STORY

柳美里さんが経験した新型コロナの“痛み”

2022.02.07 :

「オミクロンは、断じて、ただの風邪ではない」。

作家・柳美里さんは2月の初め、新型コロナウイルスへの感染を明らかにし、その後も体調の変化や症状などについて情報発信を続けている。
誰が感染してもおかしくない状況のなか、柳さんは何を思い、伝えようとしているのか。
柳さんに依頼したところ、以下のような文章を寄せてくれた。

全文を掲載する。

柳美里さんの手記

新型コロナウイルスのオミクロン株は、テレビや雑誌などのメディアで、「ただの風邪」「ほとんどが無症状か軽症者」「重症者や死者数は、デルタ株に比べて圧倒的に少ない」という発信も見られました。
日本では、コロナ患者が、実名と顔を出して、自分の口で症状を語ることは稀です。
その症状が軽くても重くても、「緊急事態宣言」発出の是非など意見が真っ二つに割れている問題に利用される可能性が高いからでしょうか。
自分や家族や店や会社や社員が、村八分的な差別やイジメに遭ったり、SNSで誹謗中傷が拡散されたりするのも怖い。
だから、メディアで新型コロナウイルスの症状について語るのは、医師か学者か芸能人で、罹患者は、統計の数の中に閉じ込められ、オミクロン株の特徴的な症状として箇条書きにされる、喉の痛み、咳、関節・筋肉痛が、具体的にどのようなものなのか、本当に風邪と同じなのか、違うのかが、実際に体験した人の言葉として報じられることはあまりありません。

私は、現在、オミクロン株に感染して自宅療養中です。
福島県南相馬市内の自宅ではありません。
瀬戸内海の離島の周囲に人家の無い一軒家(注:柳さんが確保している仕事場、以下では「自宅」とも)で療養しています。
完全に隔離生活ができる環境なので、保健所の担当者に、「入院、宿泊施設療養、自宅療養、どちらを選択されますか?」と訊ねられて、「自宅療養にします」と答えました。
それ以外の選択をした場合、島内には入院設備のある病院も、宿泊療養施設となるホテルもないので、船を利用するしかなく、船員や乗客の方々を感染リスクにさらしてしまう、と思ったからです。

新型コロナウイルス・オミクロン株に罹患した人ひとりひとり症状は異なると思いますが、わたしの実感としては、風邪よりもインフルエンザよりも重く、辛いです。
ワクチン接種に関しては、ファイザーで、8月7日に1回目、8月27日に2回目を接種しています。
作家・柳美里さん
ウイルスに感染したのは、1月26日です。
どうしても行かなければならない急用ができて、早朝、船と新幹線と地下鉄とタクシーを乗り継いで、兵庫県へと向かいました。
兵庫県のホテルに1泊して、1月27日の夜に島に帰り着きました。

翌28日はなんともなかったので、自宅に籠り仕事をしました。

29日に目覚めると、枕の上の首を動かせなかった。
どんな痛みかというと、十数年前に音楽フェスに参加している最中に、頭上後方からダイブしてきた男性に首を思いきり蹴られて頸髄損傷した時の痛みと近かった。
寝違えたのかな、と思いました。
首を上下、左右に動かすことができず、寝返りが打てない、洗い物ができない、文字が書けない、靴を履けない、髪を洗えない等々日常生活を送ることに支障が出て、その日はほとんど仰向けの姿勢で寝ていました。

1月30日、関節・筋肉の痛みは首だけではなく、両肩、肩甲骨、背中へと広がっていきました。

1月31日、二の腕や肘の内側や腰にまで痛みが広がり、フルマラソンの30kmを超えたあたりで、体の節々が一斉に痛み出すような状態に似ていると思いました。
関節・筋肉の痛みに加えて、鼻水が止まらなくなりました。
わたしはスギ花粉のアレルギーを持っているので、抗アレルギー薬の錠剤を服用しました。
柳さんがネットで購入したという薬など
31日の夜は、首、肩、肩甲骨、背中、腕、腰――、とにかく全身の関節が痛くて、仰向けにもなれないし、横向きになってもつらいという感じでした。
深夜、喉の痛みと咳が出てきました。
激しい咳で、あばら骨が痛くなりました。
喉のあたりの粘膜がオブラートで覆われているみたいにカサカサして引っ付いて、水を飲みたいのですが、いざ飲んでみると、喉にしみて痛いのです。
ごくごくは飲めないから、強いお酒を呑むようにちびちび飲みました。

わたしは、寝室の枕元に体温計と、3本の香水(ラベンダー、ローズ&ゼラニウム、オレンジ&ジャスミン)を置いてあります。
頻繁に体温を測り、香水の匂いを嗅ぎ分けられることを確認し、コロナではないから大丈夫だ、と自分に言い聞かせていました。
パルスオキシメーターの数値が低下傾向に
2月1日の明け方、うつらうつらしていたら、激しい頭痛で目覚めました。
こめかみのあたりがズキズキして、首筋がどくんどくんと脈打って、頭が破裂する、と思って上体を起こしました。
体温計で熱を測ったら、38.4度でした。
わたしの平熱は35度台なので、かなりの高熱です。
咳は、とにかく痰が絡んで、痰の大きな塊で喉が詰まりそうになり、痰を吐きたいのに吐き出せない。
鼻水は、前日ほどは出なくなった代わりに、鼻詰まりで息ができない。

この日は、苦しくて横になれず、椅子に座る力もなく、壁に寄りかかって、背中を一回一回突き飛ばされるような激しい咳に耐えていました。
時折、心臓が針で突かれるような小さく鋭い痛みに襲われて、「痛ッ!」と思わず声に出して左胸を押さえたりしているうちに不安になり、インターネットで注文して届いたばかりのパルスオキシメーターで計測してみると、動脈血酸素飽和度(SpO2)の数値が94~96%と低めでした。
嗅覚障害で香水の匂いも分からないほどに
さすがに不安になり、南相馬の家族に連絡をしたところ、今すぐ病院に行った方がいいと言われ、受診コールセンターの番号を調べて電話をしてみましたが、電話が殺到していて、何度かけても、「ただいま電話が混み合っております。
このままお待ちいただくか、もう一度おかけ直しください」というアナウンスが流れて繋がりません。
2時間後の午前10時過ぎに受診コールセンターに繋がりました。
紹介してもらった病院に電話したところ、11時半の予約を取ることができました。
一軒家ほどの小さい診療所でした。
スタッフは、医師1名と看護師2名のみです。
PCRの検査キットは既になく、抗原検査キットで検査をするということで、看護師さんがわたしの鼻腔内に細長い綿棒を入れて検体を採取してくれました。
結果は、陽性でした。
《編注…抗原検査キットだけでは、柳さんが感染したのがオミクロン株かどうかは分からない。しかし、各地でデルタ株からオミクロン株への置き換わりが進んでいるため、柳さんもオミクロン株に感染した可能性が高いと考えた》
2月3日正午、唾をのみ込むのもつらいほどの咽頭痛があったのですが、イチゴだったら食べられそうだ、と冷蔵庫にあったイチゴを洗って半分齧ってみたところ、苦い。
腐っているのかと思って、別のイチゴの粒を齧ったら、やっぱり苦い。
タバコを立て続けに10本吸って、歯磨き粉をたっぷりつけて歯を磨いた直後に、イチゴを食べたら、こんな味かな、という苦さでした。
結局、イチゴは1パックほとんど捨てることになりましたが、その時のわたしは、オミクロン株に感染し、自宅療養が始まっていたにもかかわらず、イチゴのせいにして、味覚障害の可能性を除外していたのです。

しかし、3日の夜、枕元の香水瓶の蓋を開けて嗅いでみたら、ラベンダーの香りが病院の消毒薬のような臭いに変わり、ローズ&ゼラニウム、オレンジ&ジャスミンは、ほとんど匂いを感知できませんでした。
臭覚障害です。
その時はじめて、昼に食べたイチゴの苦さは、味覚障害だったのかもしれない、と思い当たったのです。
人は、どんなに感染者数が増加しても、心のどこかで自分は感染しない、感染しても軽症で済む、自分に味覚障害・臭覚障害の後遺症など残らないはずだと思ってしまう。
スマートフォンの音声入力機能で発信を続ける
今日は2月4日で、コロナ発症7日目です。
今日の症状は、首、肩、肩甲骨の痛み、痰の塊がからまる激しい咳、37.5度前後の発熱(平熱は35度台)、目の充血、頭痛、倦怠感などです。

わたしがSNSで新型コロナウイルスに感染したことを公表し、症状の詳細を報告したところ、オミクロン株の症状はほとんどが軽症で、ただの風邪、痛い痛いと大袈裟に騒ぎ立てて、嘘で危機を煽っている、などという反応が押し寄せてきましたが、痛みは、その人自身のものです。
痛む主体が異なれば、当然、痛みも異なります。
柳さんはSNSで情報発信を続けた
闘病中のわたしが感じたのは、体の弱い幼児やお年寄りや基礎疾患を持つ人が、わたしと同じオミクロン株の症状に襲われたら、果たして耐えられるだろうか?命の危機に瀕する人もいるのではないかということです。

いま、新型コロナウイルスに感染して痛み苦しんでいるのは、582人とか19798人などという一つの数字の塊ではなく、生身の人間です。

わたしは小説家です。

小説家の役割の一つは、データ(数値・数量・統計)から、一人の人間をすくい出すことです。
同じ種類の癌を患って、同じステージだとしても、なにに、どこに、どのような痛みを感じるのかは人それぞれで、痛みは極めて固有の、人の尊厳に関わるものだから、わたしは痛みを大事に扱いたいし、扱ってほしいのです。

いま、痛んでいる人の痛み、いま親しい人の痛みを前にして、代わってあげたいのに代わってあげられない胸の痛みに悶えている人の痛みを想像するための助けとなるような報道をしていただきたいです。

情報発信が一助となれば

柳さんも触れているように、新型コロナウイルスの症状には個人差がある。
オミクロン株では感染しても軽症、あるいは無症状も多いというが、感染の急速な拡大によって重症化する人や亡くなる人も増えている。

新型コロナの感染拡大は、まだ収束していない。
柳さんをはじめ、感染した人の一日も早い回復を祈るとともに、一人一人の多様な情報発信が、多くの人の一助となることを願う。

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科学文化部記者

富田良

記者を志望する時に持っていた「小さい声を届けたい」という思いが、いつしか「ほかの人が注目していないけれど発信すべき人物や話題を取り上げたい」という方向にシフトチェンジ。いろんな分野に関心を持って手を出し、ゼロから勉強する…という繰り返し。興味は尽きません。

前任地の長崎で経験した原爆・平和関連の取材は、ライフワークとして何らかの形で携わり続けていきたいと思っています。文化担当ですが休みはスポーツに時間を割いており、特に走ることが生きがいになりつつあります。マラソンや駅伝の企画を作ることがひそかな夢。

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記事の内容は作成当時のものです

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