
2024年1月にも行われるとみられている台湾総統選挙。
去年11月に行われた統一地方選挙では与党・民進党が“大敗”し、蔡英文総統が党のトップ、主席を辞任しました。選挙までおよそ1年となる中、与野党の候補者選びも本格化しています。
習近平国家主席が台湾統一への強い意欲を示す中、中国との関係はどうなるのか。
中国への警戒が高まっている台湾の現状を取材しました。
(国際部記者 石井 一利)
台湾の総統選挙とは?
台湾の総統選挙は1996年に初めて直接投票で行われ、それ以降4年に1度行われています。
毎回、中国との関係が大きな争点となり、激しい選挙戦が繰り広げられてきました。選挙の結果は、中台関係のみならず、東アジアの安全保障や国際情勢に大きな影響を及ぼしてきました。
過去7回行われた総統選挙では、民進党と国民党が政権交代を繰り返しています。
このうち民進党は中国からの独立志向が強いとされ、2016年からは蔡英文総統が政権を担ってきました。
一方の国民党は中国との関係改善を重視する立場です。

与党・民進党の有力候補は対中強硬派?
次の総統選挙の民進党の最有力候補は、辞任した蔡英文総統に代わって主席に就任した頼清徳副総統です。

頼氏は首相にあたる行政院長などを歴任したあと、蔡総統が2期目に入った2020年5月から副総統を務めています。
副総統に就く前に「自分は現実的な台湾独立工作者だ」と発言するなど、「一つの中国」原則を認めない民進党の中でも対中強硬派と見られていて、中国側も警戒を強めています。
ただ、主席就任にあたって開いた記者会見では「台湾はすでに主権独立国家だと現実的に位置づけている。改めて台湾独立を宣言をする必要はない」と述べ、中国との関係や台湾の将来については「蔡総統の路線を続ける」と明言しました。
中台関係についての慎重な言動がアメリカの信頼を得ているとされる蔡総統の路線の継承を強調した形です。
野党・国民党の有力候補は?
対中融和路線だとされる最大野党・国民党でも総統選挙に向けた動きが活発化しています。

総統選挙の有力候補としては、朱立倫主席のほか、統一地方選挙で圧勝した新北市長の侯友宜氏などが取り沙汰されています。
ただ、まだ国民党内では、正式に候補者が決まっておらず、今後、候補者の絞り込みに向けた動きが本格化するとみられます。
そのほか、台北市長を務めた柯文哲氏や、大手電子機器メーカー「ホンハイ(鴻海)精密工業」の創業者の郭台銘氏などの名前も取り沙汰されています。
統一選が総統選挙に影響する?

去年11月に行われた統一地方選挙では22の県と市のうち、民進党が桃園など3つの市長ポストを失ったほか、台北市長の奪還にも失敗。現地メディアは「民進党の大敗だ」などと伝えました。
ただ、この結果が1年後の総統選挙に直結することはないとみられます。
総統選挙では、地方選挙と違って中国との関係が大きな争点になるからです。
前回の統一地方選挙も民進党は大敗しましたが、そのあとの総統選挙では蔡総統は史上最高得票で再選を果たしました。
中国の習近平国家主席が一国二制度による台湾統一に言及したことや、香港で起きた激しい抗議活動などが民進党への追い風となったのです。
統一選の結果に中国側はどう反応した?
中国国営の新華社通信は「民進党が負けた」結果を評価しました。その上で、独立志向が強いとみなす民進党の蔡英文政権をけん制する、中国政府の台湾政策担当者のコメントを伝えています。

中国 国務院台湾事務弁公室 朱鳳蓮報道官
「結果は『平和と安定を求め、よい生活を送りたい』という主流の民意を反映したものだ。われわれは引き続き多くの台湾の同胞と団結し、両岸関係の平和で融合した発展をともに推し進め『台湾独立』の分裂勢力と外部勢力の干渉に断固として反対する」

中国の習近平国家主席は台湾の統一地方選挙の前、去年10月の党大会で「決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」などとして台湾統一への強い意欲を示しています。
民主主義陣営の一員だという意識があるとされる台湾の人たちが今後、どのような選択をするのか、関心が集まっています。
緊張高まる台湾海峡 懸念されているのは?
中国などが偽情報や不確かな情報を拡散して世論や選挙に影響を与えようとすることへの警戒が強まっています。
台湾のNPOがインタネーットやSNSの情報を分析した結果、去年11月に行われた統一地方選挙の期間中、真偽が疑わしい情報がおよそ3か月間で2900件に上りました。
中には「投票箱は底から中が見えるようになっている」などと選挙で不正が行われているといったような情報もあったということです。
台湾海峡めぐる偽情報も
去年8月に中国軍で東シナ海を管轄する東部戦区が中国のSNS上に投稿し、その後、中国の国営メディアなどが伝えた画像も“偽情報”だとされています。
投稿されたのは、中国軍の兵士とみられる男性が艦船の上から台湾の島と軍艦を見ているような、こちらの写真。

台湾の民間団体「台湾ファクトチェックセンター」が専門家などと分析を行ったところ、写真に写っている男性や船の輪郭がはっきりしすぎているなど不自然な点が多く、合成写真の可能性が高いとして“偽情報”だと発表しました。

中国側が「中国軍は、台湾の近くまで行くことができる」などと宣伝するために発表したのではないかと見られています。
しかし、専門家は、情報が偽物だとわかったとしても、多くのものは「中国との関係を特定するのは容易ではない」と指摘します。

台北大学 沈伯洋 准教授
「偽情報の一部は、中国とつながりがある組織などが台湾社会の混乱や分断を目的に意図的に発信しているとみている。しかし、情報伝達の手段が、文字や画像だけでなく、ネット上での中継など多様になっているなか、情報の背景に中国があると特定することは極めて難しい」
台湾有事に備えた動きも
衛星を通した通信網の整備を進めることが計画されています。
台湾は四方を海に囲まれているため、主に海底ケーブルを通して海外との通信を行っていると指摘されています。外部からの攻撃などによって、その海底ケーブルが切断されるなどした場合、外部との通信に大きな支障をきたすことが懸念されています。

台湾で2022年8月に発足したデジタル発展部の初代トップに就任した唐鳳氏(とう・ほう)、英語名オードリー・タン氏は「ロシアによるウクライナへの侵攻の状況をみて、台湾としても多元的で強じんな通信網を整備する必要がある」という認識を示しています。
ウクライナでは、ロシアによる攻撃で通信設備などが破壊されながらもアメリカ企業が提供した衛星通信網が活用され話題になりました。
中国の軍事的な圧力も高まっているなか、台湾当局は衛星を利用した通信サービスを今後、本格的に整備する方針です。
ただ、台湾の軍事専門家からは海外で低軌道衛星を使ったインターネット通信サービスを提供している欧米企業のなかには中国政府と関係が近い企業もあるため、有事の際、通信が遮断されるなど懸念があるとの指摘もあります。
このため、本格的なサービスの開始に向けて台湾当局は慎重な審査を行う方針で、台湾では有事を強く意識した通信網などの整備が今後、進められます。