2023年7月21日
台湾 中国 アメリカ 中国・台湾

中国と対峙する“世界最強” アメリカ海軍トップの決意とは?

「戦争に勝つ力を保つことは義務だ。しかし、今の私たちの狙いはその戦争を起こさせないことだ」。

台湾海峡や南シナ海などをめぐり、米中のせめぎ合いが激しさを増すなか、アメリカ海軍制服組トップが、NHKの単独インタビューに応じました。

アメリカ軍は中国軍にどう対抗していくのか。そして「台湾有事」にどう備えているのか。

発言から垣間見えたのは「中国に決して戦争を起こさせない」という決意でした。

(聞き手:ワシントン支局長 高木優)※7月11日インタビュー

ギルデイ海軍作戦部長とは?

話を聞いたのはマイケル・ギルデイ海軍作戦部長です。

アメリカ海軍 マイケル・ギルデイ作戦部長

およそ300隻の艦船と35万人の兵員を擁し、その練度の高さからも「世界最強」と言われるアメリカ海軍の制服組トップです。かつて、空母ロナルド・レーガンを中心とする空母打撃群の指揮官も務めていました。

アメリカ海軍は最強か? 中国海軍と比べた戦力は?

「確かに中国海軍の増強ぶりは目を見張るものがあります。

 そこは深刻に受け止めています」

ギルデイ作戦部長が、警戒感をあらわにしたのは中国の軍備増強です。

中国海軍は、急速にその戦力を増強していて、隻数でみればすでにアメリカをしのぎ世界1位です。また、アメリカ海軍情報局によると、中国海軍は2025年までに400隻、2030年までに440隻体制に増強される見通しです。

それでも、現時点で、ギルデイ作戦部長は、アメリカ軍の優位性は揺るがないと訴えました。

「アメリカ海軍は、非常によく訓練されたプロ意識の高い部隊であり、どの国にもない優位性を持っています。西太平洋地域で相当な抑止力を維持していると私は考えています」

その上で、アメリカは、海軍と海兵隊に多大なる投資を行っており、55隻が新規建造中で70隻が建造契約済みだとしています。

海上戦力の要・空母 米中の実力は?

台湾・フィリピン間のバシー海峡を通過する空母「山東」(2023年4月)

中国軍は、初の国産空母「山東」も参加して台湾周辺で軍事演習を実施するなど、台湾に軍事的な圧力をかけています。中国軍の空母の能力をどうみているのか聞きました。

「中国海軍の空母との比較で言えば、アメリカ海軍は運用能力の面で圧倒的に上回っています。
我々は1世紀にわたって空母を運用してきました。原子力を動力とすることで長期間、空母を洋上に展開させることもできます。新鋭空母ジェラルド・フォードは、今は地中海やヨーロッパに展開させていますが、このフォード級の空母をアメリカ西海岸に近い将来、配置します。
就役して50年近くになるニミッツ級の空母と入れ替えることで、戦闘能力を向上させます。対潜水艦作戦で格段に能力を向上させたフリゲート艦も2026年に配備されます。秘密裏に機雷を設置する大型の無人潜水艇の開発にも投資しており、今後数年以内に配備されれば、アメリカ軍にさらなる能力をもたらすことになるでしょう」

アメリカ海軍の新鋭空母「ジェラルド・フォード」

中国艦の行動をどう見る?

アメリカ海軍の駆逐艦の前を横切る中国海軍の駆逐艦(台湾海峡・2023年6月)

アメリカ軍の発表によりますと、台湾海峡では6月3日、中国海軍の駆逐艦が、アメリカ海軍の駆逐艦の前方わずか140メートルを横切る事態も起きています。

「危険でした。あの船の操り方は危険かつ、プロ意識に欠ける行為です。少なくとも高度な力を持つ海軍に期待される行動とは言い難いものでした。われわれの艦長は、中国艦の不規則な動きに対し、きぜんとした正しい対応をとりました。あのような状況下では高いプロ意識を持ち、予見可能で、かつ断固とした対応をとる必要があります」

中国の究極のねらいは?

台湾海峡周辺や南シナ海などで活動を活発化させる中国軍。その行動から見える、究極的なねらいについてギルデイ作戦部長はこう分析しました。

「中国は、法に基づく国際秩序を中国に有利なかたちにできないかテストし、変えていこうとしているのではないか。国際秩序に対する中国の考え方は、ほかの国々とは違います。私たちは世界的に認知されている国際法を引き続き順守していく必要があります」

「台湾有事」は起きるのか?

軍事パレードに参加する 中国 習近平国家主席(2019年)

アメリカの情報機関が「習近平国家主席が中国軍に対し、2027年までに台湾侵攻の準備を整えるよう指示した」とのインテリジェンス(情報)を明らかにしました。「台湾有事」は起きるのか聞きました。

「情報機関による発表を非常に重く受け止めています。アメリカ軍は中国の軍事力の近代化の行方に大いなる注意を払っています。それは通常兵器にとどまらず、核兵器、宇宙軍、サイバー部隊など多岐にわたります。台湾有事がいつ起きるのか、タイムラインを示すことは容易ではありません。ただ、現時点で、台湾有事が起きることを示す兆候はありません」

台湾有事に向けた アメリカ海軍の最優先事項は?

「台湾有事」をめぐり、アメリカ海軍が優先していることがあると言います。

「重要なのは、高いレベルでの即応態勢を維持するとともに、アメリカだけでなく日本やそれ以外の同盟国や友好国との集団的な戦力を近代化し続けることです。われわれは、2027年であろうと2030年であろうと、1日たりとも即応できない日があってはなりません。戦争に勝つ力を保つことはわれわれ軍の義務ですが、本当のねらいは、戦争が一度たりとも起きないよう抑止することにあります。」

戦争を防ぐためのカギは? ①日本など同盟国との関係強化

海上自衛隊とアメリカ海軍による共同訓練(2023年3月)

最優先事項は「戦争を起こさせないこと」と語るギルデイ作戦部長。そのためには、同盟国、とりわけ日本との連携が重要だと訴えます。

「われわれは日米関係は西太平洋地域の安定の礎だと考えています。アメリカ軍と自衛隊は相互運用能力をいっそう向上させるべきです。この関係は今後さらに強化されていくことは確実です。海上自衛隊が(アメリカが開発した)イージス艦をすでに30年運用しているという事は重要であり、日米のあいだの高いレベルでの信頼関係を物語るものです」

戦争を防ぐためのカギは? ②中国軍との意思疎通

懸念されているのは、アメリカ軍と中国軍を結ぶホットラインの行方です。去年8月に当時アメリカ議会下院の議長だったペロシ氏が台湾を訪問したことに中国側が反発して以降、遮断されたままです。偶発的な出来事がきっかけとなり、両軍の衝突につながることを心配する人も多くいます。

台湾の蔡英文総統と会談する アメリカ ペロシ前下院議長(2022年8月)

「ペロシ氏が去年、台湾を訪問して以降、中国海軍の活動は活発になっていると見ています。両国間で何か摩擦が生じた時のことを考えると、軍どうしで、もっと日常的に話ができ、いつでもつながるラインがある方が良いです。意思疎通ができない状況下でやってはならないのは“相手の心理”を読み取ろうと努めることです。状況をより難しくします。われわれが頼るべきは、いま何が見えていて、相手側の部隊がどうふるまっているのかという目前の事実です」

そして、軍どうしの意思疎通を再開するためには、外交当局どうしの対話も重要だと言います。

北京を訪れ習近平国家主席と会談する アメリカ ブリンケン国務長官(2023年6月)

「アメリカと中国の両国政府間の高いレベルでの対話が続いていることは前向きに受け止めるべきです。ブリンケン国務長官やイエレン財務長官が北京を訪問し、この秋には米中の首脳が会談する可能性もあります。対話の機会は増えており、両国間の関係改善を進める上での土台になります。軍と軍のホットラインが通常の形に戻る日がいずれ来ると見ています」

海軍トップが語る 国益を守る最善の道とは?

インタビューの最後、ギルデイ作戦部長は、国益を守るためには、軍事的手段以外にも重要なことがあると語りました。

「われわれは『国の主権と繁栄』を守れるのか、常に確かめなければなりません。アメリカと日本の経済は、海上輸送による貿易に大きく依存しています。強い軍事力を持つことは安全保障と経済的繁栄の両方を確実なものにする上で重要です。それと同時に、中国を含む関係国とのあいだで、外交的な議論を前向きな形で進めていくことも重要です。強い軍事力を保持する一方、建設的な対話、人と人との関係、経済的な結びつきを強化していく。これらはすべての国にとって利益となるはずです」

取材後記

11隻の原子力空母を持ち「世界最強」と言われる海軍の制服組トップゆえ、台湾有事について話を向ければ、中国への対抗心をあらわにするのではないかと想像していたが、答えはその逆だった。ギルデイ作戦部長の口をついて出たのは、外交や対話の大切さだった。

そして、軍人が常在戦場であることは当たり前であって、本当にやらなければならないのは「戦争を防ぐための力」を持つことであるという姿勢は一貫していた。

米中両国は軍事力、経済力ともに世界1位と2位の大国どうしであり、もしも台湾海峡で軍事的に衝突すれば、世界に計り知れない打撃を与える。一度戦争が始まれば容易には終わらないことはウクライナでの戦闘を見ても明白だ。

海に囲まれた台湾で有事となれば海軍が確実に戦闘の一翼を担うことになる。海軍幹部として重い責任を日々感じているからこそ出る言葉なのだと受け止めた。

ギルデイ氏の話を聞き、「抑止力」という言葉の意味を改めて考えさせられた。

(ワシントン支局長 高木優)

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