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まだ描き終わっていない「ガンダム」

まだ描き終わっていない「ガンダム」

2019.01.29

ことし40周年を迎えたアニメ「機動戦士ガンダム」。その後、シリーズは60本を超え、日本が世界に誇るコンテンツになっている。

キャラクターデザインなどを務めた生みの親の1人が、漫画家でアニメーション監督の安彦良和さん。71歳の今、「最後の新連載」と銘打った漫画作品の連載を続けながら、「ガンダムはまだ描き終わっていない」と感じているという。

40年の歳月を経て改めて強まっている、安彦さんのガンダムにかける思いとは。

革命的だった「機動戦士ガンダム」

昭和54年に放送が始まった「機動戦士ガンダム」。

「ファーストガンダム」とも呼ばれるこの作品は、「地球連邦」とそこから独立を図る「ジオン公国」の間で起きた戦争と人間のドラマを描き、今も世代を超えて愛されている。

作品の原作は富野由悠季さん。安彦さんはキャラクターのデザインや作画監督を務めた。

安彦良和さん

「原案では、非常に混とんとした話をやろうということは決まっていました。当時の子ども番組が『勧善懲悪で元気のよい子がヒーロー』という中ではありえないことで、そういう訳の分からないことをやろうというのは革命的だったんですよ」

そう話す安彦さん。確かに主人公のアムロ・レイは「元気のよい子」とは言えず、ジオンの側にも魅力的なキャラクターを配している。

「『ファーストガンダム』は、僕はキャラクターたちの関係が大事なんだというふうにとっていました。ある場合には敵も含めて人間の関係が大事なんだ、『関係』のドラマを作るんだと。だから仲よしではないですよね、結構けんかもしますし。
登場する女性は“さん付け”で呼ぶんですよ。これも富野のセンスですよ。こっちはそれに乗っかってむしろ後ろからあおる、いいねいいねと。キャラクターをデザインするうえでは、今までのヒーローらしくないヒーローを作っちゃおうと、日本人じゃない、美少年じゃない、性格が暗いとか、意図的に反対反対をやっていました」

分かり合えない人間の関係を超えて

安彦さんが「ファーストガンダム」で最も気に入っているエピソードは、第13話「再会、母よ...」。
アムロが離れ離れになっていた母親と感動の再会を果たす話だ。

母との再会を喜ぶアムロだったが、見回りに来たジオンの兵士を銃撃。その行為をとがめる母と言い争いになってしまう。

安彦さんはこのエピソードに、「ファーストガンダム」のテーマが詰まっていると話す。

「第13話のお母さんとうまく意思疎通ができない話は、『世代の断絶や対立』と、よく誤解されるんだけども、そうではなくて、お互いにひたむきなんですよ。アムロはお母さんのことが好きだし、お母さんも息子のことをすごい愛しているんだけど、会話が成り立たない、気持ちが通じない。非常に寂しい結末になるんですけども、それは敵対というふうに捉えてはいけない。分かり合おうとしているんだけども、分かり合えない。僕はこれは『ファーストガンダム』全体のテーマだとずっと言っているんです」

「善悪二元論は危険」

「ファーストガンダム」が終わったあと、安彦さんは徐々に活動の場をアニメから漫画の世界に移していく。
そこで描いてきたのは、神話や近現代の歴史。旧満州を舞台に異なる民族の青年たちが歴史に翻弄される様子を描いた「虹色のトロツキー」など、数々の作品を世に出してきた。

「ファーストガンダム」を含めたこれらの創作の根底には、「歴史をどう解釈するか」についての、安彦さんの思いがある。

「善悪二元論的に歴史の出来事を解釈することが非常に危険だというのが、基本的にはあると思いますね、勝てば官軍とか。自分が感じるドラマをドラマ化したいというのはずっとありますが、それは勧善懲悪ではないということですね。歴史というのは何千年も積もり積もった、人の営みの分厚い層みたいなものです。それのどこをとってもぎっしりとドラマが詰まっているわけですから、それを丁寧に紡いでいく」

「歴史にifはないと昔から言われるんですけども、歴史は繰り返すとも言われる。いつか来た道だ、また何か間違えそうだなとかね。そういう時に昔の人は、同じような状況の時にどう行動してどういう道を選んだんだろうということを、あまり教科書的に整理されすぎた形じゃなくて反すうしてみるということがいいんじゃないかなと。ちょっと偉そうになっちゃいますけどね」

安彦さんは今、“最後の新連載”と銘打った「乾と巽-ザバイカル戦記ー」という作品に取りかかっている。
テーマは、およそ100年前のシベリア出兵。大正時代の日本がどういう道を歩んだのか群像劇を通して描き出したいと言う。

「大正時代というのは短いので影が薄くなるんですが、ものすごく大事な時代だなと思うんですよね。革命の時代でもあったし、リベラリズムの時代でもあったし、日本にとっても世界にとっても濃い15年だったと思う。ものすごく不幸な歴史的な事件なんですよ、シベリア出兵は。革命が赤で反革命が白だとしたら、日本は白の立場に立って結局赤が勝利するんですけども、白の側にもいろんな人の人生があり、生活があり、守るべき立場があった。それが全く顧みられないで100年来てしまった。だからシベリア出兵というのは何なんだろうということに、とても興味を持っていた」

「ファーストガンダム」を描き直したい

歴史を通して人間の複雑な内面を描いてきた安彦さん。
「ファーストガンダム」の本編とその前史を描いた漫画「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」でも、キャラクターの過去を掘り下げて、人物の内面に迫っていった。特に描く必要があると感じていたのが、“赤い彗星”とも呼ばれるシャア・アズナブルだ。

「シャアの人格形成というのはやはり描かなきゃだめだろうという感じがした。なんか非常に大きなトラウマ、あるいは心の傷みたいなのを背負っているから、こういう訳の分からないキャラになるんじゃないかなと。非常に人気のあるキャラですから、それに対する解釈の手がかりみたいなものは、作り手としてはきちんと描かなければいけないということで、彼の生い立ちを中心に書いた。そこは僕のオリジナルです」

「THE ORIGIN」は平成27年からアニメ化され、安彦さんは総監督を務めた。次は、今の技術と表現力でアニメ「ファーストガンダム」の全編描き直しに取り組みたいと考えている。

「『ファースト』の本編も今のテクニックと表現力でカバーしたいというのが今の望みですね。やれるかぎりやりたい、それは僕の責任だと思っているので。漫画を描く仕事とちゃんと両立できるかどうかというのが、年齢のこともあるので難しいんですけども、ファーストだけは自分の責任で見るに耐えるものにしたい。そうすると40年と言わず、100年先も見てもらえる」

「ファーストガンダム」のあとも、漫画の世界で「戦争とは何か」という問いに向き合ってきた安彦さん。今後手がけたいと考えている新しい「ファーストガンダム」は、その深い洞察も生かされるに違いない。40年前の名作がどんなアニメーション技術でよみがえるのか、実現する日を楽しみに待ちたい。

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