文化

あるダンススタジオの決断

あるダンススタジオの決断

2020.07.21

エンターテインメント業界を苦境に追い込んでいる、新型コロナウイルス。その影響は、地域に密着してカルチャーのすそ野を広げてきた現場にも及んでいます。
茨城県でおよそ20年にわたってストリートダンスを教えてきた実力派ダンススタジオ。多くのプロダンサーを輩出し、ダンスボーカルグループ「DA PUMP」のメンバーのひとりも練習を積んできたスタジオでしたが、6月いっぱいで幕を下ろしました。コロナ禍に巻き込まれたダンススタジオ。その代表の思いとは。

世界で活躍するダンサーのスタジオが・・・

教室を閉めることを決断したダンススタジオ「ROOTS&ACT」の代表、TAKASHIさん(42)。

スタジオでダンスを教えるTAKASHIさん

激しい動きから一転、カギがかかったように動きを止める「ロックダンス」というジャンルで、世界大会で6回、そのほかの国内外の大会でも50回以上、優勝経験のあるトップレベルのダンサーです。

DA PUMP KENZOさんも

スタジオでは、およそ20年間で2000人が学び、世界大会の優勝者など数々のプロのダンサーを輩出。DA PUMPのメンバー、KENZOさんもここで練習を積みました。

DA PUMPのKENZOさん

「このスタジオでは、世界大会に出たときに練習させていただききました。生徒の子たちとのたくさんの思い出や愛の詰まったスタジオに来ることができて自分も成長し、夢に向かうことができました。このたびの閉店は本当に悲しいです」

先が見通せず 関係者の心離れが

この実力派ダンススタジオの先行きに暗雲が立ちこめたのは、新型コロナウイルスの影響が色濃くなったことし4月。

イベントの中止を知らせるホームページ

スタジオはレッスン料を安くし、イベントを主な収入源としていましたが、そのイベントが軒並み中止に。さらに、2か月間営業を自粛している間に、講師が数人、教室から離れてしまいました。息を合わせてともに踊るというダンスの性質上、「3密」を避けることが難しいスタジオ。維持していくのは厳しいという思いが強くなっていきました。

「インストラクターが何人か辞めていって、従業員にもこれを機に新型コロナウイルスに影響されないような仕事につきたいという声があり、関係者の心離れがあった。さらに、イベントも当分できないということで、八方ふさがりな感じになってしまって、このまま無理に続けていてもみんな共倒れになってしまうと思った」(TAKASHIさん)

“オンライン”も難しく

全国的にはオンラインでのレッスンを行うスタジオも増えているといいますが、TAKASHIさんは対面でのレッスンへのこだわりがあり、スタジオを閉めることを決断しました。業界団体に話を聞くと、オンラインでは細かい動作や表情が合っているのか見えづらく、指導がしづらいうえ、経営にも影響があるといいます。

「直接見てほしいという声は根強く、オンラインでの指導は受けない生徒もいる。また、オンラインでは見ることができる生徒の数も従来の半分ほどに限られてしまうため、スタジオ側からは経営が厳しいという声が聞こえてくる。イベントもオンラインでは、観客の声援を受けながら踊るのとは演者のモチベーションも変わってくる。正解がない中でどのような形であれば経営を続けられるのか、どの教室も模索している」(公益社団法人 日本ストリートダンススタジオ協会 寒川和成 事務局長)

最後のレッスン 思いを乗せて

6月28日に開かれたワークショップ

スタジオを閉める直前の6月28日、TAKASHIさんは世界で活躍するダンサーから直接指導を受けられるワークショップを開催。集まった生徒たちと、アップテンポな曲に合わせたスピードのあるダンスで1つになりました。そして、長年のレッスンですり減ってすっかり色が変わった床を見つめ、生徒たちにこう呼びかけました。

「ストリートダンスというのはコミュニケーション。人と人をつなぐもので、これは大きく言うなら国と国をつなぐものです。平和な文化だと思うので、これからも辞めずに続けていってください」

笑顔で記念撮影をする子供たちとTAKASHIさん

岐路に立つエンターテインメント業界。さまざまな領域で「オンライン化」が進む中、生の現場で「見て、聞いて、触れて」楽しむ場が存続していくことは、さらに難しくなるかもしれません。しかし、TAKASHIさんのスタジオでダンスに打ち込んでいた子どもたちの笑顔を見てもわかるように、こうしたエンターテインメントは私たちの生活を豊かに彩ってくれる、大切な文化です。
「ウィズコロナ」の社会で、生のダンスや音楽や演劇を楽しめる環境をどうやって守っていくのか。まだ答えはありませんが、TAKASHIさんは希望を捨ててはいません。

「この状況なので、何が正解なのかどうかもわからないんですけど、コロナウイルスの状況が落ち着いたら、子どもたちが目指せるものを企画して、どんどんみんなの楽しみを作っていってあげられたらなと思っています」

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