2022年12月1日
中国

「あなたは北京に帰れません」“ゼロコロナ”政策続く中国の現実

厳しい行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策に対して、首都北京や上海などで大規模な抗議活動が起きた、中国。

市民の不満は、相当に高まっているようです。

ところで、“厳しい行動制限”ってどれだけ厳しいのでしょうか?

中国総局でカメラマンをしている私は、実際に行動制限を受けたので、リアルな「ゼロコロナ」政策の一端を報告します。

(中国総局カメラマン 海津悠紀)

突然、スマホに…

「データによると、あなたは新型コロナウイルスの感染リスクのある地域にいた可能性があります」

11月6日、私のスマートフォンのアプリに突然、警告メッセージが大きく表示されました。

スマホに届いた感染リスクを知らせる警告メッセージ

そのメッセージを受け取った時、私は、北京から南に約2000キロ離れた広東省の珠海(※)という都市にいました。中国最大規模の航空ショーが開催され、展示される中国軍の最新鋭の戦闘機や軍事用ドローンを取材で撮影するためです。

そんな中受け取ったメッセージ。私の頭に真っ先に浮かんだのは次のことでした。

「ヤバい、家族が待つ北京にしばらく帰れなくなるかも…」

※珠海
カジノで有名なマカオに隣接していて、夏には大勢の海水浴客で賑わう都市

厳しく規制される北京との往来

私の頭にそんな危惧がすぐに浮かんだのには理由があります。

中国では徹底して新型コロナの感染を抑え込む「ゼロコロナ」政策が続けられています。

営業停止する北京市内の飲食店

特に、習近平国家主席をはじめとする指導部がいる北京では、市外との往来が厳しく規制されているんです。

各地では、新型コロナの感染リスクがないことを証明する「健康コード」と呼ばれるシステムが導入されています。このシステムは、スマートフォンのアプリを通じて、通信記録などを元に、持ち主の行動を把握して、感染リスクを自動的に判定します。

陰性であることが確認されれば「異常なし」と表示される

北京では「北京健康宝」と呼ばれる健康コードが運用されていて、感染リスクの判定について市当局は「ビッグデータを活用している」と胸を張っています。

もし、北京の市外にいる時に「北京健康宝」のアプリに警告メッセージが表示されれば、北京行きの飛行機や鉄道に乗ることはできません。滞在先の都市や地区で過去1週間に1人でも症状のある感染者が出れば、自分のアプリに警告メッセージが表示され北京に戻れないとされるほどの、厳しい対策です。

なぜ、警告メッセージが表示された?

「ビッグデータを活用して」私のアプリに警告メッセージが出たのでしょうか?

ただ、私には思い当たる節がありませんでした。

私が取材で滞在したのは珠海市香洲区。北京からは飛行機を使って航空ショーが行われる3日前までに現地入り。メディア関係者は毎日PCR検査を受ける必要がありました。

また、人口112万人の香洲区では、過去1週間に市中感染は確認されていませんでした。

私のアプリに警告メッセージが表示されたのは、香洲区に到着してからわずか12時間後。

疑問に思い、私と同じように北京から出張していたメディア関係者に聞くと、警告メッセージが出ている人もいれば、出ていない人もいました。

みんな条件は同じはずなのに、なぜ?

私の運が悪いだけなのか、それとも…。

調べてみると…

納得いかないのでいろいろ調べてみることに。

すると、私のようにアプリに警告メッセージが出たことで北京に戻れない人が相次いでいることがわかりました。

中国に進出している日系企業で作る団体「中国日本商工会」が11月にアンケート調査の結果を公表していました。

回答した97社のうち、約88%の企業で警告メッセージが原因で「隔離を命じられたり、北京市への訪問が認められなかったりする従業員が存在する」ということです。

また、約96%の企業が「事業活動に悪影響がある」とも回答していました。

自由記述欄には、こんな声も紹介されていました。

「北京に戻れない状態が1か月続いている」
「運用が不透明」

1か月も帰れない…。

一瞬、ぼう然としましたが、家族と約束した用事があったことを思い出し、なんとかすることができないのか慌てて検討することにしました。

メッセージは解除できる

調べてみると、北京に戻るためには、アプリの警告メッセージを解除する必要があるとのことでした。

そして、北京の当局が運営する「北京12345」というアプリを使って中国語で申請すれば、解除できるようでした。

「北京12345」のコールセンター(2022年2月撮影)

早速そのアプリに滞在先や利用した交通機関を入力し、PCR検査の陰性証明などを添付して申請しました。すると半日ほどたって、次のような“結果”が届きました。

「あなたは1週間以内に感染リスクの高い場所にいました。しばらくは北京には来られません。感染リスクのある場所を離れ、1週間経過する必要があります」

繰り返しになりますが、香洲区では1週間、症状のある感染者はいないことを確認しています。

「北京12345」に寄せられる申請は人工知能(AI)が処理しているということでしたが、到底納得できませんでした。

改めて解除を申請。今度は、抗議文も添えて。

すると、数時間後「申請が通過した」というメッセージが。

AIには、抗議文が有効だったのか…?

「上が決めたことだから」

それから半日後、無事帰れると安心した気持ちで、航空ショーの取材をしていた時でした。私のスマートフォンに1本の電話がかかってきました。

取材した航空ショー

まさにショーの取材の真っ最中。轟音が鳴り響く中電話を取ると、「北京12345」の担当者だといいます。

「1週間の“自宅での健康観察”を条件に、警告メッセージを解除する」

電話の向こう側にいる声の主は、確かにこう言いました。

中国で「自宅での健康観察」と言うと、不要不急の外出は認められず、事実上の隔離を意味します。

その後、今度は私が住んでいる地区の防疫担当者からも電話がかかってきたので、「感染者がゼロの地域に滞在しているのに、なぜ1週間も“隔離”されなければならないのか」とついつい不満を言ってしまいました。

すると、その担当者は次のように言いました。

「上が決めたことだから私にはよくわからない。条件を受け入れなければ、メッセージは解除できない。解除できないと、あなたは北京に帰れません」

科学的に判断されているのだろうか?

私と同じように警告メッセージが出て解除の申請をしたメディア関係者の中には、3日間の“隔離”でよかったという人もいました。

当局は「AIを使って科学的に判断している」としていますが、そもそもなんで警告メッセージが表示され、なんで申請したら解除できて、なんで“隔離”の期間がばらばらなのか。

「上が決めている」とあの担当者は言っていたが、「上」とは誰なのか。

本当は、現場の裁量で決めているのでは?そんなことまで考えてしまいます。

中国日本商工会のアンケートに書かれていた「運用が不透明」という言葉の意味が、よくわかりました。

感染対策の見直しはいつ?

航空ショーは6日間に渡り開催され、のべ21万人あまりが会場を訪れました。

大勢の人が訪れた航空ショー

一方で、北京では感染対策を理由に、大型のイベントが相次いで中止されています。

北京に住む知人の多くは、10月に開催された中国共産党大会が終われば、厳しい感染対策も緩和されるだろうと、期待感を持っていました。

しかし、党大会が終わっても習近平指導部は「ゼロコロナ」政策を継続する姿勢を強調しています。その代わり感染対策の「合理化」を進めるとして、入国者や濃厚接触者に義務づけていた施設での隔離期間を短縮するなど、対応を見直しました。

それでも知人の中には、厳しい対策が続くことに失望感が広がっていて、国外での就職を考え始めた人もいます。

そして11月下旬以降、新型コロナの感染者数が過去最多を連日更新する中、中国国内では「ゼロコロナ」政策に対して各地で抗議活動が起きています。

「ゼロコロナ」政策を続けても感染者を「ゼロ」にすることはできない現状。

一方で、感染対策として急きょ集合住宅で住民の出入りが禁止されるなど、3年近くにわたって続く厳しい行動制限。

北京や上海などでは抗議活動に集まった人たちが「自由がほしい」などと訴えています。

共産党の一党支配のもと厳しい言論統制が敷かれる中国で、政府の政策に反対する抗議活動が各地で一斉に行われるのは極めて異例です。

それだけ今の中国では、「ゼロコロナ」政策に対する市民の不満が高まっているのです。

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