科学

人類の活動領域は月へ

人類の活動領域は月へ

2017.12.20

人類の活動領域が、いま地球の外へと大きく広がろうとしています。宇宙開発の舞台として、アメリカ、日本、ロシア、ヨーロッパ、カナダのあわせて15か国で運用してきた国際宇宙ステーションは、2024年に現在の役割を終える見通しで、各国とも新たな時代を切り開こうと動き始めています。地球周回軌道から、さらなる「深宇宙」=「ディープスペース」へ。その足がかりとして、世界がターゲットに定めたのは、「月」です。月にある水資源を開発すれば、宇宙飛行士の飲料水をまかない、ロケットの燃料を作り出すことも出来ます。月を拠点に、さらに遠い火星を目指すことも可能になるのです。
ことし、日本の月探査衛星「かぐや」の観測データから、月の地下には全長50キロにも及ぶ巨大な地下空洞の存在が明らかになりました。宇宙放射線や月面の激しい寒暖差から守られる地下空間は、人類にとって新たな活動の拠点になるのではないかと、NASA=アメリカ航空宇宙局も探査機を送り込む検討を始めています。人類が、国際宇宙ステーションの次に向かうべき舞台が、見えてきたのです。人類による初の月面到達からおよそ50年。かつて夢物語で語られた人類の月面での社会基盤の構築が、現実の課題になりつつあります。

月は深宇宙=ディープスペースへの中継点に

人類が初めて月に立ったのは、1969年7月。アメリカのアポロ計画によって、3年間に12人の宇宙飛行士が月面に立ちました。しかし、その後、40年以上、人類は月から遠ざかっていました。この間、人類の宇宙探査の舞台となったのは、地球の上空400キロの軌道を周回する国際宇宙ステーション(ISS)です。冷戦時代を経た1993年以降、アメリカとロシアが互いに歩み寄り、日本、カナダ、ヨーロッパのあわせて15か国で、人類が宇宙空間へと歩み出る足がかりをISSで作ってきたのです。ISSでは、宇宙空間で人類が生きていくためのさまざまな実験が続けられてきました。宇宙空間に降り注ぐ放射線や無重力状態が人体に与える影響。食料調達のためレタスなどの野菜を宇宙空間で育てる実験。これまでに100人を超える宇宙飛行士が長期滞在をする中で、多くの知見が蓄積されてきたのです。当初2020年まで運用される予定だったISSは、アメリカの提案によって運用が、現在2024年までは延長することが決まっています。しかし、2025年以降はどうするのか、白紙のままです。
こうした背景には、2010年に発表されたアメリカの方針転換があります。地球周辺の宇宙探査は、民間企業に任せ、NASAは、さらなるチャレンジに挑む方針を打ち出したのです。各国もこれに呼応するように、ISSで蓄積してきた知見を生かして、月やさらに遠い火星などの「深宇宙」を目指す構想を次々と発表しました。半世紀前、月を目指す宇宙探査は、アメリカと旧ソビエトによる国の威信をかけた競争でしたが、いま月を目指す理由はそれだけではありません。月面に眠るさまざまな資源の開発、さらにはロボットを使った宇宙開発の技術実験の場として、月が有用だと考えられているのです。

日本の月探査衛星「かぐや」をはじめ、これまでの各国の探査から、月には水や氷を含む鉱物が存在する可能性がみえてきました。宇宙空間で水は極めて貴重です。宇宙飛行士の生存に欠かせない飲料水にもなれば、水素と酸素に分解し、ロケットの燃料として使うことも出来ます。月よりもさらに遠い火星などへと向かう探査機を月から打ち上げることも可能になるかも知れません。また月面には半年以上にわたって太陽光が照り続ける場所があることもわかっています。エネルギーの確保も見込め、物資の輸送や通信の面でも利点がある月は、小惑星などへの着陸船の技術検証の場や火星探査ロボットの開発の場など、今後の太陽系探査に向けたさまざまな新技術の実証実験の場になると期待されているのです。

アメリカ“月周回軌道に新宇宙ステーションを
”ロシア“2030年月面有人着陸”

アメリカはことし10月、トランプ政権のもとで初めての国家宇宙会議を開き、ペンス副大統領が、アメリカ人宇宙飛行士を再び月に送り、火星に向かうための基盤を作ると発表しました。さらにこの2か月後の12月11日には、(ちょうど45年前、アポロ17号の宇宙飛行士が人類として最後に月面に降り立った日)トランプ大統領自身が、宇宙政策の第1号として、火星への有人探査に向けた拠点を月に築くよう指示しました。
 すでにNASAは、月の周りを回る宇宙ステーションを2020年代後半までに完成させる「深宇宙探査ゲートウェイ」構想(DSG=Deep Space Gateway)を発表していますが、月近傍に居住スペースや発電装置などを備えた巨大建造物を築きディープスペースへの中継拠点にするこの構想が、政治的な後押しを得たのです。
 この構想にロシアの宇宙開発公社「ロスコスモス」も歩調を合わせています。ことし9月には、NASAと月近傍の宇宙ステーションの共同開発に合意したことを発表。宇宙開発大国のロシアは、国際宇宙ステーションに宇宙飛行士を送る手段(ソユーズロケット)を唯一持つ立場にあり、月を目指す独自の計画も推し進めています。2030年までに有人の月周回飛行と月面着陸を実現し、月面基地の建設や月への輸送着陸船を開発するものです。2019年から2024年の間には、4つの探査機を次々に月に送る予定です。

中国も2025年以降に有人月面着陸目指す

ロシア、アメリカに次いで世界で3番目に人類を宇宙に送った中国も、2025年以降の月有人探査と月面基地の構築を目指しています。すでに2013年には、無人探査機を月面に着陸させることに成功。2018年には月で採取した岩石を地上に持ち帰る無人探査機の打ち上げが予定されています。国際宇宙ステーションの華々しい活動の陰に隠れ、日本ではあまり知る機会がありませんが、中国は、2020年代に独自の宇宙ステーションの構築を目指し、去年には地球を回る宇宙実験室「天宮2号」に、有人宇宙船「神舟11号」をドッキングさせ、2人の中国人宇宙飛行士を送り込むことに成功しています。中国は国連を通して、中国が構築する宇宙ステーションの利用を呼びかけていて、世界の中での存在感を高めつつあります。

日本のビジョンは?

これら各国の動きに対し、日本は、今後の宇宙開発にどのようなスタンスで臨むのか。国としてのビジョンをなかなか示してこなかったと専門家は指摘します。日本は、国際宇宙ステーションに参加する唯一のアジアの国である一方、中国やインドが月や火星探査を目指す方針を打ち出したのに対し、明確なビジョンが見えてこなかったのです。
 こうした中、文部科学省の委員会が、「有人月面探査を国際協力で目指す」姿勢をことし11月、ようやく打ち出しました。アメリカが2020年代後半に完成を構想している月周回軌道上の宇宙ステーションの建設や、各国が協力して行う月面の有人探査に参加出来るよう、宇宙への物資の輸送や月面離着などの技術開発の検討を進めるべきとしたのです。委員会では、これらの技術貢献によって日本の存在感を高め、日本人による月面探査の実現につなげたいとしています。委員会の主査を務める藤崎一郎 上智大学特別招聘教授は、「ここ数か月でアメリカが再び月を目指す方針を表明するなど、世界の宇宙開発に大きな動きが出ている。日本の技術面の強みを発揮するなかで、日本人を月に送る機会ができることを希望している」と話します。
 この方向性については、国も12月12日に開いた宇宙開発戦略本部で決定。国際宇宙ステーションで実験棟「きぼう」などを開発し、日本人宇宙飛行士の滞在枠を確保したように、新たな国際宇宙探査の枠組みの中で、技術貢献で存在感を示し、日本人宇宙飛行士を月面に立たせることが出来るのか、日本の宇宙開発は転換点を迎えています。

専門家「大きな転換点」

世界の宇宙政策に詳しい政策研究大学院大学の角南篤副学長は、いまの日本の宇宙開発の現状について、「月探査衛星『かぐや』が捉えた『地球の出』などの映像で日本は世界に感動を与えたが、その後、中国やインドが宇宙探査の計画を着実に進める中、戦略性がぼやけてしまった」といいます。懸念するのは、日本の埋没です。「想像してみて欲しい。日本がなにもせずに、中国人宇宙飛行士やインド人宇宙飛行士が月面に立っている様子を。これが日本人に与える負のインパクトは大きい。宇宙政策だけではなくて、科学技術創造立国としての将来のあるべき姿が、みえなくなってしまう。日本は何で食べていくのか。科学技術先進国のイメージはどうなるのか。宇宙分野のみにとどまらず、アジアの立ち位置が決まってくる」と話します。
 日本が埋没しないために、角南副学長は日本が優位性を発揮できる技術が何か徹底的に考え、戦略的に迅速に開発を進めるべきだと訴えます。「日本がやりたいことをやっていくためには、宇宙に新たに建設する建造物の仕様や規格を決めていく構想を計画に移していく議論の段階から参加していることが重要だ。そして、そこからさらに技術的な主導権が争われることになる。日本が持っていて、ほかの国ができないものを提供し、日本規格をセットしていくことが大切なので、はやく開発しないといけない」といいます。
 日本は、ポストISSの時代の宇宙開発について、各国が話し合う来年3月の東京での国際宇宙探査フォーラムで、議長国の役割を担います。そこには、アメリカやロシア、ヨーロッパなど国際宇宙ステーションを運営してきた国々が参加します。また中国やインドにも参加を呼びかけています。こうした会合の場で議論をリードし、日本のプレゼンスを発揮できるかどうか、日本にとっての分水嶺となるに違いありません。

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