科学

サイカル研究室

2024年に大注目の科学は? 物理学者 村山斉さんに聞く

2024年に大注目の科学は? 物理学者 村山斉さんに聞く

2024.01.13

世界的な理論物理学者で、アメリカを拠点に研究を行っている村山斉さん。

還暦を前にしたいまも世界中を飛び回り精力的に研究を行うほか、アメリカの科学諮問委員会の委員長を務め、最先端の研究動向に通じている。

その村山さんが2024年特に注目している科学テーマとは?機知に富んだ例え話を交えてたっぷり聞かせてもらった。

村山斉さんが注目するアレとは

理論物理学者の村山斉さん(59歳)。36歳で世界最高峰の大学の1つとして知られるアメリカのカリフォルニア大学バークレー校教授に就任し、素粒子物理学をはじめ幅広い分野に精通して研究を行っている。
日本を代表する物理学者の1人だが、最先端の科学を一般向けに伝えるサイエンスコミュニケーションにも力を入れていて、講演や書籍などを数多く手がけている。
その村山さんの一時帰国に合わせて私たちはインタビューを申し込んだ。向かったのは村山さんが初代機構長を務めた東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(千葉県柏市)。

東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構

都心から車で1時間ほど離れた郊外にある、飾り気のないコンクリート製の建物の中に入るとそこは別世界で、数学・物理学・天文学の専門家たちが黒板の回りに集まり、英語で活発に議論が行われていた。
研究者たちの輪の中にいた村山さんに、ことし特に注目している科学のテーマを尋ねると、宇宙における「最大の謎」の1つとも言われる“アレ”に注目していると教えてくれた。

研究者たちが談義する様子

(村山斉さん)
私が個人的に1番知りたいと思っているのは、ダークマター=暗黒物質についてです。そもそも宇宙っていうのは、昔の人はみんな原子でできていると思ってましたけど、宇宙の95%は、まだわかってない、原子じゃない不思議なものなんですね。95%のうち、ざっと25%はダークマターと言われているもので、残りの70%はダークエネルギー、暗黒エネルギーと呼ばれているものなんですね。この謎を知りたいっていうのが、今年の1番の目標です。

宇宙の内訳 宇宙には通常の物質よりもダークマターの方がずっと多く存在する

ダークマターが注目だということなんですけど、それはいったいなんですか?

取材班の山田大樹リポーター
取材班の山田大樹リポーターさん
村山さんさん
村山さんさん

実はこのダークマターっていうのが“私たちのお母さん”なんです。このダークマターがないと、星も銀河も私たちも生まれなかったんだ。そういう意味で、私たちを作ってくれた大事な存在なんです。だから、“私たちのお母さん”なんですね。

“私たちのお母さん”ダークマターってどんなもの?

村山さんがことし特に注目しているというダークマター。実は“私たちのお母さん”だったという衝撃的な説明にぼう然とする私たちを前に村山さんは、居室の黒板に私たちの太陽系がある天の川銀河を即興で描きながら、詳しい理由を説明してくれた。

村山さんさん
村山さんさん

例えば私たちの銀河系(天の川銀河)って、なんかこういう風に渦がある、渦巻銀河なんですね。渦巻銀河の中で太陽系は結構、端っこの方にある“郊外”に住んでるんですよ。地球もそこです。太陽も地球もみんなここにあります。“郊外”に住んでるので、真ん中にないわけですから、この銀河系の中で太陽系って、こう、公転してるんですね。ぐるぐるっと。でも、実はものすごい速さで。どのくらい速いかっていうと、秒速220キロメートルって、とんでもない速さで動いてるんですね。 東京から名古屋まで2秒みたいな感じですよ。

なるほど。

取材班
取材班さん
天の川銀河のなかの太陽系がある位置を指さす村山さん
村山さんさん
村山さんさん

で、そんな速く動いてるんだったら、これもうビューンって出てっちゃうんじゃないかと思いますよね。ここの銀河の中にいる星の重力では全然繋ぎ止めておくことができないってことがわかってるので、銀河系って星の集まりだと思ったんですが、ダークマターがたくさんあって、この重力で引っ張っててくれるので、ちゃんと銀河の中に収まってるんだと。そういうものがなきゃいけないんだってことがわかってきたんですね。もともとダークマターがなかったら、星ができる、銀河ができる、その中で地球ができるっていうこともなかったんじゃないかと。

黄色のチョークで、銀河系を取り巻くようにダークマターが描かれている

私たちはまだ“お母さん”の姿を知らない

村山さんによると、天文学の分野ではダークマターが存在しなければ説明が付かない観測データが相次いで確認されており、現在の宇宙の成り立ちに大事な役割を果たしたことが分かりつつあるという。
ところが、捉えどころがないため「実際にそれが何なのか」という肝心なこと、つまり“お母さん”の姿については、まだ分かっていないのだそうだ。

村山さんさん
村山さんさん

重さとしては、本当に太陽みたいな重いものかもしれないし。小さな粒々の電子みたいな軽いものかもしれないし。もしかしたらもっとずっと軽いもので波のような振る舞いをしてるものかもしれないし。そんなことも分かってないんです。ダークマターはどう見ても、私たちの普通の物質と反応してくれない。ですから私たちの体をピュンピュン通り抜けていても全然感じないような、そういう“幽霊みたいな不思議な存在”だということなんです。

ダークマターの質量の候補は、いまの理論的な可能性としては10の90乗もの幅があり、無限ともいえる可能性が残されているため、非常に軽いものから非常に重たいものまでがあり得るという。つまりニュートリノのような素粒子なのか、人や動物、はたまた富士山、地球や太陽クラスの質量の大きさである可能性までも考え得るということ。それくらい未知な存在だというのだ。

“母”を探しに“郊外の村”へ 「すばる望遠鏡」を活用

私たちのお母さん”であり、 “幽霊みたいな存在”でもあるという、まるで大喜利の「なぞかけ」のようなダークマター。姿も形も分からないものをいったいどうやって見つけ出そうというのだろうか。
村山さんは、広大な宇宙のなかでもひときわ明るい銀河の中心部を“大都市”になぞらえたうえで、私たちの太陽系は、天の川銀河のなかでは中心部から離れた“郊外”にあると説明する。ダークマターの手がかりを探すため、天の川銀河の中心部からさらに遠ざかった場所にある“郊外の村”に注目しているという。

“郊外の村”である矮小銀河  ESO/Digitized Sky Survey 2
村山さんさん
村山さんさん

私たちは天の川銀河の“郊外”に住んでると言いましたけど、更にもうちょっと遠くに行くと、離れた“郊外の村”みたいなのがあるんですね。そういうのは「矮小銀河」と言って、すごく暗い、星がほとんどないんだけども小さな銀河があったりするんです。「矮小銀河」は星があんまりないので、ほとんどダークマターでできていて。その中で星がどういうふうに動いているのかを見ると、ダークマターの集まり具合っていうのが、間接的ですけども分かるんですね。

すばる望遠鏡 画像提供:国立天文台
村山さんさん
村山さんさん

私たちのチームで今やっているのは、「すばる望遠鏡」という日本の国立天文台が作った望遠鏡に新しい装置を取り付けるように準備してるんですね。この装置を使うと、星1個1個がどのくらい速く動いてるかっていうのが正確に測れるようになるんです。星の動きっていうのは、ダークマターの重力で引っ張られている中で動いてるはずなので。星の動きを1個1個調べていくと、そもそもダークマターがどういうふうに集まってるかっていうのが、読み出せるはずなんです。その観測がことし(2024年)、もしかしたら来年始まろうという段階に来ていて、それで期待が高まってるんですね。

すばる望遠鏡に取りつける新しい分光器  画像提供:PFS Project/国立天文台
取りつけられる新しい装置の一覧 画像提供:PFS Project/国立天文台

はー。星の動きから解明していくということなんですね。星の動きが分かるっていうのは、ちょっとロマンですね。これまではできなかったことなんですか。

取材班
取材班さん
村山さんさん
村山さんさん

これまでも星1個1個の動きを測る装置というのはあったんですけれども、銀河全体でどういうふうにダークマターが分布しているか知りたいと思うと、たくさんの星の動きをいっぺんに調べないとらちが明かないんですね。いままで1個1個の観測はできたんですけど、この新しい装置を使うと、いっぺんに2400個の天体の動きを同時に観測できるようになるので、いままで1000年かかった観測が1年でできるようになるわけなんです。

1000年かかった観測が1年!それはすごいですね。

取材班
取材班さん
村山さんさん
村山さんさん

はい。そういう装置をいま作ってます。非常に期待がかかっている装置ですね。

“お母さん”探しは「宇宙空間」や「地下」からも

並行してほかの探し方とかもあるんですか?

取材班
取材班さん
村山さんさん
村山さんさん

もう1つ日本のJAXAが打ち上げた人工衛星で「XRISM(クリズム)」っていうのがあります。これはX線を使って天体の観測をする人工衛星なんです。X線ってレントゲンで使うのと同じX線なんですけれども。空から来るX線っていうのは、地球の大気に邪魔されて(地上に)届かないんですね。ですから地上でいくら観測しようと思っても届いてこないから見えない。人工衛星で空気の上に行くと遠い天体からやって来るX線っていうのが捕まえられるんです。

XRISMのイメージ 画像提供:JAXA
村山さんさん
村山さんさん

ダークマターはニュートリノの1種という説があるんですけど、この説だと時々ぽろっぽろっと壊れるようなもので、壊れるとX線って光を出すんだという説なんです。だとしたら例えばダークマターがたくさん集まっていると思われる“大都会”ですね。隣の銀河を見ましょう。その銀河をじっと見てると、時々中心の辺りからダークマターが壊れて出てくるX線がやって来るはずだと。

ダークマターが集まる“大都会”の銀河団 NASA/CXC/GSFC/S.A.Walker, et al.
村山さんさん
村山さんさん

X線の観測はいままでもやられてはいるんですけど、新しく上がった「XRISM」は今までよりもはるかに感度が良くて、いままで見えてなかったものが見えてくる可能性があるんだ。そこにやっぱり期待がかかっています。

じゃあ宇宙からと、地上の望遠鏡からと。これは2つで観測していくんですね。

取材班
取材班さん
村山さんさん
村山さんさん

実はそのほかにもいろいろな探し方をしていて、地下に潜ってダークマターを探している人たちもいます。

今度は地下ですか!

取材班
取材班さん
村山さんさん
村山さんさん

なぜ地下に行くかということなんですけど、ダークマターはここら辺にふわふわしている“幽霊みたいなもの”で、私たちの体をすーすー突き抜けていることを考えているわけですから。穴の中に潜っても別に地球の真ん中でもすーすーやって来ると思ってるんですね。なんでじゃあわざわざ地下に行くかっていうと地表っていうのは人間が活動してますし、宇宙からいろんなものが降ってくるので、いろいろ邪魔なものがあって。ダークマターのめったにない反応を見ようと思っても、言ってみれば雑音だらけなんですね。

村山さんの研究プロジェクトにも参加するKAGRA 画像提供:東京大学宇宙線研究所 重力波観測研究施設
村山さんさん
村山さんさん

でも地下に潜ると、宇宙からやってくるいろんなものとか、人間の影響とかって無くなって、非常に静かな環境になると。静かな所であれば、たまにちょろっと反応するっていうのも、耳を澄ませて聞くことができるかもしれない。ですからわざわざ地下に潜って、ダークマターがやって来てたまに反応するのをじっと待ってるっていう、そういう探し方もあります。

ことしの大注目 “父親”も見つかるかも?

さまざまな可能性が検討され、実験が進められているダークマター探しだが、ことしは別の「宇宙の謎」についても注目の1年になると村山さんは話してくれた。

村山さんさん
村山さんさん

いま宇宙の謎を解明するために本当にいろんな実験とか観測が計画されていて。2024年にいろんな新しい観測が始まります。ですから▽ダークマターの正体を知りたいというのはもちろん1つの大きなテーマですが、▽ダークエネルギーという不思議な別の存在の正体が見えてくるという可能性もある。▽それから宇宙が始まった時には、宇宙は本当にミクロの世界で始まって、原子よりも小さかったんだと。その小さな宇宙をぶわーっと大きくしたインフレーションっていう時期があったと思われてるんですけども、この証拠も探しているので、見つかったというニュースもことし出てくるかもしれません。

宇宙の歴史 宇宙誕生の最初期にインフレーションが起きる 画像提供:NASA
村山さんさん
村山さんさん

このインフレーションは宇宙を大きくしながら、そこに少し凸凹を作ってくれた。この凸凹をダークマターが育てて、星や銀河、わたしたちを作ってくれた。ですから種をまいたインフレーションは、“お父さん”みたいな存在で、それを育ててくれたダークマターは“お母さん”みたいな存在だ。その両親のおかげで私たちが今ここに存在しているわけです。

(村山さん)
インフレーションが本当に起きたのかという証拠を探す、ダークマターの正体を探していく。その両方が見つかってくると、やっと私たちの両親が見つかったということになるので。そうなったら2024年はすばらしい年になりますね。

“最先端”を追い求める深いわけ

どうして村山さんはこれほどまでに研究に情熱を注げるのだろうか。インタビューの終盤、最先端の研究を行う動機について尋ねると「私たちを生んでくれた“お母さん”に是非会いたい」という素朴な気持ちが1番だという。
そして、その姿を追い求めることは「そもそもなんで私たちみたいな存在が宇宙にあるんだろうか、私たちはどこから来たんだろうかという自分のルーツを探す旅なんです」と説明してくれた。

また「研究とはほとんどがうまくいかないものだが、うまくいった瞬間の『分かった!』という気持ちというのはかけがえのない喜びで、一度味わうと中毒になってしまうものだ」とも話していた。
インタビューは前日からほぼ徹夜の状況で臨まれたそうだが、村山さんは少しの疲れも見せず、1時間余りにわたって当意即妙に話をしてくれた。

取材余話:基礎研究のイノベーションにも今後注目

今回の取材を通して、ダークマターの正体を追い求めることは基礎研究として意義があるだけではないということも分かってきた。

村山さんによると、宇宙の謎を研究する上で開発されてきた装置や部品が、歯のレントゲン写真を撮影するときのX線の検出装置に使われたり、最近では自動運転の車に搭載される部品に使われたりする事例も耳にしたことがあるそうだ。

過去には村山さんが専門の素粒子物理学の分野で、世界各地にちらばった研究者たちがデータを共有するために開発されたシステムが、いまのインターネットのブラウザの基礎となり、社会にイノベーションを起こし発展させるきっかけになったという。

つかみどころが無い“幽霊のような存在”の観測を試みることはこれまでにない挑戦であり、その過程で生み出された最先端の技術は、社会を変えるイノベーションの可能性を秘めている。2024年、ダークマターに関する新たな発見があり、ニュースで報じる日が来るのを楽しみにしたい。

(2024年1月14日(日) おはよう日本で放送)

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