科学

男女産み分けも!?不妊治療 新しい検査 〜あなたはどう考えますか?〜

男女産み分けも!?不妊治療 新しい検査 〜あなたはどう考えますか?〜

2017.12.22

「男の子がほしい」「次の赤ちゃんは女の子がいい」
希望どおりの性別の赤ちゃんを妊娠、出産できる「産み分け」。実はこれ、技術的には「着床前スクリーニング」と呼ばれる新たな検査法を使うとできてしまうのです。国内では男女の産み分けのために使うことを学会が禁止していますが、妊娠率を上げるための不妊治療の一環として新たに導入するか検討する臨床研究が本格的に始まろうとしています。「着床前スクリーニング」とはどのようなものなのか。そしてその先にある問題は何か、取材しました。(科学文化部記者 池端玲佳)

試験的にはじまった「着床前スクリーニング」

36歳の女性のAさん。「着床前スクリーニング」を受けています。子どもが大好きで保育士の仕事をしていたAさんは26歳の時に同僚だった夫と結婚しました。Aさんは月経不順のため結婚直後から不妊治療をはじめました。

「不妊治療をすればきっと子どもは授かるだろう」

当初はそう思っていました。そして、体外受精を行いました。卵子を成熟させるための注射を打ち、その後、専用の器具を使って卵子を取り出します。その卵子を夫の精子と受精させて子宮に戻します。しかし何度も受精卵を戻しましたが、子宮に着床せず妊娠できませんでした。

Aさん夫妻は卵子や精子に異常がないか、さまざまな検査も受けましたが、問題は発見されず、不妊の原因はわかりませんでした。Aさんの体外受精は15回にも及んでいました。不妊治療を続ける精神的な負担のほか、費用も500万円以上になり、貯金を取り崩すなど経済的にも大きな負担になっていました。

そして、ことし、転院した4か所目のクリニックで、医師から「着床前スクリーニング」を受けてみないかと勧められました。受精卵は、染色体に異常があると子宮に着床しにくくなったり、いったん妊娠しても流産したりする確率が高くなることが知られています。このため、医師からは「この最新の検査で受精卵の染色体を調べれば、妊娠する確率が高くなるかもしれない」と言われ、検査を受けることを決めました。

Aさんは通常の体外受精の手順に従ってクリニックで卵子を採取し、夫の精子で受精卵を8つ作りました。ここからが「着床前スクリーニング」の手順になります。受精卵を数日間培養して細胞分裂を始めた頃にそれぞれの受精卵から一部の細胞を取り出します。

そして、取り出した細胞を検査機関に送って、染色体に異常が無いか、「次世代シークエンサー」と呼ばれる機器などで調べます。すると、健康なヒトには2本ずつ23セットの染色体がありますが、2本ではなく3本と数が多かったり1本だけであったりする異常が分析できます。結果は医師に知らされ、それを元に妊娠と出産に至る可能性が高い正常な受精卵を選んで子宮に戻すことになります。

Aさん夫妻は、8つの受精卵から取り出した一部の細胞をすでに検査機関に送っていて、結果が戻ってくるのを待っています。「この検査で子どもができることにつながれば」と話し、希望を持っています。

これからはじまる本格的な臨床研究

「着床前スクリーニング」は、日本産科婦人科学会が小規模なパイロット試験として行っていますが、早ければ今年度中にも本格的な臨床研究として、規模を拡大して行うことになっています。体外受精を何度行っても妊娠しなかったり、流産を繰り返したりする夫婦を対象に実施し、流産を減らし、妊娠率が上がるのかを検証します。この臨床研究の結果をもとに「着床前スクリーニング」の実施を国内で解禁するか議論することにしているのです。

反対意見も 「命の選別」

「着床前スクリーニング」は、これまで、国内では原則、禁止されてきました。学会の中からも倫理的な問題があるという指摘があるからです。染色体の異常は、「ダウン症」のほか、出生直後に亡くなってしまうことが多い「13トリソミー」や「18トリソミー」などの病気が起きる原因として知られています。

こうした染色体の異常がある受精卵は流産しやすいため、医師は、体外受精でできた複数の受精卵の中から染色体に異常がない受精卵を選び子宮に戻します。

このため、ダウン症などになる受精卵は子宮に戻されず、生まれてこないことになります。こうした介入は「命の選別」であり、多くの人に、病気や障害のある子どもは生まれるべきではないという意識を植え付けることにつながってしまうのではないかという懸念があるのです。

「男女の産み分け」「着床前スクリーニング」の大きな問題

さらに、「着床前スクリーニング」ではすでに大きな問題が起きています。この検査をすれば「男女産み分け」ができてしまうのです。検査では、性別を決める性染色体の数もわかります。「X染色体」と「Y染色体」が1本ずつあれば男、「X染色体」が2本あれば女。どの受精卵を子宮に戻すか判断する時点で、すでにどれが「男」であり、どれが「女」であるかわかるのです。

しかし、「男の子がほしい」、「女の子がほしい」というのはいわば親の利己的な願望です。学会は「男女の産み分け」を目的に受精卵の検査を行うことを学会の倫理規定で禁止していますが、法律上の罰則はありません。これまでに一部のクリニックが「着床前スクリーニング」で男女の産み分けを行っていたことが明らかになり、問題視される事例が起きています。

「産み分け」の仲介業者も登場

さらに、海外に目を向けると「着床前スクリーニング」を実施している国は多く、アメリカやイギリスの一部のクリニックでは、この方法を使って、親が希望する性別の赤ちゃんを出産することが行われています。

こうした中で、国内にも仲介業者が複数でてきています。このうちの一つは、東京都内のマンションの一室にありました。チャイムを鳴らすと社長である女性が笑顔で出迎えてくれました。この会社では、依頼者をアメリカに渡航させて提携先のクリニックで体外受精を実施する際、「着床前スクリーニング」を行って、希望どおりの性別の受精卵を子宮に戻す男女の産み分けサービスを提供しています。

会社によりますと、本格的にサービスを開始した3年前から、年間およそ100組の夫婦を仲介してきたということです。その目的は妊娠率を上げるためですが、検査を受ける夫婦のほとんどは、希望する赤ちゃんの性別を仲介業者を通してクリニックに伝え、検査した受精卵について染色体の異常の有無とともに性別の情報も開示してもらい、その中から子宮に戻す受精卵を夫婦が選んでいるということです。

急速に進歩する生殖医療のはてに

「子どもがほしい」

その願いをかなえようと、急速に進歩してきた生殖医療の技術。かつては「試験管ベイビー」と揶揄(やゆ)された体外受精が国内で始まってから30年余りがたちました。今や日本人の20人に1人は体外受精で生まれ、日本は世界一の生殖医療大国と言われています。

生殖医療をめぐっては、4年前に「新型出生前検査」という新しい検査が国内で始まりました。おなかの中の胎児にダウン症など3つの病気があるかを妊婦の血液検査で判定するものです。この検査は瞬く間に普及し、すでに実施件数は4万件を超えています。この検査の本来の目的は、事前に赤ちゃんの病気を知ることで、生まれてすぐに適切な治療や支援ができるようにすることです。しかし実際にはおなかの中の赤ちゃんが病気とわかった場合、9割以上の夫婦が人工妊娠中絶を選んでいます。

その背景には病気や障害のある人たちが現在の社会の中で生きにくい状況が改善されていないため、親がそうした可能性のある子どもを避けたいと考える傾向があるためだと見られています。この「新型出生前検査」は宿った命を産むのか、それとも産まないのかを判断する手段として使われてしまっていて、こうした現実を社会として黙認しているのが実情です。

そして今回の「着床前スクリーニング」。検査の目的は、流産を減らし、妊娠率を上げることで、子どもがなかなかできない人たちを手助けすることです。しかし世界的には男女の産み分けにも使われはじめています。そして、遺伝子の解析技術がさらに進めば、「身長が高い子がほしい」や「学習能力が高い子がほしい」といった親の欲望に合わせて、受精卵を選ぶことが可能になるかもしれません。

生殖医療の技術はめまぐるしい進歩を遂げる中で、時として、本来とは違う目的で使われてしまっている面があります。「着床前スクリーニング」をどういう人にどこまで認めるのか。その線引きを、生殖医療に携わる医師や不妊治療を行う当事者だけでなく、私たちが社会全体で向き合って考え、具体的に決めなくてはいけない段階にすでにきています。

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