台湾有事、台湾の半導体、さらに、台湾の総統選挙…
最近ニュースで「台湾」に関する言葉を目にする人も多いと思います。
でも、そもそも台湾って?台湾と中国の関係って?総統選挙って重要なの?
国際ニュースを理解する上で知っておきたい台湾に関する基礎情報を法政大学の福田円教授に解説してもらいました。
(国際部記者 木村隆太)
話を聞いたのは台湾の事情に詳しいこの方
台湾政治や台湾と中国の関係に詳しい法政大学法学部の福田円教授です。2005年から2007年にかけて、台湾の台北市にある政治大学に留学していた経験もあります。
(以下、福田教授の話)
台湾って?
台湾ってどんなところ?
台湾は、沖縄とフィリピンの間ぐらいに位置しています。台湾本島とその周りにあるいくつかの離島から成り立っている地域を「台湾」と呼んでいます。台湾本島の大きさはだいたい九州ぐらいで、形はさつまいもみたいだとよく言われています。
どれくらいの人が住んでいるの?
2300万人※くらいですね。
※日本の人口は約1億2400万人で、台湾は日本の人口の18%ほど。
台湾と中国 どんな関係?
中国と台湾、つまるところ、どういう関係?
これは一番難しい問題です。
中国(中華人民共和国)は「台湾は中華人民共和国※の領土の一部だ」とずっと主張しています。ただ、戦後は中国と台湾を違う政府が治めている期間がもう70年以上続いているんです。特にこの30年ぐらいの間、台湾では、自分たちは中国と違うという人々の認識が強まっています。
※中華人民共和国
1949年に、中国共産党を率いる毛沢東が北京にある天安門で建国を宣言した。
台湾のお金は中国のものとは別?台湾のパスポートってあるの?
台湾には「中華民国※」という政府があり、その政府の下で中国とは違う政治の仕組みがあります。通貨やパスポートも自分たちのものを持っています。客観的にみて「国」としての条件は備わっているし、台湾の人たちは自分たちのことを「中華民国」と言ったり、「台湾」と言ったり、国だと思っています。
ただ、国際的には「国」だと承認している国はすごく少ないんです。いま、台湾を「国」だと認めている国は13か国しかありません。日本も「国」とは認めてないですよね。中国から見たときに台湾は「国」ではなく「自国の一地域だ」ということになり、多くの国や国際機関がそうした中国の主張を、一定程度、認めています。台湾は国連にも加盟していなくて、台湾をめぐる状況は非常に曖昧です。
※中華民国
1912年に南京で成立が宣言された。その後、清朝最後の皇帝が退位し、300年近く続いた清朝の時代が終わった。
「中華民国」は今もあるの?
今も台湾の政府の名前は「中華民国政府」で、台湾の憲法は「中華民国憲法」なんですね。台湾でみんなが国旗や国歌と呼んでいるものは中華民国が中国大陸時代から持ってきたものです。
実は、50代以上の人たちは、中華民国のイメージが民主化の前の独裁政権と結びついているので、国旗や国歌を嫌う傾向があります。要するに、台湾にもともといた人たちはそういうものを嫌い、戦後に中国大陸での内戦※に敗れて、中華民国政府と一緒に台湾へ渡った人たちはそれが一番大事だと思ってきたわけです。一方で、最近の若い人たちは自分たちを「台湾人だ」と認識しています。台湾の国旗や国歌が中華民国のものだということはあまり抵抗なく受け入れられています。
※内戦
国共内戦のこと。1945年に日本が戦争に敗れると、中国大陸ではアメリカが支持する蒋介石率いる国民党とソ連が支持する毛沢東率いる中国共産党が政権をめぐって戦った。蒋介石率いる国民党は敗れて台湾へ逃れた。
蔡英文政権は「自分たちは中華民国でもあり、台湾でもあり、中華民国台湾だ」という言い方をしています。それは2つが渾然一体となった実情をそのまま受け入れればいいじゃないかという考え方で、多くの人に共感されていると思います。
少し前の時代だと「台湾にある中華民国」という言い方をしていたのですが、それだと中華民国がメインで、台湾は場所に過ぎないという意味です。その後、台湾人意識が強まってきて、中国との分断も長くなってくる中で、「中華民国」と「台湾」がだんだん同等のものになってきて、「どちらも自分たちの姿だよね」と人々が割と自然に受け入れるようになってきていると思いますね。
台湾と中国の人は双方、自由に行き来できるの?
1980年代くらいまでは行き来できない時代がありました。その後、台湾から中国への移動はかなり自由にできるようになりましたが、定期的な船や飛行機の直行便は2008年までありませんでした。2008年以降は中国から台湾にだんだんと人が来るようになりました。例えば、留学生とか観光客とか限定された形で許可が下りた人が台湾に行けるようになりました。
現在でも完全に、自由に人びとが行き来できるわけではありません。
台湾の人たちは「台湾人」それとも「中国人」?
これも難しいんです。台湾の人は長らく「中国人である」とか「中国人でもあるし台湾人でもある」と考えている人が多かったんですね。なぜかというと、台湾の人たちのルーツは中国大陸にある人が多かったからなんです。中国にもルーツがある、だけど住んでいる場所は非常に長い間台湾になっているという意味で、「中国人でもあるし台湾人でもある」と考える人が多かったんです。
ただ、最近は中国との関係が緊張したり、中国と台湾の社会がますます違ったものになってきたり、若い人たちの中では自分たちは「台湾人だ」と考える人が多くなってきたりしています。
台湾での世論調査で「自分は何人だと思うか?」という設問に対し、「中国人」「中国人でもあるし台湾人でもある」「台湾人」の選択肢のうち、「台湾人」を選ぶ人が増えています。「中国人ではないと思っている」または「中国人である自分よりも台湾人である自分がメインだ」と思っているからそうした選択をするのだと思います。
台湾と中国で話している言葉は違うの?
中国にもたくさん方言があります。そのうち、中国で共通語とされているのはいわゆる「北京語」で、台湾でも「国語」または「華語」と呼んで共通の言葉として使っています。
共通語のルーツは、台湾と中国で一緒です。だけど、台湾では中国と分断されている歴史が長いので、例えば漢字が違います。それから、外来語をどう表現するかも中国と台湾でかなり違います。今では言い方の違いを比較できる専門の辞典もあります。
台湾ではそれ以外に「台湾語」という言葉もあって、これは福建省の方言から始まって、その後日本の統治時代※とか、長い歴史の中で少しずつ人びとの生活にあわせて変化していった言語です。また、台湾は多民族・多言語社会ですので、原住民の言語、客家と呼ばれる人たちの言語など多様な言語があります。
※日本統治時代
1895年から1945年までの日本が台湾を統治した期間。日清戦争(1894年~95年)で日本は清朝と下関条約を締結し、台湾などを割譲された。日本による統治は太平洋戦争の敗戦まで続いた。
漢字が違うって、どう違うの?
例えば、「学」や「国」という漢字ですが、左が中国で使われている簡体字、右が台湾で使われている繁体字です。
なんで中国と台湾で漢字に違いがあるの?
繁体字はもともと中国大陸でも使われていた漢字だったんです。戦後、中華人民共和国では、多くの人が文字を書けるようにという目的で簡体字を使うようになりました。つまり、中国で使われる文字が簡単なものになっていきましたが、台湾では、中国と分断されていたために、昔の文字が残されたということになります。
「1つの中国」ってニュースで見るけど何?
中国には「中華人民共和国」の政府があり、台湾には戦後、台湾を統治してきた「中華民国」の政府があり、これはもともと中国大陸にルーツがありました。どちらもそれぞれ違う中国なんだけど、どちらも「自分たちは中国だ」と言ってきたわけなんですね。その後、台湾が1990年代に民主化して、台湾の政治制度が自由なものになっていく中で、中国はだんだん台湾が中国から離れていくんじゃないかと思ったわけです。だから中国側は「やっぱり自分たちはもともと1つの国だよね」ということを強調するために「1つの中国」ということを主張しているんです。それがいまの状況です。
「1つの中国」という主張に対して日本やアメリカは?
多くの国は中華人民共和国の主張を100%認めているわけではありません。だけど、戦後の歴史の中で中国との関係を持つときに、中国としては「台湾も自分たちの一部だよ」ということをある程度認めてくれないと、国と国との関係を持てないという立場を強く持っていました。
そのため、いわゆる当時の西側諸国の主要国、例えばアメリカだったら、そのことを「認識している※」と言ってみたり、日本の場合は「理解し、尊重している※」と言ってみたりする形で、一定程度は認めているんですね。だから、多くの国は台湾を国として認めていないんだけど、現実の関係はあるという、非常に曖昧な状況を続けているわけなんです。
ただ、国際社会であまり台湾と関係が深くない国、例えば、中央アジアや中東の国などの中には、中国の「1つの中国」という主張を100%認める国もだんだんと増えてきています。
※アメリカ
アメリカは、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として「承認」(recognize)するとした一方で、中国は一つであり、台湾は中国の一部であるという中国の立場については、「認識」(acknowledge)するとした。(1978年・米中共同声明などより)
※日本
日本政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを「承認」するとした一方で、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることについて、日本国政府は、中華人民共和国政府の立場を「十分理解し、尊重」するとした。(1972年・日中共同声明より)
ニュースでは「1つの中国“原則”」と「1つの中国“政策”」という言葉を聞く。意味はいっしょ?
違います。
「1つの中国」原則というのは中華人民共和国の主張です。「台湾は中国の一部である」ということが中心的な考えです。
「1つの中国」政策というのは、アメリカなどがとっている立場です。中国が言っている「1つの中国」原則を一定程度は認めるけど、現状としては台湾と中国は別々だということを前提に政策を決めていきますよ、それぞれの裁量で台湾とも関係を持ちますよ、というところが「1つの中国」政策なんです。
あと「92年コンセンサス」という言葉もあります。これは中国と台湾の間にあるとされるコンセンサスです。中国の立場は「1つの中国」原則ですが、そのままでは台湾の人は受け入れられないわけです。台湾は「中華人民共和国」の一部じゃないと思っているわけです。だけど、自分たちが「中華民国」だということは受け入れられるわけですね。その「中華民国」は、もともとは「中国」ですよね。だから「92年コンセンサス」というのは、お互いが「中国だ」ということは主張するけど、「1つの中国」原則の中国の立場も、「中国という意味は中華民国」という台湾の立場もお互いに黙認しましょうね、というものです。
台湾と中国が1つにならない理由は?
1つになってはいけないということではないんですよね。中国の政府や人々も、台湾の政府や人々も、納得すれば1つになることは構わなかったわけですし、これからも構わないわけです。ただ、そういう機会が訪れないまま今に至っているということになると思いますね。
中国の内戦で負けた中華民国政府が台湾に移って、そこで戦ったり、お互いにいろいろな宣伝をして相手に降伏を呼びかけたりしました。ただ、結局、1つにならなかったわけです。世界は当時、冷戦中で、台湾側はアメリカから支援を得て自分たちの政権を保つことができたわけですよね。その後、1970年代にアメリカと中国が和解した時も、台湾の政府が「もう分かりました、じゃあ自分たちも中国と統一します」といえば、その時に統一したわけですけど、そういうふうにはならなかったですね。台湾の中華民国政府は、自分たちの政府を保ったまま台湾で少しずつ自分たちが変わって、民主化を進め、台湾に根付いた政府になることを選んだわけです。
今これだけ中国の力が強くなっていて、仮に台湾の人たちが望むのであれば統一してもいいわけですけど、そうはならないんですね。経済的には中国の力が非常に強いけど、分断の歴史が非常に長い中、違った政治体制があります。やはり台湾の人たちにとって重要なのは、民主主義や自由な社会が保てるのかどうかです。今の中国と一緒になったらそうはならないわけで、それを非常に強く拒絶した結果として、1つにはならないということなんですよね。これは中国と台湾の歴史そのものだと思います。
日本とアメリカが台湾と「国」としてお付き合いしていたことは?
1970年代より前ですね。
その後、日本やアメリカが中国(中華人民共和国)を選んだのはなぜ?
当時、台湾の中華民国政府も中国の中華人民共和国の政府も「どちらか一方としか付き合わないでくれ」ということを言っていたんですね。相手と付き合うんだったら関係を断絶しますという立場で、中国か台湾のどちらかを選ばないといけなかったわけです。
日本やアメリカは1960年代までは台湾を選んできたわけですが、1970年代に中国との関係を正常化しようとなった時に、台湾とは国と国との関係を持たずに、実質的な関係だけを続けることになりました。民主化後、台湾は外交方針も大きく変わり、台湾側は「どちらか一方を選んでほしい」と言わなくなったわけですけど、中国はいまだに絶対に両方を選ぶことはできないという立場で、多くの国がそれを尊重しなければいけないということですね。中国は各国に対してもですが、国連などの国際機関に対しても同様のことを求めています。
国連でのかつての台湾って?
1971年までは中華民国が常任理事国で、国連の「中国代表」だったわけです。ただ中華人民共和国もたくさん人口がいる大きな国だし、1960年代には核保有国になっていたので、その中国を国連に入れるべきだという声が次第に高まってきました。1971年に国連に中国を加盟させる議案が国連総会で可決された時、台湾の中華民国の代表は「それなら自分達は今後は国連には参加しない」と言って国連に来なくなってしまったんですね。
いまは台湾は国連でどういう立場?
今の台湾は国連に代表権はありません。ただ、人道的な考えからWHO(世界保健機関)などいくつか重要な国連の下部機関に間接的に参加できる仕組みになっています。オブザーバー参加と言いますが、総会の時に毎年台湾に招待状が届いて呼ばれていく形です。ただ、近年では中国の国連システムへの影響力がすごく強まっています。例えば、今の台湾の政府は中国政府との関係が良くないので、今の政権になってからは台湾への招待状が届かなくなってしまいました。
今も台湾を国として認めているのはどういう国?
太平洋諸国や中南米諸国がほとんどで、あわせて13か国です。台湾にとって重要だという面もありますが、アメリカにとって重要だというところも強いです。不思議な話かもしれませんが、アメリカは台湾と正式な国交はないものの、戦略的に重要な、地域の小さな国に対して台湾と外交関係を続けるよう働きかけているんですね。そういう地域で、中国の影響力が強まると困るという考え方が背景にはあると思います。
総統選挙って何?
総統選挙が2024年1月にある。これは重要?
すごく重要ですね。一党独裁体制の歴史もあって、台湾では総統が持っている権限が強いです。総統を4年に1度、しかも人々の直接選挙で、完全な多数決で選ぶわけですから、すごく重要な選挙です。台湾の人たちも重要だと思っています。
日本の選挙とは違って、台湾では直接、トップの総統を選びます。有権者の候補者に対する見極めがすごく厳しいし、関心がすごく高いです。どういう人が候補者になるかによって、結果が全然違ってしまう。それは有権者がちゃんとその政治家のことを判断しているということですね。
過去の台湾の総統選挙はどういう傾向?
台湾の総統は2期8年までしかできませんが、民主化後、これまでは8年ごとに総統が所属する与党が変わる形で続いてきています。
総統はどんな仕事をするの?
台湾は「半大統領制」という政治制度です。台湾の総統はアメリカで言えば大統領に相当し、台湾を代表する存在で、軍を統括する権利も持ちます。総統は、行政院の行政院長という日本でいえば首相に相当する人を任命し、総統府の総統を中心とした「方針の決定」と、行政院長を中心とした「政策の決定と執行」という形をとります。
大きな方針を決めるのは総統府です。総統は行政院長を任命する権利があり、その行政院長が行政院をきちんと運営していく責任を負います。どういう政策決定のスタイルをとるかは総統によって違いますが、蔡英文総統の場合、総統府の意思決定のほかに、総統府と行政院、行政院と立法院(議会)の連携を重視していました。それぞれの組織を横断する会議が増えたと言われています。
それから外交においても海外から来る要人と会ったり、外交関係がある国を訪問したりするのは総統の仕事です。日本でも首脳外交が重要だという議論がありますけど、台湾で首脳外交をするのは誰かといえば、総統です。
総統選挙、どんな人が立候補しているの?
与党の民進党からは、現職の副総統の頼清徳さんが立候補しています。もともとは医師で、台南市長を務めた後、蔡英文政権の1期目は首相にあたる行政院長を務め、2期目は副総統として蔡総統を支えてきました。
一番大きな野党の国民党の候補者は侯友宜さんです。新北市という台北のベッドタウンの現職の市長で、もともとは警察官僚です。
この2つの大きな政党に対して「もっと新しい政治をしよう」と呼びかけているのが野党の民衆党という政党です。そこからは柯文哲さんという人が候補者に出ています。彼は台北市長を8年務めた人です。
それぞれの特徴や支持層は?
与党の民進党は、戦後の国民党による一党独裁に対し、民主化運動をずっと進めてきた人たちが立ち上げた政党です。だから党の方針は台湾の独立性を保つことになっています。内政ではどちらかというとリベラルな立場です。もちろん「自由」や「民主」は、どの政党も重視しているんですけどね。例えば、わかりやすい政策だとエネルギー政策では脱原発を掲げていたりします。
これに対し、国民党は戦後ずっと独裁政治をやってきた政党が民主化の中でだんだん変化を遂げて今に至っているという政党です。中国との関係については、交渉を重視、経済関係を重視する立場なので、中国とビジネスをしている方や高齢の方に支持者が多いです。
民衆党の主張は、2大政党の国民党と民進党が「中華民国か台湾か」「統一か独立か」などと論争していることに対し、もっと違った政治をやったほうがいいんじゃないかということで出てきた政党です。主に若い人に支持されています。
野党は候補を1人にしぼれないの?
難しいですよね。国民党というのは昔ながらの政党で、国内政策では保守的なものが多く、若い人たちで国民党が好きな人はあまりいません。
一方、民衆党は、2大政党の国民党・民進党に対して批判的で、若い人たちが支持層です。国民党と協力して、統一候補を選ぼうとする最後の局面で、国民党と自分たちの考え方は根本的に違うのではないかなどと、党の中や支持者からいろいろな反対意見がでたと言われています。
一方、国民党からしてみれば「民衆党は小さな政党で、自分たちが飲み込む形で協力すればいいよね」と軽く考えていたと思います。ですが、飲み込まれる方からしてみると国民党でいいのかというのがあって、それが最終的に交渉がまとまらなかった一番大きな原因になると思います。
中国は総統選挙をどう見ているの?
誰が選ばれるのか、かなり高い関心を持っていると思います。建前では「台湾は中国の一部で、独立した政府なんてないんだ」という立場ですが、現実としては台湾の新しい政府が進めていく方針に対応しないといけないわけです。できれば、ある程度交渉や交流ができた方が有利だという判断もあると思います。
今までの台湾の選挙では、中国が自分たちに良いように選挙を動かそうとして、武力で脅した時もありましたし、いろんな宣伝戦を仕掛けたときもあったわけです。ただ、あまりうまくいっていなかったですね。今回は結構静かに見守っているという感じになっていますね。
選挙戦では、中国からの偽の情報が出たりするって聞くけど?
偽情報自体はあります。ただ、この5、6年で一部の偽情報への罰則などの法改正やファクトチェックが発達し、市民の意識も「偽情報があるかもしれない」と高まっています。そのため、偽情報が影響力を及ぼしにくくなっているということはあると思います。だから、偽情報自体が減ってはいないかもしれませんが、最近の台湾では、それが政治の動向に決定的な影響を及ぼすことは減っています。
最近の大きな問題だと、この数年、台湾とアメリカの関係に関する偽の情報が多く出ています。(台湾海峡有事の際などに)実はアメリカから裏切られるかもしれないみたいな情報、「疑米論」と呼ばれるものを増長しようという情報が多いようですね。
総統選挙の結果は世界や日本にどう影響するの?
今回の選挙では、中国からの軍事的なプレッシャーも強まるなか、アメリカとの協力を中心に防衛能力をしっかりさせ、自分たちの社会を守るというところは、どの政党もあまり変わらないんです。
だけど、そのために何をするのかが大きく違います。与党の場合は今の状況を続けて、中国に対して妥協はせず、それで中国と対話ができないのであれば、それ以外の、協力できるアメリカ、日本、フィリピン、オーストラリアなどと協力して自分たちの安全を守る立場です。国民党の場合は、中国との対話や交流が重要だということを非常に強く主張しています。ですから、有権者がどの候補者を選ぶかで台湾の対外政策は少し変わってくると思いますね。
選ばれる候補者によって台湾海峡が緊張することはあるの?
あると思います。
今の民進党の政権が続くと、台湾政治の歴史で初めて8年以上同一の政党が政権与党になります。今の総統よりも「台湾」に対する思い入れが強いと思われている頼さんが総統になれば、中国の警戒感が強まります。中国は注意深く見て、これは許せないということがあれば大規模な軍事演習などを行う形になると思います。
内政や社会が大きく変わることは?
国民党の場合は中国との経済関係をこれまでと同様か、少し力を入れる形で重要視すると思います。一方で、民進党の基本的な政策は、できるだけ中国からは撤退して、リスクを分散させることなので、経済政策なども違ってくると思います。
あとは選挙の争点になっている問題としては、例えば中国からの留学生を積極的に受け入れるかどうかといった、人の移動もあります。新型コロナもあって中国から台湾への人の移動は、ほぼなくなっていますが、再開された場合に台湾の社会がどう変わるのか、インパクトがあると思います。
選挙戦の勝敗のポイントって?
今回の選挙だとそこまでの中国の介入のようなものも目立ちませんし、去年に比べると台湾海峡の緊張も少し収まっています。中国は極力、台湾の選挙戦を刺激しない姿勢をとっています。
だけど、野党の協力も実現せず、民進党対国民党の対決になりましたので、やはり選挙戦の最後は中国とどう付き合い、国際社会の中で台湾がどこに立つのかということが一番大きな論点になると思います。わかりやすく言うと、民進党は「国民党政権になったら中国とまた近寄りすぎる、危険だ」と言うし、国民党は「中国と対話していない状況は危険で、民進党の候補者が当選した場合は中国をもっと刺激する」と強調すると思います。民衆党は「民進党は中国との緊張を高める、国民党は中国の言うことを聞きすぎる」と批判して、2党の中間の選択肢を訴えています。
台湾有事って?中国と台湾は戦争するの?
「台湾有事」ってよく聞くけど、何のこと?
何なんでしょうね。私自身は、あまり「台湾有事」という言葉は使いません。台湾海峡で軍事紛争が起きるという意味で使われることが多いですよね。
先生は別の言葉を使うんですか?
私は少なくとも「台湾海峡有事」という言葉を使うべきだと思っています。「台湾有事」だと台湾の中で何か起きるみたいで、すごく変ですよね。だけど、この1年、2年でこの言い方が定着した印象です。
先生が「台湾海峡有事」という時は、何を指しているの?
台湾海峡で戦争や紛争、もしくは軍事危機が起きることですね。この時に考えなければいけないのは、中国の言い分としては統一のために戦争するということはあまり言っていないんですよね。中国は「平和統一」だと言っているわけです。中国が言っているのは、台湾が独立宣言をするなど、「統一」への希望がなくなっちゃう場合、自分たちがそれを止めるために戦争をやるということです。つまり、「有事」は台湾で何かが起きるということではなく、中国と台湾の関係の中で発生するものだということです。
中国と台湾の戦力、どっちが強いの?
これは重要な問題です。中国軍は戦争をすると言い続けてきましたが、2000年代ぐらいまでは、近代的なミサイルや戦闘機、あるいは海軍の潜水艦などの能力は台湾の方が高かったんです。だから台湾側から何かしない限りは中国が本当に戦争を始める可能性は低いと思われていました。
だけど、2000年代の後半、特に2010年代に入ってからそのバランスが一気に逆転しました。中国軍の実力がどんどん上がり、台湾軍が単独で戦ったら厳しいことが予測される状況になっています。そうなってくると、中国が戦争をはじめるハードルがすごく下がるということで、今、台湾海峡における戦争の可能性が心配されているんだと思います。
台湾海峡で有事が起きたら日本や世界への影響は?
すごく大きな影響を受けることになります。日本の場合は国内に米軍基地があるので攻撃される可能性があると考えるべきです。
日本の基地が攻撃されないとしても、おそらく米軍は介入することが予想されます。その場合、日本は日米同盟の規定や協議に則って、何らかの形でその戦争に関わることが求められます。もちろん軍事面だけではなく、ウクライナの戦争を見ればわかるように、アメリカや日本は経済面での制裁を行う可能性も高く、日本は中国と間接的に戦うことになるわけです。
中国にいる日本のビジネスマンや企業はどうなるのかという問題も出てきます。それ以外にも周りの海峡が封鎖される可能性もあり、そうなれば日本の物流も大きな影響を受けることになると思います。
このように、あらゆる面で大きな影響が出るため、どの国も戦争の勃発を防がなければいけないと思っています。中国としては、戦争をすると言い続け、それに向けた準備も続けなければいけない状況ですが、実際に戦争となると中国自身も大きな痛み負うことを覚悟しなければならず、そのハードルは非常に高いんですね。
中国軍はこれまで台湾にどういう行動をとってきたの?
冷戦期であれば、台湾の離島で中国大陸に近いところにある金門島や馬祖列島を砲撃したことがあります。
冷戦後は、1996年の台湾海峡危機※がありました。2022年には、アメリカの下院議長だったペロシ氏が台湾を訪問したあと、中国軍は人がいない海域にミサイルを試射したり、台湾の周りの海域や空域でさまざまな統合軍事演習をしたりしました。その内容は、台湾の主要な港などを封鎖できる能力、それから封鎖した後に上陸できる能力を示すものになっています。それ以外にも、最近は台湾海峡の中間線を越える形で軍機や軍艦が不定期に入って、自分たちの行動範囲を台湾側の領域に少しずつ広げていく形で演習が行われています。その度に、台湾軍はスクランブル発進をするなど、一つ一つ対応しなければいけなくなっています。
※1996年の台湾海峡危機
1996年に台湾で行われた、住民の直接投票による初めての総統選挙に影響を与えようと、中国がミサイル演習を実施。その際、アメリカが空母2隻を派遣し、台湾海峡の緊張が高まった。
アメリカは台湾を助けるの?
アメリカは台湾との外交関係を断絶した後、議会が台湾関係法というものを作りました。これにより、武力や強制的な方法で台湾の将来が決定される可能性に「関心」を示し、台湾に防衛的な兵器を売り続けています。中国からの攻撃によって戦争が起きるのだとすれば、この基本的な立場から考えて、ほぼ確実に台湾を支援すると思います。
「台湾の半導体」ってよく聞くけど、なぜ注目されているの?
半導体はいろんな産業製品を作るときの一番重要な部分を占めます。今、台湾のTSMCという会社が非常に精密な半導体を作ることができ、その需要が高まっています。半導体がないとスマートフォンや車も作れなくなってしまうので、どの国も有事の際でも半導体を確保したいということで、まずは現状として技術を持っているTSMCに注目が集まっているんだと思います。
中国と台湾の間に何かがあれば、最先端の半導体の物流も止まってしまう恐れもあります。このように半導体は、安全保障面でも注目されるものになっています。
(12月21日 ラジオ「マイあさ!」で放送)