医療

“ガチャガチャ”から思い出の医療機器

“ガチャガチャ”から思い出の医療機器

2019.11.29

ハンドルをまわすと、「がちゃ!」という音とともに出てくるカプセル。何が入っているのかワクワクしながら開けるという子どものころの思い出は、多くの人がお持ちではないでしょうか。

 

いわゆる“ガチャガチャ”のおもちゃといえば、アニメのキャラクターのフィギュアなどが一般的ですが、大阪に一風かわった“ガチャガチャ”があります。

 

考案したのは、がんの闘病を続ける男性です。“ガチャガチャ”に込めた思いとは。

カフェバーに“ガチャガチャ”?!

大阪・梅田の路地を抜けてたどりつくビルの2階に、ことし9月、1つのカフェバーがオープンしました。カウンターとテーブル席をあわせても、10人ほどでいっぱいになる小さな空間です。

その一角に、なぜか、いわゆる“ガチャガチャ”が置かれています。

一見するとお酒を楽しむ場には似合わない“ガチャガチャ”のハンドルを、大人たちが『何が出るかな?!』と楽しそうにまわすと・・。

出てきたカプセルの中に入っているのは、アニメのキャラクターのフィギュアなどではありません。がんを経験した人や、医療にたずさわる人たちから集めた思い出の医療機器を3Dプリンターで立体化したミニチュアのキーホルダーです。

18種類のキーホルダーとエピソード

キーホルダーは、全部で18種類あります。
一つ一つのミニチュアに添えられたメモには、エピソードがつづられています。

車いすのミニチュアには・・。

《父が押してくれる車いす。ごめん、正直めっちゃ酔う(笑)。でも、いつも感謝してます。ありがとう!》(30代で乳がん・女性)

こちらは「フローズングローブ」と呼ばれる凍結手袋で、抗がん剤の副作用で爪がはがれないようにする医療機器です。

《痛いくらい冷たくしてくれるおかげで、手の爪は大丈夫でした。当時、足用はなかったので足ははがれましたけど》(30代で乳がん・女性)

中には、こんな物も。「検尿カップ」です。

《入院中、お茶を飲もうとコップを探したら、看護師さんがはじける笑顔で検尿カップを渡してくれました・・。“天然さん”なんだろうなと和みました(笑)》(30代で消化器のがん・男性)

がん患者“ダカラコソ”できること

この「めでぃかるガチャガチャ」を考案したのは、大阪市で暮らす谷島雄一郎さんです。

『がんを抱えながらも長期生存する人が増え、がんの問題は、病院から暮らしの中へ出ていることのほうが大部分になってきています。ちょっとでも医療や患者の視点に興味を持ってもらって、がんと社会の関係を変えていけたらなとすごく思っています』

谷島さんは、ふだんは大阪市のガス会社に勤めるサラリーマンで、地域貢献の仕事などに取り組んでいます。実は谷島さん自身、がんとの闘病を続けるステージ4の患者です。

7年前、働き盛りの34歳のときに、食道に10万人に1人という希少がんが見つかりました。再発や転移を繰り返し、闘病から3年がたったころ、試せる抗がん剤がなくなったと言います。

『これまでいろいろな治療も調べて頑張ってきたのに、なかなか効果がない状況で。理不尽に対しての怒りと悔しさ。同時にどこかに“救い”はないのかと、すごく考え出しました』(谷島さん)

そんな谷島さんを後押ししてくれたのが、当時3歳だった娘さんが撮影した写真でした。それは、谷島さんが気づかない高さに咲いていた花や間近でとらえたベンチなど、身近な日常を切り取った何気ない風景でした。

『すごくおもしろい写真だな、と。80センチの目線の彼女だからこそ見える景色で、僕を楽しませて幸せな気分にしてくれている。僕も、今がんになって苦しい思いをしているけど、そこから見える景色は、もしかしたら誰かの幸せを創る価値に変えられるのではと感じたんです』(谷島さん)

がん“ダトシテモ”歯を食いしばって頑張ろうと思っていた谷島さんでしたが、がん“ダカラコソ”できることがあるのではないかと感じ、「大切な人たちの生きる未来に何かを残そう」と模索を始めます。

その一つが、「ガチャガチャ」でした。

かたくなりがちながん啓発のイベントで、ワクワクするような仕掛けがほしい。そんな依頼から生まれました。

いまでは、関西や関東で開かれるがん啓発のイベントに登場しています。売り上げは、小児がんの専門施設に寄付されています。

がんは“ひと事”ではない

さらに、谷島さんが、がん患者“ダカラコソ”という思いで開いたのがカフェバーでした。

ここでは、がんを経験した人もそうでない人も気軽に交流できる――。そんな場所にしたいと考え、個人の活動として週に2日ほど開いています。

『がんをはじめ、さまざまな“生きづらさ”を抱えている人たちが、“わざわざ”ではなく、仕事帰りや日常会話の“ついで”にカジュアルに語れる場づくりを目指しています』(谷島さん)

ここで、初対面のお客さんたちの距離を縮めるきっかけとして役立っているのが、“ガチャガチャ”や、店内のインテリアとして飾られたキーホルダーです。

取材に訪れた日、客同士の会話の“主役”になっていたのは『輸液ポンプ』でした。点滴が落ちるスピードを調整するという医療機器です。

『がんの経験者でも、がんの種類が違うと治療はまったく違います。私も使ったことがない機器が出てきたりして、そういう治療を受けた人がいるんだということを、ガチャを通して知ることができました』(30代でがんを経験・女性客)

『キーホルダーが出てきて説明を聞くと“ひと事”ではなくなります。病気と人ってそういう風に関わるものなんだと。初めて会った人と、こんな深い話ができるのがすごいなと思います』(がんを経験していない男性客)

2人に1人が、がんを患うと言われる時代。

もし自分や身近な人が病気になったら・・と、ひと事ではなく“自分事”として考えてほしい。谷島さんは、形にしたアイデアが、がんを身近に考えるきっかけになればと願っています。

『「何だろう?」から、「そうなんだ!」と興味が納得に変わっていく物をつくっていけたら。がんの持つネガティブなイメージから、がんは社会から見て見ぬふりをされているなと感じています。文化や芸術・教育など、いろいろなものが関わって考えていかないと解決にならないと思い活動しています』

大阪生まれの「めでぃかるガチャガチャ」に出会ったら、ぜひハンドルを回し、カプセルにつまった思いに触れてみてください。

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