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村上春樹さんが会見で語ったこと

2021.09.22 :

世界的な人気作家、村上春樹さんが寄贈した資料などが公開される施設が早稲田大学に来月(10月)開館するのを前に、村上さんが記者会見を開きました。

村上さんは、会場の笑いを誘うユーモラスな表現を交えながら、自身の思いや考えを語りました。

主な内容は以下の通りです。

施設の開館について

早稲田大学国際文学館の外観
早稲田大学国際文学館、村上春樹ライブラリーがこの4号館(施設は旧4号館を改築)に設置されることになりました。この4号館というのは僕が学生だった頃は学生に占拠されていました、しばらくの間。1969年というと今から52年前ですか、占拠された4号館の地下ホールで山下洋輔さんがフリージャズのライブをやったんです。その時はピアノを大隈講堂から勝手に持ち出して運んできまして、その時ピアノを担いだ1人が作家の中上健次さんだったということです。中上さんは早稲田の学生じゃなかったんですけど、外から手伝いに来ていたんですね。僕の友達の何人かはその催しに加わったんですけど、僕はそのライブには残念ながら行けなかったんです。でもそのコンサートのドキュメンタリー番組を作っていた田原総一朗さんの話によると、民生とか革マルとか、仲の良くないセクトどうしが一つの場所に集まって、ヘルメットをかぶってけんかもせずに呉越同舟で山下さんの演奏に聞き入ったという話です。
そういう建物が今回再占拠されたというとちょっとよくないですけど、まるごと使わせていただくことになったというのはとてもありがたいことで、非常に興味深い巡り合わせだと思うんです。
その当時僕らは大学解体というスローガンを掲げて戦っていたんですけど、僕らが心に描いたというのは、先生が教えて生徒が承るという一方通行的な体制を打破してもっと開かれた大学を作っていこうというのが僕らの思いだったんです。それは理想としては決して間違っていないと思うんですね。ただやり方が間違っていただけで。僕としては、この早稲田大学国際文学館が早稲田大学の新しい文化の発信基地みたいになってくれたらいいなという風に思っています。先生が物を教えて生徒がそれを受け取るというだけじゃなくて、もちろんそれもすごく大事なことではあるんですけど、それとは別に、同時に、学生たちが自分たちのアイデアを自由に出し合って、それを立ち上げていけるような場所にこの施設がなるといいなと思っています。つまり、大学の中における自由で独特でフレッシュなスポットになるといいなという風に考えています。

「村上春樹ライブラリー」の感想と今後の展開

僕は本当は死んでからこういうのを作ってもらいたかったんですけどね(笑)。いろいろ事情があって生きているうちにできてしまって、すごい緊張しています。僕がもし犯罪を犯したりしたらすごい困ったことになりますよね。早稲田大学に申し訳ないし。でも生きているうちにできたのだからできるだけ協力して、僕のイメージする環境を作っていきたいなと考えています。
最初は僕関係の資料とか本とが中心になっていますが、だんだんいろんな人の本や資料を加えて、もっと幅広い流動的な研究施設になるのではないかと期待しています。

「物語を拓こう、心を語ろう」施設コンセプトに込めた思い

僕は小説家なので毎日物語を作っているわけです。でも小説家だけじゃなくて人というのは日々自分の物語を作り続けるっていうものなんです。意識的にせよ無意識的にせよ、人は自分の過去現在未来を物語化しないことには上手く生きていけないんです。
でも最近よく思うんですけど、今の若い人は自分の未来についてポジティブな物語を上手く作れているだろうかということをよく考えます。コロナ禍っていう特殊な状況の中で、多くの若い人は自分の未来についてどうしても薄暗いビジョンしか描けていないんじゃないかなという気さえします。僕らの学生だった頃というのはまだ日本も右肩上がりだし、頑張って努力すれば世の中もだんだん良くなっていくんじゃないかという、漠然とした共通認識みたいなものがあったんです。そういう理想主義みたいなものはもう戻ってこないんじゃないかという気もしますけど、それでもいつの世の中でも、どんな形でも、そういう理想みたいなものはあるべきだと思うんです。そういう良質な物語とうか、「ほらこういうものがあるんだ」というサンプルみたいなものを示していくことが小説家の役目だと思っています。

「トンネル」をイメージした隈研吾さんの設計について

会見に出席した村上さん(中央)と隈さん(右端)
現実の世界と異次元の世界を物語っていうのは行ったり来たりして、最後にはどっちにいるのか分からなくなるというのが僕の小説の一つのあり方だと思うし、それをトンネルという形で括られるというのは確かにその通りだなって思います。僕はいつも洞窟とか井戸とかトンネルとかそういうものに興味があるんですね、どうしてかわかんないんですけど。いつもそういうものに惹かれてしまうんです。

翻訳文学への思い

僕は小説家ですけど、小説書きたくない時は、大体翻訳しています。だからものすごく効率がいいというか、翻訳やらないとき小説書いているし、小説書いてない時翻訳しているという、とても健全な生活を送っています。それのいいところって、小説って書きたくないのに締め切りがあるからやらなきゃいけない時しんどいですよね。そういうのがないのがすごく精神衛生上、楽なんです。
もう翻訳は40何年やっているので、だんだん最初は下手だったけど少しずつ上手くなってきて、それは僕自身にとって非常にうれしいことです。技術というのは磨けるんですよね。小説というのは技術といってもなかなか磨けないところがあります。そういう意味では翻訳ができるというのは本当にいいことなんだなと思います。僕の小説を訳している海外の翻訳者たくさんいるんですけど、そういう人たちとなるべく連絡をとって話し合って、仲良くやるようにしています。翻訳って結構大変な作業だし、報われなくちゃいけない。早稲田国際文学館もそういう翻訳者達をバックアップするという機能を備えていきたいという風に思います。

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科学文化部記者

富田良

記者を志望する時に持っていた「小さい声を届けたい」という思いが、いつしか「ほかの人が注目していないけれど発信すべき人物や話題を取り上げたい」という方向にシフトチェンジ。いろんな分野に関心を持って手を出し、ゼロから勉強する…という繰り返し。興味は尽きません。

前任地の長崎で経験した原爆・平和関連の取材は、ライフワークとして何らかの形で携わり続けていきたいと思っています。文化担当ですが休みはスポーツに時間を割いており、特に走ることが生きがいになりつつあります。マラソンや駅伝の企画を作ることがひそかな夢。

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記事の内容は作成当時のものです

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