2022年5月31日
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中国・上海 ゼロコロナのリアル 徹底した隔離生活の実態とは?

「寝耳に水」だった中国・上海の大規模な外出制限。
当初は食料が十分に届かず、SNS上では「餓死してしまう」といった悲鳴も。
隔離生活は60日を超えました。
NHK特派員が直面した「ゼロコロナ」のリアルとは。

(上海支局 小林崇、柳原章人)

小林の隔離

「都市封鎖はすべきでない。世界経済にも影響を与えてしまう」

上海市当局の会見でこう強調されたのは3月26日。そのわずか2日後、当局は突如、方針を180度転換。本格的な外出制限に踏み切りました。まさに「寝耳に水」でした。

カメラマンの私(小林)が住む日本人の多い西部・虹橋地区でも、4月1日から外出制限が始まりました。当初の予定は5日間。しかし、一足先に始まった東部では外出制限が延長されていたため、額面通りに5日で解除されると受け止める人は少なく、できるだけ食料を確保し長期戦も覚悟しました。

しかし、隔離は想定をはるかに上回り60日を超えました。

食料調達に必死だった4月

隔離中に配給された食料

外出制限が始まった当初、まず食料の確保が最優先となりました。

当局からの配給は1週間に1回あるかないか。

ただ、子ども2人を抱える4人家族なので、配給される食料は2日ほどで食べきってしまいます。

配給の中には、「ニワトリ丸ごと1羽」が入っていた時もあり、扱いに困りました。

配給とは別に野菜や肉を手に入れるには、毎朝6時から始まるネットスーパーの争奪戦に参加する必要があり、妻は早朝からスマホで商品を選び「支払う」をひたすら選択。しかし、多くの配達員が隔離されるという人手不足の中、注文は毎回あっという間に締め切られ、購入できない日が続きました。

1回当たりの食事の量を減らし、子どもを説得しておやつも我慢してもらう日が続きました。
配給が受けられたのはましな方で、こうしたサービスが行き届かない地域では当時、SNS上で「餓死してしまう」といった悲鳴も。

「ウイルスではなく当局に殺されてしまう」などと当局への批判はマグマのようにたまり続け、物資を求める住民と当局側がもみ合う動画も出回る中、私も底知れない不安を感じました。

助け合いで乗り切るしかない

物資を消毒

こうした非常事態に直面する中、日本人が多い私のマンションでは住民どうしがSNS上で連絡をとりあって物資の共同購入を始めました。

大量に発注し配送を一度にまとめれば、注文を受け付けてくれるスーパーや食品メーカーがあったからです。

住民はボランティアを結成し、共同購入した物資を消毒したうえで、各家庭に振り分ける作業も行いました。

寄付コーナー

また、私のマンションでは、生活物資などを持ち寄って物々交換を行ったり、余った食料などを寄付したりするコーナーも設置され、その後、物資の調達の問題は5月に入り徐々に改善しました。

陽性者が1人出ると隔離延長で「無限ループ」も

しかし、上海で起きていた問題は、物資の調達だけではありませんでした。

病院に行くためには、当局の外出許可が必要です。さらに、多くの医療機関は通常の診療体制を維持できず、適切な治療が受けられずに、住民が亡くなったケースも伝えられました。

当時、マンションの関係者から「救急車を呼んだら、500人待ちだった」という話も聞きました。急に体調を崩したときに病院に行けるだろうか。小学生2人の子を持つ親として心配な日々が続きました。

外出できない子どもたちは、家の中を動き回ります。けがでもしてしまったら大変なので、ささいなことでも何度も注意せざるをえず、親子ともストレスがたまりました。部屋から一歩も出ることができず、終わりが見えない状況にも精神的・肉体的に疲弊しました。

中国では陽性者が1人でも出ると、マンションの棟ごと10日以上は封鎖されます。私のマンションでも4月下旬に感染者が確認され、その13日後に再び感染者が出ました。感染者が出るたびに隔離が延長され、部屋から一歩も出られない状態が続くという意味で、「無限ループ」という言葉が日本人の間で広まりました。

強制隔離の恐怖

「これ以上陽性者が出ると、マンションの棟の全員が隔離施設に移送される可能性もある」

5月中旬、住民の不安をあおるような通知がマンションの管理者から送られてきました。

中国では、感染者の濃厚接触者だけでなく、濃厚接触者のそのまた接触者も隔離の対象となります。さらに、地区の当局者の判断によっては、感染者が出たマンションの棟の住民全員が隔離施設に移送されるケースも出ていました。

隔離施設へ移送されるバスの車内

私たちが取材したある日本人女性は、マンションで感染者が確認されたため、本人は陰性だったにもかかわらず、ほかの住民とともに強制的に隔離されました。

当初は隔離を拒否したものの、「警察に連行されるだけだ」と説得されてやむをえず従ったということです。防護服を着せられ、バスで連れて行かれたのは上海から数百キロも離れた別の都市のホテルでした。

ベッドなどが十分に清掃されておらず、ダニに刺されたような症状が出るなど衛生的には厳しい環境だったといいます。

幸い私のマンションではその後、感染者は出ておらず、隔離施設に送られることもありませんが、制限開始前の生活に一刻も早く戻ってほしいと切に願っています。

柳原の隔離

一方、記者である私(柳原)も同様の厳しい隔離生活を送ってきましたが、光も見えています。

この2か月で受けたPCR検査は20回あまり。私のマンションでは4月23日を最後に、感染者は確認されていません。

5月に入ってからは、マンションの敷地内に限って外出が認められ、仕事の合間に子どもと散歩などを楽しめるようになりました。

52日ぶりに外出し買い物も ただ制限付き

敷地外に出るには外出許可証が必要

さらに22日には、周囲およそ数キロの範囲に限って、マンションの敷地外に出ることも認められました。それも半日限定でしたが敷地外に出るのは52日ぶりで、それまでうっ屈していた気持ちが急に解き放たれたように感じたのを覚えています。

ただし、スーパーでの買い物は各家庭1人に限定。時間も1時間以内で、購入額も日本円で1万円を超えないよう制限されました。

店内の品ぞろえはふだんよりやや少なかったものの、想像していたよりも充実していて、自分の目で商品を選び購入できることがこれほどありがたいことなのかと身に染みて感じました。

取材も兼ねていたため、妻を説得して私が買い物に出かけ、トマトなどの野菜や、長期間外出ができていない3才と5才の子どものために、おもちゃやパズルなどを購入しました。

大通りの住民たち

街なかには散歩する人たちの姿も見え始めていましたが、当時は外出許可は地元当局側の判断次第で一度しか許されず、自宅周辺の飲食店などの店舗も、ほとんどが営業を停止した状態でした。

ただ、多くの人たちに不自由を強いながらも、長期にわたる徹底した対策が効果を表したのか、ピーク時には1日あたり2万人を超えていた感染者数は29日には、100人を下回っています。

ついに上海市の当局は5月30日夜、2日後の6月1日から感染者が2週間以内に確認されなかった地区などで外出を認める方針を明言。6月中に社会を正常化させると強調しました。

ゼロ目指す中国 廃校に隔離された経験も

感染を徹底して抑え込む「ゼロコロナ」政策を続ける中国。上海でも去年は、感染者が連日ゼロの日が続き、私も取材先や友人たちとほぼ制限なく会食を楽しむなど、その恩恵を受けていました。

ただ、「ゼロコロナ」の徹底ぶりを思い知らされたこともありました。

去年秋、濃厚接触者と同じ飛行機に搭乗したとして、出張先の四川省の地方都市で突然、隔離されることになったのです。

連れて行かれたのは、山奥にある廃校を急ごしらえで整備し直した隔離施設。

廃校の隔離場所

ソファーやテレビが設置され、Wi-Fiも使えましたが、エアコンはなく、ほこりっぽい部屋で快適とはほど遠い環境に衝撃を受けました。

隔離は3日間で済みましたが、まさかその後、さらに強力な措置を体験することになるとは・・・。

ゼロコロナ貫く中国

世界各国が「ウィズコロナ」に舵を切る中、なぜ中国は個人の自由を厳しく制限し、経済への負担も大きい「ゼロコロナ」を堅持するのか。

中国の研究チームは、感染対策を急激に緩めれば全国で1億1000万人以上が感染し、死者はおよそ160万人に上る可能性があるという論文を発表しています。

中国政府もこうした論文などを根拠としながら、医療体制が脆弱なことを率直に認め、「ゼロコロナ」政策こそ、国民の命を守り社会の安定を確保するために必要だと強調しています。

習近平主席(2022年3月 全国人民代表大会)

かたくななまでに「ゼロコロナ」にこだわる理由の1つとして指摘されているのは、習近平国家主席の実績と結びつけられてきた点です。

習指導部は「ゼロコロナ」政策によって、武漢での感染拡大を抑え込み、世界に先駆けて経済をV字回復させたと自画自賛してきました。また、こうした政策を実行できることこそ「共産党体制の優位性」だとして、一党支配を正当化するための根拠として利用してきたのです。

ただ、上海では2400万人もの住民が長期の外出制限を強いられ、「限界だ」などとして政策転換を求める声も上がっています。また物流網の混乱によって、世界のサプライチェーンへの影響も現実化しています。

WHO=世界保健機関のテドロス事務局長も「持続可能とは思えない」と疑問を呈するなど、国際社会ではむしろ中国の「ゼロコロナ」をリスクと捉える声も出ています。

しかし、こうした情報は中国のSNSで次々と削除されるなど、当局は神経をとがらせています。さらに習指導部は「中国の感染対策を否定する言動と断固戦う」として異論を許さない姿勢です。そこには、習主席がことし後半の共産党大会で党トップとして異例の3期目入りを目指すためにも、新型コロナ対策で足元をすくわれるわけにはいかないという、政治的野心も見え隠れします。

しかし、今回の上海の混乱ぶりを経験した身としては、「ゼロコロナ」はかえって政策の柔軟性を失わせ、習主席の求心力向上にはつながっていないのではないかというのが実感です。

中国最大の経済都市・上海。その日常生活が戻る日を待ちわびながら、「ゼロコロナ」の行方を冷静にウォッチしていきたいと思います。

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