2023年7月18日
ウクライナ ロシア ヨーロッパ

“ロシアは何だってする” プーチン氏さらに強硬か

「原子力発電所を爆破する可能性も排除できない」
「ロシアにレッドラインも、道徳的ラインもない。彼らは何だってするだろう」

ウクライナが満を持して始めた反転攻勢から1か月あまり。対するロシアでは、プーチン政権に近い著名な専門家から核兵器を使用すべきだという強硬論すらあがっています。

反転攻勢は進んでいるのか。ロシアは次にどんな手を打ってくるのか。核戦略に詳しいロシアの専門家やウクライナ政府高官への取材から、戦況をひもときます。

(モスクワ支局記者 禰津博人 / カイロ支局長 大橋孝臣)

ウクライナの反転攻勢 順調?苦戦?

「ウクライナ軍は、南部ザポリージャ州だけではなく、東部バフムトでも前進している。ただ、そのスピードは非常にゆっくりとしたものだ」

こう分析するのは、ロシアの安全保障や核戦略に詳しく、現在はチェコを拠点に活動するユーリー・フョードロフ氏です。

軍事専門家 ユーリー・フョードロフ氏

この1か月、ウクライナ軍の領土奪還のペースは鈍いと指摘していますが、一方で、軍の戦力配置から、本格的な反転攻勢はこれからではないかという見方を示しています。

フョードロフ氏
「ウクライナの反転攻勢が行き詰まっているというにはまだ早い。実のところ、ウクライナの戦力のほとんどが戦闘に参加せず温存されている。それが投入される時こそが本当の反転攻勢だろう。ウクライナが戦闘に投入する予定とされる12の旅団のうち、これまでに戦闘に参加しているのは3つの旅団にすぎない」

一方、ウクライナ国防省で情報政策を統括するマリャル次官が、NHKの取材に応じました。戦況について、マリャル次官は南部では優勢であるものの、東部では激しい攻防が繰り広げられているとしています。

ウクライナ国防省 マリャル次官

マリャル次官
「ロシアにとっての主戦場は東部だが、われわれは南部でおおむね反転攻勢を進めている。最も激しい戦いはバフムト地域だ。東部では主導権をどちらがにぎるのかをめぐって争いが続いている」

反転攻勢のカギをにぎるのは何?

今後、反転攻勢を進める上でカギとなるのが、欧米からの軍事支援です。

フョードロフ氏が、とりわけ重要だとして挙げたのは、▼戦闘機と▼射程300キロに達するミサイルです。

フョードロフ氏
「ウクライナが戦闘機の提供を要求しているのは理にかなっている。制空権や航空優勢を得られなければ、準備された防御を突破するような攻撃は難しい。また、ATACMSエイタクムスと呼ばれる射程300キロに達する地対地ミサイルがあれば、クリミアやロシア軍の部隊の後方をターゲットに攻撃を仕掛けることができる。前線の部隊への物資の供給を遮断するために有効だ」

地対地ミサイル「ATACMS」

一方、ウクライナのマリャル次官も武器が圧倒的に足りていないと訴えています。

マリャル次官
「重要なのは武器が足りていないということだ。東部でも南部でも兵器、兵員の数でロシアに劣っている。これこそが迅速に領土を奪還できない理由だ。東部で1日に使用する弾薬は、われわれは5000発から6000発しかないが、ロシアは4万5000発もある」

戦闘機をめぐっては、ヨーロッパを中心とする11か国の支援のもと、ウクライナ軍のパイロットなどを対象にしたF16戦闘機の訓練がこの夏から始まることになっています。

F16戦闘機

また、ウクライナ軍の現地司令官は、今月、殺傷能力が高いクラスター爆弾をアメリカ政府から受け取ったとメディアに対し明らかにしています。ウクライナとしては、戦況の打開を図りたいねらいですが、使用などを禁止する国際条約があるクラスター爆弾に対しては、人権団体だけでなく、NATOの加盟国内からも反対の声があがっていて、欧米の軍事支援には温度差もでています。

クラスター爆弾

ロシアは原子力発電所を攻撃するのか?

ウクライナ南部にあるザポリージャ原発をめぐっては、何らかの破壊工作が行われる可能性があると、ロシア・ウクライナ双方が繰り返し主張しています。

ザポリージャ原発(2023年6月)

ウクライナ側は原発を占拠するロシア側が爆発物を設置したと訴えているのに対し、ロシア側はウクライナ側が攻撃を計画しているとして双方の主張は対立。プーチン大統領の側近が原発を訪れたことが今月6日にSNSで明らかにされ、テロなどの危険性が下がったという見方も出ていますが、不測の事態への警戒が続いています。

フョードロフ氏
「ロシアが原発を攻撃する可能性は排除できない。原子炉の冷却システムを爆破することなどは技術的に可能だ。その場合、炉心が溶解し、メルトダウンが起きるかもしれない。ロシアはウクライナや西側諸国に対して、この戦争がどれほど危険かを理解させたいのだろう。ウクライナの抵抗をやめさせ、ロシア側の条件を受け入れろというロジックではないか」

「原発攻撃」は情報戦なのか?

一方、原発攻撃をめぐる双方の主張は、情報戦の側面も指摘されています。

ウクライナ国防省の情報機関は、これまで、ロシア側が原発で働く従業員に対して退避するよう通告したとして、ロシア側が原発へのテロを計画していると主張していました。こうした動きについて、アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は、ロシアが情報戦を展開し、ウクライナや欧米側に対し揺さぶりを強めている可能性があるという見方も示しています。

それでも、ウクライナ側はロシアによる原発攻撃への警戒を解いていません。

マリャル次官
「ロシアを過小評価すべきではない。この戦争において、ロシアにレッドラインも、道徳的なラインもない。彼らは何だってする」

ロシアは核兵器を使用するのか?

さらに、懸念されているのが核兵器の使用です。

ロシア軍による核軍事演習(2023年2月)

ロシアでは、プーチン政権に近い著名な安全保障の専門家などから先に核兵器を使用すべきだという強硬論すら上がっています。これについて、フョードロフ氏は懸念を示しています。

フョードロフ氏
「これは危険な発言だ。米ソの時代は自分たちが最初に核攻撃をしないという原則に基づいて行動していた。しかし、ロシアが先に攻撃しようとしているならば、ロシアよりも先に攻撃しようと(核を持っている西側諸国は)思うだろう。敵側が先に核兵器を使用する疑いがあるという状況は非常に危険であり、不安定だ」

隣国ベラルーシへの核配備 その意味は?

さらにロシアは、隣国ベラルーシに戦術核兵器を配備する計画を表明し、ロシアから核弾頭の運搬を進めているとみられています。

ベラルーシは、ポーランドなどNATO諸国と隣接していますが、フョードロフ氏は軍事的には大きな意味はないと分析しています。

フョードロフ氏
「ロシアは飛び地のカリーニングラードに戦術核兵器をすでに配備しているとされているので、ベラルーシに配備してもその対象地域に大きな違いはない。軍事的な観点からはあまり意味がない」

一方で、ベラルーシに核兵器が配備されたら、フョードロフ氏は、核の不安定性が高まると見ていて、ルカシェンコ大統領の動向を注視しています。

ベラルーシ ルカシェンコ大統領

ルカシェンコ大統領は、ロシア国内で民間軍事会社ワグネルが武装反乱を起こした際には、仲介役としての存在感も示しました。

フョードロフ氏
「ロシアで暴動が起きるなどして、プーチン政権が不安定化した場合は、ルカシェンコ大統領が核兵器を管理する権限をロシアから奪う可能性も捨てきれない。
ルカシェンコ大統領が、この核兵器を奪い、核保有国だと宣言することも難しくない状況になりかねない。ヨーロッパの安全保障に影響を及ぼすことになる」

侵攻500日 ウクライナ市民の思いは?

ウクライナの市民にとって、身近な人が死亡したり、けがをしたりするケースは、少なくないのが現実です。

首都キーウの街は、一見、平穏に見えるかもしれません。しかし、市民に話を聞くと、絞り出すように身の回りの誰かの死について語る人が少なくありません。

キーウ市内(2023年6月)

ウクライナの調査会社が、5月下旬から6月はじめにかけて、ウクライナの2000人余りを対象に行った調査では、78%の人が「ロシアの侵攻によって家族や友人がけがをしたか、亡くなった」と答えています。

マリャル次官
「ウクライナ人の朝はすべて死亡記事を読むことから始まる。誰もが毎日ソーシャルメディアを開くと、死を悼むメッセージや写真、動画を目にしている。ウクライナ人の誰もが友人や親戚、愛する人を亡くしている」

そのうえで、マリャル次官は勝利まで戦い抜く決意を示しました。

マリャル次官
「大国を相手に500日間も立ち向かってきたことは、われわれが強いということを示しているし、私たちは疲れていない」

市民の犠牲者が増え続けるなか、終わりの見えない戦闘が続いています。

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