2023年3月20日
サウジアラビア イラン 習近平国家主席 中国 中国・台湾 中東 注目の人物

動きだした中国 習近平氏の“仲介外交” 中東に続きロシアでも?

山水画を前に、にこやかに手を取り合う3か国の高官。

異例の3期目として、習近平氏が国家主席に再選されたまさにその日。北京から国際社会を驚かす知らせが飛び込んできました。中国の仲介によって、中東で覇権を争ってきたイランとサウジアラビアの関係が正常化すると発表されたのです。

さらに、習主席が20日からロシアを訪問すると発表されました。中国政府はウクライナとの和平交渉について「建設的な役割を果たす」としています。

にわかに動き出した大国の“仲介外交”。その行方と本気度に世界の関心が集まっています。

習近平3期目選出直後に“仲介”を発表

賛成2952票、反対ゼロ票。

3月10日午前11時前、北京の人民大会堂で、習近平国家主席は全会一致で再選されました。揺るぎない権力基盤を内外に示し、中国で初めて国家主席として3期目に入った瞬間でした。

再選後に宣誓する 中国 習近平国家主席(2023年3月10日)

人民大会堂でその瞬間に立ち会っていた外交を統括する王毅政治局委員は、その日、別の祝賀式典に出席しました。

大きな山水画の前で記念撮影に応じる王氏。その両脇に立っていたのは、中東のイランとサウジアラビアの高官でした。

そして、中国の仲介のもとで7年間断絶していたこの両国の外交関係が正常化することになったと発表したのです。

中国とイラン、サウジアラビアによる会合(2023年3月10日)

王氏は「われわれは頼れる仲介者として責任を忠実に果たした」とその成果を誇示。

習主席が3期目入りしたまさに初日から、“仲介外交”が動き出した形となりました。

中東2つの地域大国 対立の経緯は

仲介外交の舞台となった中東において、イランとサウジアラビアの対立は地域の緊張を生んできました。

ペルシャ湾をはさんで向かい合うイランとサウジアラビアはともに産油国です。地域大国とも言われ、互いが経済的・政治的な影響力を周辺国に対し駆使して、覇権争いを続けてきました。

さらに、同じイスラム教の国ではあるものの、宗派も違います。イランがいわば「シーア派を代表する国」であるのに対し、サウジアラビアは「スンニ派を代表する国」です。

対立が決定的になったのは、2016年1月でした。サウジアラビア政府が、国内では少数派のシーア派の宗教指導者を処刑しました。

それに対して、シーア派の信者が大半のイランで反発の声が高まり、首都テヘランでは、サウジアラビア大使館が襲撃される事態に発展。両国は外交関係を断絶しました。

襲撃されるテヘランのサウジアラビア大使館(2016年)

世界のエネルギーの安定確保を揺るがす対立

両国の対立は、世界のエネルギー市場に影響を及ぼしたこともあります。

2019年、サウジアラビア東部の石油関連施設が攻撃を受け、サウジアラビアの原油生産が大きく低下。この攻撃にイランが関与しているとサウジアラビアは主張しましたが、イラン側は否定しています。

攻撃を受けたサウジアラビアの石油関連施設(2019年)

日本は実に輸入する原油の9割を、サウジアラビアなどペルシャ湾沿岸の国々から輸入しています。この地域の情勢は、日本のエネルギーの安定確保にも直結する問題です。

対立が生んだ代理戦争 「世界最悪の人道危機」も

実は「世界最悪の人道危機」とも言われるイエメンでの内戦にも、イランとサウジアラビアの対立の影響が及んでいます。

空爆による被害を受けたイエメンの首都サヌア(2016年撮影)

イエメンでは、2015年からサウジアラビアが支援する政権側と、イランが支援する反政府勢力「フーシ派」との間で内戦が続いています。事実上の「代理戦争」とも言われ、食糧不足や医療崩壊が起きています。

合意のあと、フーシ派の報道担当者は、NHKの取材に対し「中国の仲介は喜ばしいことだ」としつつも「サウジアラビアとの対立はまだ続いていて、人道状況が改善されない限り、軍事作戦を続ける用意がある」と語っています。

インタビューに応じるフーシ派の報道担当者

予断を許さない状況は続きますが、今回の合意によってイエメン内戦が終結に向かう機運が高まるかも焦点です。

仲介は習主席の発案?

今回、どのような経緯で、中国がイランとサウジアラビアの仲介に乗り出すことになったのでしょうか。

イランのアブドラヒアン外相は「この話は、習主席がサウジアラビアを訪問する前に、われわれと共有してくれたアイデアがきっかけだ。そして今度は、イランのライシ大統領が北京を訪問した際に、習主席がサウジアラビア側との会談の内容を教えてくれた」と話しています。

イラン アブドラヒアン外相

中国みずからが仲介役を名乗り出たという説明ですが、実際、習主席は去年12月、サウジアラビアを訪問し、サルマン国王やムハンマド皇太子と会談しています。

サウジアラビアを訪問し ムハンマド皇太子の出迎えを受ける習主席(2022年)

そして、先月(2月)にはイランのライシ大統領が中国を訪問し習主席と会談していました。

“中国頼み”だったイランとサウジアラビア

イランとサウジアラビア両国とも、仲介者としての中国を必要としていた背景があります。

その1つが経済です。イランは、敵対する欧米からの制裁を受けて通貨が最安値を更新し続けるなど経済が苦境にあえぐなか、中国は原油を輸出できる数少ない国です。

イランの首都テヘラン

一方、サウジアラビアにとっても、中国は原油の輸出先の2割余りを占め(調査会社ライスタッドエナジー)国別で最も多くなるなど、最大の貿易相手国です。

中国とサウジアラビアの関係に詳しい専門家は、中国が仲介役を担えたのは、両国がエネルギーを軸に関係を深めてきた結果だと指摘しています。

中国とサウジアラビアの関係に詳しい シャルジャ大学 柴紹錦さい しょうきん 准教授

柴 准教授
「サウジアラビアと中国の互いの利益が一致していることが背景にある。中国にとっても、エネルギーの安定供給のほか、巨大経済圏構想『一帯一路』を推し進めるために、スエズ運河やアフリカへのアクセスが良いサウジアラビアは有望な市場として期待されている。両国への経済を通じた関係強化は今後も拡大すると思われ、中国の存在感は高まるだろう」

いずれも人権問題抱える3か国

今回の外交関係正常化の共同声明では「内政には干渉しない」という文言が盛り込まれていて、アメリカへのけん制とも受け止められています。

中国とイランだけでなく、親米的とされてきたサウジアラビアも、いまアメリカとの確執を抱えています。

サウジアラビアの首都リヤド

中国は、台湾、香港、新疆ウイグル自治区などをめぐる問題があります。イラン政府の抗議デモへの対応、そして、サウジアラビアの著名ジャーナリストの殺害について、アメリカは人権上の問題として繰り返し非難しています。

トランプ前政権時代に親密な関係を築いたサウジアラビアとアメリカがバイデン政権になって冷え込んでいる点も、中国の仲介につながったと指摘されています。

アメリカ外交にも影響か

今回の合意には、アメリカに加えイスラエルへのけん制もあると指摘する人もいます。

テヘラン大学 ササン・カリミ講

カリミ講師
「イラン、そしておそらくサウジアラビアも、中国という“より強い力を持つ国”を仲介者として必要としていたのだと思う。中国が後ろ盾になれば、この合意を快く思わないであろうアメリカやイスラエルも合意を壊すことはしにくくなるだろう」

今回のイランとサウジアラビアの関係正常化によって、想定外の立場に置かれたのがイスラエルです。

イスラエルはイランと敵対する中、アラブ諸国との関係改善を進めています。アラブの盟主であるサウジアラビアについても国交正常化が実現するかどうかが注目されていました。

イスラエルからみれば、今回の関係正常化は敵国のイランがそのサウジアラビアに接近した形となりました。また、イスラエルとサウジアラビアの関係改善を後押ししていたアメリカにとっても複雑な状況で、今後アメリカの中東政策の出方にも影響すると専門家は指摘しています。

イスラエル・テルアビブ大学 ウズィ・ラビ教授

ラビ教授
「イスラエルが進めてきたアラブ諸国との関係正常化の流れにとっては大きな痛手です。ただ、アメリカは外交的な反撃として、改めてアラブ諸国とイスラエルの国交正常化をいっそう推し進めてくる可能性もある」

“中東における覇権交代”

元外交官で、三菱総合研究所の中川浩一主席研究員は、今回の中国による仲介について「近年の中東における政治的な難問の一つであったイランとサウジアラビアの関係正常化を、今回、中国が仲介したことは、中国が中東で経済のみならず、政治的な影響力も有したことの証左だ。中東における事実上の覇権交代を意味し、歴史の転換点とも言える」と分析します。

三菱総合研究所 中川浩一主席研究員(元外交官)

アメリカは近年、中東地域への関与を大きく減らしています。かつてはアフガニスタンやイラクなどに多くのアメリカ軍の部隊が駐留していましたが、次々と撤退・縮小させました。

また、エネルギー分野をみても、アメリカ国内でシェールガスの生産が拡大していることなどを背景に、サウジアラビアなど湾岸諸国からの原油の輸入量は減少を続けています。

中国政府は「いわゆる“空白”を埋めるという考えはない」と否定していますが、中東地域でアメリカの影響力の低下が指摘される中、中国の存在感が高まる形となりました。

中国が提唱する“グローバル安全保障イニシアチブ”

3期目の習主席のもとで、中国はどう動くのか。

王毅 政治局委員
「今後も、世界の焦点となる問題で建設的な役割を担い、大国としての役目を果たしていくつもりだ」

中国の王毅政治局委員は、イランとサウジアラビアの外交関係正常化を明らかにした式典で、さらなる仲介外交にも意欲をうかがわせました。

今後の中国外交のカギとなりそうなのが、習主席が掲げる「グローバル安全保障イニシアチブ」です。

このイニシアチブでは、各国の主権と領土の一体性を尊重し、他国への干渉をしないことや陣営を組んで対決しないことなどをあげています。先月、秦剛外相がこのイニシアチブの「コンセプトペーパー」を発表しました。

その演説のなかで「中東問題で、イランとサウジアラビアを含む地域の国家が安全対話を行い、自主的に各国の利益に配慮した安全の枠組みを作ることを歓迎・支持する」と述べました。

すでにイランとサウジアラビアという国名を具体的に挙げて、仲介への意欲をうかがわせていたのです。

中国 秦剛外相

“ウクライナ危機解決に中国の知恵を” 習主席の本気度は

実は、この演説で、秦外相は、別の国の名前にも言及しています。ウクライナです。

秦外相
「ウクライナ危機を政治的に解決するため、中国の知恵を提供する」

中国は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻から1年となる2月24日に「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題した文書も発表しています。

「すべての当事者が対立を激化させず、ロシアとウクライナが互いに歩み寄ることを支持する」として、直接的な対話をできるかぎり早く再開して全面的な停戦を実現するよう呼びかけています。

そして、イランとサウジアラビアの関係正常化が発表されてから1週間後の3月17日、中国とロシアの両政府は、習主席がロシアのプーチン大統領の招きに応じて、20日から22日までロシアを公式訪問すると発表しました。

中国外務省の汪文斌おうぶんひん報道官は会見で「和平交渉を促すために建設的な役割を果たす」と強調しました。

習主席のロシア訪問を発表する汪文斌おうぶんひん報道官(2023年3月)

また、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルは、習主席がロシア訪問のあとにウクライナのゼレンスキー大統領とのオンラインの会談も計画しているとも伝えています。

イランとサウジアラビアの関係正常化に続いて、ロシアとウクライナの間の仲介外交に本格的に乗り出すのか。

共産党と国のトップとしていずれも異例の3期目に入った習主席がどのような外交を展開するのかに関心が集まっています。

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