すって、位牌の中にね、その人の人生の記憶が、ずっとこう詰まっているんですよ。だから単に、昔の人を弔うというだけではなくて、そういうものに託して、人はね、過去の記憶を蘇らせる。そしてその過去の記憶を回想することで、孤立や孤独から強く生きていける。そんなことではないかと思うんです。


五木:さらに、考えていけば、今私たちの世界で一番大きな問題になっているのは難民の問題なんですよね。難民というのはね、住んでいるところを捨てる人達なんですよ。あるいは捨てさせられてるという。
自分の生まれたところを離れてね、異国をさまよわなきゃいけないという、深刻な悲劇が今起こっているわけなんです。捨てる・捨てないが、単にモノを捨てる・捨てないの問題だけじゃなくてね、自分の思想とか信念とか、そういうのをひっくるめてね、どういう風に、捨てるってことを覚悟して生きていけるかっていう。

高瀬:そのお話で言うと、国を捨てさせられている人たちについてお聞きしなくてはいけない。まさに今、ウクライナから、ポーランドやルーマニアに逃れる人たちがいます。

五木:難を逃れて一時的に移住する人たちが難民っていうわけですが、今度のウクライナだけではなくて、以前からシリアの難民の問題なども大問題ですよね。

高瀬:誰かによって強制されるものではないと、やはり思うんですけれども。

五木:そうですね。でも無理やりに捨てさせられてるわけだよね。これはやっぱり現代の悲劇だと思います。
五木さんは生まれて間もなく家族と共に朝鮮半島に渡り、幼少時代を過ごしました。
そこで迎えた終戦。
五木さんたちは必死の思いで日本に引き揚げたそうです。
高瀬:五木さんご自身がかつて38度線を越えて、逃げるような形で日本に引き揚げたご経験がある。今もまた幼い少年が、父親は国に残り、母親やその兄弟と国境を越えています。

五木:もう、正視できないですね・・・。僕らの場合は北朝鮮でしたから。北朝鮮と満州という地区はなかなか引き揚げがスムーズに進まなかったんです。ですからある意味では“棄民”といってね。捨てられた民だと自分たちでは感じていましたね。国に捨てられたという実感があってね。
仕方がないから、徒歩で国境を越えて。自分の力で逃れてきたわけですけども、そういう少年時代の体験があるだけに、もうなおさら今テレビの画面を見ていられないですね・・・。

高瀬:その記憶もまた、今も鮮明に五木さんの中にある。

五木:そうですね。ただ、その辺はあんまり思い出したくない記憶です。そのことを書くこともあまりしていませんし。例えば、そういう世界を題材にして小説を書くなんてことできないっていうのはありますね。うん・・・。
問題はものすごく複雑なんですよ。だから、あの、単純にね、善悪に割り切ってしまうってことがすごく難しいものですから、尋ねられても口ごもるところがあるんですよ。こういう難しい問題に対しては、それに対して答える人の苦渋と言いますか、そういうものの中から出てくる言葉があるでしょうからね・・・。

【語ることは残すこと】

高瀬:読者の方でも、捨てないことを初めて肯定してもらった方も多いと聞きました。

五木:要するに若い時代っていうのは、寺山修司にしても誰にしても、絆を切るということを考えていたんですよね。故郷を捨てて都会へ出ていく。集団就職もそうです。だけど切ってしまった絆というものの重さを今、改めて感じるところがありましてね。捨てたものに対する後悔の念と愛着の念、そういうものがないまぜになって。
自分の両親のこととかね、もっとちゃんと話を聞いておけばよかったなぁと思うんですよね、親の話を。自分の両親がどういう風に知り合って、どういう風にして結婚して、どんな風に自分が生まれてということや親が学生時代にどんな本読んでいたのかとか何にも結局わかってないんで。だからそのことが本当につくづく悔しいですね。

高瀬:今度は、五木さんご自身のことや五木さんが考えていることを知りたいという方が、たくさんいらっしゃると思います。

五木:そうですね。大変でもぼちぼちとね。そういうことは書き残していかなきゃいけないんじゃないかと思っています。それをできるだけ深刻な感じじゃなくて書きたいというのが僕の願いですよね。色々ね。試みてはみるんですけども。読むことで気が滅入るような文章を書きたくないんですよ。そうでなくても生きてるって大変じゃないですか、みんな。だから僕が書いたもので、なお気持ちが萎えるというんじゃ申し訳ないから、どこかで「なんとかなるんだ」っていう気持ちになってもらいたい。

高瀬:五木さんは、語るということをすごく大事にされてますよね。

五木:はい、僕はもう書くことよりも語ることの方が大事だと思ってるんです。割と若い時から対談は喜んで引き受けてきました。
この間、寝る前にこれまでどんな人と対談したかなと思ってずっと数えていましたら700人ぐらいまでいったところで、眠くなくなっちゃってね。

高瀬:すごいですね。よく700人も思い出せるなと。

五木:たぶんその倍くらいはあると思います。亡くなった方が多いですけども。思い出しては、あのときは分からなかった言葉が今になってやっとわかることもあったり。あの時はこういうことを言おうとしてくださったんだなぁなんてことを考えたりしますね。

高瀬:何か教えていただける、対談した方の言葉があれば…

五木:うーん、名言とか至言とか言う表現がありますけども、やっぱり、ごく普通の人の何気なく漏らした一言が、非常に記憶に残りますよね。

高瀬:そうですか。

五木:前にラジオの番組をやっていて、小沢昭一さんとトイレで一緒になることがあったんです。お互い何十年となくやってるって中で「いやー、生きてるってことは大変ですよね」って、小沢さんが首を振りながら言った言葉はときどき思い出します。生きてるってことは大変なんです。だから、やっぱり、大変な人たちが本を読んでくれるんだから、なんとか少しは元気づけられるような本があればいいなと思うんですけどね。

【生きていることは大変だけど、悪くない】

高瀬:なるほど。五木さんの本を読んで、人生100年時代で、後半に入れば記憶と共に生きていく豊かな時間なんだっていうことを感じました。

五木:年を重ねていくっていうことが、寂しいことではないという実感が僕にはあるんです。それは本当にいろんな昔のことを自分で思い出し、その依代を手に取っては「あのときはこうだった、このときはこうだった」って。なんか若い時より今の方が幸せという感じがあるんですよ。ですから「大丈夫だよ」って。寂しくなるっていうんじゃなくてね。歳を重ねていくってことは、ある意味ではそういう追想とか記憶とかの海の中に泳ぎだしていくことなんです。これはね、悪くないですよって、そういう話ですよね。本当に生きてることは大変だなって思いつつもね「ああ、でも生きててよかった」とつくづく思います。

高瀬:記憶の中には、つらい記憶もあれば楽しい記憶、嬉しい記憶、さまざまあります。

五木:つらい記憶もある年月が過ぎるとね、そんなに生々しくつらくはないんです。あのときはつらかったな。でもそのつらさを通り抜けてきて、今自分はこういうことをして昔のことを思い出してるって、幸せだなって風に思います。今年の秋には90歳になりますけれど、生きてることが嫌だなとかウンザリしたとか寂しいとかそんなことは考えないですね。
ものすごくたくさんの人たちとつながっているし、井上ひさしさん、野坂昭如さん、永六輔さん、みんないなくなるでしょ、同年代の人たちが。石原慎太郎さんなんかは、同年同日の生まれなんですよね、そのことでいろんなことを思い出すんです。あの時、彼はこんなこと言ってたなとかね。そうするとなんかそばにいるような感じがして。
井上ひさしさんは、あるとき「五木さん」って深刻な顔をして言うから、「どうした?」って言ったら、「最近ね、立ったまま靴下はけなくなったんですけど」って(笑)。立ったまま靴下が履けなくなるってあるんですよね、ある年齢から。「こんな風にしてね。自分の重心を下に置いてこういう風にやれば、なんとかなるんじゃない?」って、冗談交じりに話をしたことがありました。あんまり大げさな人生訓よりも、ちょっとしたそんな言葉が、非常にイキイキとよみがえってくるんですよ。いなくなった人のすぐそばに自分がいるような気がして。「ま、そのうち逝くから」っていう、そんな感じですよね。
高瀬:五木さんにとって、特にこれだけは手放せないというモノはありますか?

五木:僕は65歳で車の運転やめたんですけれど、その時は本当につらくってね。まあとにかく65歳になったら僕はやめるって決めていましたから、やめたんですけど、人間をやめるようなそれくらいつらい思いをしましたけれど。免許証とってありますよ。放りっぱなしですが。雑多なモノ、整理しないで机の引き出し開けてみたらもうゴチャゴチャいろんなものが入ってたって、その中で「あ、これはあのときの」とかって、こういうのが楽しいじゃありませんか。発見があるんだもの。

高瀬:なるほど、そうですね。

五木:冒険の旅に出るのと同じですよね。それをきちんと分類して整理してしまったら、なんかやることないじゃないですか。思いがけないものとの出会いっていうかね。そういうものに出会って、思いがけないことを思い出して、すっかり忘れてたのに「あ、そうか」って。「これのおかげでこんなことを思い出した」っていうのが、なんか新しい出会いというか発見というか、ドキドキするじゃありませんか。

高瀬:たしかにどこに何があるか・・・。そこは、なんとか家族にも理解してもらって・・・(笑)

五木:そうですねぇ。他の人から、なんでそれ捨てないのって言われている人もたくさんいるだろうから

高瀬:そこはもう五木寛之さんがそういう風に言ってますということで、ここはもう、ご承知おきいただければと(笑)。
きょうは、ありがとうございました。

五木:ありがとうございました。

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科学文化部記者

信藤敦子

平成21年入局。新聞記者を経てNHKに。平成23年から科学文化部。関心のある医療分野のほか、元芸能マネージャーの経験を生かして、主に文化全般・芸能取材を担当。性暴力被害や虐待問題、ジェンダーの取材も。

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