科学と文化のいまがわかる
文化
2020.07.30
新型コロナウイルスの影響が今も続く演劇界。緊急事態宣言が解除され、劇場にも人が戻ってきたが、感染が再び広がる中で、関係者の感染が判明して急きょ一時休演となるケースも出てきている。
どうすれば安心して舞台を楽しんでもらえるのか。新しい公演のあり方の模索を始めた、演劇に携わる人たちの思いとは。
7月11日、東京・有楽町にある劇場・シアタークリエで、3か月ぶりに公演が行われた。観客はなく、ライブ配信という形での上演だ。
出演した乃木坂46の生田絵梨花さんも、2月下旬以降、出演予定の公演が次々と中止になっていたことから、これまでの切実な思いと再び舞台に立てる喜びを語った。
「自分でも何かできることはないかって思ってはいたんですけど、やっぱりお客様に観ていただかないとなかなか成立しない、場がいただけないと役者は何もできないので、今回こういう機会をいただけて、本当にうれしいです。表現したくてもできない、観に行きたくてもいけないという方たちの思いを背負って、今回もやらなくちゃいけないと思いつつも、背負いすぎずに純粋に楽しむという気持ちを忘れずにできたら」
上演作品は、30分程度の短編ミュージカルが2本。それぞれ根本宗子さんと三浦直之さんが脚本・演出を務めたオリジナル作品だ。
制作や演出には、この時期ならではのさまざまな制約が伴う。感染症対策に細心の注意を払うことは欠かせない。
6月下旬から始まった舞台稽古を取材すると、次のような対策を取っていた。
・劇場入り口ですべての人が
検温、マスク着用、アルコール消毒をする
・劇場に入る関係者も必要最小限にする
・舞台上も含め、常に「ソーシャルディスタンス」を確保
・小道具などは共有しない
・休憩に入るたびに、劇場内を換気する
・俳優どうしの距離が近くなる場合は、
間に透明なシートや板を置く など。
制限はあるものの、久しぶりの舞台での稽古にスタッフも出演者も生き生きとしていた。
演出にも課題がある。「ソーシャルディスタンス」を確保したうえで、俳優どうしが離れていることを感じさせないにはどうしたらいいか。
舞台上の俳優たちの間に距離があることが不自然に見えないよう、登場人物の心情をダンサーを使って表現したり、客席に人がいないことを逆手にとって俳優が客席で演技したりと、2人の脚本家は工夫を凝らした。
また、場面設定も、“人に触れられる距離まで近づけない”“観客がいない劇場に迷い込む”というものに。新型コロナウイルスの感染拡大によって生じた現実を反映したものだという。俳優やスタッフは、想像力を膨らませながら制作を進めていった。
3日間の配信期間中、視聴された回数は2万4000回にのぼり、7月31日から3日間限定でさらに再配信されることが決まった。配信に多くの反応があった一方で、新しい試みに挑戦した脚本家の2人は、「劇場で演劇を観てもらえる日が来たら、足を運んでみたいと思えるような作品を目指した」と語る。
「ひと時でも気持ちが安らいでいただけたり、楽しい気持ちになったり、30分間コロナのことを忘れられる時間になったらいいと、大変な時期だったよねと寄り添えるような作品になったらいいなと思い、100%楽しんでいただけるように作りました。ただ、『配信でいいじゃん』と思われたらいけないので、生で見ることの価値を下げてはいけないという思いで完成させました。演劇というくくりで見ると、この作品が次に劇場に来ていただくことを楽しみにしていただく一部になれば、演劇界全体としてもいいのかなと思っています」
「劇場で作品を作るのはもう少し先のことだと思っていたので、機会をいただけたのはありがたいなと思っていますし、純粋に多幸感にあふれるハッピーな空気の作品を作りたいと思っていたので、とにかく楽しんでほしいです。自分が劇場に行った時の、客席で開演を待つわくわくした気持ちや、ロビーの始まる前の空気とかを思い出してほしいし、劇場が再開したらまた客席に座って演劇を観るという時間がやってくると思うので、『早く劇場に行きたい!』という気持ちになってもらえれば。さらに、ふだん演劇を観ない方にも配信で興味を持ってもらい、ぜひ劇場に足を運んでもらえたらうれしいです」
配信に期待がかかる一方で、劇場に客を入れた公演も、模索が始まっている。
公立の劇場で作る「全国公立文化施設協会」は、劇場側のガイドラインを作成。東宝や劇団四季など200を超える団体でつくる「緊急事態舞台芸術ネットワーク」は、公演を主催する側のガイドラインを作った。これらに基づいて、隣の座席を空けた状態で客を入れたり、客を入れる時間帯を客席のブロックごとに調整したりして、再開した公演も出てきている。
年間3000を超えるミュージカルの公演を行う劇団四季は、出演者全員にPCR検査を実施。自治体が外出の自粛を求めた場合、対象となる客のチケットを払い戻すなどの対応をとっている。
また、帝国劇場をはじめとしたミュージカルを上演する劇場では、作品の楽曲を歌うコンサート形式をとったり、出演者がマスクをしたまま舞台に上がったりと、生の舞台を届けようと試行錯誤している。
劇場での感染症対策の工夫を共有しようと、「日本芸能実演家団体協議会」は7月から、劇場に携わる人たちの取り組みを動画サイトで紹介する試みを始めた。協議会が各劇場にそれぞれの工夫を聞く「公開ヒアリング」の映像を配信。公立劇場の関係者が、工具を使い回さないようにしたり、模型を使いながらリモートで打ち合わせしたりしていることなどが紹介されている。
また、東京・新宿の小劇場で起こった集団感染にも触れ、スタッフや出演者に感染して中止を決める公演が出ていることについて、感染者が責任を負うことを懸念して体調の変化を隠してしまうことのないよう、日頃から風通しのよいコミュニケーション作りをしておく必要性や、スタッフや出演者に感染者が出た場合の対策と再開までの対応を再開前から考えておくべきだという意見も出された。
コロナ禍が長引く中、配信を取り入れる動きが広がり、新しい舞台演劇のありかたとして定着しつつある。ただ、劇場での舞台を生で感じてほしいという、俳優やスタッフの思いは変わらない。感染対策を取りながら配信と生の舞台をどう共存させるのか、演劇界は探りながら一歩ずつ前に進み始めている。