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科学
2024.03.08
論文を発表したのは中学1年生の小森日菜子さんと国立科学博物館、それに山階鳥類研究所の研究チームです。
小森さんは小学4年生だった4年前、茨城県つくば市にある国立科学博物館の収蔵庫の特別公開イベントを訪れたときに保管されている動物のはく製標本1点が図鑑などで見たニホンオオカミと似ていることに気がつきました。
このはく製は「ヤマイヌの一種」として博物館に保管されてきたものでしたが、小森さんが専門家とともに詳しく調べた結果、体の大きさやはく製のラベルに基づく過去の記録などから100年以上前に現在の上野動物園で飼育されていたニホンオオカミの可能性が高いことがわかり、2年がかりで論文にまとめてことし(2024年)2月、発表しました。
研究チームによりますと、ニホンオオカミはかつて日本に広く生息していましたが、およそ100年前に絶滅したとされ、はく製や毛皮の標本は国内外でわずかしか残っていないということです。
論文を発表した小森日菜子さん(13)は都内の中学校に通っている1年生です。
小学2年生のころにニホンオオカミに興味を持ち、国内で保管されているはく製を見学したり、図鑑や学術書を調べたりしてその特徴について学んできたといいます。
ニホンオオカミと特徴が似ていることに気がついた当時の心境について小森さんは、踊り出したいような感情だったと振り返りました。
「額から鼻にかけての形が平らになっていることや、前足が短く、背中に黒い毛があるといった特徴を見つけて、これはニホンオオカミだなとレーダーみたいな感じでピピッときました。すごい頭の中で、踊り出したいというか、舞を始めるというか、そんな感情でした」
その後、このはく製は「ヤマイヌの一種」として扱われ、よく調べられていなかったことを知った小森さんは、専門家に相談しながら博物館などが公開している過去の記録を調べ上げて考えをまとめていき、5年生の時、自由研究で博物館で見つけたはく製はニホンオオカミではないかとレポートにまとめて発表しました。
このレポートは図書館振興財団が主催するコンクールで文部科学大臣賞を受賞したほか、相談していた専門家の1人で、標本の歴史に詳しい千葉県にある山階鳥類研究所の研究員の小林さやかさんから「この調査結果をぜひ学術論文として世に残して欲しい」と提案を受けることにつながり、論文の作成を目指すことになったということです。
論文として客観的な根拠をもった考察を行うため、さらに2年にわたって分析や検討を重ねて執筆を進め、専門家による査読を経たうえで2月22日に国立科学博物館が発行している電子ジャーナルで、16ページにわたる論文を発表しました。
論文を発表する原動力になったのは探究心だったといいます。
(小森さん)
「調べていくなかで新たな謎が出てきて、そこをさらに調べて解くことが大変でしたが楽しかったです。ニホンオオカミはたくさん研究されていますが、真の姿は分っていないので、色々な謎が残されています。真の姿を知りたい、解明したいというのがやっぱり一番です」
論文で発表することを勧めた共著者の1人で、千葉県にある山階鳥類研究所の研究員の小林さやかさんは、今回の論文発表について次のように述べて、エールを送りました。
「最初にレポートを見た時から、かなり研究になるなと思っていたので、論文にまとまってよかった。日菜子ちゃんはすごい観察力というか、そういう面で才能があるなと思っています。私は手法を教えただけなんですが、好きなことを極めて、最終的にニホンオオカミの可能性が高いというところまで近づけたのはすごいよかったです」
(小林さん)
「興味を持ったことを1つ調べてみると、その先にどんどん広がる世界があると思うので、自分が関心を持った分野をさらに深めていってほしいと思います」
国立科学博物館の収蔵庫から新たにニホンオオカミとみられるはく製が見つかったことについて、論文の共著者の1人で、国立科学博物館動物研究部研究主幹の川田伸一郎さんは小森さんが小学生の時に発見して中学1年生で論文を書いたことは「すごいことだと思います」と評価しています。
(川田さん)
「ちゃんと学んでいくプロセスを歩めば、研究というのは小中学生でも高校生でもできるのだと思います。小森さんは今後もいろんな発見をするだろうなとこれからが楽しみです」
国立科学博物館には今回のニホンオオカミとみられるはく製をはじめ、100年以上前の歴史的に貴重な標本が保管されているほか、新たな標本や資料も毎年増え続け、その数は500万点以上と国内最大規模です。
貴重なコレクションの管理に充てるため、国立科学博物館は去年8月、クラウドファンディングを行ったところ、5万人以上から支援が寄せられ、目標額を大幅に上回る9億円あまりが集まりました。
川田さんは博物館に保管されている膨大な動物のはく製を管理する立場でもありますが、今回の発見を通じて貴重なコレクションを未来に引き継いでいくことの大切さを再認識したといいます。
(川田さん)
「100年前の標本を調べて今回の成果が得られたわけですが、ニホンオオカミに限らず素性がわかっていない標本は結構あります。できるだけ未来につないで、これから新しい技術の発達でもっと別の方面から調べていくことも可能になってくると思うので、未来のために標本を残していくことが大切なんだなと改めて感じました」
今回のはく製はバックヤードで保管しており公開する予定は当面ないということですが、別のニホンオオカミのはく製は東京・上野にある博物館で展示されていて、見ることができるということです。
論文が発表された6日後の2月28日の早朝、おはよう日本でこのニュースが流れるとSNSで記事が拡散され、数日にわたりアクセスが高い状態が続き、大リーグの大谷翔平選手の結婚発表に肩を並べるほど多くの人に読まれることになりました。
研究成果発表のニュースに、ここまで関心が集まることは異例で、取材者としても、取材を受けた3人にとっても予想外のことでした。
旧ツイッターの「X」では多くの人がこの記事を引用していて、このうち岩手県にある陸前高田市立博物館は「博物館が新しい可能性を育てる場所であることと未来に標本を残すことの意味が、ここにあります。博物館が人とコレクションを育てる。とてもうれしいニュースです」とコメントしています。
小森さんとは今回の取材で初めて出会い、あどけなさがまだ残る姿の第一印象は街中で見かける女子中学生と特に変わりませんでしたが、博物館の収蔵庫に入るなり目の色が変わり、ニホンオオカミについて熱っぽく語る様子は紛れもなく若き研究者でした。
今回の研究成果は「ニホンオオカミの真の姿を解明したい」という小森さんの探究心や情熱によって成し遂げられたところが大きいと取材を通して感じました。
一方、彼女を研究者の1人として扱いアドバイスやサポートを行った小林さんと川田さんの存在も見逃せません。
まだ子どもの小森さんに、プロの研究者たちが真摯な態度で接したことは見習うべき姿勢であり、科学の発展のうえで重要なことだとも感じました。
また、小森さんの可能性を伸ばすような子育てをしてきた、両親の存在も大きいのではと考えました。
小森さんの両親に尋ねたところ「子どもの話に耳を傾け、何事も自発的に取り組む姿勢を評価するように心がけてきました。その結果論文の共著者とご縁が生まれ、さまざまな影響を受けたことが、本人の成長につながったのではと感じています」と明かしました。
小森さんはこの春、中学2年生になります。
将来は「研究者になりたい」と夢を語ってくれました。
プロの研究者になる道が険しいことは、分野は全く違うものの大学院で物理学を学び、いまこうして研究の取材を続けているわたしも理解しています。
でも、小森さんなら持ち前の探究心と情熱で、きっと突破してくれることでしょう。
そう遠くない未来に、小森さんがニホンオオカミに関する画期的な成果を披露してくれる日が来るような気がしています。
その時にはまたぜひ取材させてもらいたいと思います。
(2024年2月28日 おはよう日本で放送)