2022年7月11日
香港 中国

【今の香港で起きていること⑦】「何をしても親中派が勝つ選挙」それは”儀式”なのか

※この記事は2021年12月20日に公開したものです

2021年10月末。香港では選挙戦がスタートした。議会にあたる「立法会」の議員選挙に向けて、立候補の受付が始まったのだ。

まったく違う選挙

選挙は2020年9月に行われるはずだったが新型コロナを理由に1年延期され、その間にまったく新しい選挙制度が、中国の主導で定められていた。

定数90に対して立候補したのは153人(立候補の条件に満たず1人失格)。
街なかにはさっそく候補者の顔写真が刷られた横断幕が張られ始めたが、選挙戦が盛り上がっているとは言いがたかった。

誰もが選挙のことを興奮気味に話題にしていた2年前の区議会議員選挙とは明らかに雰囲気が異なり、私の周辺で「選挙に行く」という人は、親中派支持を明言している人以外にはいなかった。

多くの人の反応はこうだ。

何の意味があるの。結果は見えているでしょ。

日本で投票に行かなかった人たちも同じように言うかもしれない。

「自分の一票で何が変わるのか」と。

しかし香港の状況は大きく異なる。そもそも誰もが公平に1票を投じることの出来る日本とは、前提となる選挙のしくみが全く異なるからだ。

投票を呼びかけるキャンペーン

ややこしい!

香港の選挙制度は難解なパズルだ。ややこしすぎて、原稿を書くときに何度も投げ出しそうになる。選挙制度の見直しによってそのパズルはさらに複雑になった。

まず定数90の議席には3つの「枠」がある。

一般市民の有権者、約450万人が直接投票で選ぶことが出来るのは、20議席。

残る70議席のうち、「法律界」や「金融界」といった業界ごとに代表を決める「職能別」の枠が30議席。

そしてこれから説明する「選挙委員」枠の40議席。
選挙委員というのは、香港政府トップの行政長官を選ぶ権限を持つ人たちで、1500人いる(欠員や重複で実際はこれより少ない)。

今回の制度変更で新たに設けられた40議席の「選挙委員」枠は、この選挙委員だけが選ぶことができる。つまり、1500人の有権者が全体の半分近い議席を決めるのだ。
しかも選挙委員には、さらに強大な権限が与えられることになった。

すべての立候補者はこの選挙委員からの推薦が必要になったのだ。

そしてその選挙委員には、民主派が1人もいない。
多くの人が今回の選挙の結果について「やる前から見えている」と言うのは、投票日当日より3か月前に選出されたこの選挙委員によって、大勢がすでに決まったと言ってもいいからだ。

民主派を支持してきた友人は、立法会議員選挙のことを「『選挙』に見せかけた『儀式』にすぎなくなった」と切り捨てた。

立法会議場

選挙のカギを握る「選挙委員」

時を少しさかのぼる。2021年9月19日、選挙委員の選出が行われた。
選挙委員は業界や団体別に代表を選ぶが、中国本土とのつながりの強い、企業や組織の意向が反映されやすい。そしてその「有権者」は約8000人。香港の人口750万人の0.1%にすぎない。

しかも中国が任命する全人代=全国人民代表大会の香港代表など、自動的に割り当てられている委員の枠も多く、実際の投票で決まるのはわずか364人しかいなかった。一般の市民は関与できないから当然、関心も薄い。

選挙委員選挙の様子

選挙委員選挙の当日、支局近くの国際展示場に設けられた投票所を見に行ってみた。訪れる人もまばらな入り口には、中国本土のメディアの姿が目立ち、投票に訪れた人が「よりよい香港の未来のために投票したい」などと誇らしげにインタビューに答えていた。

会場内には広々としたプレスセンターが設けられていた。記者たちは選出された人たちが集まって歓声を上げるのを遠目で見ているだけ。もっと熱気に包まれるとの想定だったのか、会場の冷房が異様にきいていた。地元新聞の記者と顔を見合わせて冷え切った体をさすりながら、私は明け方まで喜ぶ人たちの姿を遠巻きに見ていた。

結局、選挙委員のうち、みずからを「中間派」だと称した1人をのぞき、全員が政府を支持する親中派となった。これまで全体の3割近くいた民主派がいなくなり、12月の立法会議員選挙に、民主派の選挙委員の推薦を受けて立候補することは不可能なことが決定的となった。

この状況で民主派の政党は、いずれも立法会議員選挙への候補擁立を断念した。もともと多くの政治家がすでに勾留中で、選挙に参加することは困難だった。最大政党の民主党の代表は、苦悩にみちた表情でこう話した。

民主党・羅健煕代表

民主党・羅健煕代表
「私たちには立法会議員だった党員が何人もいますが、今は拘置所の中です。実刑を言い渡された人、起訴されて保釈中の人もいます。党員の区議会議員は80人以上がいましたが、もうほとんど残っていません。出馬しようという人自体がいないのです」

立候補した「民主派」

12月の立法会議員選挙は、民主派のいない選挙戦になるのかと思われた。それでは中国政府も香港政府も困るのだろう。制度の変更は、民主派、政府に反対する特定の人たちを排除するものではない、と繰り返していたのだから。

新聞に今度は「民主派は選挙に背を向けるべきではない」などと親中派のコメントが掲載されるようになった。

結局、自らを民主派と称する候補が少なくとも6人、名乗りをあげた。この中には親中派から立候補を促されたと明らかにする候補もいた。民主派でも親中派でもない中間派の候補もあわせると、10数人が親中派の選挙委員から推薦を受けて立候補した。

中国政府の高官はさっそく、「多様な政治的背景や幅広い意見を持つ人たちが参加した民主的な選挙になる」と胸を張った。

「この選挙区唯一の民主派候補です」
選挙戦も中盤にさしかかった12月初め、劉卓裕 氏(45)は、そう言ながらビラを配っていた。2019年のデモをきっかけに政治家を志すまで、政治に関心はなかったという。19年11月の区議会議員選挙でベテランの現職を破り当選。その後、政府に忠誠を尽くすと宣誓を行い、資格を剥奪されることなく区議会の議席を守った。

議会から民主派が誰もいなくなる事態を避けるべきだと考え、「直接投票」枠から立候補を決意したという。推薦してくれる選挙委員は自分で探し出して確保したと明らかにした。

劉卓裕 氏

劉卓裕氏
「当初いろいろなつてをたどって選挙委員に連絡を試みましたが、無視されました。でもビジネス関係の友人が推薦者を見つけてくれたのです」

劉氏は選挙戦の期間中、独自の候補を擁立しなかった民主党に支援を求めたが、党としての支援は得られなかったという。民主派を支持する市民からは、劉氏のような候補の存在が「選挙が正当だと強調したい政府や親中派に利用されるだけだ」などと、冷ややかな反応も向けられていた。

香港のシンクタンク(香港民意研究所)が11月29日から12月2日にかけて行った調査では、民主派の支持者の86%が「候補の中に支持したい人がいない」と答えた。

劉卓裕氏
「今回の選挙に民主派が出るべきではないという考えもありますが、この先の4年間、議員が誰もいないことは社会にとっていいことでしょうか。すべての民主派の代表にはなれないかもしれません。でも私は間違いなく民主派です」

「当選のチャンスはあると思う」。そう言っていた劉氏だったが、議席を獲得することはできなかった。

あきらめの中でー

「選挙の日は仕事をして過ごします。誰が当選するかなんて気にしません」

11月下旬、スポーツインストラクターの黄子希さん(40)は苦笑いをしながら話していた。私が最初に会ったのは、民主派の政治家ら47人が国家安全維持法違反に問われた裁判が行われた日だった。

47人は、2020年9月に行われるはずだった立法会選挙に向けて候補者を絞り込むための予備選挙を実施したことが、「国家政権の転覆を狙った」と見なされて逮捕、起訴されている。

起訴された民主派政治家

もし起訴されていなければ、そしてもし選挙制度が見直されることがなかったとしたら、民主派の有力候補としてこの選挙に出ていた可能性が高い人たちばかりだ。

黄さんは被告たちに声援を送りたいと裁判所に来ていた。「彼らがもし選挙に出ていたら、どうしていましたか」。そう尋ねると黄さんは「彼らに投票するに決まっているでしょう。そして選挙運動を手伝っていたと思います」と即答した。

黄子希さん

黄子希さん
「彼らは香港をよくしたいと努力していただけなのに。彼らに投票することはもうできなくて、代わりに私ができるのは裁判を聞くだけ。本当に自分は無力だと思います」

黄さんはかつて、民主党の区議会議員の秘書を務めていたことがあった。それ以来、ずっと民主派の政治家を応援してきたという。いろいろな社会の矛盾や問題の解決のため、働いてくれると信じていたからだと話した

黄子希さん
「これまで投票を欠かしたことはありません。投票しなければ、あとから文句を言えないと思っていました。でも今回は、本来選挙に出るべき人がみんな拘束されています。勝手に制度を変更され、何をしても親中派が勝つ選挙です。こんなふざけたゲームにつきあう気になれません」

「自分たちの意志を反映するすべがないのなら、『儀式』だというしかない」友人の言葉には、一時、民主化に希望を抱いた人たちの深い無念の気持ちが込められているように思えた。

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