2023年10月3日
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お役所にはもう行かない? 世界の“マイナ”事情

「家のソファーにいながら、ほとんどのサービスが受けられるよ」
「納税手続きはオンラインで数分で終わり。これが普通だ」

行政や医療分野で、個人番号制度を利用したオンラインサービスが普及する北欧のスウェーデン。もう何年も役所を訪れていないという人にも出会いました。

世界では日本に先がけて、個人番号制度が多くの国で利用されています。ただ、情報漏えいやひも付けミスなどの課題も山積。世界の個人番号制度をめぐる現状を取材しました。

(国際部 北井元気 / 山田裕規 / 松本弦) 

スウェーデン 生まれた直後に個人番号を付与

人口はおよそ1045万(2021年時点)の北欧スウェーデン。

スウェーデンの首都ストックホルム

個人番号制度が導入されたのは70年以上前の1947年のことです。人口の把握などが目的でした。当初は地域の教会がとりまとめていましたが、その後電子化され、1991年から国税庁が管理を担っています。

市民にとって、個人番号はどれほど身近なものなのでしょうか。

地元の大学生
「学校のあらゆる書類には必ず書いてあります。自分の番号で本人確認もしますし、いいシステムだと思いますよ。簡単ですし」

75歳の女性
「銀行に行くときも使うし、インターネットでものを買うときも使うし、病院に行くときも使います。とても便利です」

スウェーデンでは、個人番号は、生まれると同時に付与されることになっています。

スウェーデンの国税庁 インゲヤード・ヴィデルさん

ヴィデルさん
「生まれたり、移住してきたりすると、誰であれ個人番号を取得します。新しく子どもが生まれると、助産師がオンライン上のシステムで報告をあげ、30分以内に番号が割り当てられるんです」

数分で納税手続き 利用者は対象者のほぼ100%

この番号制度の利点が最も活かされるのが、毎年の納税手続きだと言います。スウェーデンでは銀行口座も個人番号とひも付けられています。国税庁は個人番号ごとに給与や証券取引などのデータを収集し、税金の額や、還付金の額が記載された書類をオンラインで送付。受け取った納税者は、金額を確認して電子上でサインすれば、手続きは完了です。

オンラインの確定申告書の見本

IT関連会社を経営するアレックス・ベイカーさんは、今や、この制度のない生活は不便で考えられないといいます。

アレックス・ベイカーさん

ベイカーさん
「納税手続きはいまや数分で完了します。ここではそれが普通です。もう何年も役所には行っていませんよ」

国税庁 ヴィデルさん
「以前は大変でした。複数の職場で働いている場合は、すべての給料の合計と、いくら控除されたか、税金も自分で記入しなければいけませんでしたが、今では800万人の国民がこのサービスを利用しています。ほぼ100%のカバー率です」

医療記録も 民間企業も個人情報を活用

医療関係の会社で働くカール・アルストランドさんです。

カール・アルストランドさん

3年前には日本の京都大学に留学していました。

個人番号があることで、銀行口座の開設や医療情報の閲覧が簡単にできると言います。スウェーデンでは、名前や生年月日など法律で定められた一部の情報に限って、銀行や病院など民間にも情報が提供されています。

アルストランドさん
「私の医療記録には、どんな薬をどの病院で受け取ったのかが書いてあります。医療システムとリンクしているので、病院の予約もできます。日本留学中は、役所に行っていろいろな書類を書いたり、行列に並んだりすることもありました。スウェーデンではほとんどのサービスが家のソファーにいながらできます」

実は多かったひも付けミス

ただ、過去には誤って他人の情報を別の人に登録するなどのミスもあり、批判も相次ぎました。

国税庁 ヴィデルさん
「1991年に国民の家族構成などの情報データベースを作る際、すべてが手作業で行われました。そのため、ひも付けのミスも多く発生しました」

スウェーデンの国税庁(ストックホルム)

しかし、オンラインで利用できるサービスが増えて利便性が飛躍的に向上したことで、国民からの評価も高まっていったといいます。

国税庁 ヴィデルさん
「1つずつミスを直しながら、サービスの質を高める努力をしています。もちろん、必要以上の情報を一般に提供できませんし、必要以上の情報を受け取ることも許されません。物事をより簡潔に進め、市民からすれば便利に、私たちからすればスムーズな処理や意思決定を進められるウィンウィンな関係だと感じています」

個人情報に“カーテンはなし?”

実は、スウェーデンでは、名前を入力するだけでその人の住所が表示されるウェブサイトも存在していて、年収すら調べようと思えばわかると言います。夫がスウェーデン人で、10年以上現地に暮らすダールマン容子さんは、番号制度が広がった背景には国民の政府への信頼の高さもあるのではないかと指摘します。

ダールマン容子さん

ダールマンさん
「スウェーデンにはカーテンがないんです。カーテンで隠せば、なにかやましいことをしているのではないかと思われます。だからのぞくまでもなく、丸見えです。自分の名前、生年月日、住所、電話番号、一緒に住んでいる人、所有している車、すべてが公開されていて、ほとんどが個人番号と結びついています。それでも、政治家がちゃんとやってくれるだろうという信頼感が前提にあるので、様々な情報が個人番号にひも付けられていてもそんなに気になりません」

ダールマンさんは、日本人にあったやり方で少しずつ制度を取り入れていくのがいいのではないかと話します。

ダールマンさん
「日本で同じことをしようとするのは難しいと思うので、抵抗を感じないところでうまく調整をしつつ前に進めていき、独自の進め方が見つけられればいいのではないでしょうか」

日本の専門家はどう見る?

スウェーデンの事例は、日本の参考になるのか。マイナンバー制度に詳しい中央大学の宮下紘教授に話を聞きました。

マイナンバー制度に詳しい 中央大学 宮下紘教授

宮下教授
「納税や医療という分野で番号制度が利用されるという点で、日本は、将来的にスウェーデンのような暮らしを目指していくことになると思います。また、どこの国でもデジタル化を進める中でミスは起きてしまうものです。スウェーデンの研究者の論文によると、2008年1月までに7万件以上の個人番号の変更がありました。その原因の多くがひも付けミスであるとされています。日本でも、ミスをどう是正していくのかは、政府が対応するのは当然としても、国民側も自らの情報に関する不備を見つけて訂正を呼びかけるなど、政府だけに任せない意識を持つことが今後必要になるでしょう」

デジタル活用の台湾 直面する課題とは?

膨大な市民の個人情報をどう適切に管理するのか。今、この点に向き合っているのが台湾です。

台北

台湾は、デジタルを活用した行政サービスに力を入れてきました。

例えば、コロナ禍では、薬局のマスクの在庫がひと目で分かる地図サイトの開発を支援したり、健康保険カードを提示すればマスクを購入できる仕組みを導入したりするなど、ITを積極的に利用した対応が世界から注目されました。

マスクの在庫情報を掲載した地図サイト

その台湾にも、個人番号はあります。「統一番号」という10桁の英数字で、出生時に割り当てられます。満14歳になると、番号を記載した紙ベースの「身分証」が発行され、ふだんから携帯することも義務づけられます。台湾では、本人確認のため空港やスタジアムなど様々な場所で、多くの人がこのカードを提示しています。

台湾の「身分証」のサンプル

行政手続きのデジタル化のため、「身分証」とは別に、2003年に導入されたのが、ICチップがついた「自然人証明書」と呼ばれるカードです。ネット上で行政サービスを受けるための個人認証に使うものです。

自然人証明書

納税の申請のほか、戸籍謄本の写しの取得や医療の受診記録の確認などのサービスを受けられます。ただ、自宅から利用する際も、パソコンにカードリーダーをつなげてカードを読み込む手間がかかり、発行数は約928万と、普及率は5割未満にとどまっています(8月26日時点)。

肝いりの計画も 市民からはストップ!

こうしたなか、台湾当局は、より行政サービスの利便性を高めようと、2019年、この2つのカードを2020年に統合すると発表。将来的には健康保険カードや運転免許証の機能も一緒にする方針を明らかにしました。しかし、この新たな証明書の導入については、さまざまな市民団体から懸念の声があがりました。

懸念を示すNGOのホームページ

中国からのサイバー攻撃も懸念

このうち1つの団体に話を聞くことができました。懸念として指摘したのは、

▼中国からのサイバー攻撃による情報流出のおそれがあることや
▼ネット環境に馴染みのない高齢者などが適切に利用することができるのか

といった点でした。

そして、新たな制度の導入にあたっては、▼独立性の高い立場で個人情報が適切に管理されているかどうか監督する組織の設立が必要だとしています。

NGO団体 開放文化基金会 郭景晏さん

郭さん
「中国だけではなく、いまは多くのハッカーが情報を狙っています。デジタル化は避けては通れず、きちんと適切な対応策をとり、個人情報保護とセキュリティに対する配慮がされれば、団体としては物事がうまくいくと考えることができます。課題を解消しながら段階的に進めるべきです」

重要なのは市民からの理解

こうした声を受けて、台湾当局は2021年、「社会のコンセンサスが得られるまで、計画をいったん停止する」と発表しました。

計画の当面停止を発表する台湾 行政院の会見(2021年)

台湾当局は現在、個人情報保護を担う組織作りや、それに伴う法整備を進めていて、専門家は行政のデジタル化には市民からの理解が欠かせないと指摘します。

陽明交通大学科技法律学院 陳鋕雄 院長

陳院長
「意思決定のプロセスはより透明性のあるものにする必要があり、率直に問題提起をして、それに対する解決策を積極的に示すことが求められます。当局は(個人情報漏洩などの)違反があった場合は厳しく臨むという意思を示すべきで、このことは市民から支持を得るために重要なことです」

「現在の利点を残しつつ、どう利便性を高めるか」

世界各国で導入されている個人番号制度は、対象となる人口規模や制度導入の目的など、日本とは背景が異なるケースも多くあり、一概には比較できない側面もあります。

現在、日本では、マイナンバーカードをめぐって、利便性を訴える声、トラブルや情報漏えいを懸念する声など、国民や有識者からさまざまな意見が上がっています。

国内外の番号制度に詳しい国際社会経済研究所の小泉雄介主幹研究員は、「国民の利便性を高める」という視点で、番号制度を議論すべきだと指摘しています。

国際社会経済研究所 小泉雄介 主幹研究員

小泉主幹研究員
「日本ではカードの交付にこだわった結果、ヒューマンエラーでミスが相次いでいます。海外ではデジタルIDが主流で、物理的なカードの取得を義務にしていない国もあります。カードそのものの取得をためらう人がいるなか、カードを義務化する必要はあるのでしょうか。デジタルIDを含めた運用をより重視すべきだと思います。また日本は北欧などと比べても、自治体の対面サービスが充実していると言えます。高齢者にとってみれば、便利なのはオンラインではなく、対面サービスだという場合もあり、それをなくす方向にいくのはもったいないと思います。それぞれの国民にとっての便利さを追い求めるべきで、『デジタル化ありき』ではないと考えています。現在の利点を残しつつ、どう利便性を高めていけるのかが重要です」

「情報の保護と利活用は車の両輪」

中央大学の宮下教授は、マイナンバー制度が普及すれば利便性の高いサービスの実現は可能だとした上で、情報をいかに適切に管理できるかが重要だと指摘します。

宮下教授
「情報の保護と利活用は車の両輪だと思います。情報が繰り返し漏洩したり、誤りが多かったりするシステムやカードでは、国民の理解も得られません。保護を強めれば利活用の妨げになるといったことはありえず、利活用を進めたければ情報をまずは適切に保護すべきです。利用してもらいたいからと言って拙速に制度を拡大しようとするのではなく、丁寧に情報を管理し信頼を得ながら進めていくべきだと思います」

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