2023年12月8日
フィリピン ベトナム 中国

揺れる南シナ海 中国と各国の埋め立て競争激化 最前線で何が

中国や台湾、それに東南アジアの国々が領有権争いを続ける南シナ海。

中国は「九段線」と呼ぶ独自の境界線をもとにほぼ全域の管轄権を主張。南沙諸島では岩礁を埋め立てて人工島を造成し、軍事関連の施設を整備するなど実効支配を強めている。

そんななかベトナム側も自らが実効支配する岩礁などで急ピッチに埋め立てを行っていることが衛星画像などでとらえられた。

石油などの資源を輸入に頼る日本にとっても重要なシーレーン・南シナ海で今、何が起きているのか。最前線からの報告をまとめた。

(国際部記者 杉田沙智代 / ハノイ支局長 鈴木康太 / NMAPSチーム チームディレクター 森田将人、金子紗香)

領有権争いが続く南シナ海

中国と台湾のほか、ベトナムやフィリピンなどの東南アジア各国に囲まれた南シナ海。

南沙諸島、英語名スプラトリー諸島や西沙諸島、英語名パラセル諸島などがある。中国がほぼ全域の管轄権を主張する一方、沿岸の国と地域もそれぞれ一部の島などの領有権を主張している。一触即発の事態も憂慮される対立の海でもある。

宇宙から見えた中国国旗と「祖国万歳」の文字

その海域の衛星画像にとらえられた地面に描かれた中国の国旗。そして「祖国万歳」の文字。

撮影されたのは南シナ海の南沙諸島にあるトリトン島。中国が実効支配していて、着々と開発を進めている。

中国が実効支配するトリトン島

西沙諸島で領有権争いをするベトナムに最も近い場所にある人工島でもある。中国の人工島の開発はどこまで進んでいるのか。容易に近づけないなか、今回、分析で使ったのは、宇宙空間から島の様子をとらえた衛星画像だ。

NHKが入手した2022年9月から2023年10月までの衛星画像を分析したところ、トリトン島の中央に、道路のようなものが整備されていることが確認できた。

新たに整備された構造物は道路?滑走路?

南シナ海の埋め立て状況を分析しているアメリカのシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所によると、この道路のようなものは、長さ600メートル、幅およそ15メートルほどだという。当初、滑走路ではないかという一部報道もあったが、CSISでは長さが短いことや誘導路や駐機場がないことなどから、その可能性は低いとみている。

では、いったい何なのだろうか。

衛星画像を分析すると、そのヒントとなるものが、島の西側に確認できた。そのエリアにはヘリポートやバスケットボールのコートのようなものが建設されている。冒頭の中国国旗と「祖国万歳」の文字があったのもこのエリアだ。

バスケットボールのコートのようなものが写るトリトン島の西側

もともと岩礁だったトリトン島では頻繁に浸水していて、特に北側は浸水が広がりやすいエリアだ。このため、今回確認できた道路のようなものは、開発が進んでいる西側や島の南側への浸水を防ぐ目的で整備された「堤防」か「高架道路」ではないかと、CSISはみている。

米CSIS ハリソン・プレタさん

「ベトナムに存在感を示す意味でも中国にとっては重要な拠点で、埋め立てた場所が海に侵食されないようにするとともに拠点としての機能を拡張しているとみられる」

さらに島の西側には2023年8月の衛星画像で新たにセメント工場が建設されているほか、南側にも新たな施設が造られている様子が確認できた。

南シナ海での軍事拠点化を進める中国

ジョンソン南礁に中国が造成した人工島

中国はこの海域に「九段線」と呼ばれる境界線を独自に設定。南シナ海のほぼ全域の管轄権を主張している。多くの人工島に滑走路やレーダー施設を整備し、軍事的な拠点づくりを進めてきた。

中国が進める人工島の最新の開発状況が今回、わかってきた。埋め立ては2013年から2016年にかけて集中的に行われていて、CSISによると、中国はこの10年間で南シナ海の南沙諸島で7つ、そして西沙諸島で9つのあわせて16の岩礁などで埋め立てを行っていることが確認された。

埋め立てによって拡張した面積はあわせておよそ15.8平方キロメートルにのぼるという。その広さは東京ドーム337個を超える。

対中国、ベトナムも開発を加速

その南シナ海で中国以外の国も開発を進めていることも分かってきた。ベトナムだ。特に2022年後半から、領有権を主張する岩礁などでの埋め立てを急ピッチに行っている実態が衛星画像でとらえられていた。

ピアソン礁 (左)2022年5月 (右)2022年12月

これは南沙諸島にある「ピアソン礁」の衛星画像。
2022年5月の画像では、北東部分にだ円形の陸地があり、そこから複数の土手のような道が延びているのがわかる。一方、半年余りたった2022年12月の画像では、白い陸地が南西に拡張されたことがわかる。中央付近には、船が停泊できる港の整備が進んでいる様子が確認できた。

ピアソン礁 2023年10月

さらに2023年10月の画像では停泊する複数の船が見てとれる。埋め立て作業をしているのだろうか、船からは長いポンプのようなものが陸地に向かってのびている。

別の岩礁では港の整備も

ピアソン礁から東におよそ100キロにあるテネント礁。

テネント礁 (左)2022年3月 (右)2022年12月

2022年3月の衛星画像で細い陸地だったところが、12月の画像では陸地が大幅に広がっているのが確認できる。

テネント礁 (2023年11月)

さらに開発が進められ、2023年8月時点では北西側に新たに港が整備されていた。11月上旬の画像では北東側で船が作業している様子もとらえられた。

最も大きな変化が見られたのはバーク・カナダ礁だ。

2022年6月時点では、環礁の北西と南東側にわずかに陸地が見られるが、11月には両方の陸地が拡張されているのが確認できる。CSISによると、2022年だけで0.8平方キロメートル拡張され、いまや南シナ海でベトナムが実行支配する岩礁のうち最も大きな拠点になっているという。

バーク・カナダ礁 (左)2022年6月 (右)2023年11月

埋め立て方法に変化か

CSISはベトナム側の埋め立て方法に変化がみられると指摘する。以前は埋め立ての際に使う土砂をしゅんせつする船は、浅い場所の堆積物をつかみ上げる環境への影響が小さい方式が使われていた。
しかし、2022年後半からは海底を掘削し、ポンプで吸い上げる方式も使われるようになっている。この方式は、中国側が使っていて、短時間でより深く掘れるため、多くの土砂が採取できるメリットがあるという。

埋め立て作業をしているとみられる船(ピアソン礁)

CSISでは、整備されている港などの施設は、ベトナムの沿岸警備隊や漁船が給油などをするほか、悪天候の際の避難場所としての役割を担うと分析。これまでにベトナムによって埋め立てが確認されている南沙諸島の岩礁は20あり、拡張した面積はあわせておよそ3.5平方キロメートルにのぼるという。

航跡でもベトナム船の活動確認

こうした開発に携わる船はどこから出ているのか。NHKでは2023年5月以降、ベトナム沿岸から出港した複数のAIS=船舶自動識別装置を分析したところ、中部や南部から出港した複数の船が、ベトナムが埋め立てを進めるピアソン礁やテネント礁などの付近を停泊したり、航行したりする様子が確認できた。

このうち軍の運用船として登録された船は、中部のカムランを出発し、11月6日の午前5時半ごろにテネント礁の近くを航行。その15分後と17分後には岩礁の埋め立てが進む場所のすぐそばで移動していた。

AISからは島の開発に実際に携わっているのかはわからなかったが、開発が進む岩礁で活動していることは確認できた。

ベトナム外務省の報道官 11月23日記者会見

11月23日、ベトナム外務省の記者会見で、南沙諸島で埋め立てを急ピッチに進めている目的について質問をぶつけた。すると、報道官はその正当性を強調した。

ベトナム外務省の報道官の会見(2023年11月)

ベトナム外務省の報道官

「これらの岩礁などに対するベトナムの主権を断言する十分な法的根拠と歴史的証拠を有している。この地域におけるベトナムのすべての関連活動は、ベトナムの主権領域において完全に合法的かつ正常であり、国際法および南シナ海行動宣言に従っている」

政府主催のツアーで愛国心アップ

南シナ海での開発を急ぐベトナム。取材を進めると、南沙諸島をめぐってベトナム政府が、実効支配している岩礁などを巡るツアーを実施していることがわかった。しかも10年前から実施しているという。

ベトナムが実効支配する岩礁などを巡る政府主催のツアー

ツアーに参加したベトナム人に話を聞くと、2022年5月のツアーでは、政府から招待を受けたベトナム国内に住む人や、アメリカや日本、それにヨーロッパなどに住むベトナム人、あわせておよそ40人が参加していた。

ツアーの期間は13日間で、参加者たちはベトナム海軍の船に乗船し、南沙諸島にあるあわせて10の岩礁や油田などを訪問。住民がいる場所には実際に上陸し、学校や寺を見学したり、住民や軍関係者と交流したりしたという。

参加者

「多くの国や地域が領有権を主張するなか、国民の中にもほかの国に島を売り渡してしまったと思い込んでいる人もいる。有意義なツアーだった。多くのベトナム人は島の領有権をめぐる状況について知りたいと思っている」

中国と各国の対立どこまで

着々と南シナ海で人工島の開発を進め、活動を活発化させる中国と、領有権を主張する国などとの対立は激しさを増している。

2020年4月にはベトナムが領有権を主張する西沙諸島で、中国海警局の船が操業中のベトナムの漁船にぶつかり沈没させたとしてベトナム政府が抗議。

中国海警局の船がフィリピン軍の船に放水(南沙諸島 2023年8月)

2023年8月には南沙諸島で、フィリピン軍の輸送船が軍事拠点に交代の兵員と補給物資を運ぶために向かっていたところ、中国海警局の船から放水される事案が発生。

さらに10月にも同じ海域で、フィリピン軍の輸送船が中国海警局の船から危険な接近を繰り返された末に衝突されたと発表したほか、11月にも再び、輸送船が中国海警局の船から放水されたと抗議するなど、対立が目立っている。

海洋進出の動きを強める中国に対して、ASEANは法的拘束力のある紛争防止のルールとして「行動規範」の策定を目指しているが、その作業は思うように進んでいない。

今後、さらなる偶発的な衝突に発展するおそれはないか。南シナ海での対立の深まりが懸念されるなか、海域で何が起きているのか、これからもさまざまな方法で状況を注視していきたい。

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る