2023年12月20日
中国・台湾

中国による台湾産農水産物の禁輸 なぜ?狙いは総統選?

「あなたはきょうパイナップルしましたか?」

2021年に台湾産パイナップルを応援しようとSNS上で話題となったフレーズです。
当時、中国が突如、台湾からのパイナップルの禁輸を決定。日本や欧米で台湾産パイナップルを買い支える動きが広がりました。

あの騒動から2年。実は中国は今も台湾産の多くの食品で禁輸措置を行っています。
中国は、なぜここまで執ように禁輸を続けるのか。

みえてきた来年の台湾総統選を見据えた中国の巧みな”揺さぶり”戦略とは。

(国際部 山田裕規/政経国際番組部 新里昌士)

中国へ輸出9割の高級魚 “もう養殖はしない”

世界三大料理の「中華料理」。円卓に並ぶ宴席の華の1つが、大皿に盛られた大きな魚の蒸し料理です。

この料理に使われている魚の1つが高級魚ハタ。実はこのハタも中国から禁輸措置がとられています。

台湾の生産地はどうなっているのか。

台湾南部にある屏東県。ハタの養殖が盛んに行われている産地です。話を聞かせてくれたのが、養殖業者の楊東坤さんです。養殖用の広大ないけすを所有していて、およそ10年前の最盛期には年間120トンのハタを養殖し、9割以上を中国に輸出していました。

しかし、中国が2022年6月に「禁止薬品が検出された」として台湾からのハタの輸入停止を決めてからは、その生産量は1%にも満たない1トン程度に激減しました。

楊さんが案内してくれたいけすを見てみると、中には水が抜かれて使用されていないものもあります。養殖する魚がおらず、維持費がもったいないため、水自体はるのをやめているといいます。

干上がったいけす

大口先だった中国向けの出荷ができなくなり、ハタの需要が減ったため、取引価格は4割ほど下落。収入も大きな打撃を受けました。

水をはれず、稼働すらできないいけす。

楊さんは、台湾の消費者向けに小さいサイズのハタや別の魚の養殖を始めていますが、過度な中国依存は大きなリスクになると痛感していました。

養殖業者 楊東坤さん

「20年前からハタの養殖を始め、当時から徐々に中国向けの取り引きを行って養殖面積を拡大してきました。しかし、個人的にはもうハタの養殖はしないと思います。この仕事を続けるためには新しい方法を模索し、ハタに依存しない多様な養殖を行うことが何より重要です」

中国による禁輸措置は食品全体の70%以上に

中国に「平和共存」を呼びかける蔡英文総統 (2023年10月)

中国政府がこのような禁輸措置を頻繁に取り始めたのが、民進党の蔡英文政権になってからです。有名なのが「害虫が検出された」として、2021年3月から輸入が停止されたパイナップルでした。

中国側の狙いは何なのでしょうか。

パイナップルの禁輸措置を決めた当時、中国側は「安全上の正常な措置であり、科学的かつ合理的だ」という見解を示しました。

しかし、そうではないとみる向きも強いのが実情です。台湾のパイナップルの産地は、主に南部で、中国との関係を慎重にしようという姿勢を示す与党・民進党の支持者が多い地域です。中国側としては現政権を追い込むためにこうした措置をとっているという指摘も出ています。

禁輸はパイナップルや水産物のハタも含めて、台湾食品の70%以上にあたるおよそ2400件にのぼっています。(2022年12月時点)

高級果物の禁輸で野党支持者に揺さぶり?

さらに取材を進めると、2024年1月に行われる台湾の総統選挙を見据えた中国側の思惑も見えてきました。

中国による禁輸措置を受けている農産物の1つに「パイナップルシャカトウ」があります。「アテモヤ」という名前でも知られ、台湾を代表する高級フルーツです。

パイナップルシャカトウの実

そのほとんどが台湾東部の台東県で作られていますが、実はこの台東県、中国との関係改善を重視する野党・国民党の支持が根強い地域です。

15年ほど前に台湾から中国に「パイナップルシャカトウ」の輸出が始まって以降、台東県内での作付面積は10倍に拡大し、一大産地としてなりました。

しかし、2021年9月ー

中国側が「害虫が検出された」と主張し、全面的に輸出が停止されました。

国民党のパイプで“輸出再開”農家も

「仕事がなくなるように感じ、とても失望した」

こう話すのは「パイナップルシャカトウ」を栽培する地元の栽培農家、蔡鴻義さん。生活の危機に直面した蔡さんが頼りにしたのが、自らが支持する国民党の中国とのパイプでした。

2023年3月、蔡さんは、国民党の仲介で台東県の関係者などと中国に渡りました。北京では中国政府の担当者との面会も実現し、直接、輸出再開を訴える機会を得ました。

そして、その3か月後の6月、なんと蔡さんは輸出を再開できることになったのです。

蔡鴻義さん
「国民党は我々農民を常に気にかけ、力を貸してくれていると切実に感じられた」

蔡さんは、自身の国民党支持の思いをさらに強くしたようでした。

しかし、この間に何が起きていたのか。

中国国務院幹部(左)と面会した台東県長 饒慶鈴氏(右)

実は、蔡さんの中国訪問とともに、輸入再開の決め手となったのが、国民党に籍を置く地元自治体の首長の訪中でした。6月に台東県のトップで日本の県知事にあたる饒慶鈴県長が国務院の幹部と面会した数日後に禁輸措置が解除されたのです。

台東県長 饒慶鈴氏

饒慶鈴 台東県長
「台東県にとって、国民党とのパイプは非常に有効でした。我々の交渉なしに(禁輸の)問題の解決はできなかったでしょう」

国民党支持の明確化が条件?

取材を進めると、驚くべき実態も分かってきました。実は、前述の蔡さんのように輸出再開ができるようになった台東県の栽培農家はごく一部で、多くの人がまだ輸出を認められていないのです。

今回入手した栽培農家のリスト。ことし10月時点で、輸出を認められたのは台東県に1000戸以上ある農家のうち、わずか25戸にとどまっています。

輸出を認められた農家と、認められていない農家。その違いは何か。

洪偉鐘さん

息子2人と果樹園を経営する別の農家、洪偉鐘さんです。中国へ輸出できる農家のリストには入っておらず、輸出は認められていません。

洪さんによると、国民党の支持を明言した一部の農家だけが、恩恵を受けていると断言します。

洪偉鐘さん
「民進党が強い都市や支持者の農産物は現在中国に輸出できない状況です。これは明らかに中国による操作です。より公正かつ合理的な方法で対応することを望みます」

まさに中国は「踏み絵」のように禁輸措置を使い分けているようにもみえます。
こうした状況が続けば、有権者の政治への態度にも影響が及ぶ可能性もあると専門家は指摘しています。

台湾シンクタンク 中国研究センター主任 呉瑟致さん

台湾シンクタンク 呉瑟致さん
「中国の台湾政策によって政党に応じて差別的な扱いを行っていることは明らかです。禁輸措置は生産者の生計のみならず、台湾の政策や両岸関係にも影響を及ぼし、さらには生産者の政治的な態度にも影響を与えるでしょう」

取材後記

禁輸措置を通じて、台湾に揺さぶりをかけようとしている中国。こうした輸出入の規制などで相手国に圧力をかけ影響力を強めようとする行為は「経済的威圧」と呼ばれています。日本も福島第一原発の処理水の海への放出を理由に水産物の輸入停止措置を受けています。

ただ、こうした措置がどこまで中国側の思惑通り有利に働くかは、不透明です。というのも、今回、現地で取材をした水産物や果物の生産者からは、「販路として日本も検討したい」という声が聞かれるなど、中国依存から脱却する動きを後押しすることにもなるからです。

来年1月の台湾総統選挙は、11月24日に立候補の受け付けが締め切られました。野党一本化の動きもありましたが、結局、与党の民進党に加え、最大野党の国民党と野党第2党の民衆党の候補者が争う構図となりました。 総統選挙が近づく中、今後中国側の揺さぶりにも変化が出てくるのかどうか、じっくりと見ていく必要がありそうです。

(2023年10月14日「おはよう日本」などで放送)

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