ことし3月、エジプトからのニュースが世界を驚かせた。186年ぶりにピラミッド内部に“未知の空間”が見つかり、撮影に成功。そのキーマンは日本の研究者だった。
4500年の時を経て、未知の空間はどう発見されたのか。そしてその空間はなぜ造られたのか。
多くの謎を残すピラミッドの内部。最前線に立つ2人の研究者が対談した。
(NHK名古屋 三野啓介)
立て役者は“門外”の物理学者

興奮冷めやらぬなか、名古屋市千種区にある名古屋大学で2人の研究者が対談に臨んだ。
その2人はそれぞれ違う専門分野からピラミッドの研究を続けてきたキーマンだ。
ひとりは、今回の発見の“立て役者”である森島邦博さん。

考古学自体はいわば“門外”だが、宇宙物理の知見からピラミッドの謎の解明に挑戦した。
発見された“未知の空間”とは

ギザの3大ピラミッドの中で最も大きい、高さおよそ140メートルの巨大建造物だ。

8年前から調査に乗り出し、このピラミッドの内部に、北側の斜面から中央に向かって延びる通路のような空間があることを明らかにした。

実際に撮影された空間は、縦横2メートル、奥行き9メートル。
ピラミッド内部で新たな空間が見つかったのは186年ぶりのことだという。
「素粒子」がピラミッドを“透視”する?
“宇宙線イメージング”は、宇宙を飛び交う「宇宙線」が大気とぶつかる際に生まれる素粒子「ミューオン」を使って、巨大建造物の内部構造を可視化する技術だ。


ピラミッドを通り抜ける粒子の数やその軌道を分析することで、未知の空間の存在と、その場所を特定したのだ。
3次元データでピラミッドに光を当てる



2人の研究者は“新発見”をどう見たか


河江さん
本当に改めておめでとうございます。すごい発見ですよね、186年ぶり。
非常に特徴的なのが、186年前はダイナマイトを使ってピラミッドの内部をバンバン爆破しながら「たぶんここに空間があるんじゃないか」という方法で調査をしていたんですけど、今回は非破壊で行われた。ミューオンという方法で新たな空間が見つかったのは、やっぱりすごいことだと思います。

河江さん
クフ王のピラミッドの内部がどうなっているのかというのは、数百年にわたっていろんな研究者が調査していたんです。新しい空間や未知の空間があるんじゃないかと、いろんな説があったんですけど、科学的には実際に検証されてこなかったし、やっぱり結局分かんないって言われていた。それが今回、すごいですよ、本当に見つかった。
今回のプロジェクトは2015年から始めています。発表した空間の存在自体は2016年に確認していて、そのあと何をしていたかというと、空間の形や大きさををより詳細に調べ続けていました。
その結果、ピラミッド表面の「シェブロン」と呼ばれる場所から80センチ奥にあって、大きさが縦横2メートルで奥行きが9メートルということまではっきりと分かった。そして、ファイバースコープを使った調査をことし行って、4500年前の空間が実際に残っているのがしっかりと見えた。
ミューオンの調査方法に対してはこれまで懐疑的な意見もあったと思うんですけれども、「確実にある」と分かった瞬間はことしのことなんです。

森島さん


河江さん
たぶんいろんなところで聞かれたと思うけど、見つけたときは「どや!!」みたいな、「やっぱりあっただろ」みたいな、そういう感じ?どういう感じだったんですか?
空間を見たときですか。

森島さん

河江さん
そう。
「ある」ということは確信してたんですよね。実験データをどんどん積み重ねていたので。だけど見たときは安心感じゃないですけど「確かにあった」と。やっぱりうれしかったです。
あと見て思ったのは、すごく緻密に作られているなと。「ミューオン」で見る像は少しぼけるんですよね。ひょっとしたらガサガサした洞穴みたいなものかもしれないとも思っていたんですけど、実際に見たらしっかりと内側に屋根の形があって、感動的でした。

森島さん

発見によって生じた“新たな謎”
今回の空間の内側には、上部には屋根の形があるんですけど、左右はちょっとでこぼこしてるんですよ。

森島さん

河江さん
出てますね。

屋根はけっこうきれいだなと思ってたんですけど、横が出っ張っている。あれ、“未完成”なんじゃないかと思うんです。

森島さん

河江さん
もう完全に“未完”。ピラミッドの建造って、ある程度形の整った石を運んできて現場で加工していくんです。でもあの空間は、加工する前に完全に作業を止めてしまっているので、「途中でやめたんだな」という印象は受けますよね。
会場でそこを問われた河江さんは、「まあぶっちゃけ分かんないです、ははは」と笑っていたが、ピラミッド内部のそのほかの空間について考えることがヒントになるかもしれないと語った。
クフ王のピラミッドの内部には『地下の間』『女王の間』『王の間』などの空間が、すでに確認されている。


河江さん
ピラミッドの内部構造については大きく2つの仮説があります。1つは『地下の間』や『女王の間』、『王の間』はすべて、最初から『これを作ろう』という青写真があったという説です。
もう1つは、ピラミッドの内部は“発展”していったという説です。もともとは『地下の間』に王のひつぎを安置しようとしていたけれど、思想の変化などがあって『女王の間』を新たに造った。そのあとにまた変化が起こって最終的に『王の間』ができていったのではないかという“発展説”。
今回の空間に関しては、私自身は後者の説を考えています。現代のイメージでは、ピラミッドは“完璧”で最初から青写真があったという印象があると思うんですけど、実は古代エジプト人はトライ・アンド・エラーでいろんな試みを行っているんですよね。
さらに、この空間は位置関係から、「女王の間」への入り口だった可能性も考えられるという。

河江さん
私自身が注目しているのは、今回見つかった新しい空間の位置と、そこから水平につながるであろう『女王の間』との位置関係です。ただ、それを実際に検証していくには、本当に水平なのか、あるいは少しずれているか、実際には空間がどれくらいの大きさなのかを、内部からデータを取っていく必要があるんじゃないかなと思ってます。
もう1つの“巨大空間”が?
さらに大きな期待を抱いて調査を続けているという。
実はミューオンによる調査で、クフ王のピラミッドにもうひとつの空間があることが示されているのだ。
ピラミッド内部のほぼ中央に存在する巨大な通路「大回廊」の真上に、その空間はあるという。
その空間は非常に大きくて、「大回廊」と同じぐらいの長さで、縦横も同じぐらいの断面積を持っている。それくらい大きなものです。


今回の発見によって、その存在への期待もまた一段と増しているという。
巨大空間の形状や位置はまだはっきりしていないんで、そこを特定するのが次の課題だと思ってます。そのために、ピラミッド内部の「大回廊」に原子核乾板をたくさん入れた木箱を置いていて、1年ぐらいにわたる観測データを今、自分たちは持っています。難しい条件ではあるんですけど、データを解析して精度よく形を特定していく。今回見つかった空間と巨大空間の位置関係とか、詳しい情報をミューオンで追求したいと思ってます。

森島さん

“謎”は見つけるもの
そしてそこから、新たな謎も生まれてくるのだろう。
今回の対談はオンラインで配信されたが、視聴者の質問に答えた河江さんのことばが印象的だった。
クフ王のピラミッドは現時点で、どこまで謎が解明されているんでしょうか?

視聴者

河江さん
「謎がもともとあってそれを解く」のではなくて、われわれは「謎を見つけてそれを解いていく」んです。これが見つかったから終わりというのではなくて、発見の結果また新しいデータが得られれば、そのデータを用いて、また別の分からないものにつなげていく。いい謎や研究テーマがあればあるほど、どんどん広がっていくんです。だから、謎を見つけるのが研究者の大事な1歩じゃないかな。

でも、それこそがピラミッドの深みだろう。
4500年前の古代人が生み出した巨大建造物の内部には、未知の世界が無限大に広がっている。
