2022年12月16日
習近平国家主席 中国 注目の人物

「忍耐の限界」 中国式“法治”で奪われた生活

「人間として生きる権利を“法治”に奪われ、忍耐の限界を超えた」

「ゼロコロナ」政策に対する抗議活動が相次いだ中国。新型コロナウイルスのほかにも、中国独自の“法治”システムのもとでは、法律をつかさどる弁護士ですら拘束や監視の対象となりえるのが実態です。

大切な家族との時間を奪われた弁護士やその家族を取材しました。

(広州支局長 高島浩 / 中国総局 松田智樹)

夫と連絡途絶えたまま2年

「夫とは2年以上連絡が途絶えています。夫は、国家の転覆をはかるような行為を何かしたのでしょうか。私には理解できません」

元弁護士の妻 陳紫娟さん

中国南部・広東省で暮らしていた陳紫娟ちん しえんさんの夫は弁護士でした。

しかし、2年ほど前に、突然、当局に拘束されたあと、連絡がとれなくなりました。その後、夫は国家政権転覆罪で起訴され、弁護士の資格も剥奪されました。

夫である常瑋平じょう いへいさんは、これまで強制的な立ち退きで土地や家を奪われた市民など厳しい立場に置かれた人たちの弁護を担当してきました。

陳紫娟さんの夫 常瑋平さん

時に当局との対決もいとわない「人権派弁護士」と呼ばれ、たびたび拘束もされてきました。市民の政治参加や社会の改革を訴える「新公民運動」のメンバーの弁護にも携わっていました。

SNSで“拷問”を告発 当局に拘束される

「毎日24時間、10日間、極端な拷問で、私の右手の人差し指と薬指は今でもまひしていて、感覚がありません」

常さんは、2020年10月、SNSに動画を投稿し、過去の自分に対する当局の取り調べの実態を告白しました。しかし、動画での訴えから6日後、常さんは再び当局に拘束され、家族と引き離されることになったのです。

常さんはSNSで取り調べの実態を告白

奪われた日常 深夜0時に警察が自宅に

常さんの拘束後、妻の陳さんへの監視も厳しくなりました。深夜0時すぎに警察が自宅にやってきて、尋問することもあったといいます。

陳さん
「子どもが寝静まっている深夜に、ドアをドンドンとたたいてくる。家族をおびえさせるのが警察の目的なのかもしれません」

さらに、警察が陳さんの職場に来ることも増えました。陳さんの上司や同僚がいる前でも尋問することもありました。

陳さんの行動も監視対象となっていて、別の地域に行こうとすると、警察が陳さんの上司に連絡し、「休暇を申請しているのか」、「行き先を申告しているのか」などと細かく調べました。問題があると警察が判断すれば、引き返すよう命じられることもあったといいます。 

陳さんが夫の裁判へ向かうのを妨害する警察官

庶民は自由を奪われた“羊”「未来はもっと悪くなる」

夫との時間を失い、警察に監視される日々。陳さんは、中国の人権をとりまく現状について、涙ながらに語りました。

陳さん
「今の中国の市民は“羊”、共産党の幹部たちは“羊飼い”なんです。私たちは彼らに囲われた羊なんです。言うことを少しでも聞かない羊や、しっかりとひざまずかない羊は連れ出されて殺されるだけです。この国では、公平や正義のために、声をあげることは許されていません。国の未来はもっと悪くなるとしか思えません」

陳さんは息子とともにアメリカへ

私たちが取材をしてから2か月後。陳さんの姿は、もう中国にありませんでした。

2022年10月下旬、陳さんは1人息子とともに、アメリカに渡っていたのです。スパイの監視や取り締まりなどを行う地元の当局から捜査を受けたことで、みずからも拘束されることに恐れを抱き、国を離れる決断をしたといいます。

渡米後の陳さんと息子

陳さん
「中国に残した親に会えなくなるのがさみしくてならない。でも、いつか、夫、そして家族との再会を信じている」

渡米後、陳さんにとって意外だったことが起きました。中国各地で多くの若者が参加して「ゼロコロナ」政策に反発する抗議活動が相次いだのです。

白い紙を掲げ「ゼロコロナ」政策に抗議する人々(北京・2022年11月)

ただ、わずかな変化を感じつつも、安心して中国に戻れる状態にはほど遠く、陳さんは今後、異国の地アメリカから、中国の人権状況の改善を訴えていく覚悟です。

「中国式“法治”は西側とは違う」

2012年に、習近平国家主席が共産党のトップに就任してから徹底してきたのが「法治=法による統治」の強化です。

「法治」と書かれた看板(北京・2022年10月撮影)

中国の憲法ではそもそも「共産党の指導のもと」国家を運営することが規定されています。共産党の一党支配が大前提で、党やトップの習主席の権威に傷をつけるような事態を防ぎ、安定を維持するために“法治”があるわけです。

中国では「習近平法治思想」を推進するとして、法律を用いて習主席に対抗する勢力や批判につながる動きを徹底的に抑え込むと繰り返し強調されてきました。

習主席もみずから「共産党の指導が中国の”法治”の魂であり、それが西側の資本主義国家との最大の違いだ」と主張しています。

共産党大会で演説する習近平国家主席(2022年10月)

共産党のトップとして異例の3期目に入った習主席は、5年に1度の共産党大会でもこの“法治”を徹底する姿勢を示しています。

「法律は当局の道具」 恐怖心を覚える人々

「法治国家としての中国は、10年後退した。法律は当局の道具になっている」

そう語るのは、弁護士だった余文生よ ぶんせいさんです。

元弁護士 余文生さん

余さんは、2018年1月、子どもを学校に連れていこうと自宅を出た際、当局に取り囲まれ、突然拘束されました。国家主席を複数の候補者から選挙で選べるように憲法を改正すべきだなどとする提言をインターネットで発表したことを問題視されたとみられます。

拘束の数日前には、弁護士資格を剥奪されていました。その3か月後、余さんは国家の転覆をあおった罪で起訴され、懲役4年の判決を言い渡されました。

2022年3月に刑務所から出所しましたが、長期間取り調べを受け、利き腕の右手が思うように動かなくなりました。

尋問に使われた部屋は、自殺を防止するために壁や窓が発泡スチロールで覆われ、深夜になっても明かりを消してもらえませんでした。トイレに行くにも3人の警察官がついてきました。睡眠を十分とれないまま、取り調べ中は鉄製のいすに座らされ、手は常にしばられました。「死んだほうがましだ」と思うほど劣悪な環境だったといいます。

余さんが見せてくれたのは、資格を剥奪された弁護士のリストでした。

余さんの弁護士仲間が1人1人の状況を確認して名前を書き足してきたリストです。そこに名前が挙げられた弁護士はこの10年で少なくとも40人。実際にはもっと多くの弁護士が処分を受けているとみられます。

こうした状況を受け、最近では敏感な事案を引き受けたがらない弁護士が増えているといいます。

このところ、中国各地で相次いだ「ゼロコロナ」政策への抗議活動について、余さんは「“法治”が『ゼロコロナ』政策を通して、国民から人間として生きる権利を奪った結果、人々の忍耐が限界を超えたのだと思う」と受け止めています。

余さんは、いま、中国の法をめぐる現状、さらには国の将来に懸念を深めています。

余さん
「法律は言論の自由を保障しているはずです。しかし、法律が道具になって人々を縛っています。いま実際に人々の心を占めているのは恐怖心です。このような状況が続くのならば、私たちはこの国の未来を想像することはできません」

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