2022年6月6日
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【詳しく】対ロシア最前線 スウェーデン世界遺産の島で何が?

バルト海に浮かぶスウェーデン最大の島、ゴットランド島。
中世の町並みが残り世界遺産にも登録されているこの島は、ロシアの飛び地カリーニングラードからわずか300キロに位置し、19世紀には帝政ロシアによって一時、占領された歴史もあります。
そして今、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、スウェーデンがNATOへの加盟申請を行う中、対ロシアの最前線となった島で何が起きているのか。
現地を取材しました。
(ロンドン支局長 向井麻里)

ゴットランド島って?

ゴットランド島は、スウェーデンの首都ストックホルムの南、バルト海に浮かぶスウェーデン最大の島です。人口およそ6万の島には交易で栄えた中世の美しい町並みが残り、1995年には中心都市のビスビーがユネスコの世界遺産に登録されました。

宮崎駿監督のアニメ映画「魔女の宅急便」はこの島の景観を参考にしていて、日本からも多くの観光客が訪れます。取材で訪れた5月中旬は気候もよく、新型コロナの規制もないとあって、大勢の観光客が散策していました。

なぜゴットランド島が注目?

戦略的に重要な「要衝」だからです。

ゴットランド島の南東およそ300キロにあるのが、ロシアの飛び地、カリーニングラード。第2次世界大戦後、ドイツから旧ソビエトに編入されたカリーニングラードは、ソビエト崩壊後、バルト3国が独立し、ロシア本土から切り離された「飛び地」となりました。ロシア軍はここをバルト艦隊の拠点とし、NATOに対抗する重要な戦略拠点としています。

スウェーデン国際問題研究所グニラ・へロルフ氏

1808年には当時の帝政ロシアに一時、占領された歴史もあるゴットランド島について専門家は次のように指摘します。

スウェーデン国際問題研究所グニラ・へロルフ氏
「ゴットランド島はバルト海の真ん中にあり、ここを制する者が制空権をとるとも言われてきた。そのため、ゴットランド島を守ることがスウェーデンにとって必要不可欠なのだ」

島ではいま何が起こっている?

ゴットランド島では軍事的な警戒が強まっています。

スウェーデン軍の傘下には地域を守るためのボランティアの市民兵がいますが、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて、急きょ追加で数週間の訓練を受けることが必要となりました。

市民兵となっているのは、ふだんは会社勤めをしている人や子育て中の人など、普通の市民です。取材で演習場を訪れた時には、そうした普通の市民が銃を持って林の中を駆け抜け、腹ばいになって射撃を行うなど、実践的な訓練を繰り返し行っていました。

大工として働いている38歳の男性は「ふだんの仕事にはもちろん影響は出るが、そんなことは問題ではない。ふるさとや家族、国のためならやりがいがある」と語りました。

また、有事の際には衛生兵として活動するという34歳の女性は「何かあれば、上司の指示に従い落ち着いて行動するだけです」と話していました。

市民はどう思っている?

軍事面で緊張が高まる中、「ロシアは長年脅威だったので新たな事態ではない」などと比較的冷静な受け止めが聞かれる一方、有事に備えた動きも広がっています。

ウルリカ・ブローションさん

ゴットランド島中部に住むウルリカ・ブローションさんは、災害などに備えて地下に備蓄していた缶詰や水を倍に増やしました。また、ボランティア組織にも登録し、有事の際に必要な情報を市民に提供したり食事を作ったりする役割を担うことにしました。

銃を持って戦うことには抵抗がある一方、自分が島のためにできることはないかと考えた結果だといいます。

ウルリカ・ブローションさん
「ゴットランド島は本土から離れていて、災害のときも支援が届くのに時間がかかることが多かったので、私たちはお互いに助け合うことに慣れています。みんなそれぞれのやり方で島を守ろうとしているのです」

ロシアの脅威に備えるスウェーデン

ゴットランドのスウェーデン軍の装甲車両

大国の戦争に巻き込まれないために、200年にわたって軍事的な中立を保ってきたスウェーデン。

冷戦後は国防費を大幅に削減し、徴兵制も廃止していました。しかし、2014年、ロシアがウクライナ南部のクリミアを一方的に併合したことなど、スウェーデンを取り巻く環境が大きく変わったことを受けて国防費を増額、徴兵制も復活させたのです。

男女関係なく、18歳になるとスウェーデンの若者たちは1年程度、軍事訓練を受けるようになりました。ゴットランド島の演習場にも、徴兵された若者たちの姿がありました。装甲車に乗って談笑しながら、手鏡をのぞき込み顔を緑色にペイントする様子はおしゃれを気にする若者らしく、あどけなさも残ります。

ただ、話を聞いた20歳の若者は「ぼくはゴットランドで育った。大切な場所で、心のよりどころだ。何かが起こったら行動する準備はできている」と力強く話していました。

NATO加盟で島の役割はどうなる?

マグナス・フリクバル大佐

NATOにとって戦略的に重要な拠点になる可能性があります。

ゴットランド島の部隊を率いるマグナス・フリクバル大佐は「ゴットランド島を制する国がバルト海全体の制空権や制海権を握ることから、ここはかつても、今も、戦略的に非常に重要であり続けてきた」と強調しました。その上で「プーチン大統領が政治的な目標の達成に向けて軍事力を使ったため、ゴットランド島の軍事力を予定よりも急ピッチで増強している」と話しました。

有事の際に迅速に対処できるよう、スウェーデン軍が、陸軍だけでなく、海軍の展開を検討しているとし、そのためのインフラ整備も島の北部で計画していることを明らかにしました。

ロシアはスウェーデンの動きにどう反応?

軍事的な中立から大きく方針を転換したことに強く反発しています。

スウェーデンがNATOに加盟して、ゴットランド島がNATOの軍事拠点になれば、バルト海周辺におけるロシア軍の行動が制限されることにもつながりかねないからです。

ロシア軍の地対空ミサイルシステム「S400」

プーチン政権は、最新鋭の地対空ミサイルシステム「S400」を配備するなど、NATOに対抗するための重要な戦略拠点であるカリーニングラードでの軍備増強を進めてきました。

5月上旬、バルト艦隊の部隊が短距離弾道ミサイルの模擬発射訓練を行ったと明らかにしたほか、「スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟すれば、当然ロシアは国境を強化しなければならない。地域の非核化はありえない」などと、核戦力をちらつかせて警告するなど、北欧2か国のNATO加盟への動きに反発を強めています。

ロシアと向き合ってきたゴットランド島

スウェーデンという国自体はロシアとは国境を接しておらず、隣国のフィンランドをいわば「緩衝地帯」としながら、およそ200年にわたって軍事的な中立、非同盟を貫いてきました。ただ、ゴットランド島の人々と話していると、ロシア、そしてソビエトといった大国と常に向き合ってきたという点で、1300キロにわたってロシアと国境を接し、常にその存在に脅かされてきたフィンランドの人々が持つ意識と似ていると感じました。

島に住む退役軍人の男性は「わたしたちが恐れているというのは間違っている。ロシアの脅威に対処する準備ができている、それが正しい表現だ」と話していました。バルト海の最前線でロシアと向き合うゴットランド島。島の人々は1人1人、自分なりの覚悟を持って現状を受け止めていました。

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